短編 アカツキ荘のおしごと!《第三話》
レムリア整備の始まりとして作るべきもののお話。
「それにしても歓楽街どころか南西区画長であるシュメルさんに圧力を掛けるなんて、ギルドにそんなことする人いるんですね。配達を頼んでるし、いい関係を築けてるとばかりに思ってましたよ」
「元々暗黙の了解の上で成り立っている歓楽街よ。坊やが一緒に仕事してた班はともかく、普段は抑えていても過度に潔癖症な人たちからすれば、滅却処分したい気持ちでいっぱいでしょうね」
「冒険者みたいに、いつも命のやり取りに置かれてる訳じゃない外野の連中から見たら、歓楽街の存在は到底看過できるものじゃあない、と。命の洗濯、ガス抜きの重要性を把握しきれないと爆弾でしかないなんですけどねぇ」
「いつだって欲を転がし、悦を商売にしている職は敵対視される。たとえ従業員の中に元貴族子女だとしてもね」
「うーん、そう考えると怖いんですよね。貴族社会で揉まれた経験と花園で鍛え上げられた手管があるんだ。ふとした拍子に、色んな根幹をひっくり返すような情報が出てきたとしたらヤバくないですか?」
「あら、坊やにはまだ話していなかったかしら? 花園は仄暗い事情を持っているお客様を接待し、情報収集を行う業務も兼ねているの。いわば情報屋、時々フレンの指示で送られてくる人もいる。そんな人こそニルヴァーナを標的に喰い潰そうと考えている外敵よ。手心を加えてあげる必要が無ければ、容赦するつもりもない」
「まさかの新事実発覚。いや、少し考えればやりそうだとは思ってましたけど……もしかして、花園に送られるだけじゃなく、花園からも人を送り出してる感じですか?」
「各国から大勢の人と物が集まるニルヴァーナだからこそ得られるモノがある。売り買いはもちろん、接待やコンパニオンとして。はたまたそういった目的を含めて花園の子達は自主的に自分を売りに出していく。嬉しい事に、それが育ててくれた私への恩返しだと言ってね」
「花園の皆さんを見ていれば、シュメルさんが慕われているのはよく分かります。だからって簡単に出来るマネじゃあない。……すごいな」
「自慢の娘たちよ。裏を読む、読めないにしろ、おのずと手が伸びてしまう方々とお酒の席や閨で心に寄り添い、通わせてしまえば……口は軽くなってしまう。思いがけず出てしまった情報をどう扱うかはこちら次第──違うかしら?」
「まあ、俺も人のことを偉そうに言えた義理じゃありませんけど、迂闊な自分を呪えって話ですね。歓楽街を収めている頂点の一端を改めて知れてよかったです。そんなシュメルさんの力になれるなら、レムリアの整備にも力が入りますよ。頼りにしててください」
「…………うふふっ、気持ちのいい答えね。だから好きよ、坊や」
◆◇◆◇◆
新たにレムリアと名を冠することになった再開発区画へ向かう。
道中、歓楽街の重鎮が学園ジャージ姿の人間を五人、しかも一人は初等部を連れて歩くという光景に二度見されたが。
アカツキ荘の学生組とシュメルさん、シエラさんを伴って夏空の下、荷物を背負って突入。
ちなみに生徒は休みだが教職員は期末試験の採点や、夏季休暇に向けた日程調整がある為、シルフィ先生や学園長は普通に出勤した。
先生自体の業務はほとんど終えているそうだが、学園長に泣きつかれて手伝っているらしい。大変ね、大人って。
「さて、と。前に区画の確認に来てから数日ぶりな訳ですが……」
「草がぼーぼーだねぇ」
荷物を地面に降ろして背中を伸ばしながら、ユキの声に促されて辺りを見渡す。
以前は芝生じみた緑と剥がされたような地面が目立っていた区画内は、背の高い雑草や薬草の類が繁茂していた。まだ幼く、苗木と言っても差し支えない木々もある。
手入れのされていない鬱蒼とした平原、とでも言えばいいか。
シュメルさんの提案を受けて、リブラスの異能で環境を整えた時から随分と様変わりしていた。
「自然系迷宮で見た覚えのある草花が目立ちますね。クロトさんの特殊な処理が功を奏した結果でしょうか?」
「迷宮化しないように植物の成長を促進するように仕向けたからね。でも、後で範囲を狭めないと地面を均すのが大変になるかも」
「そりゃあ建築場所の確保もしなきゃならんしな。こりゃ重労働かもしれん」
「専門的な知識が要求されそうだが、本当に俺達でやれんのか?」
「まずは簡単な部分から手をつけよう。シュメルさん、レムリアの図面とかあります?」
