第一四五話 事後処理と思わぬ厚意
村に戻ってきたクロト達とフェネスに驚かされる人達のお話。
「異変の正体である魔物を討伐しただって!?」
「しかもユニークモンスターの変異種だと!?」
「山が崩れたのは魔物じゃなくて君の武器が原因!?」
「何をどうして霊鳥と出会って乗せてもらえたの!?」
「それより血だらけじゃないか。薬師を呼んでくれ!」
「「わ、わぁ……ァ……」」
『──っ』
キュクロプスとの戦闘による影響がどうやら広がり過ぎていたらしい。
山が崩れ落ちるという、視覚的にも無視できない情報が流れていった訳で。
仕方ないとはいえ覆い被さってくる質問の網に絡まれながら、セリスと共に──ソラは疲れていたので召喚陣に戻した──疑問の解消に努めていく。
急遽、村の広場に設営された簡易的な椅子とテーブルに座り、村長を筆頭に村民から囲まれる俺達を眺めて、大変そうだ、と。
自身もまた、敬虔に崇めてくる者達からの貢ぎ物……籠に入った果物を呑み込み、フェネスが首を傾げた。こいつ、くつろいでやがる……!
「しかし、キュクロプスか。摂取した鉱物に由来した性質を持つとされるユニークの変異種なら、特性はミスリルと同等だったのだろう。よく二人で討伐できたものだ」
「すんげぇ大変だったがね。アタシ、というよりはクロトのおかげで倒し切れたって感じさ」
「斧も弓も爆薬も全部使い切ったからなぁ。最終的にシラサイの結合破壊に助けられたし、迷宮主の力は伊達じゃないね」
「キュクロプスも迷宮主に相当する魔物のはずだが……?」
対面に座るロベルトさんが眉根を押さえ、ため息を吐く。
何やら俺達の為に奮闘してくれていたようで、大変申し訳ない。
「単なる護衛依頼の一部として片付けようと思っていたが、麓村やウィコレ商会にとっても大きな借りが出来てしまったな」
「そんな気にするほど……ではあるのか。フェネスに治してもらったとはいえ、クロトは死にかけた訳だしな」
「と言っても、霊峰の調査を受諾したのは俺達の意思で、ロベルトさんが提示した報酬に納得して行動したんだ。衝動的な部分もあったし、恩着せがましく追加で何かを要求したりはしませんよ」
「君達の聞き分けと察しが良すぎて感覚が麻痺しそうだ……」
俯くロベルトさんが頭を抱えた。お労しや……
「もし気になるようでしたら、キュクロプスの素材を譲ってもらえると嬉しいです。自分も鍛冶や錬金術で鉱石を多用するので」
「分かってはいたが、武芸に秀でるだけでなく職人としても優秀なんだな……了解だ。護衛依頼と、霊峰に発生した異変の調査と原因の討伐に合わせて報酬金を増やし、キュクロプスの素材は君達に譲渡するとしよう」
「ありがとうございます!」
「んー? どんくらい価値のある物かまだ見てねぇから分からんのだが、そんなにすごいのかい? アイツの素材って」
ゴソゴソ、と。セリスはバックパックから布の塊を取り出し、テーブルに置いた。
そのまま布を解けば、露わになるのは透明感のあるミスリル鉱石。何度見ても見事と言わざるを得ないほどに製錬された最高級品質の一品。
素人目にしても息を呑み、商人として審美眼が鍛えられているロベルトさんも、見ただけではっきりと理解したのだろう。
結晶と見紛う高純度のミスリル鉱石など、誰もが手を伸ばす垂涎モノの品だと。
ズルいと思われるかもしれないが、先手を打ったのはこちらである。
「キュクロプスの体内で錬成された鉱石と魔素器官である単眼の肥大化水晶体は討伐の証でもあるので引き取らせてもらいますね! いやぁ、太っ腹で助かるなぁ!」
「ぐ……おっ……商人として、個人としてっ……義に反する行いはしない……! 吐いた唾は、呑まない……ッ!」
「すんげぇ葛藤してらぁ。そんなにイイ代物なのかい?」
「セリスの御旗の槍斧が三〇本は買えるね。癒し水の御旗込みで」
「えっ」
呆けた声を漏らすセリスの目が、俺の顔をキュクロプスの素材を何度も往復して。
震えた手で布に包み直し、バックパックに詰めて懐に抱え込んだ。重要性を理解してもらえて大変ありがたい。
遠巻きに俺達を疑いの目で見ていた駐在冒険者も、討伐した証明を目の当たりにしてバツが悪そうに去っていった。
自分達と同じランクの、しかも学生冒険者がユニークを倒せるはずがないと考えていたのだろう。全く、失礼な奴らだ。
戦闘の影響がどのように広がっているか確認してきてほしい、と村長に依頼されていたのに。
ずっとこちらを観察していたのだから、さっさと仕事をこなしに行けば、見ずに済んでなけなしの自尊心を傷つけられることもなかっただろう。
「おーい、薬師の準備が出来たってよ!」
質問の嵐もひと段落したところで、村民の一人が大きく手を振って歩いてきた。
その後ろには老齢の男性が大きなカバンを片手に持ち、杖を突きながらついてきている。恐らく、彼が麓村に在住しているお医者様なのだろう。
途中、フェネスに恭しく頭を下げ、続いて俺達にも挨拶をしてくれた。
