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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 誰が為に刃を振るうのか
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短編 誰が為に刃を振るうのか《後編②》

シュールギャグと死闘を尽くすクロトのお話。

 さて、ヨムルが案内してくれたおかげで『黄昏の廃遺跡』を()()で駆け抜けてきた訳だが、その甲斐もあってキオが怪我をする前に到着できたらしい。

 しかも制服の汚れやトリック・マギアの状態を見るに、ユニーク相手にだいぶ善戦していたみたいだ。うんうん、戦い方を教える側として鼻が高いぞぉ。


「俺達が来るまでよく頑張ったな。すごい奴だ、お前は」


 砲身から煙を上げるデモリッション・カノンを肩から下ろし、キオの頭を撫でる。

 恥ずかしそうに(うつむ)いて汚れた頬を拭い、キオは誇らしそうに胸を張った。


「ふっふーん。そうだろそうだろ? 兄ちゃんに教えてもらってるんだから、これぐらいは出来ないとな」

「嬉しいこと言ってくれるじゃあないか。でもまあ、その苦労に応えないとね。ヨムル?」

「分かってる。キオにポーションを飲ませてすぐにこの場から離れる……でしょ?」

「その予定だったんだけど、ちょっと変更しよう。どうもこいつらは、俺達を諦めるつもりが無いみたいだからね」


 迷宮を駆け抜けている最中に立案していた策の一つだったが、修正する必要がありそうだ。

 突然の闖入者である俺とヨムル、命を刈り取る寸前だったキオに対して。

 無機物系の魔物とは思えないほど殺意を漲らせるユニーク──確か、キプロスとかいう名前だったか──は同族がやられた事実に苛立っているようで。

 十数体はデモリッション・カノンで葬ったかと思えば、続々と土や砂利が隆起し無骨な鎧姿を成形していく。

 眼球の役割を担う結晶体が煌々と輝き、両腕のギロチンを構えて臨戦態勢を取っていた。


「兄ちゃん、さっきのヤツは使えねぇの!?」

「その道具ならアイツら全部やっつけられるでしょ?」

「道を開ける為に限界まで出力を上げて撃ったから壊れちゃった」

「「なにやってんの!?」」

「いやぁ……耐久性はちゃんとあるはずなんだけどねぇ」


 過去に製作した一発屋みたいな道具のデメリットを消した一級品なのだが、やはり無茶な扱いをさせるものではないなぁ。


「っ、兄ちゃん後ろ──」


 焦ったようなキオの言葉を遮って。

 痺れを切らして飛び出し、振り下ろしてきたキプロスのギロチンの腹を()()()()()()

 腰を捻り、改めて重心を乗せた返しの剛脚で、結晶体が収められた頭部に差し込む。頭部を起点にキプロスの胴体が投げ出され、つま先越しに結晶体が罅割れる。

 そのままキプロスの背骨を折るように、石畳に後頭部を叩きつける勢いのまま震脚。鉄がひしゃげ、結晶体が砕けることで絶命し、砂塵と化す。

 周囲のキプロス達は何が起きたのか理解できず、立ち尽くしていた。


「「ええ……」」

「なんでドン引きしてんの? いつかは二人も出来るようになるよ」

「攻撃を避けるならともかく向かっていくのはこえぇよ!」

「まともな人の戦い方じゃない……」

「酷い言われようだ」


 好き勝手に言ってくれる二人から視線を外し、キプロス達を見据える。


「逃げるだけならどうとでもなるが、数が多ければ不確定要素もそれなりに増える。……ちょうどいい機会だし、救助隊を待ってる間に無機物系ユニークに対する解決法を教えよう。現地講習ってやつだな」