「それならシエラに渡してあるわ。出してあげて」
「はい、こちらになります」
そう言って、肩から下げたカバンから折り畳まれた厚紙を取り出す。
受け取り、それを広げれば、シュメルさんが理想としているレムリアの完成形が描かれていた。おおまかにレムリアを十字に切って四つのエリアに分けるようだ。
作業エリア、宿舎エリア、倉庫エリア、農園エリア。一番規模が大きいのは水場も含んでいる農園だが、一番楽なのもここだな。
「何はともあれ、まずは動線を作らないとね。物資の搬入、搬出に安全な道は必要不可欠。作業中でも、有る無しで効率が全然違う」
「至言ね。坊やの言う通りだと思うわ」
「道づくりかぁ……つっても、どうやんだい? 見ての通り、草原みてぇになってるが」
「図面では石畳を敷き詰めたいって書いてあるな。じゃあ草刈りと地固めは必須か?」
「あとは雨で氾濫しないように側溝を掘る……この区画全域となれば、骨が折れますね」
「その辺はいくらかズル出来るから、とにかく草刈りが最優先かな。よし、死蔵してた秘密道具を活用する時だ!」
「にぃに、どんなの?」
興味津々なユキに持ってきたバックパックの中から、刃の部分を保護した片手用の草刈り鎌を数本取り出す。
「はいこれ、範囲指定型対人保護機能付き鎌」
「なんて?」
聞き返してきたセリスから順にユキ、エリック、カグヤへ草刈り鎌を持たせる。
「これはルーン文字で付与を施した魔道具でね、魔力を通すと視覚化された範囲の草を刈れる優れモノだよ。実際の刃に触れたら危ないけど、範囲内に自分以外の人が居ても危害は出ない」
「なんだってこんなん作ったんだ……?」
「召喚獣の保護施設で雇われの庭師みたいな仕事してる人に、腰が痛くて難儀してるから便利な道具が欲しいって頼まれて。立ったまま作業できる道具をいくつか渡したんだ」
「その内の一つが、これですか?」
「うん。二人一組で、シエラさんとシュメルさんがそれぞれ付いてもらえますか? 図面を確認しながら監督していただければ手間も掛からないと思います」
「元から手伝うつもりで来ましたので構いませんよ」
「ええ。……坊やはどうするの?」
「一気に石畳の通路を作ります。その為の準備ですね」
続いてバックパックの中身を漁り、目的の物を取り出していく。
土属性の爆薬、魔力結晶、エレメントオイル、魔素水、羊皮紙、ルーン文字を書く“刻筆”。
一応、不足があれば現場で生成できるように錬金術の道具も持ってきたが……土地柄、魔力が豊富なレムリアなら大丈夫かな。
「んじゃ、早速やってくか。魔力を込めるってぇと御旗の槍斧と同じ感覚でやればいいんだろ? 楽勝だぜ」
「頑張るぞー!」
「組み分けは私とユキ、セリスさんとエリックさんに分かれましょうか」
「だな。シエラさんとシュメルさんにはどちらかに回ってもらって……てか、この鎌の範囲はどれくらいだ? 使用者を中心に二メートルぐらいか?」
「調整可能だけど最小は直径三メートル、最大範囲は直径一〇メートル」
「加減しろバカたれ」
遠慮の無いエリックに罵倒を吐き捨てられる。酷い言われようだ。
そのまま仕事を始めた皆の背を見やってから、手元の道具に視線を落とす。
『あの草刈り鎌があれば一時間足らずで作業は終わる。その間、羊皮紙に魔法陣を描こう』
『石畳の通路を作る、と言っていたな。そんなことが出来る魔法などあったか?』
『無いよ。でも極論になるが魔法ってのはイメージ、想像力を元に出力するものだ。自分が求めている形を強固なままに魔法式を構築して、魔力を通せば形になる。俺は土属性の適正が無く魔力も無いが、代替品を用意して手間を掛ければ……』
『土属性の、しかも設置型である魔法を行使することが可能、と。なるほど、その為の道具がこれか』
頭の中で語りかけてきたレオと話しながら“刻筆”を羊皮紙に向ける。
先生がいれば術式魔法に頼りたいところだが、無い物ねだりしたって降って湧く訳でも無し。円陣を描き、沿うようにルーン文字を刻んでいく。
『見た目はどうしよう……不揃いに見えて機能性がある感じにしたら、オシャレな街道みたいに見えるか? 冒険し過ぎかな』
『あくまで仕事で依頼された物だ。石畳の起源に忠実な代物へ仕上げるべきではないか』
『起源って原始時代にまでさかのぼるぞ? 有名どころで言えばローマ帝国のアッピア街道なんかが当てはまるが、歴史の教科書とかテレビぐらいでしか見たことないわ』
