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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 誰が為に刃を振るうのか
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短編 誰が為に刃を振るうのか《エピローグ》

大変お待たせしました。短編エピローグです。

メタファー・リファンタジオにドはまりして更新が遅れました。めっちゃ考察し甲斐があって面白い作品でだった……やっぱりアトラスは最高やな!

 学園初等部の生徒達がオリエンテーリングとして向かった迷宮(ダンジョン)、『黄昏の廃遺跡』。

 過去の文明が迷宮化によって呑まれたそこは、流刑地としての役割を持った罪人の処刑場であった。

 特殊な魔素が作用し、生み出されたゴーレムなどの無機物系魔物(モンスター)が多く徘徊する危険な迷宮。


 特に処刑人の如き異様さを醸し出すユニークモンスター、キプロスの出現によって生徒達は危機的状況に陥った。

 ギルドに規定された隠し部屋という閉鎖空間に囚われたまま、増殖していくキプロスは生徒達を苦しめる。


 しかし命懸けで殿(しんがり)を務めたキオ。

 冒険者ギルドに救助を要請したヨムルの尽力によって、フットワークの軽さに定評のあるクロトを伴い迷宮へ再突撃。

 道中を蹴散らして進み、文字通りキプロス達を粉砕。

 エリック達や冒険者で編成された救助隊兼調査隊の協力もあって、事態は無事に収束を迎えたのだった──











 ◆◇◆◇◆


『黄昏の廃遺跡』における騒動から一日が経過。

 午前一〇時頃、サリファ診療所の診察室にて。

 対面に座るオルレスさんがカルテを片手に口を開く。


「クロト君。僕はね、怪我をするなとは言わないよ。冒険者は身体を張ってなんぼの仕事だからね、仕方ないと割り切ることも必要だ。……けれどね、何事にも限度はあるんだよ?」

「はい」

魔科の国(グリモワール)からの短い付き合いでも無茶しがちなのも重々承知している。何度も言うが、どれだけ負傷に耐えうる精神力があっても身体が追いつかないなんてことはよくある事例だ。頑丈だから、頑健だからと言い訳を積み重ねて重傷を押し通す……正気の沙汰ではない。分かるね?」

「……はい」

「ただでさえ最近は召喚獣の施設に出向いて、傷だらけになっているとリークから聞かされた。怪我をさせるくらいなら自分が、というのは選択肢の一つではあるが賢くはない。元来、持ち合わせている君の性根からもたらされる行動であり結果で、変えられないものだろう。再三、忠告しているのは君が死なないように、微力ながらも心の枷を付けるためなんだよ」

「…………はい」


 淡々と、反論を許さないオルレスさんの正論に殴られ続ける。

 おかしいな、完治したはずの傷が痛むぞ。


「まあ、説教はこのくらいにしておいて今回の治療に関してだ。再生阻害を受けた左肩と胸部から腹部にかけた切り傷……いつもと比べれば控えめで、事前に君が魔素を除去していた分、治すのは楽だった。ただ、治療費については緊急受診という形になってしまう。特殊な事例でもあったから冒険者ギルドの保険金が支払われるが──それを加味しても君の負担額はこれくらいだね」

「一、十、百、千、万、ごじゅ……っ!?」


 渡された明細書に記載された金額に目玉が飛び出そうだった。

 覚悟はしてたが、こんなにも!? 先日シエラさんに注意されておきながらこの体たらく……ぐうっ、借金返済がどんどん遠ざかるぅ!


「支払いは後日でいいよ。一応、痛み止めなどの各種処方箋(しょほうせん)は出しておくから、今日は帰ってもらって構わない。けど、三日ほど激しい動きは控えて身体をちゃんと休めるように。その為にわざわざ包帯を厳重に巻いているからね……病み上がりである自覚を持ちなさい。いいね?」

「はい。お世話になりました……今後もよろしくお願いします……」

「僕の言ったこと、きちんと理解してるんだろうね?」

「もちろんです……」


 音を立てて目減りしていく貯金額の幻覚に頭痛を覚えつつ、ふらついた足取りで診察室を出る。


『五十万以上の治療費……支払って手元に残るのは四〇〇〇メル程度……石鹸制作に必要な材料、アカツキ荘の食料は迷宮探索で賄えるからいいとし……三日は安静にしろって言われてたわ』

