第一四四話 虹尾羽の軌跡を携えて
再開を果たしたフェネスとのやり取りになります。
「……ははあ、なるほど? つまりこのでっかい鳥とクロトは顔見知りで、暴れてたアタシらに気づいて近づいてきた所を運よく助けてもらった、と。納涼祭の頃から思ってたが、召喚獣にめっちゃ好かれてんな、お前」
「俺の人間性に惹かれているのかもしれないぜ」
「あっそ」
『寝言は寝てから言いたまえ』
『キュイ』
「全員辛辣過ぎないか?」
突然の事態に走って戻ってきたセリスに事情を説明したところ、納得してもらえて。
傍で何も言わず、ただやり取りを眺めているだけのフェネスを見上げる。
「とにかく、助けてくれてありがとう。おかげで焼かれずに済んだよ」
『──!』
『ふむ……ソラと同じく、こちらの言葉をしっかり理解しているようだな』
「霊峰を棲み処にしてるってことは、キュクロプスの異変にも感づいてたのかもな。警戒してたら光線バラ撒かれて山を斬られて、思わず様子を見に来た、とか」
『──っ』
「セリスの言う通りっぽいね」
『キュキュ』
事あるごとに嬉しそうな反応を見せるフェネスに、セリスはマジかよ、とぼやいた。
そんなフェネスの下にある魔導剣を這いずって回収し、アブソーブボトルを引き抜く。ボトルと魔導剣を仕舞って、ホッと一息。
「ってか、根本的な問題は何も解決してねぇんだって。さっさと戻らないとだろ?」
『荷物は全て回収したからな。この場にいる必要はない、が……クロトが動けんからな』
「まだ身体いてぇの!? ポーションは!?」
「そんなの雷に突っ込んだ時にほとんど割れましたけど」
「軽率ぅ!」
ミスリル鉱石が詰まったバックパック──盾にするくらいには硬く、重い──を二つ担いで震えながらツッコんできた。
ちなみにバックパックの中に予備のポーションは無い。セリスに持たせていたのは俺が気絶してる時に飲んでしまったらしいし。
『やむを得ん。身体の主導権を私に寄越してくれ、強引に動かす』
「やだーっ! と言いたいけど、それしかないか。くうっ……オルレスさんの治療補助が無い、環境の厳しさを突きつけられてるなぁ」
『──?』
「んぎぎ……くそおもてぇなコレマジで。捨てたいがもったいねぇし……んあ? どうした、いきなり背中を向けてきて」
各々が様々な反応を見せる中、困惑した鳴き声が振り落とされた。
声の主であるフェネスはのっしのっしと体勢を変え、セリスへ背中を見せて振り返る。これは、もしや?
「まさか、また乗せてくれるのか?」
「乗るって、コイツの背中に? 大丈夫なのか?」
「前は三人分の大人ぐらい重量があっても問題なく飛行できたから、バックパック込みでも平気だと思うよ」
『──っ!』
『うーむ? 確かに、自信たっぷりな様子だな。運搬能力に疑問を抱く必要は無さそうだ……確実性を求めるなら頼る他あるまい。セリス、荷物を載せてやってくれ』
「ええ……ほんとにぃ? まあ、やるけどさぁ」
ゴートに言われるがままに、セリスは金色の羽毛へバックパックを埋めていく。
ふわりと触れた羽毛の柔らかさに感動の声を上げながらも手は止めず、自身も背中に飛びついた。その顔は恍惚に満ちていた。
ソラが続いて飛び移り、最後に俺もと立ち上がろうとしたが、やはり立てない。
歯噛みしていたら、顔をこちらに向けたフェネスと目が合った。何か既視感を感じますね?