「解決法?」

「実際に披露しながら話すよ。二人は入り口の方で警戒してて」


 有無を言わさず避難を促して。

 二人が位置についたことを確認し、背中を見せるように。

 腰に佩いた数打ちの片手剣を抜いて構える。


「まず一つ目。無機物系の魔物は総じて気配が希薄で擬態が得意だ。どれだけ高ランク冒険者だろうと不意を突かれる事故は多い」


 気を取り直して向かってくるキプロス達を、すれ違いざまに結晶体のみを狙って斬りつける。

 火花を散らし、交差する剣閃。時にはギロチンを封じ、直接手を入れて結晶体を抜き出し砕く。


「二つ目。こいつらは動力源である結晶体が弱点であり、そこさえ突けば一撃で倒せる。既に知ってるとは思うけどね」


 ドリルのように回転し飛来する岩の槍を斬り払い、紛れて襲ってきたキプロスの顔面を殴り抜く。

 次々に砂塵へ変えていくが、数は一向に減らない。


「三つ目。倒してもキリがないように見えるが限界はある。こいつらは迷宮の特殊な魔素を流用して結晶体を構成し、数を増やしているだけで無尽蔵じゃあない……倒し続ければいずれは底が尽きる」


 しかし、現実的な話ではない。未だ身体の芯には、召喚獣保護施設でのダメージと疲労が残っていた。

 それさえなければ、いくらでもやりようはあるが……魔力も残り少ない現状では無理だ。爆薬は無いし、ソラも疲れて眠っている。

 身一つ、剣一本でどうにかしなくてはならない。つらい……けど、キオとヨムルが後ろにいる以上、キプロス達の進軍は許さない。


「それぞれが別個体に見えて、一本の糸で繋がってるようなものなんだ、キプロスは」

「ってこたぁ、供給源さえ壊しちまえば……」

「全員、共倒れになるってこと?」

「その通り。俺は余裕が無いから、二人で目に魔力を込めて観察してくれ。どのキプロスが大本なのか、ソイツがどこに身を潜めているのかを」


 身体能力の強化に回せる魔力すら残っていない俺には出来ないことだ。

 ギロチンとの鍔迫り合いに持ち込み、逸らして。数十体ものキプロスを亡骸にして──不意に、砂塵を巻き上げられ視界を奪われる。


「いた! 一体だけ、魔力が身体中から滲み出てるヤツがいる!」

「きっとそいつが親玉だ!」


 咄嗟に目を庇う寸前、凄まじい速度で。ヨムルとキオの元へ距離を詰めようとするキプロスがいた。

 鉄がぶつかり合い、擦れる音。

 空気を裂く、魔力結晶(マナ・クリスタ)の光源に照らされた黒光りの刃。


 間合いに割り込み、袈裟懸けに振り下ろされるギロチンを防ぎ……今までのキプロスとは比べ物にならない膂力で押し切られ、左肩に熱感と痺れが走る。

 このまま叩き切るつもりか。姿勢を低くして、脚に力を入れて背後に飛び退く。

 数瞬、遅れて。石畳が粉砕され破片が散り、腕を伝って血がこぼれた。ドクドクと、心臓の鼓動に痛みが呼応する。


「「兄ちゃん!?」」

「大丈夫、講習を続けよう……四つ目だ」


 二人が見抜いたキプロスの本体はわずかに血が付着したギロチンを払う。

 遊びは終わりだと言わんばかりに、鎧の隙間から可視化された魔力の帯をたなびかせて。

 分身体とも言える周囲のキプロスに伝播(でんぱ)させていた魔素を回収。不気味な挙動と共に崩れ落ち、砂と化し、結晶体が割れる(たび)に威圧感が増していく。


「群体をまとめる大本は見た目こそ同じだが、抜群に能力が高く危険度も跳ね上がる。まともに打ち合うのは、オススメしない」


 ギロチンによって、刀身の(なか)ばまで切り込みの入った片手剣を見せつける。


「武器が……!」

「基本的に、ユニークとの戦闘は|一撃離脱《ヒット&アウェイ》の繰り返し。特に人と似た骨格の、しかも痛覚を感じない無機物系なら尚更重要だ。なんせ怯まないし、恐れない……淡々と殺しに来るからね」