『食料はともかく、金銭的資産を各々個人で管理しているアカツキ荘には一銭の蓄えすら無いな。しばらくは金欠のまま過ごすしかなかろう』

『借金返済に全力を()てていたツケがここで来るのか……』


 レオと共に自らの未熟と迂闊の結果に打ちひしがれながら。

 受付の看護師さんから処方箋を受け取り、お大事に、と投げかけられた言葉に軽く会釈する程度で応えて診療所の外へ。

 鬱屈とした気分を晴らさんとする青空を睨みつけて。

 休日で賑わう大通りの雑踏に(まぎ)れ、近場の掲示板に目を通す。


 雑貨店のチラシ、住民からの依頼や冒険者ギルドが発行した掲示物。中には、先日発生した外壁事故の被害報告が載せられていた。

 近隣住宅への被害や怪我人こそ出たものの死者はゼロという広報の他に、目を惹くような物は無い。


 オリエンテーリングで起きた不慮の事故。調査不足によって情報に無かったユニーク魔物(モンスター)、キプロスの大量出現。

 ギルドの信用にも関わる重大事項であり大きな過失でもあった為か、公表するつもりはないらしい。

 最終的には内々で解決した問題ではあるし、大事(おおごと)にするまでもないと判断したのだろうか。


『まあ、ギルドの報告書かエリックたちを経由して学園長の耳に入るのは確実だから、ギルド支部長が死ぬほど詰められるのは確定だな』

『生徒の身を重んじる彼女にとって、今回のオリエンテーリングの杜撰(ずさん)さは業腹ものであろうしな』

『何が起きるか分からない迷宮だからこそ、ギルドが人命を尽くして調べてるのにこの様だからねぇ』


 これから大変な目に遭う可能性がある方々に向けて、心の中で手を合わせていると。


「あっ、兄ちゃんいた!」

「診療所にいないと思ったら……おーい!」

「ん? おお、キオとヨムルじゃん」


 声がする方に目を向ければ、二人が走り寄ってきていた。

 再生阻害の魔素を除去して気を失ってからの事を何も知らないのだが、あの様子を見るにどうやら元気そうだ。


「そんなに急いでどうしたの?」

「エリック兄ちゃん達に頼まれたんだ。“オルレスさんから連絡が来たから、アイツが寄り道する前に迎えに行ってやってくれ”って」

「“俺らよりもお前らが言った方がアイツには効く”とかなんとか……」

『ものの見事に野良猫のような認識をされているな』

「別にどこか行こうだなんて考えてなかったよ、主治医をこれ以上怒らせたくないからね。大人しく帰るつもりで……ああ、でも一ヶ所だけ寄りたい場所があるんだ」

「寄りたい場所って?」

「召喚獣の保護施設。ここ最近、依頼として毎日通ってて予約も取ってたんだけど、安静にしろって言われたからさ。取り下げてもらえるように頼みに行こうと思ってて……」

「じゃあ、ついてくよ」

「同じく。話したいこともあるし」

「……? それじゃ、付き合ってもらおうかな」


 エリック達の言いつけでやってきた二人を伴って。

 ニルヴァーナの北西区画に位置する、召喚獣保護施設に向けて歩き出した。


 ◆◇◆◇◆


「そういやさ、すっかり言いそびれちまったけど」

「昨日は助けてくれてありがとう、兄ちゃん」


 道中、神妙な面持ちの二人に感謝を告げられた。

 考えてみれば、地元以外で初の迷宮攻略であんなイレギュラーな事態に陥った訳だ。最速で救助したとはいえ恐怖や不安からトラウマになってもおかしくない。

 いや、待てよ……もしや、意気揚々と救助に向かっておきながら俺が負傷したせいで責任を感じているのでは? いかん、フォローせねば。


「感謝の気持ちは貰うけど、そんな重く受け止めなくていいよ。今回のは誰にも予想できなかった事だし、迷宮じゃあ“絶対”なんて言葉ほど信用できないもんさ。むしろ良い経験になったと思いなよ」

