第一四八話 帰ってきた日常
ついに学園組と合流したクロト達のお話です。
「──依頼主より完了のサインを確認しました。護衛依頼達成になります、お疲れさまです!」
「「お疲れさまでした!」」
冒険者ギルドの受付カウンターにて。
クラス適性鑑定士としても活躍しているシエラさんに依頼書を提出し、労いの言葉を頂く。
ちなみに、ギルド内にフェネスは入らなかったので外で待ってもらっていた。本来の全長でもひよこ状態でも扉をくぐれないのだ。
召喚陣に戻るか提案したが拒否されてしまったので、道行く人たちの客寄せパンダ状態になっている。出会ってからイメージに残っていた人を寄せ付けない高潔さはもうどこにもない。いいのか、それで。
ギルド内の喧騒を掻き消す、外から聞こえてくるフェネスへの歓声。
ご当地人気キャラと化した彼女を想像していると、カウンターにメル硬貨の詰まった袋が置かれた。
依頼の報酬金だ。セリスの目がキラキラと輝く。
「おほほっ、めっちゃ報酬金もらえたな! 折半して八割くらいは貯金、残りは持っておくか……!」
「貯蓄は大事だからね。あとはランク昇格の申請もついでに済ませておきたいけど……」
「ご安心ください。その辺りの手続きも終わらせておくように、アーミラ学園長から私の方へ個人的に連絡が来ています。準備は万全ですよ」
そう言って、シエラさんは事前に用意していたであろう書類を取り出した。
様々な要項が書かれたそれは、ランク昇格申請書だ。
「実技と筆記試験の免除は申し分なく。文句を言ってきたギルド上層部の連中は黙らせておいたので、諸々の記入をしてもらえれば大丈夫です」
「黙らせ……? いったい何を?」
「歓楽街の方から厚い支援がありまして。後ろめたく、公言されたくない情事に心当たりがある方々は皆、快く協力してくれましたよ」
「……シュメルさんかぁ……いや、まあ、楽に終わらせられるのなら越したことはないです、はい」
仄暗い笑顔を浮かべるシエラさんから視線を逸らして、申請書に手をつける。
嬉々として痴情の縺れを脅しの道具に使うのはシュメルさんらしいというか、何の躊躇いもなく使うあたりシエラさんも大概というか。
「そもそもの話としまして、納涼祭でクロトさんの個人情報が漏洩していたことが発覚しましたね? あれはそういった場に居合わせた冒険者から漏れていたのもありますが、貴方を良く思わない一部の上層部が意図的に漏出させていたんです」
「ああ? そんなことされてたのかい?」
「塩漬け依頼ばっかりやってるから舐められてるとは思ってたけど、程度の低い嫌がらせだなぁ……」
「発覚したのは密かに内部調査を行っていたギルド本部監査員の報告によって、ですが。冒険者といえど学生身分の個人を貶める悪質な行為として罰せられておりまして。そこに歓楽街の協力もあったので円滑に脅迫……恐喝……交渉を進められました」
「自業自得で自分の首を締めてんだからどうしようもねぇな」
「同情の余地もないね」
ざまあみろ、と。口に出さず心の中で吐き捨てて、書き終えた申請書をセリスと共に差し出す。
記入漏れが無いかを確認してもらい、次いでデバイスを要求されたので手渡した。
「ではお二人のデバイスをCランク冒険者として更新しますね」
「今更だが、デバイス自体が身分証明書みたいなもんだから偽造なんてできねぇんだな」
「一応、本部を通して支部全体に周知されるから顔と名前は割れるし。デバイスを紛失してもランク変動とか無しに再発行してもらえる規則があるよ。お金は掛かるけど」
「はえー、便利……」
感心するようにセリスは頷き、所持する分のメル硬貨、紙幣を財布に入れる。俺も同じように詰め込んで重く、分厚くなった財布をポケットに仕舞う。
入学金の返済もより早まった……ロベルトさんには感謝してもしきれないな。
「お待たせしました。本日、現時刻を以てアカツキ・クロト、セリス・フロウ両名のCランク昇格を承認します。おめでとうございます!」
「「おおっ……!」」
返されたデバイスの画面には学生、冒険者として身分を示すプロフィール欄が表示されている。
所有者が操作できない部分には確かに、Cランク冒険者と記されていた。ねんがんの Cランク資格を てにいれたぞ!
