第一四七話 問題児どもの帰還
あっさり気味ですが、ニルヴァーナに戻って来たクロト達のお話です。
クロト達が優雅な空中ぶらり旅を楽しんでいる最中。
ニルヴァーナの冒険者学園、二年七組の教室で。
「「はあ……」」
ホームルームを終えたばかりの室内で、重苦しいため息を吐く男女が二人。エリックとカグヤだ。
クロト達を快く送り出したのは良いものの、変な方向に思い切りの良いアイツらがやらかしてないかと不安で。
順応力が高く、どんなことが起きても対応できそうな二人でも、不慣れな郊外に戸惑っていないかと心配して。
今でこそ職員室に戻っているが、ホームルーム中のシルフィも心ここにあらずといった様子で出席を取っていた。もちろん、頭の中はクロト達のことでいっぱいだ。
アカツキ荘に関係する誰もが似通っている感情に押し潰され、心労が祟っていた。無理もない。
「おいおい、二人していつまで辛気くせぇ顔してんだよ。クロトとセリスが護衛依頼に出て、今日ようやく帰って来るんだろ? 嬉しいことじゃあねぇか」
そう語りかけてくるのは、納涼祭で執行委員を務めていた犬人族のデールだ。
口々に言わずとも、周りのクラスメイトも同じような感想を抱いているらしく何度も頷いていた。
クロトとは出会って三ヶ月弱、セリスに至っては一ヶ月ほどの付き合いとはいえ、馴染んでいる彼らは七組にとって無くてはならない存在になっていたのだ。
「そりゃあ、アイツら……というかクロトは何やらかすか分かんねぇ爆弾みてぇな奴だけど、今回は大人しく仕事をこなしてくるさ」
「学生業、冒険者業にも関与する大事な依頼ですからね。……ユキだけはずっと二人を信じて待っているのですから、見習わないといけませんね」
「だからって油断しちゃならねぇぞ。出先で何か新しい問題に巻き込まれてる可能性があるからな」
「警戒し過ぎだって……」
アカツキ荘のメンバーと比べてクロトへの理解力が足りないデールは、机から教科書を取り出して開く。
期末試験の実技期間中ということもあって高等部の授業は数日間、自主学習という形を取って自由に行動が可能だった。
現に七組の全員が実技課題を終了させており、手隙かつ暇なこともあって多くの生徒が教室に留まり、各々が好きな事をしている。
「ほら、貸してやるから新聞でも読んで落ち着けよ。朝刊速報に面白れぇ見出しが載ってたんだ」
「面白れぇ見出し?」
自身が購買で購入した新聞をエリックに手渡して、デールは机に向き直り返却された筆記試験の見直しを始める。
気になったカグヤも横から覗き込み、新聞の一面を見れば……そこには霊峰に関する情報が記されていた。
「【驚愕! 地表型迷宮“霊峰”にて地殻変動が発生?】……あ?」
「先日、霊峰の一画が何らかの要因によって崩れ落ち、地形が大きく変わってしまったとの情報が迷宮観測隊から入ってきました」
「数か月前、迷宮主たるワイバーンの消失からミスリル鉱石を筆頭に多くの迷宮資源が発見された“霊峰”ですが、近頃は採掘作業員の負傷が多く作業に支障を来たしていたとのこと」
「原因不明であり早急に突き止める為、麓村の村長主導の元に捜索隊の編成を視野に入れていました」
「しかし昨日正午過ぎ、霊峰に雷や光線などの異常現象が発生したのち、一部の山がまるで切断されたかの如く崩落……」
「次々と発生する怪奇現象の正体とは一体? 真相究明の為に当新聞社は本日未明、詳しい内容を知るべく調査員を派遣。続報をお待ちください……」
「「…………」」
霊峰で起きた出来事が羅列された多くの文面に、二人はふとした眩暈を耐え切れなかった。
クロト達が向かった先は霊峰であり、内容は商会が取り扱っているミスリル鉱石を主とした迷宮資源の仕入れ──そこに問題が起きている。
時期も内容も恐ろしいほどに噛み合っていた。嫌な予感が治まらない。
「……私、少し横になりますね」
「奇遇だな、俺も仮眠を取ろうと思ってた」
何も考えたくない、と二人は新聞をデールに返し、無様に机へ突っ伏した。
それから数時間後。まどろみを揺り起こす、興奮気味な声で目を覚ます。
「おいっ、北の方から何か飛んできてるぜ! 大きな、鳥?」
「普通に障壁を通ってきたみたいだし魔物じゃないね。なんか掴んでるみたいだけど、何あれ?」
「クロトがいれば双眼鏡とかいらねぇんだがなぁ。つい買っちまった物を使うか」
