第一四一話 死線の先に
六ノ章ラスボス戦、クライマックスに突入していきます。
「お前のご主人、雷の中に突っ込んでいったぞ。大丈夫なのかい?」
『キュウ、キュキュ』
「なんか呆れてんな。まあ、突飛な行動はいつものことだしな。どうせまた怪我するだろうし、ポーションの準備しとくか」
《ヒーラー》のスキルもあればそこまで酷い事にはならんだろ、とクロトのトンチキ行動の予想と対策を呑気に立てて。
癒し水の御旗を展開しようと手を掛けたセリスの眼下で、見覚えのある魔素反応が雷の柱を破り抜く。
キュクロプスが放つ光線だ。先程の物よりも細く、けれど幾条にも無差別に放射される致死の光線が採掘現場を蹂躙する。
「なんだ!? っ!」
それはセリスの傍すら通過して、露天掘りの道を溶断。生成された硝子と余波の爆発によって身体を強かに打ち付けた。
幾度となく迷宮探索を経て、戦闘経験を積んだおかげか。
ソラを咄嗟に胸へ抱いて庇い、被害の及ばぬ位置へ跳んだ為、ダメージは最小限に抑えられた。これはまぎれもなく、成長の証だろう。
「いっづぁ……何しやがったんだ、アイツら……!」
間違いなくクロトが何かやらかしたと結論づけたセリスは、痛みを堪えて立ち上がる。
各地に赤熱した轍を刻み、不格好な硝子細工の展覧会と化した採掘現場をソラと共に見下ろして。
水と雷の合体魔法によって身体の各所を焦げ付かせ、煙を上げながら佇むキュクロプスの姿が視認できた。
目を凝らしてよく見れば、力無く下げられた両腕は所々が欠損している。加えて、頭部の特徴的な単眼は閉じられ、瞼の隙間から滝のように血を流していた。
自身の強者としての矜持か、歯を食い縛って痛みに耐えているように見える。
「光線で自滅したのか? っていうか、アイツはどこいった!?」
大雷の中に突撃してから音沙汰が無いクロトの姿を探そうと辺りを見渡して。
直後、近くの壁面に凄まじい速度で何かが突き刺さる。見やれば、それはクロトが持つ朱鉄の魔導剣だった。
深々と根元まで沈み込んだ魔導剣が飛んできた先……上空へ自然と目が向かう。
雲の合間を縫うように、自身の元へ飛来する物体があった。所々が黒く変色しているが、白い改造制服は紛れもなくクロトの物だ。
見つけられた安心感と、あの高度から叩きつけられれば死ぬという直感のままに、魔法で巨大水球を生み出しクッション代わりに受け止めた。
鈍い着水音を残して沈んでくるクロトをすかさず水球から引っ張り出して──痛ましい傷跡を直視する。
「んだよ、これ」
光線の直撃を受けたであろう肩や脇腹は、改造制服の魔法耐性を貫通し肉を焼いていた。
それだけでなく、露出した肌の部分は切り裂かれたような跡があり、水で濡れた制服に赤色を染み込ませている。
魔力回路が雷の魔力の影響を受けて、負荷に耐え切れず断線し血管状に引き裂いたのだ。既視感を抱く痛ましい姿は、再開発区画で治療した負傷と同じだ。
地面へ横にしながら、嫌な想像が頭に浮かぶ。しかしクロトの朦朧とした意識を繋ぎとめているのは、皮肉にも瀕死の重傷だったようだ。
かすかに瞼を開き、呑み込んでしまった水を吐き出す。
「ごほっ、かは……くそ、焦り過ぎたな……」
『キュ、キュイキュ!』
「クロト! おい、しっかりしろ! いま治してやっからな!」
セリスは破裂しそうな心臓の高鳴りを堪えて、震える手でポーションの蓋を開ける。
それをソラに預け、全身に振りかけてもらいながら、空いてる手で祈りを捧げてスキルを行使。
詠唱省略は《セイント・ヒール》の正式な発動手順ではないが、ポーションの効果と相乗して目に見えて発揮されていた。
一番重傷は光線の傷はともかく、魔力回路の断線による出血は収まっていく。額に滲んでいた玉のような汗を拭い、胸を撫で下ろす。
『──ッ!!』
だが、その安心も束の間だった。
空気を裂くような大音量の咆哮へ視線を向ければ、半狂乱な様相のキュクロプスが手当たり次第に暴れている。
子どもの地団駄にも見える様は、可愛げが無ければ愛嬌も無い。巨人の一挙手一投足が、大地を削り、抉り、霊峰を荒らしていく。
最悪なことに、ドレッドノート程とはいかないが再生能力も有しているらしい。欠損していた肉体に骨が生まれ、筋繊維が張り巡らされていた。
このまま放置していては再びミスリルの鎧を身に纏い、魔素器官である単眼も修復される。
失ったエネルギーを補給すべく魔物……それどころか麓村の人間を嗅ぎつけ、襲撃するだろう。
「やらせねぇぞ。せっかくクロトがきっかけを作ったんだ……ここで仕留めてやる!」
『キュキュッ!』
戦意は喪失していない。むしろ、満ち溢れている。
手段はどうであれ決死の判断と紙一重の攻防が生み出した、何もかもが足りない自分たちにとって唯一の勝ち筋を逃す気はない。
「待て、セリス……これ、を」
闘志を漲らせるソラと共に、御旗の槍斧を担いで走り出そうとしたセリスをクロトが止める。
振り返った彼女へ、クロトは腰から下げていた矢筒を外して手渡した。
「爆薬だ、ありったけの……脆い部分に、叩き込め」
「……分かった、やってやるぜ。行くぞ、ソラ!」
『キュイッ!』
矢筒を脇に挟んだセリスは、ソラを肩に乗せてキュクロプスの下へ向かう。
死線の先に辿り着くべき決着の時は、確実に近づいていた。
次回、シラサイに眠る力の発露。