「「ぃやったーっ!」」
「つきまして、重ねてご報告させていただくことがあります」
セリスと肩を組んで喜んでいたら、ぴしゃりとシエラさんが手を上げる。
「クロトさんを代表としているクラン“アカツキ荘”に私、シエラが冒険者ギルドとの専属仲介役として所属する運びとなりました。これはアーミラ学園長からの推薦もあって叶ったことですので、末永くよろしくお願いしたく思います」
「専属仲介役……というと?」
聞き慣れない単語に、小躍りしていたのを止めて問いかける。
「具体的にはアカツキ荘、引いては所属する方々を指名する依頼でしたり、オススメできそうな依頼を斡旋したりと。冒険者ギルドのみならず、様々な用件に対応する窓口として機能する専門的な立場です」
「そりゃあ便利っつーか、ありがてぇっつーか。なんだってアンタがそこまでしてくれるんだい?」
「納涼祭からギルドの情けない痴態を晒し続ける姿勢にうんざりしていまして……セクハラも酷かったし。今回の昇格関連でも暴れ過ぎて目を付けられてしまったんです」
「さすがに何の代償も無くとはいかなかったんですね。無理をさせて申し訳ないです……」
元はと言えば俺達が早急にランク昇格を果たしていれば、こんなことにはならなかった訳で。
学園長も良いように頼り過ぎてないか? シエラさんは無関係なのに。色々と便宜を図ってもらい、巻き込んで、組織内のいざこざで目立たせてしまった。
しかし彼女は首を振り、晴れやかな笑顔を浮かべる。
「いえ、私怨もあったのでそこまで気にしてはいませんよ。程よく稼がせてもらいましたし、私以外にもクラス適性を見れる職員はいますから。これを機に辞めてもよかったんですけど、アーミラ学園長に“ウチの子達と一緒に活動したら今より安全だし面白いと思うわよ”と」
「それでウチらと関係性が深い役職に志願したってことか」
「皆さんとは見知らぬ仲という訳ではありませんし、何より納涼祭で占いの館を開いていたのを覚えていますか?」
「俺と学園長、セリスも受けたって言ってたよね? かなり評判が良かったと聞いてますけど……」
「あまりにも好評ということもあって、定期的に占いの館を学園で開けないかと打診を受けているんです。専属仲介人ともなればギルドへの依頼収集、定期報告ぐらいしか用がありませんし、事務員として学園職員の席もご用意していただけるとのことです」
「結局めっちゃ仕事増えてませんか、それ」
「冒険者ギルドで仕事を続けるくらいなら許容範囲の範疇ですし、勤務場所がアカツキ荘と距離が近い学園に変わるだけですよ」
俺の与り知らぬ部分ではあるものの、言葉の節々に感じる圧力から察するに相当な怒りを溜め込んでいたようだ。
まあ、シエラさんが納得してるなら別にいいか……あっ、そうだ。
「すみません、言い忘れてたんですけど依頼先で新しく召喚獣と契約したので、申請書を貰ってもいいですか? あと大型召喚獣用の契約証明プレートも」
「召喚獣って窓から見える黄色い、毛玉……みたいな、アレですか?」
「形容しがたい気持ちは理解できるが、めっちゃ強くて頼りになる奴なんだぜ」
「な、なるほど。まあ、クロトさんならそういう不思議な縁に恵まれていてもおかしくは無いですね」
ユニーククラス《ホロスコープ》によって変性した、特殊属性に該当する占星魔法の影響で感じるところがあるのだろうか。
シエラさんは深く考えるのを止めて、書類と紐付きプレートを差し出してきた。代金として一万メルの出費を求められるが、今の懐が温かい俺には関係ない。
メル硬貨を取り出してから意気揚々と書類に記入する。えーと、名前と種族と特徴と……
「いやぁ、なんにせよ無事に色々と終わりそうでよかったよ。あっ、そうだ! エリック達に帰ってきたこと連絡しないとな」
「そっちは任せていい? 俺はフェネスの書類をまとめておくから」
「あいよ。って、なんかめっちゃメッセージ来てるわ……“今どこにいる!?”だって」
「“黄色い毛玉が目印”って返したらすぐに分かるんじゃない?」
「素直に“冒険者ギルドにいる”と伝えればよいのでは……?」
困惑気味なシエラさんに書類を渡して、代わりに紐付きプレートを手に取る。
後はこれを外にいるフェネスに付けてあげれば、正式に俺の召喚獣として認可され、野良だと思われることはない。
ウキウキな気持ちでシエラさんへ頭を下げ、早速フェネスの下へ行こうと踵を返す──寸前で、冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれ、見覚えのある顔が飛び込んできた。
エリックとカグヤだ。デバイスでメッセージを返すよりも早く、居場所を特定されてしまったらしい。
授業を抜け出し、学園から走ってきたのか。肩で息をしながら辺りを見渡し、俺とセリスの顔を視認したようだ。
二人してぱっと貌を輝かせて、小走りに近寄ってきた。もしかして、無事に帰ってきたか不安で会いに来てくれたのかな?