「それは……そうなんだけどさ」

「でも、兄ちゃん怪我しちゃったし」

「あの数のキプロスを相手にして無傷で切り抜けられるほど俺は強くないからな、仕方ないよ。この程度で済んだのは運が良い方だ」


 すれ違う人並みが薄れ、徐々に保護施設の全容が見えてくる。


「でも、あれだけ危ない目に遭ったのに俺達は生き残った。特に二人は他の生徒を逃がす為に動いてたのに……それって、すごいことなんだよ? 死ぬかもしれない、殺されるかもしれないって状況で命を張れるなんて、簡単に出来る事じゃあない。その一点に関しては胸を張っていい」


 年頃の男の子にしては覚悟が決まってて、素直にかっこいいとは思った。俺が向かうまでの間に、キオがキプロスを数体ほど討伐していたのは素直に感心したからな。

 もちろん、それを常に心がけろとは言えないから過度に持ち上げたりはしない。また無茶をされても心労が溜まるだけだし。


「でもね、二人にも言えるけど……孤児院の子ども達は大人を信用してないだろ? 救助に動いてくれた面子もいるが、大半は酒場で吞んだくれてた連中がほとんどだ。頼りにならないのは否定しないが……幻滅してほしくなくてさ」

「兄ちゃんはあんな奴らとは違うよ!」

「ありがとう。けど、だからこそなんだ。ただでさえ信用を失うようなことばかり起きて、頼りたくないと考えてしまう。──結局、世の中そういう人達しかいないんだ、なんて決め付けてほしくない」


 成長途中の彼らに、刃を振るう理由に迷いを滲ませたくなかった。

 悪意や憎悪に晒されて、失望を抱かせたくなかった。

 諦観をそのままに、ようやく出てきた外の世界を知らなければよかった。そんな悲しい思いをさせたくなかったから。


「今回は、俺が頼れる大人の代わりになった。でも、これからも他の大人を信じてあげて欲しい。引率の先生だって最後まで生徒達を、二人を守ろうとしていたはずだから。悪い部分だけじゃなくて、良い部分も見てあげて」


 俺の言葉に心当たりがあったのか、二人は押し黙る。ここまで言っておけば、あらゆる大人に対する心証は改善するだろう。

 なんだかんだ言って、子どもの前でカッコいい姿を見せたい下心がなかったと言えば嘘になる。思い返してみるとめちゃくちゃテンション高かったし。


『……そういや、ギルドで偉そうなこと言ってた冒険者ってどうなったんだろう? 身体が満足に動かせたらぶん殴りに行っていたけど、それも叶わなかったしな……』

『そんな有象無象のクズどもを気にかけてやる必要など無いだろう』

『言葉強っ』


 びっくりするほど辛辣なレオの発言にツッコミつつも、保護施設に到着。

 施設の周囲に巡らされた柵沿いに進み、辿り着いた牛舎のような建物へ。

 中に入るなり俺の姿を見て駆け寄ってきた管理人と職員数人に経緯を説明し、依頼を取り下げてもらう。


「えー! クロト君、お休みしちゃうのぉ!? せっかく召喚獣(うちの子達)と打ち解けてきたのに……」

「でも、仕方ねぇと思うぜ? 元々無理を言って、気性が荒い連中の相手を連日してもらってたんだ。毎度毎度、傷の手当てをしてるこっち側からしてみれば働きすぎってもんだぜ」

「おかげで施設職員の負担も格段に減ったとはいえ、学生に頼りきってしまうのはよろしくない。本来の業務形態に戻ったと考えて、気合を入れ直すぞ!」


 残念そうに肩を落としても、負けじと仕事に取り組む彼らに(したた)かさを感じながら。


「あっ、そうだ。この間、実家の親父が施設を見に来たんだが、その時に働いてる君の姿を見てえらく気に入ったみたいでな。肉類や卵に牛乳、チーズなんかを持ってきたんだ。後で届けるつもりだったんだが……手間を取らせたくないから持っていく? そうか、すまないな。すぐ荷車に詰めるから、少し待っていてくれ」