「霊鳥様に治癒を施してもらったとお聞きしましたが、念の為に儂の方で診てもよろしいですかな?」
「俺よりセリスを優先してもらえると助かります。彼女、殴られて腕の骨が折れてるのに治しながら戦ってたので」
「雷と光線に焼かれて魔力回路が裂けたお前の方がヤバいだろ」
「なんと剛毅な方々か……ひとまず、そちらの女性から始めましょう」
診断を始め、セリスの自己申告も合わせて、目に見える部分の状態を薬師のお爺さんが確認していく。
スキルや魔法、ポーションでの回復はあくまで応急処置。
しっかりと医者に診てもらい、治療してもらうのが長生きの秘訣である。冒険者として活動していく上で大切なことだ。
……無視して色々とやらかすから、俺はオルレスさんに怒られているけど。
順調に診療は進み、青痣になっている右腕を酷使しないように言いつけられ、セリスは鎮痛作用の薬草と共に包帯を巻かれて固定。
俺はフェネスに治癒されたとはいえ身体の各所にある裂傷と火傷痕を晒すこととなり、周囲の村民が目を覆った。
何故生きていられる? とシンプルに疑問を持たれ、納涼祭ぶりにミイラ状態と化したのだ。
治療が終わり、事態も落ち着いた為か人が少なくなり、時刻は午後一六時を過ぎた頃。
いつの間にやら村の広場から退散していた村長がやってきて、ささやかな宴席を用意する、と。
霊峰と生活を重ねてきた麓村に安寧をもたらし、伝承のフェネスを招来した若き英雄たちへ。
腰の据わりが悪くなるような浮ついた言葉を並べられ、広場に大皿へ料理を盛った村民達が集まってきた。
麓村に来て早々、村長の家で話を聞き出立した、よく分からない連中を受け入れて。
大勢で持て成してくれる人達の厚意を受け取って。
俺達は少し早めの夕食を兼ねた、宴会を楽しむことにした──
◆◇◆◇◆
途中、激闘の地となった採掘現場の確認を終えて、村に戻ってきた駐在冒険者から。
不躾な敵意と対抗心を向けたことを謝罪され、羨望の眼差しを受けるという事態が発生したものの。
つつがなく宴席は続き、夕焼け空はすっかりと星の瞬く夜空へと変わっていた。
学生という身分もあり、怪我人でもあるので程々の時間で退散し、駐在冒険者用に建てられた宿舎へ。
ログハウスのような外観に、二つの部屋が隣り合っている建物だ。
「く、喰い過ぎた……」
「そりゃあ、あれだけ食べて飲んでしてれば満腹にもなるだろうよ」
遠慮なく爆食した結果、ウッドデッキを千鳥足になりながら歩き、個室へ入っていくセリスを見送ってから扉を開ける。
人の魔力に反応し、結晶灯が点灯。清潔感のある寝具と備え付けのテーブル、壁に建て付けられた上着掛け、武器掛けがある部屋だ。
事前にロベルトさんがバックパックを運んでくれていたようで、テーブルの脇に置かれていた。
ちなみに、ロベルトさんは村長に招かれて宅飲みしている。明日、ニルヴァーナに帰る予定だから潰れてほしくないんだが……
『おお、簡素ではあるが十分な機能性を持った部屋ではないか』
「ちゃんとした宿屋はあるけど、ギルドから出向した冒険者には専用で建てた宿舎に滞在してもらうんだってさ。治安維持の観点でね」
『いくら正規の手順を踏んでやってきた者であっても、住み場所を荒らされる可能性がゼロとは限らないからな。よく出来ているものだ』
迂闊に声を出さない為に控えていたゴートと話しながら、徐々に修復が始まった制服と魔導剣、シラサイを掛ける。
今回はキュクロプスの異変騒動によって怪我をした採掘作業員の為に、病床代わりに宿屋を使っていて満席だから仕方なく、という話だったけど。
ぶっちゃけ用意してもらっただけありがたい。快く受け入れてもらえなかったら最悪、村の外で野宿しようかと考えてたからね。
「とにかく、今日は疲れた……昨日からロクに寝てないし」
今更やってきた疲労と眠気に誘われるように、ベッドへ身を投げ出す。程よい硬さのマットレスが身体を掴んで離さない。
次第に薄まっていく部屋の照明に代わり、木枠の窓から村の広場の明かりが差し込んできた。
今は鳴りを潜めて村民の方々が片付けに入っているが、大騒ぎの残り火は早々に消えるものでは無い。
俺達のように家へ帰った村民も、まだ興奮が冷めていないのか。どこの家屋も明かりが漏れ出していて、楽しそうな影が通り過ぎていく。
「伝承の霊鳥が姿を現したってこともあって、みんな元気だねぇ」
『以前から存在自体は示唆されていた折に異変の解決と共に参上した……伝説の録歴に記されてもおかしくない。気が昂るのも致し方ないだろう』
そんなフェネスも老若男女問わず慕われ、宴会を満喫していた様子だった。
前に出会った時は高潔な印象を受けたし、人を嫌っているような言い振りを受けていたが、レインちゃんや子供に優しかったり意思疎通を取ってくれたり、と意外に取っつきやすい性格をしているんだよな。
俺達の所に降りてきたのも、騒ぎを聞きつけてきたからってだけじゃなさそうだし……ところでずっと居座ってるけど、いつ帰るつもりなんだろ?
