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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【六ノ章】取り戻した日常
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第一二五話 期末試験を乗り越えたい

冒険者である以前に、学生としての本分を果たさなくてはならない。

 衝撃の事実を告げたノエルが帰った後、リビングに掛けられた学年行事の日程表を見れば、確かに今日から五日後の日付に期末試験の表記があった。

 丁寧に赤丸で強調されていたが、エリック達が付けたものではないらしい。恐らく学園長……はありえないから、シルフィ先生が配慮してくれたのだろう。

 なんてこった、呑気に納涼祭でヒャッハーしてたツケが回ってきたとでも言うのか。

 せっかく今後の方針が決まってやる気が出てきたところに、冷や水を差されたようなものだ。


 だがしかし、絶対に無視は出来ない。赤点でも取ろうものなら迷宮攻略を禁止されるだけでなく、補習などで行動を制限されてしまう。

 いくら魔剣の調査を優先したいと提案しても、俺達は学生なのだ。その領分を踏み倒すマネなんて出来ない。

 特待生としても個人的にも最低なクズ、不良生徒と認定されるのは嫌だ。だから……


「「先生! 期末試験の範囲を教えてください!」」

「範囲はさすがに教えられませんが……片手間に対策用紙を用意してきたので、こちらを使ってください」

「「わーいっ!」」


 エリック、カグヤの上位成績保持者による指導を受けて。

 夕方になり、学園から帰ってきた先生へセリスと共にスライディング土下座。

 こうなる事を予見していたのか、各教科の対策用紙を手渡された。ありがてぇ……!

 ──なお、初等部であるユキには期末試験が無い為、リビングでゆったりと絵本を読んでいた。いいなぁ……


 ◆◇◆◇◆


「思ったんだけど、中間試験に比べてまだ期間があるから焦らなくてもよいのでは?」

「いいのか? そんな甘い考えで。足下掬われて後悔すんのはお前だぞ」

「すみません大人しく勉強します……」


 翌日。

 納涼祭の振り替え休日、最終日。

 例の如く、嫌だ嫌だと駄々をこねる学園長を引きずり、出勤した先生を見送って。

 アカツキ荘では気が紛れて集中できない可能性がある、というカグヤの提案で、俺達は勉強道具を持ってニルヴァーナ図書館に来ていた。


 光量の低い結晶灯、鼻をつく紙の匂い。

 天井まで伸びた書架、浮遊して自動的に収納される蔵書。

 何度も利用してはいるが、静謐で厳格な雰囲気には慣れない。それに、今日は珍しく利用客が多いみたいだ。


 学園で見知った顔をちらほら見掛けるし、俺達と同じように静かな空間で勉強を、と考えたのだろう。さっさと場所を取らないといけないな。

 俺やユキが借りていた絵本の返却期限が迫っていて、勉強会のついでに返したかったこともあり、先に受付カウンターへ。


「……おや、クロトさんではありませんか。本日はどのようなご用件で?」


 猫耳をピクリと動かし、灯りの加減で隠れていた眠たげな目つきで此方を見据えて。

 図書館司書としての対応を見せるリードの前に数冊の絵本を差し出す。


「おはよう、リード。早速で悪いけど、本の返却をお願いしていいかな? それと勉強会を開けそうな場所はある?」

「……なるほど、期末試験ですか。だからこんなにも学生が……本の返却、(うけたまわ)りました。場所については中間試験で使用した奥のスペースをお使いください。静かな割に人気が無いので」

「ありがとう。じゃあ……」

「──あと、納涼祭中の不可解な行動と事件について問い詰めるので、覚悟していてください」

「っすぅ~……怒ってる? 通話をブチ切りしたの」

(のち)ほど、(うかが)います。他のお客様のご迷惑になりますので……」

「あっはい、わかりました」


 冷たくあしらわれて、そそくさと受付カウンターを立ち去る。


「めちゃくちゃ怒ってたわ……何されんだろ、怖っ」

「自業自得だろ」


 吐き捨てるようなエリックの言葉に胸を刺され、抑えながら歩いて。

 利用客が占拠している読書スペースの先。人の気配が薄く、パーテーションで区切られている大きめの個室に入った。


「そんじゃ、早速やってくか。対策用紙を解く前に、中間の時みてぇに小テストやるぞ。現時点でどんだけ授業内容が身についてるか確認しておきたい」

「お二人とも無事に中間試験を乗り切れたのですから、今回も頑張りましょうね」

「「うす……」」

「セリスねぇとにぃに、元気ないの?」

「ちょっとだけね。俺達に付き合ってても面白くないだろうし、この近くには面白い本がいっぱいあるから好きなのを読むといいよ」

「ほんと? お花の本ある!?」

「植物図鑑系なら向こうの棚にあるよ。ただし、探す時も読む時も他の人の迷惑にならないよう静かにね」

「わかった!」


 個室を飛び出し、早歩きで去っていくユキの背を見やって。

 再び身体を正面に向ければ、エリックが容赦なく差し出してきた小テスト用紙が現実を突き付けてくる。

 隣に座るカグヤから渡されたセリスも、顔がシワシワになっていた。気持ちは分かるよ。でも、乗り越えなくてはいけない。

 筆記用具から鉛筆を取り出して、エリックの合図で解き始める。

 こんな所で足止めされてたまるか。やってやる、やってやるぞぉ!


