短編 アカツキ荘のおしごと!《第五話》
ちょっかいかけてくる厄介な組織との戦闘が始まるお話。
「体勢が崩れて転がり落ちた時、死んだかと思ったよね。ありがとう、エリック」
「おっまえはほんっとによぉ……!」
たっぷりと水が張られた窪地の際で、ずぶ濡れで仰向けのままでいると。
水底に沈んだ俺を引っ張り上げてくれたエリックが、ジャージの上着を絞りながら恨めしそうに見下ろしてくる。
「二人とも、大丈夫?」
「俺は問題ねぇよ、ユキ。クロトが泳げないなんて今に知った話じゃないんだ、水場がどうのこうのって話題が出てきた時点で嫌な予感はしてたぜ」
「あまりにも一瞬の出来事で止められなかったわね」
「二次被害が出るよかマシだと思うよ、アタシは」
「レムリアが稼働するより先に事故物件になる所だったからね。危ない危ない」
「命の危機の後にしては冷静過ぎますよ」
「クロトさんらしいと言えば、そうなのですが……」
カグヤが差し伸べてくれた手を取って立ち上がる。振り返って、改めて出来上がった貯水池を見渡す。
大きさで言えば直径二十五メートル、深さ五メートルほどの半球状な窪地に大量の水が満たされている。
レムリアの規模を考えれば小さいかもしれないが、中心点の底には一定の水位にまで減少した際に効果を発揮する“水泉の要石”が鎮座している。
奪われない限り効果を発揮し続ける要石がある以上、この地で水が涸れることはない。
しかし地滑りを考慮して丁寧な整地を心掛けたのだが、まさかそれが仇になって転がり落ちるとは思わなんだ。
「何はともあれ、農園エリアの大きな部分は終わったね。後は必要に応じて柵を設置していくぐらいだし……宿泊エリアの爆薬は足りた?」
「ああ。つーか、何個か余ってるぜ。お前どんだけ作り置きしてたんだよ?」
「あの爆薬を元にして魔物用の攻撃性を高めたヤツに作り変えようと思ってたんだ。セリスは知ってるでしょ? 護衛依頼で使った“終炎”っての。あれは元を辿れば同じ爆薬だよ」
「なーんか既視感あるなぁ、とは感じてたがそれか。あんな殺傷力の塊みてぇな爆薬になんのか……」
心当たりのあるセリスが納得したように首を縦に振った。
エリックと同じようにたっぷりと水を吸い、重くなったジャージの水を切っていると、可愛らしい腹の虫が鳴った。出所はユキだ。
「えへへ、いっぱい動いてお腹すいちゃった……」
「そういや、もう昼飯時か。救助活動に必死で忘れてたぜ」
「どうします? 一度アカツキ荘に戻ってご飯にしますか?」
「心配いらないわ。馴染みの店にお弁当を準備してもらうように頼んであるの。今から私とシエラで受け取りに向かうから、ここで待っていて」
「身体を休めておいてください。特にクロトさんとエリックさんは大変な目に遭いましたから」
「ほとんど自分のやらかしが原因ですけどね」
「分かってんなら自重して冷静に行動してくれ」
「はい」
苦虫を嚙み潰したような顔でエリックに言われてしまった。本当に申し訳ないと思う反面、助けてくれた礼は尽きない。
レムリアを去っていくシュメルさん、シエラさんを横目に。セリスの魔法で、俺とエリックの吸水したジャージの水分を抜き取ってもらう。
周囲に浮遊する水玉が膨らんでいく度に、全身の重たい感触が徐々に軽くなっていく。多少湿っているが、この天気ならすぐに乾くだろう。
レジャーシートを敷いて、昼休憩の準備をし始めるカグヤを手伝おうとして。
「「「ヒーヒッヒッヒッヒ!」」」
妙に甲高い特徴的な笑い声が、シュメルさん達が出ていった場所とは別方向から響く。
声の元へ視線を向ければ、人相の悪い男性陣が数人。石畳の道を無遠慮に歩いて近づいてきた。
「どちら様でしょう? シュメルさんが依頼した業者の方?」
「いや、色んな専門職の人に連絡したけど請け負ってもらえなかったみたいだし、関係ない人だと思うよ」
「んんー……? おい、アイツらの服装、冒険者の装備じゃあないかい?」
「なんだかごっついね」
「おまけに後ろにはハンマーやら斧やら、破砕目的の武器がたっくさん。……穏便に、話をしに来た風体じゃねぇな」
「そのとぉりッ!」
セリスとユキ、エリックの声を耳にしたのか。
俺達の前で立ち止まる、男性陣の中からリーダー格の男が現れた。大柄で髭面、頬に傷がある。
「泣く子も黙る壊し屋稼業の冒険者クラン──“ワイプアウター”のウェレクとは俺様のことさ!」
「聞いてもいないのに名乗り出した」
「推定ただの不審者でしかなかったし、呼び名が分かってよかったじゃん」
「もじゃヒゲおじさん」
警戒しながらもツッコむセリスを諭すが、容赦のないユキの表現に吹き出しかけた。
「ワイプアウター、ウェレク……ああ、思い出した! お前ら、冒険者ギルドのブラックリストに入ってる害悪クランじゃねぇか!」