「あの、俺も背中に乗せてほしいなって。この身体で、あの時みたいに咥えられたまま飛ぶのはキツ……」
そんな懺悔じみた要請を遮るように。
開かれた嘴内に、フェネスは見覚えのある炎を灯し始めた。虹色に鮮やかな揺らぎを見せるそれは、生命の炎だ。
生命魔法の雛形、完成度で言えば格段に上な炎は勢いを増し──放射された。
「あばばばばばばばっ!?」
『危ない。痛みは無いだろうが、感覚を繋ぐ前に察知できてよかった』
「なんか静かだと思ったら!」
しれっと安全圏に避難しているゴートに叫びながらも熱は無い、衣類や髪を燃やさない生命の息吹が全身を包み込む。
肌を舐めるように、制服の隙間から入り込んできた炎は傷つき、ささくれ立った魔力回路の疼痛も癒していく。身体の内外が急速に修復されていき、活力が漲ってきた。
ケットシーやフェネスに比べたら俺の生命魔法なんて児戯に等しいな……修練あるのみ、か。
「はー、心臓に悪い……でも、ありがとう。気遣ってくれたんだな」
『──!』
俺の状態を知った上で、運搬の負荷に耐えられるように治癒を施してくれたのだろう。
立ち上がり、頭を下げながら。フェネスの意図を口にした所、肯定するかの如く首を動かした。
「乗せてくれるのは助かるけど、行き先がわからないでしょ? 俺達は霊峰の麓村に行かなきゃいけないんだ」
『──?』
「そうそう、ニルヴァーナじゃなくて霊峰の入り口にある村。縄張りに詳しい君なら場所はよく分かるだろうし、よろしく頼むよ」
『──っ』
俺の言葉に、フェネスは胸を張るかのごとく翼を広げて応えてくれた。
さて、それじゃ早速と背後に回ろうとして、不意にフェネスが顔を近づけてくる。
何やら嫌な寒気が……再びの既視感に襲われ、いやまさかそんな訳が、と否定したい気持ちが湧いた瞬間。
大きく開かれた嘴が迫り、胴体を袈裟懸けに咥え込まれる。害意や敵意があっての行動ではなかった為、全く反応できなかった。
ある程度の確信があったが故の戸惑いと高高度の飛翔が待ち受ける恐怖。
翼を二度、三度と羽ばたかせたかと思えば、凄まじい上昇負荷が身体に掛かり、地面が遠ざかっていく。
「またかよおおおおおおおっ!?」
「イヤッホォオオオオオオッ!」
腹の底から飛び出す悲鳴と、セリスの嬉しそうな声を霊峰に響かせながら。
フェネスは力強く飛翔し、大空を駆けていった。
◆◇◆◇◆
ニルヴァーナよりウィコレ商会の商人ロベルトが来訪して、商談を始める前に相談を、と。
村長が語り出した霊峰の異変。放置していては今後の取引に支障が出ると懸念していた問題を口にした。
それらを耳にし、護衛として共にやってきた学生冒険者、クロトとセリスが原因を突き止めると提案。
これ幸いと願い出て、見送って数時間が経過し──霊峰の麓村では騒動が起きていた。
遠方より響き渡る咆哮に、断続的に響き渡る爆発音。
晴天であるにもかかわらず、彼方より雷鳴が轟いて。
静まることなく幾条もの光の熱戦が空を焼き尽くし、極めつけには山が切り崩れていく謎の光景と衝撃が恐慌をもたらした。
クロト達が予想していた通り、異変の原因たる魔物との戦闘が余波として麓村にまで波及していたのだ。
商談を終わらせ、人々のざわめきに誘われ、村長の家から外に出た途端。その様相を見せつけられたロベルトの胸中は、不安と信頼でせめぎ合っていた。
だが何よりも勝っていたのは、短くも親交を重ねた、前途ある若者達の安否を確認したいという考えだった。
ただならぬ事態ということもあってか。村長と共に混乱に陥っていた村民のフォローに回り、駐在していた冒険者を捜索隊として編成し、クロト達の下へ向かわせようとしていた。
そんな中、大きな影が麓村を横切り、自然と全員の顔が上を向く。
誰かが指を差し、誰かが声を上げ、誰かが恐怖を上塗りする命に見惚れていた。
風に乗って現れたのは特徴的な配色の羽毛に包まれた、召喚獣の中でも最上位に君臨する者。
霊峰近辺に口伝や文献として残され、数か月ほど前にもその存在を確かに知らしめていた巨鳥──霊鳥フェネスだ。
優雅にも翼を羽ばたかせ、麓村の上空を旋回し、緩やかに高度を下げていく。
村の広い敷地に降下してくる様子を見て、人々は場所を譲り、土ぼこり一つ立てずに着地。
度重なる事態の混乱を一瞬にして鎮め、注目を集めたフェネスを一目見ようと。
興味本位と少しの畏れを抱きつつ、ロベルトも一定の警戒を表情に滲ませながら、近寄ろうとしたところで。
……嘴に咥えられていた赤黒い塊から、投げ出されている四肢が人の物であると感づいた者が悲鳴を上げた。
特にロベルトは、見覚えがあった。変色してはいるが確かに、クロトが着用していた学園制服だ。
まさか、あれは……! と。嫌な想像に加え、強く心臓が跳ねる不快感を抑え、駆け寄ったロベルトの前で。
「やったぁ! 地上だぁ! うおおお地に足ついてるぅううっ!」
「ふぃーっ。空を跳ぶならいざ知らず、飛行するなんて初めてだったぜ。めちゃおもろかったな!」
『キュキュ!』
あまりにも軽快で、不安を吹き飛ばす歓喜の声音が響く。
村民が呆気に取られている中、親猫に捕まった子猫が如く、じたばたと手足を動かす塊からはクロトの声が。
背後からは地面に降り立ち、フェネスの前面に回ってきたセリス。
話にだけ聞いていたクロトの召喚獣であるカーバンクルのソラが姿を現した。
「おっ、ロベルトさんじゃん。すんませんねぇ、慌ただしくて……でも帰ってきましたよ」
「えっ? あっ、ほんとだ。数時間ぶりですぅ」
「き、君達は一体、何をしてきたんだ……?」
見た目より遥かに元気そうなクロト達の言葉を聞いて。
押し寄せる怒涛の混乱から、ロベルトは絞り出すように声を吐き出した。
不意の出会いを経て麓村に帰還したクロト達でした。
次回、ロベルトとの情報共有に合わせて今回の報酬についてのお話です。