 ◆◇◆◇◆


「意外と余裕だった」

「点数落ちたわ……」

「ものの見事に結果が分かれたな」

「クロトさんが全教科、七〇から八〇点ほど。セリスさんは数学が四〇点で他教科が六〇から七〇点前後。……ですが、以前の凄惨な成績と比べて格段に良くなってますよ」


 採点者であるカグヤの言葉を聞いて思わず頬が緩む。

 自分でも分からなかったが、しっかりと知識がついているようだ。あんなにスラスラ問題が解けるなんて初めての感覚だ……


「クロトさんは対策用紙と期末の範囲を軽めに復習する程度で大丈夫だと思います」

「だな。セリスに関しては……中間で返ってきた答案と見比べたら、同じ問題で(つまづ)いてるみてぇだな。その辺を重点的に補完できれば、赤点にはならんだろ」

「ふふふっ、出来の良い弟がいてアタシゃ幸せだよ……」

「現実逃避してないで教科書を開け。中間よりも猶予(ゆうよ)があるとはいえ四日しかねぇんだ。詰め込めるだけ詰め込むぞ」

「……食うだけで頭が良くなるメシとかないのかね。クロト、作れないかい?」

「んなもんあったら速攻で食っとるわ」

「だよねぇ……」


 テーブルに突っ伏し苦い顔をしていたセリスだが、観念したのかカバンから教科書を取り出す。

 俺も対策用紙に挑戦するか。でも、さっきパラパラめくって見たけど、そんなに難しくなさそうなんだよな。

 小テストには三〇分かかったが、これなら……昼前には終わりそうだ。


「鎮痛成分を含み、皮膚の炎症を抑える薬草の組み合わせと使用例を答えよ? なんじゃそれ知らん……」

「ネルヒ草とディエタ草。二つとも迷宮でよく見かける薬草で、薬研(やげん)かすり鉢でしっかり混ぜて、清潔な布に塗って患部に巻くと効く。道具が無い場合は口の中で噛んだ物を使うらしいけど、不衛生だから推奨されてない」

「そうなんだ……」

「ちなみに、アカツキ荘の女性陣が使ってる保水液にも入ってるよ。発疹とか肌荒れに作用するように変性させるの頑張ったんだから」

「大変お世話になっております!」


 薬学の問題に悩むセリスの手伝いをしながら、対策用紙の問題を解いていく。

 初めに死ぬほど苦手意識のあった数学から取り組むが、さほど難しくない……走り出したペンが止まらない!


「数式も慣れると簡単だな、これ……唯一の懸念点と言えば記述問題ぐらいか。もしかして、俺が一番気をつけなきゃいけないのって字が汚いことによる採点間違いじゃない?」

「だいぶ改善はされてるが、ミミズみてぇな文字に変わりはねぇからな」

「見よう見まねの付け焼き刃だし、今度練習用の教材買おうかな……」

「にぃに、文字の書き方わかんないの? ユキが読もうと思ってたけど、よかったらコレどうぞ!」


 分厚い本を数冊ほど抱えて戻ってきたユキは、その内の一冊を抜き出して渡してきた。

 古臭くも妙にポップな表紙には“赤ん坊でも分かる! 大陸公用語の書き方講座!”と書かれている。何年前の本……? ってかどこにあったんだ?

 しかし厚意を無得に出来ず、植物図鑑を読み始めたユキにお礼を伝えて開いてみる。……コミカルな挿絵付きで割と面白いな。


日輪の国(アマテラス)伝統の民族衣装に和服、着物などがある内の(はかま)(写真図を参照)を着用することによる利点を述べよ? カグヤの衣装タンスに入ってたヤツだよな。なんか意味あんのかい?」

「いつの間に見てたんですか……私の袴は手軽に着れるよう改良されていて、剣術や舞を披露する際にシワがつかない工夫が施されています」

「んー、それ利点っていうか特徴じゃあないかい? もうちょっとこう、実用的というか……」

「対人戦の際、腰に佩く刀の全長を隠せるから初手で間合いを掴ませにくい。下半身を大きく隠す形だから暗器を仕込みやすいし、物によっては敵の視界を奪える。怪我をした時、袴を破って包帯代わりに使える」

「聞いたアタシが言うのもなんだけど、よくそんなスラスラ出てくるね?」

「実体験も混ざってるから……」

「ちなみにどれのこと?」

「全部」

「偶にお前の口から出てくるトンデモ思い出話に何度ビックリすりゃいいんだろうな」


 参考書と睨めっこをしていたエリックが呆れたようなぼやきにハッとする。

 そうか、又聞き程度にしか知ることが出来ないエリック達ですらそんな風に思うんだ。

 なら、口に出さずとも全部見れるレオ達にとって、俺の記憶は興味を惹く宝石箱みたいな物なのか。

 外界との繋がりは断たれ、自身の記憶も頼りない。“人”を相手にした対応を学ぶには、適合者の人となりを分析するしかない。

 魔剣の意思自体、個人として個性を持つからこそ、コミュニケーションを取る為に知ろうとする。その過程で、過去の記憶に感化されるのだ。

 思わぬ所でレオ達が俺の記憶を気に入って見てる理由の一端を知れた気がするな……

次回、リードに納涼祭での出来事を話し、魔剣について濁しながら情報を集めるお話になります。

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