 外壁の外で酪農を営んでいる管理人の実家から、まさかのお裾分けを頂くという機会に恵まれて。


「兄ちゃん、さっきの話なんだけどさ」


 荷物をまとめてもらっている間、沈黙を保っていたキオが口を開く。


「すぐに信じるのは、難しいと思う。昨日みたいなムカつくことされて、簡単に流せるようにはなれねぇ」

「でも、少しづつ……信じてみる。頑張るよ」


 言葉少なに、確かな決意を見せる二人に頬が緩み、ほっと一息つこうとして──音も無くぬるっと影が差す。

 影を見上げれば、そこに居たのは二足歩行の灰色毛玉。

 三メートルほどのずんぐりむっくりとした巨体。短い足で立ち、短い手が毛皮から垂れ下がっており、頭頂から飛び出た猫耳をピクピクと動かす。


「やっほ。昨日ぶりだけど、元気してた?」

『──』


 上体を傾けてつぶらな黒い瞳でこちらを見下ろす毛玉の正体。

 それは保護施設になる前からこの地に住み着いていたとされ、いつの間にやら最古参となり、まとめ役のような立場になっていた召喚獣、ケットシーだ。

 子猫ぐらいの大きさが一般的な他のケットシーに比べて巨躯であるが故に、威圧感たっぷりな彼は声をかけてもじっとして動かない。


 初めて見る様相のケットシーに、キオとヨムルは身体を強張らせて息を呑む。

 二人が警戒するのも無理はないが、ケットシーは保護施設の中では最も穏やかでマイペースかつ危害を加えてこない。

 気性が荒い召喚獣にボコボコ殴られた後の俺を回収してくれたり、職員の元に搬送してくれたり……安心できる優しい奴なのだ。

 そんなケットシーは鼻を近づけ、匂いを確認したかと思えば、肉球のある両手を柵越しに伸ばして胴を掴んでくる。


「うわっ、と……」

「に、兄ちゃん!? 平気なのか?」

「大丈夫大丈夫、ケットシーは利口だから話せばわかるタイプの召喚獣だよ。ケットシー? 申し訳ないけど今日からしばらく皆と遊べないんだ、身体の調子が悪くってさ。だから後で皆に伝えてくれる? それと、出来れば身体を放してもらえると嬉しい……」

『──』

「あれーおかしいなー? いつもと違って意思疎通が取れていないのかなぁ……?」


 畳みかけるように言葉を重ねても、ケットシーはただただじっと見つめてくる。

 身体を掴まれている以上抜け出せず、しかし労わるように。

 程よい力加減で持ち上げられて、子どもが人形を抱き締めるような仕草ですっぽりと胸の内に収められる。

 されるがままにフワフワしっとりな毛皮と温もりに包まれたまま、ケットシーは腰を下ろし船を漕ぐように身体を揺らす。


「ケットシーは何がしたいんだろう?」

「うーん、分からん。でも、時々こういう風に俺の事を抱き枕みたいにするんだよね。遊びたい訳でもなく、ただただぎゅっと抱きしめてくるんだ」

「よっぽど兄ちゃんを気に入ってるのかな?」

「そうだと嬉しいなぁ。俺、保護施設の子達に受け入れてもらえるように結構がんばってるからね。……二人も良ければケットシーに触ってみなよ」

「え? 怒られない?」

「安心していいよ。ケットシーは温厚だから近所の子ども達にも人気で、良く遊び相手になってるから。遠慮なく撫でてあげて」

「「じゃあ……」」


 おずおずと手を差しだした二人はケットシーの手触りに目を輝かせ、顔を見合わせると抱き着いた。

 毛皮に埋もれつつも感嘆の声を上げる二人に、ケットシーが満足げに頷く。

 ……もしかして俺達が真面目な話をしてたから、空気を和ませるためにきっかけを作ってくれたのか?


 人と召喚獣、召喚獣同士の調停役として活躍している彼ならありえる。ソラにも言えることだが、大体の召喚獣は人の感情に目敏く反応するからな。

 自分の魅力を理解して活用しながら空気も読める……並みの大人よりも気遣いの出来るナイスガイじゃあないか。


 身を呈して癒しを届けるケットシーの献身に謎の敗北感を抱きながらも。

 荷車を引いた管理人がやってくるまで、モフモフとの触れ合いは続いたのだった。

なお、クロトを馬鹿にしてた冒険者は何も成果を得られず、今回の騒動と日頃の言動が災いして冒険者資格の停止処分を受けましたが、クロト達には関係の無いお話です。


あまり重い雰囲気にしたくなかったのでケットシーにも登場していただき、和やかで優しい結果になりました。

これでようやく次章を書き進められそうです。大まかな構想としては四ノ章に近い、本編の間に挟まるサブシナリオ的な雰囲気になると思います。

どうかお楽しみに!

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