『であれば、寺社の参道や境内を参考にしてみるのはどうだ? 汝の記憶にある寺社の景観は非常に素晴らしいと感じるが』
『あー、それなら馴染みがあるし、いけるかも?』
レオと相談しつつ“刻筆”で文字を書き進めていく。
石畳の実態は自然石をサイコロ状に切り出した敷石を詰めていったものだ。平たく薄いタイルのような物をただ設置していくだけでは、耐久性に難があるしズレてしまう。
そうならないようにするつもりではあるが、自分に適性の無い、素人仕込みの魔法では粗が出てもおかしくない。
だからこそ神がいるとされる聖域へ足を踏み入れるべく、もしくはその神の為にと整備された参道を想像し、補強。
この場にある魔力と石畳の元になる素材を練り込み、誰も躓くことのない整えられた道を作るのだ。
脳内に浮かべたイメージを魔法式に込めていき、実現するように対応したルーン文字を綴る。
『……それにしても見事な物だな。汝はこの世界に来て数ヶ月にも関わらず、あらゆる技術に順応し、自分なりの解釈に落とし込んで適応している。到底、容易にマネできるものではないぞ』
『自分の未熟っぷりは誰よりも理解してるつもりだ。だから持ってる技術を寄せ集めて、努力するしかないだけ。凡人の足掻きだよ』
『突出した天才にも負けない特技だと思うが』
レオのぼやきを聞き流しつつ、出来上がった魔法陣に異常が無いか確認……文字の乱れや揺らぎは無い。
あとは魔法の発動に必要な魔素水とエレメントオイルの入った瓶、魔力結晶を魔法陣の起点に設置。土属性の爆薬“豊穣”を起爆剤として構えれば、準備は完了だ。
「ふぅーっ。すっかり集中しちゃってたなぁ」
「おーい、クロト! こっちは終わったぞ!」
三〇分ほどだろうか。
日陰を作らず、直射日光に当てられて噴き出してきた汗を拭い、遠くから手を振り寄ってくるエリック達を迎える。
「お疲れさま。使い心地はどうだった?」
「なんだかんだ言って作業効率が段違いに早かったぜ。図面上のルートは全部片付いたぞ!」
「ばっさばっさ切れていくの、すっごい楽しかった!」
「まあ、多少は道幅以上に刈っちまった部分はあるが……」
「後々、必要になってくるかもしれませんから些細なことかと。それでクロトさんの準備はどうですか?」
「ばっちりだよ。すぐに実行するから、草刈りした範囲から離れておいて」
「作業中に思っていたのだけど、刈った雑草は片付けなくていいのかしら? 邪魔にならない?」
「全部織り込み済みなので問題ないです!」
「そう言うことでしたら……」
大人組に誘導される皆を一瞥してから、図面上の道に置いた魔法陣に向き直る。
手にした“豊穣”の導火線を擦り、点火。魔法陣の中心に倒れないよう優しく置いて──踵を返し、爆速でその場を離脱。
「あれ、お前が離れていいのか?」
「巻き込まれるからね!」
「は?」
呆けるエリックを盾にして身を伏せる。
俺の行動を察したカグヤ達が瞬時に後ろへ並び、矢面に立たされた彼の言葉を遮って。
視界を埋め尽くすほどの魔力が閃き、爆音を響かせた。
◆◇◆◇◆
レムリアに響き渡った“豊穣”の衝撃は、目に見えて変化をもたらした。
可視化された土属性の魔素が伝播するかの如く、刈り倒された草を対象として線状に伸びていく。
微細な振動が地面を揺らしたかと思えば、隆起した土が草を呑み込み、咀嚼するかのように形を変える。
砂のように、泥のように。幾度となく組成を変化させていく泥土の塊は次第に硬質化し、不規則ながらも平らな石畳へと変貌。
土属性の魔法論理のみならず、錬金術の理論を組み込み発動させたクロトの魔法によって。
地面の揺れが収まった頃には、シュメルが理想としていたレムリアの図面通りに敷かれた道が出来あがっていた。
その光景を見ていた全員が、わずかながらも確かに、レムリアの整備を進める第一歩を踏み出したのだと実感する。
無骨ながらも太陽の光を受けて、鏡のように反射させる石畳の上を。
“豊穣”が生み出した土で身体の前面を汚したエリックが拳を振りかぶり、逃げるクロトを追う。
そんなやり取りに誰もが呆れ、または笑みを溢しながら。
アカツキ荘の初仕事が始まったのだ。
ズビャル……ではなく、流通の基本となる道を作り終えました。
ちなみに逃げたクロトはエリックに捕まって一発喰らいました。仕方ないね。
次回、ダイジェスト形式で地盤づくりをしていくお話。