「デール、また衝動買いしたの? 地表型ならともかく一般的な迷宮じゃ使い物にならないでしょ」
「うっせ、現に役立ってんだからいいだろうが。どれどれ……綺麗な体毛の鳥に、あれは商会で使われてる馬車の荷台だな。魔物じゃないなら召喚獣だろうが、結構な荷物を載せてるのによくもまあ飛べるもん…………あ?」
「どうした?」
教室中の全員が窓際に立ち、釘付けにされている光景。
エリックとカグヤも寝ぼけ眼を擦りながら、その後ろから同じく外を眺めようとして。
「俺の見間違いでなければ荷台に人が乗ってるんだが──クロトとセリスがいる」
「「は?」」
突然の報告に目が覚めた。
◆◇◆◇◆
休憩なしにもかかわらず、フェネスは元気よく飛翔し続けて。
予想通り、二時間も経たない内にニルヴァーナの外壁が見えてきた。
人目を集めてしまうことを考慮して、人気の無い所へ降りてからニルヴァーナに入ろうと思ったが、想定より荷台が重く引くことが出来ない。
仕方なく魔力障壁を抜けて、初めてロベルトさんと出会った馬車の停留所に降り立つ。人々のざわめきといくつもの足音が近づいてきた。
フェネスの存在に気づき、何事かと詰め寄りたくなったのだろう。霊鳥の伝承を知らない人でも魅了する美しさがフェネスにはあるからな。
それに馬車を利用するのは商人に冒険者、旅行客など。珍しいモノ見たさに寄ってくる知的好奇心を抑えられるのは難しい。
しかし、ううむ、やはり面倒事になった。空路輸送の揺れによる乗り物酔いで気分は悪いが、どうにかせねば。
対処の為にセリス、ロベルトさんと荷台から降りた瞬間、荷台の屋根上から炎を思わせる光が溢れ出した。フェネスからだ。
背負うように影が生まれ、目を守ろうとして集まりかけた人々の足が止まる。次第に光は薄れていき、吐き気を抑えて振り向けば──
『クルルッ』
愛くるしく鳴きながら、本来の面影を残しつつも。
二メートル程まで頭身が縮み、大きなヒヨコじみた姿へ変貌したフェネスがいた。
◆◇◆◇◆
召喚獣の中には外敵から身を潜める為、もしくは欺く為に肉体を変えられる種族がいると小耳に挟んだことがある。
生まれついてか、成長していくにつれてか……どちらにせよ、フェネスにそういった特技があるとは思わなかった。
呆気に取られた男性陣とは打って変わり、黄色い声援を上げる女性陣に撫でられ、ご満悦な彼女を視界の端に収めつつ。
問題も無さそうなので気を取り直して、荷台を元の状態に戻し、ロベルトさんから書類を受け取る。
「二人の依頼書にサインをした。ちゃんと霊峰調査の件も記してある。これをギルドの受付に持っていけば、護衛依頼は無事に達成されたことになる」
「ありがとうございます! というか、荷物はここに置いといていいんですか?」
「ウィコレ商会に連絡を出したから、少し経てば荷運びの人員を送ってくるだろう。後は任せてくれ」
依頼書の内容を確認していると、ロベルトさんが頭を下げる。
「二人とも。今回は私の要望にも応えてくれた上に、取り引き先の安全確保もしてくれたこと、心より感謝させてくれ」
「いやいや。むしろアタシらが結構好き勝手しちまったこともあるし、お互いさまってやつさ」
「ああ……本当に、ありがとう。もし迷宮資源で何か入用な物があったら、ウィコレ商会を訪ねてくれ。君達の──アカツキ荘というクランの力になろう」
顔を上げて、気持ちの良い笑顔を浮かべ、握手を求めてきたロベルトさんの手を取る。
強く握り締め、セリスとも握手を交わしていると商会の人員がやってきたのか。一礼だけして、その人たちの下へ向かっていった。
「それじゃ、俺達も行こうか」
「おうよ! いざ、冒険者ギルドへ!」
「フェネスー? ついてきてー?」
『クルッ!』
ゆるキャラと化したフェネスを呼べば、小さくなった翼をパタパタと動かして。
名残り惜し気な声を背にしながらぴったりとくっついてきた。親鳥の後に続く、雛鳥のように。
せめて魔物と誤解を受けないように、脱いだ制服を首元に括りつけて。
俺達は様々な感情が入り混じる視線を受けながら歩き、冒険者ギルドの扉を開いた。
同時刻、学園長室で同じ新聞を流し読んでいたフレンは飲んでいたコーヒーを噴き出した。
大きなひよこ状態のフェネスは横に太いシマエナガのような感じでイメージしてください。可愛いでしょ?
次回、ようやくCランク昇格を果たしたクロトとセリス、追及してきたエリックとカグヤのお話です。