第一四三話 驚天動地に降り立つ翼
恒例行事のごとく傷だらけになったクロト達の、後のお話。
シラサイに眠っていたドレッドノートの心髄。
目に見えて脅威と実感できた数々の能力から抜粋し、独自に解釈した咆哮を刀身に纏わせた結合破壊の斬撃。
クロトが到達し、放ったそれはキュクロプスが身に着けていたミスリルの鎧を寸断し、その勢いは奥にそびえ立つ霊峰の一山すら切り崩したのだ。
幸いなことに地盤が不安定で魔物の目撃数が多いことを理由に、進入禁止区域とされていた場所な為、大した被害にはならない。
走馬灯の如く脳内を駆け巡る霊峰の地図を思い出しながら。
超越駆動による激痛と、キュクロプスを仕留めたことで緊張の糸が切れたのか。
クロトは全身を放り出して気を失っていた。
◆◇◆◇◆
『──キュクロプスを割断した現象についてはこんな所だ。事前通告も無しに行動を起こしたこと、クロトに代わって謝罪させてほしい』
「いやいや、気にするこたぁねぇよ。どの道、あのままソラと一緒に戦っててもキツかったし……まさか爆薬特攻を耐え切るとは思わなんだ」
『キュイ……』
『ユニークの生命力を甘く見ていた訳ではないのだがな。だが奴を野放しにしていれば、遠からず霊峰に来訪した者達や近辺の村に危害を加えていただろう。最悪の場合、霊峰の新たな迷宮主となる可能性もあった』
「見た感じ、どうも腹を空かせてたみたいだし麓村に侵攻しててもおかしくなかった。多少の無茶を押してでも討伐できてよかったな。……結果として、またクロトがボロボロになったが」
『君も人の事を言える状態ではないはずだぞ? 何度かキュクロプスの殴打で直撃を受けていただろう?』
『キュ、キュキュ』
「いくらか槍で受け流してたし、ソラの治癒魔法と《ヒーラー》のスキルで治しながら戦ってたからな。骨が折れた程度、どうってことねぇよ」
『クロトにも言えることだが正気の判断ではないぞ』
◆◇◆◇◆
「う、うーん……あがががッ!?」
「あっ、起きた」
『一〇分と経たずに目を覚ましたな。魔力が幾分か回復したとはいえ、重傷を負っていたというのに……相も変わらず頑強な肉体だ』
『キュイ』
全身に生じる凄まじい痛みが悲鳴を揺り起こした。開き、潤んだ視界に、青々とした大空と覗き込んでくるセリスが映る。
どうやらシラサイを振り切って気絶した後、その場で仰向けに寝転がされていたらしい。
身体を見下ろそうと視線を向ければ、未だ右手にはシラサイが握られていた。結合破壊の斬撃をもたらした光芒は収まっている。力を引き出した俺が言うのもなんだけど、危険すぎるからな……
ホッとしていたのも束の間、顔面に飛びついてきたソラの衝撃で、再び意識が途切れそうになるのをなんとか堪える。
くそぉ! 短時間発動しただけなのに超越駆動の反動が痛いっ!
「ぐう……! きゅ、キュクロプスは? 崩れた山は、どうなった?」
「安心しな、ちゃんと灰になって死んだよ。山も切り崩されはしたが人の手が入っていない場所だし、少々地形が変わった程度だから問題は無い」
「そうか、よかっ……いや、問題大有りじゃない? 既存の地図を書き換える必要が出てくるじゃん。それを今から村長に報告しなくちゃいけないの……?」
『そもそも私たちを送り出してから音沙汰が無く、かと思えばいきなり大地が揺れ出し山が割れたとなれば、天変地異を疑うのではないか?』
「……じゃあ速攻で帰って報告しないと混乱させちまうのか」
起きて早々なんたることだ。このままでは麓村で待っている彼らを、イタズラに困惑させてしまう。
異変の調査中に商談をまとめておくと、ロベルトさんは言っていた。俺達に不安を抱きつつも、万全に仕入れと販売をこなしていたところにこの有様である。
なんならシラサイの斬撃だけじゃなく、キュクロプスの光線も麓村から視認していたかもしれない。
何も知らない住人たちは恐怖を覚え、ロベルトさんは俺達の安否を心配して捜索隊を組んでいてもおかしくないのだ。つまり、多方面に迷惑が掛かる。
呑気に構えていたセリスの顔つきも、神妙なものへと変わっていく。
両脚を投げ出し、激闘の疲労を回復するべく座り込んでいたようだが、放り捨てていたバックパックを回収しようと駆け出していった。
顔面に張り付きながら治癒魔法を掛けてくれていたソラを胸元に仕舞って、俺も立ち上が……立つ……
「痛すぎて動けんわ……」
『キュ、キュイ、キュ』
『無理もない。ただでさえ治りかけの魔力回路を超越駆動で酷使したのだからな。セリスも魔力が底を尽きかけ、疲労が蓄積していてスキルが使えない。どうする? 《パーソナル・スイッチ》で意識を切り替えるか?』