「ふわぁ……いかん、寝落ちする前に歯磨きしないと」
『水場は確か、村の広場に井戸があったな。借りるとしようか』
「うーい」
二〇分ほどベッドでゴロゴロしていたが重要なことを思い出し、バックパックの中から歯ブラシセットを取り出す。
宿舎を出ると霊峰から吹いた冷たい風が頬を撫で、次いで隣から豪快な寝息が響いてきた。寝るの早いな、アイツ……まあ、いいや。
宿舎で休んでいた間に人気が無くなった、広場の灯りを頼りに井戸へ向けて歩いていき、水を汲んでおく。
自家製歯磨き粉を歯ブラシに乗せてゆっくり擦っていけば、爽やかな風味と泡立ちが口内に広がる。
『迷宮食材の油モノとかが多めだったから、イイ感じにさっぱりしてきた』
『胃もたれが起きそうな程の量だというのに完食した君も大概だぞ』
『旅先の地元料理が美味しいと嬉しくて無限に食えるから……』
セリスの事を強く言えないな、と。しばらしくて歯磨きを終え、片付けていると地響きが近づいてきた。
振り返ればフェネスが立っていて、どうも俺の姿を見掛けて歩み寄ってきたらしい。
「えっと、どうかした?」
『──』
何か言いたげな瞳で見下ろしてくるフェネスは器用に巨体、お腹の部分を擦り寄せてきた。
「おおう、誰をも魅了する羽毛の感触よ……」
『ううむ、ある程度こちらの意図を理解してくれているとはいえ、突発的な行動も多い。何を要求しているのか分からないな』
『村の人達の相手をして疲れたから甘えたかったんじゃない?』
両手を広げてフェネスに抱き着き、撫でつければ機嫌が良さそうに鳴き声を漏らす。おほほ、愛い奴よのう。
「はー、つくづく召喚獣に縁があるとはいえ、フェネスにまた会えるなんて思わなかったよ。二度も助けてくれて本当にありが」
『──!』
改めて感謝を告げようと言い切る前に、フェネスが翼を広げ、抱き締めるように俺の背中に回した。
へ? と呆けて出た声を落とした先。
仄かに光を放つ何か──フェネスと俺の胸元を繋ぐ半透明な線が視界に入った。
『……初めて、ではないけど召喚獣の保護施設で何度か目にしたことがあるぞ、これ』
『記憶違いでなければ、召喚獣の名付けで交わされる契約の証ではないか?』
冷静なゴートの指摘にハッとする。
思い返してみると、これまでフェネスとやり取りをしていた時に、名前を口にした記憶がない。あったとしても《召喚士》のスキルを得る前で……
『えっ、もしかして俺、不慮の事故でフェネスと契約しちゃったの?』
『結果として見れば、そうなってしまうな?』
『──っ!』
あまりにも唐突で、あまりにも呆気なく交わされた契約。
繋がりを得てしまったからこそ伝わってくる、歓喜の感情。
伝承に残されるほど高位な召喚獣、フェネスはこちらの気も知らないまま。
自身の目的をようやく果たせたと言わんばかりに翼を広げ、笑みを浮かべた。
事故、というより明確にクロトの召喚獣になるべく行動を共にしていたフェネスでした。
短編の頃からクロトにだけ特別な行動を見せていたのはその為です。
次回、新たな仲間と共にニルヴァーナへ帰るお話になります。