カグヤはともかくエリック優しいじゃーん、と。胸を張って俺達も応えようとした。
「なにやってんだてめぇらぁあああああ!」
「「ぎゃーッ!?」」
「エリックさん、落ち着いてくださいっ!」
……身構える隙が一切ないままに。
挨拶代わりに両脇で固められ、ヘッドロックをかけられるまでは。
「こんの馬鹿どもがぁ! 新聞の一面を飾ったり、でけぇ鳥に荷台ごと運ばれたり! なんだっていつもいつも騒ぎを起こさねぇと気が済まねぇんだ!」
「いでででっ! な、なんだよぉ!? ちょっと問題はあったけどちゃんと帰ってきたのに!」
「しっかりランク昇格申請も出したから一人前のCランク冒険者になれたのにっ! 何がそんなに気に入らないってんだい!?」
「限度があるだろっ、目立ち過ぎだっての!」
ギルド内の動線で邪魔にならない位置に移動されて、ギリギリと頭を締められる。
くそっ、抜け出せねぇ!
「既に学園でも街でも噂になっていますよ? 大きな鳥が障壁を抜けてニルヴァーナに侵入してきたとか、大きなひよこが大通りを歩いているとか。話題の的になっています」
「ああ……おおむね事実だね」
「新しい仲間だぜ。歓迎してくれよな!」
「バサッと情報の洪水を浴びせてくるのはやめてくれ、処理が追いつかねぇ!」
悲痛なエリックの叫びに応じて締め上げる力も強くなる。
「ですが、お二人とも依頼を完遂できてよかったですね。目立った怪我もありませ……よく見たら、包帯だらけ。また命を賭けた激戦をくぐり抜けてきたんですか……?」
「それ見たことか、まぁた怪我してんじゃねーか! 用が済んだんならとっととオルレスさんの診療所に行くぞ!」
「ぐえぇ……! で、でも大体治ってるから安心してよぉ……!」
ズルズルと引きずられてギルドの外へ。
俺とセリスの姿を認識したのか、人に群がられていたフェネスが寄ってきた。
『クルル?』
待たせて申し訳ないという気持ちが湧くものの、一切気にしていないようだ。
というか傍目から見れば、召喚士が知らない男に危害を加えられている構図なのだが、フェネスは何もせず傍観している。
大丈夫? 守るべき主に対して、召喚獣として正しい立ち位置か? それ。
「本当に大きいですね。保護施設のケットシーにも負けないくらいですよ」
「フェネスっていうんだ。クロトが言うに身体の大きさを自由に変えられる特技があって今は違うが、本当の姿は綺麗系な美人さんさ」
「まあ……! 後で見せていただくことはできるのでしょうか?」
『クルルッ!』
「大丈夫だって。あっ、悪いけど、このプレートを掛けてあげて。契約済み召喚獣の証明になるから」
「分かりました。失礼しますね……私、カグヤと申します。今後とも宜しくお願いします」
『クルッ!』
「なんで普通に雑談してんだ、順応し過ぎだろ! さっさと行くぞ!」
エリックとカグヤに出会い、ようやく帰ってきた実感が湧いてきた。これだよこれ、こういうのでいいんだよ。
大通りを変わらず引きずられて、俺達はオルレスさんが待ち構えている診療所へ連行されていくのだった。
もうちっとだけ続く感じですね。昇格関連とフェネス、魔剣についての話で二話分。
次章に続くエピローグが二本か三本ってところです。
次回、胃痛が止まらない学園長と先生、呆れるオルレス、クロト達が帰って来て嬉しいユキのお話です。