「それ結局痛覚を遮断してるだけで身体への負担はそのままなんだよぉ。後で一気に痛みが来るんだぁ」
『ままならないな。だが、悠長に構えている場合でもない』
「うおおおバックパック回収ぅ! 次は魔導剣だあああああっ!」
キュクロプスの光線によって焼失したと思っていたが、幸運にも生き残っていたらしい。
二人分のバックパックを回収し、俺の傍に置いたセリスが、今度は壁面に深々と突き刺さる魔導剣の下へ駆け出していく。すまない……ちゃんと握ってなくてすまない……
「もったいないからキュクロプスの素材だけでも荷物に入れなきゃ……」
『貧乏性の精神で瀕死の身体を動かす人間などそうはいないぞ』
なんとかうつ伏せの状態になり、シラサイを納刀して。
霊峰の風にいくらか浚われたようだが、未だにこんもりと盛られた灰の山をソラの風魔法で飛ばしてもらう。
目にゴミが入らないよう、閉じて数秒。
うずもれていた灰の中から高純度なミスリル鉱石、それも魔物の内燃器官で精錬された見事な物がいくつも姿を現した。鑑定しなくても分かる、最高級品質の一品だ。
加えてキュクロプス自身の魔力で熟成された影響でか、魔力を大量に含有しており、結晶のごとき透明感を持った金属と化している。
「おほほほっ!? あの野郎イイもん喰ってるだけのことはあるじゃないの! こんなのあればなんでも作れちゃうぜ!」
『気分が上がる気持ちは理解できるが落ち着け。傷が開く』
ソラにも手伝ってもらい、布に包んだミスリル鉱石を回収。
パンパンに膨らんだ二つのバックパックを見て頬が緩む。うふふふ……これがあれば頓挫していたありとあらゆる製作物の進捗が一気に進むぞぉ。
「うぎぐぅ……全然抜けんぞぉ!? どんだけ深く刺さってんだ!」
うっとりとバックパックに寄りかかっていたら、セリスの叫び声が響いてきた。
俺の魔導剣を引き抜こうとあらゆる手を行使して奮闘しているようだ。
「頑張れー、応援しか出来なーい」
『ソラに手伝ってもらった所で焼け石に水だろうから、君にどうにかしてもらうしかない』
『キュン……』
「くそだらぁあ! アタシだって、鍛えてんだ、よぉ……! こんなもん、強引に引き抜いてぇ……どわぁ!?」
どさっ、と。恐らくセリスが転んだ音が頭上から聞こえてきた。
「抜けたー? ケガしてないー?」
「やべぇ、すっぽ抜けた! 避けろクロト!」
「はい?」
なんのこと? と疑問が浮かぶよりも早く。
上空を回転しながら放物線を描き、赤と緑の色を混ぜながら、こちらへ落下してくる魔導剣が視界に入った。そんなことある?
『まっすぐこちらに向かってきているぞ?』
「大丈夫、ソラの魔法で軌道を逸らしてもら」
『アブソーブボトルを装填したままだったろう。あの色味、状態は間違いなくシフトドライブを行使する時のエンチャントだ。異なる属性魔法で逸らした所で魔力が反応したら、この辺り一面焼け野原になるぞ』
「やっべぇ」
手をこまねいている内に、セリスはグリップを回してしまったのだろう。レバーを引いていないにしろ、魔力に反応したらシフトドライブが発動する!
魔法の発射態勢に入ったソラを抱き込んでバックパックを盾に。
こんな身体じゃ掴み取るなんて精細な動きは出来ん! ミスリルに傷がつくかもしれんが、背に腹は変えられん!
そうして来る衝撃に備えて、歯を食い縛る──直後、突風が吹いた。
霊峰の冷たい風ではなく、陽射しのように温かな風だ。肌を撫でるそれには、どこか覚えがあった。
“この霊峰には見る者を魅了する鮮やかな鳥がいる”のだと、思い出す。
「なんだ、こいつは……」
愕然としたセリスの声に釣られ、顔を上げた先には。
魔導剣の姿は無く、代わりに羽ばたく、キュクロプスほどの巨大な鳥がいた。
赤色を主体とした鮮やかな長い尾羽。煌びやかに光沢を発する、太陽のような色味の羽毛。
背中側に流れる真っ赤なトサカを揺らし、孔雀の如く洗練されたフォルムに備わった、緑色の瞳がこちらを見下ろしていた。
流麗な顔立ちの、嘴に加えられていたのは魔導剣だ。器用にも、落下中の魔導剣の柄を咥え取ったらしい。
颯爽と現れ、危機を救い、静かに眼前へ降り立った巨鳥。
別名を虹尾羽、再生する者、光輝なる冠と呼ばれる召喚獣の名は“霊鳥フェネス”。
『──!』
思わぬ再開を喜ぶかのように、魔導剣を地面に置いたフェネスが鳴き声を上げた。
短編にて登場した召喚獣、霊鳥フェネスの登場です。
次回、麓村を騒がせた問題児共の帰還byフェネスのお話です。




