第一一八話 祭りが終わった後で
お待たせしました。
【六ノ章】 取り戻した日常 を始めていきます。
魔科の国における最高権力たる“企業”の一つ、医療界のトップと名高い《デミウル》。
国外遠征の際、些細な事情によって壊滅したはずの“企業”の残党が一人。
魔剣の適合者として目覚めたルーザーの復讐によって、納涼祭で賑わうニルヴァーナ全土を震撼させた騒動。
違法薬物の実験、居住区への無差別散布。
“誘導”という魔剣の異能による認識操作。
再開発区画に眠る迷宮、魔物を用いた局所的な大量進出の発生。
ルーザーが目覚めさせ、魔剣を取り込んでしまい、無尽蔵の魔力供給によって力を得たドレッドノートとの激闘。
その他にも間接的にニルヴァーナの治安悪化を助長させた事件の数々は、ルーザーの自滅とアカツキ荘を筆頭として解決に奔走した自警団の協力もあって。
納涼祭の終了と共に収束し、いつもと変わらぬ日常を取り戻した。
しかし、いくら迅速に事態を収めたとはいえ被害が無かった訳ではない。
建造物や人的被害はそれなりに多く、ドレッドノートが暴れ回った再開発区画を中心に近隣居住区──特に歓楽街は大きな損害を被ることに。
区画に異変が起きた直後、“麗しの花園”のオーナーたるシュメルが声をかけ、避難を優先させた甲斐もあって人員に被害は無かった。
……もっとも、耐震工事が完璧といえど歓楽街の建物が無事で済むはずがなく。
やり手の経営者であるシュメルですら、色街としての機能を完全に取り戻すまでかなりの期間を費やすと見込んでいる。
自警団団長のエルノールも冒険者ギルドや錬金術師の組合を巻き込んで対策を事前に立てていた。
だが、実際は後の事など全く考えていない無敵の人と化したルーザーの復讐心が上回る結果に。
おまけに納涼祭という国内外問わず大勢の人物が練り歩く祭事中での出来事が災いして、途絶えることの無い事後処理に追われ、団員を日夜引き連れてニルヴァーナ中を駆けずり回っている。
ニルヴァーナが誇る学園でも同様に、ルーザーとの関与が認められた報道クラブ副部長のジャンが捕まったことで、クラブ自体が異常なのではないかと疑問視。
調査したところ、特定の人物に対する印象操作や個人情報の売買。
出てくる情報の全てが犯罪まっしぐらな内容に、フレンと手伝っていたシルフィは頭を抱えた。唯一まともな部員はナラタしかいなかったのだ。
物的証拠も揃ってしまった以上、報道クラブの存続は不可能とされ、再びロクでもない問題を起こされるくらいなら、と。
近々報道クラブは解体され、新たなクラブ発足の枠が空くようになるらしい。
このように、各方面へ多大なる影響を与えた騒動の一端で。
今もなお悩みを抱える権力者たちを尻目に、大活躍を果たしたアカツキ荘の面々は納涼祭の振り替え休日を迎えていた。
復興作業に従事しようとも考えていたが、学生でありながら、その本分を踏み越えて働いては立つ術が無い。ただでさえ騒動の鎮圧に尽くしてくれた彼らを酷使したくない、と。
真っ当な感性を持つ大人や学園の教師に諭され、思い思いに身体を休めていた。
その中の一人。ルーザーと浅からぬ因縁があり復讐対象とされていたクロトは、後夜祭の宴が終えてから泥に沈むように眠り続けていた。
地霊の癒し手とも呼ばれるケットシー。
霊鳥フェネスの力である虹色の炎を活用したユニコーン。
二匹の召喚獣によって騒動での傷が癒えたとはいえ、納涼祭の準備や度重なる激闘による疲労が襲ってきたのだろう。
……そんな彼は今、一体どんな夢を見ているのだろうか──
一時的に協力関係を結んだ敵対組織カラミティの幹部が一人。
ルシアから譲渡された紫の魔剣の意思が潜む、幾何学模様の広がる精神空間で。
「オラオラオラ、さっさと情報吐きなっ! この紅の魔剣で叩き潰されたくなければなぁ!」