「なんだい? 有名なのかい?」
「冒険者ギルドに与する大規模クランの一つですが、目障りな組織へ意図的に破壊行為を繰り返し、撤退させることを生業としている団体です」
「クランを結成した始めの頃はマトモだったが、だんだん金に目が眩むようになったらしい。良くねぇ企業やら商会に雇われて、詐欺まがいの手段で悪評バラ撒いて陥れたりもしていた。最近は大人しく息を潜めていたみてぇだが……」
「普通に犯罪だろ。よく捕まってないな? 自警団だって黙っちゃいないだろ?」
「ずる賢くも最低限クランとしての体裁を保っているんです。もしバレたとしても、トカゲの尻尾切りのように無関係を装って人員を捨てるので、疑われはするものの捕縛には至っていません」
「金さえ払えば仕事をこなす使い勝手のいい捨て駒だからな。悪質な商会や貴族から多少の支援は貰ってやがるし、後ろ盾もある。もちろん、大っぴらに見せつけないようにな」
「ふん、よく知ってるじゃないか」
ウェレクと名乗った男は、スレッジハンマーを構えた。……裏業界で名が売れてるにもかかわらず、頭が足りなそうに見えるが注意は必要か。
後ろ手で見えないように召喚陣を展開。飛び出してきたソラに意図を伝えて、宿泊エリアの偵察に向かってもらう。
背の高い草に紛れて走り去っていくソラに気づき、エリック達が肩を震わせるがウェレクには感づかれなかったようだ。
「今回は調子に乗っているガキどもと風俗の女を痛めつけてやれってんで、莫大なカネを貰ったんでな。おまけに、どんだけ手を出してもぜーんぶ“事故”として片付けてくれるってよ!」
「なるほど。俺らを良く思ってない連中から依頼されたって訳だ。……ついでにレムリアを滅茶苦茶にしてやろう、って腹積もりか」
「おうともさ! 誰も悪名高い再開発区画の整備なんて請け負うヤツなんざいねぇ! もし出来たとしても一週間そこらで完了するはずもねぇが、念には念を入れておこうと思ってな!」
「その辺の情報を知ってるってこたぁ、依頼主はギルドの連中かい?」
「だろうな。レムリアの整備について知ってんのは依頼を受けた俺らと、頼んだシュメルさん、シエラさんと学園長たち。他にいるとしたらそいつらだ」
「彼女達がワイプアウターを仕向ける必要がありませんし、他に内情を把握しているのは期限を設けたギルドの方だけですからね」
「とりあえず、悪い人?」
「そうなるかな」
ウェレクと俺の顔を右往左往させるユキに頷く。
そうこうしている内に彼と、その後ろに控えていた諸々のメンバーが武器を手に取り、踏み出してきた。
「丸腰のガキどもを相手にするだけで五〇〇万メルだとよ! ヒーヒッヒッヒ!」
「てめぇらに興味はねぇが、オレらも食い扶持を稼がにゃならんからな。ワイプアウターを敵に回した自分の不幸を呪え!」
「良いようにちやほやされてるからって、女侍らせてでけぇ顔しやがって……ぶっ潰してやらぁ!」
「野郎ども、行くぞぉおおおおおっ!」
大号令をきっかけにならず者の群れが押し寄せてきた。
──その眼前に。ユキと並んで音もなく身体を滑り込ませ、拳を構える。
「ユキ、遠慮は無しだ」
「分かった!」
先陣を切るウェレクが振り下ろした、スレッジハンマーの横っ面目掛けて拳を振り、軌道を逸らして。
気持ちのいい返事として、力を込めたユキの剛腕がウェレクの胴体に放たれた。
バゴンッ、と。風を切るにしては重い打撃音を鳴らす一撃は、呆けたウェレクの顔面を一瞬にして歪ませる。
その衝撃は留まることなく、共に駆け出していた集団ごと巻き込んで吹き飛ばした。
「がぼっ、げぁ! て、てめぇら……!?」
苦しげに呻き、手をついて立ち上がるウェレクが睨みつけてくる。
「言葉で納得しなさそうだから、実力行使で黙ってもらう」
「ここは皆の場所なんだからね! ユキ、守るよ!」
「アタシは自警団に連絡しようかね。気絶した連中、運んでもらわないといけないし」
「俺とカグヤは宿泊エリアを見てくる。先にソラを向かわせたみたいだが、人手が必要かもしれねぇ」
「人海戦術で妨害工作を講じている可能性は、考慮しておきたいですからね。私たちは徒手格闘に秀でている訳ではありませんし、それ以外で出来ることをしないと」
「カグヤ。何かに使えるかと思って、シラサイを荷物に入れてきたから持っていっていいよ。布に包んであるヤツ」
「本当ですか? では、ぜひ振るわせていただきます」
各々が行動を起こす中、ウェレク達が顔を真っ赤にして立ち上がる。
「この野郎……! ぶっ殺してやるっ!」
「私有地に無断で入ってきた馬鹿にお灸を据えてやるよ。やるよ、ユキ!」
「うんっ!」
次回、ちょこっとした戦闘描写の後にシュメルさん達と情報共有するお話です。