『ぶおん、ぶおんっ』
『ひぃーっ! 魔剣の意思だけならまだしもなんで適合者までこの空間にいるのぉ!? なんなんですかコイツらイカレてやがるぅ!』
『叫びたくなる気持ちは十二分に理解できるが、口を割らねばこやつらは止まらんぞ』
『いやぁーっ!?』
現実世界で身体を休める姿とは裏腹に。
元気よく紅の魔剣を振り回し、ふよふよと浮かんで逃げ惑う紫の魔剣に迫るクロトがいた。
◆◇◆◇◆
後夜祭の撤収作業を眺めている内に、いつの間にか眠っていたらしく。
気づいたら紫を基調とした幾何学空間にいた俺は、先んじて紫の魔剣を尋問していたと見られるレオとゴートに並んで。
適合者が精神空間に現れるという現象に錯乱して逃げた紫の魔剣を追って。
二振りの魔剣を重石にしてようやく捕らえたのだった。
『う、動けないぃ……!』
「さて、口を利いてもらえなくなったら困るから、ふざけるのはこれぐらいにしておいて……知ってる事をキリキリ吐いてもらおうか」
レオやゴートと違って女性の声を上げる、淡く紫色に明滅する細身で短い刀身。
短剣の形をしているゴートよりも頼りなさそうな見た目の魔剣をチンピラ座りで見下ろす。
『クロトよ。少しでも情報を手に入れようと逸る気持ちは理解できるが、こちらの事情を多少なりとも打ち明けるべきだと思うぞ』
『先ほどは場の雰囲気に流されていたが、レオの言う通りだ。君より先に紫の魔剣を問い詰めていたのだが、なんとも彼女が哀れでならない。対話という手段が取れる私たちは真摯であるべきだ』
「ほーん……? 理由は?」
庇うような言い方をするゴートに続きを促す。
『話を聞く限り彼女自身、好戦的な性質を持つ訳ではない。あくまで最新の適合者であったルーザーが紫の魔剣を凄まじく杜撰に扱っており、彼女は好き勝手に行使されていただけらしい』
『以前、例を挙げたと思うが、彼の者は魔剣の意思を無視して異能のみを行使できる才に秀でていたそうでな。何度も苦しめられ、我らも身に染みて実感した異能による現象の数々は、体の良い玩具として使われたが故に発生してしまったそうだ』
『異能を使われる度にルーザーに対し干渉しようと試みたが、その甲斐も空しく。傷ついていく街や人を見ていることしか出来なかったことに、深く後悔しているのだ』
「ふーん……魔剣にも穏健派みたいなタイプがいるんだ」
というか、精神汚染とも言うべき魔剣の意思による干渉を跳ね除けているルーザーがおかしいんだな。取り返したとはいえ、俺はレオに身体を奪われたことがあるし。
元から精神力が強かったのか、それとも俺への復讐心が勝っていたからか。
何はともあれ、魔剣の異能を駆使して謀略を繰り返していた事実に変わりはない。しかし紫の魔剣はむしろ被害者側であると、二人は主張したいんだな。
「まあ、その話を信じるなら情状酌量の余地はあるか。……君はどうなんだ? さっきまで錯乱してたけど、ちゃんと落ち着いて話せるか?」
『うぅ……さ、さっきは確かに驚きましたけど、あのイカレ男と比べたら、貴方は格段に話が通じそう……』
「そう思ってもらえて光栄だ。手荒な真似をしたのは謝罪する。魔剣もどかそう」
『あ、ありがとうございます』
重石にしていたレオとゴートを持ち上げて、紫の魔剣を解放する。
フラフラしながらも目の前に浮遊する彼女に向けて。
「改めて、自己紹介といこう。俺はアカツキ・クロト、紅と緑の魔剣の適合者だ」
『自分は、もうお分かりだと思いますが……誘導の異能を携えし、紫の魔剣の意思です。弱輩な魔剣ではありますが、よろしくお願いします』
冷静さを取り戻した紫の魔剣と向き合い、腰を据えた対話を試みるのであった。
第一部が終了し、第二部スタートです。
ここから話の基本となっていく魔剣と納涼祭での影響を絡めて描写していきます。