「ッ、兄ちゃん! これを使って!」


 二人が平常心でいられるように激痛を我慢して冷静を取り(つくろ)う。

 その甲斐もあってかヨムルは気づいてくれたようだ。使い物にならない片手剣をキプロスの本体……眼球の位置に投擲し、気を逸らす。

 容易に弾かれたが十分だ。後ろ目で確認した、投げられたトリック・マギアを掴み取って起動。半透明の刀身を出現させ、改めてキプロスと対峙する。

 トリック・マギア本体に内蔵された魔力と俺の分を合わせても、稼働時間は二分弱。その間に決着をつける。


「ただし、例外はいくらでもある。それこそ、獣人の身体能力と練武術を組み合わせれば……」


 高速で迫り来るキプロスに対し、深呼吸。視界が延びて、世界が緩慢になる。

 緩やかな時の流れが示す重心の傾き、力の矛先。ありとあらゆる可能性を処理しながら選び抜いた一つに対し、トリック・マギアを振るう。

 双腕のギロチンを滑るように払い、踏み込んで。

 膂力を制御できずに晒した無防備な片腕を根元から切り落とし、踏み込んだ脚で隙だらけな胴体に回し蹴りを叩き込んだ。

 (かかと)の軋む嫌な音が伝わる。しかし無骨な鎧は大きくへこみ、無様に転がっていく。


「こういう戦い方も出来る。参考にして」

「すげぇ!?」

「エリック兄ちゃん達は、いっつもこんなの見せられてるのか……」


 羨望の眼差しを受けて、ちょっと気分が良くなってきたところに。

 適当にあしらわれたことに腹を立てたのか、キプロスが再び襲い掛かってくる。

 激突し、火花が散った。隻腕でも変わらない膂力は身体を後退させ、衝撃で傷口を開かせる。

 身に持って知ったけど本当に馬鹿力だな。こちとら傷は治せないし疲れてるし限界なんだよ──とっととくたばれ、ブリキ野郎ッ!


「おらァ!」


 トリック・マギアを駆使し、カウンターで殴り、蹴るの暴行を加える。キプロスはどんどんべこぼこになっていく。

 どうやら回収した魔素(マナ)の全てを性能強化に回しているようで、失った部位や傷ついた鎧は再生すらしていない。戦闘を長引かせるつもりはないらしく、ここで仕留めようという気概を感じる。

 もっとも攻撃のことごとくを防いだり、逸らしたり、受け流しているので致命打なんて与えられてないけど、それはこちらも同じ。小癪にも弱点を守りながら動いてるせいで攻撃しにくい。

 時間を掛けてられないってのによぉ。生きたままスクラップにされたいなら、お望み通りにしてや……魔力反応っ!?


「兄ちゃん、後ろだ!」

「っ!」


 キオの叫びに首を向ければ岩の槍が数本、音も無く展開されていた。

 最悪なことに、穂先は俺でなくキオ達の方を示している。俺が二人を守りながら戦ってることを察したのか!


「やらせるかっ!!」


 振り向きざまにトリック・マギアで岩の槍を破壊。

 次いでキプロスを正面に捉えようとして……添えるように、ギロチンの刃が胸元に置かれた。結晶体を収めた頭部が怪しく光る。


 気づいた時には遅かった。苦し紛れに一歩だけ身を引くが、包丁で肉を切るように。

 ギロチンを引かれ、防刃性に優れた制服ごと斬り裂かれる。胸から腹にかけて生じる水気と命がこぼれる感触。視界が明滅し、血飛沫が舞う。

 耐えがたい激痛で身動きが取れなかった。身体が宙に浮き、意趣返しのように蹴り飛ばされる。


「「兄ちゃんっ!?」」


 斬撃と打撃。二重の痛みに意識が飛びかけた。気を保つ為に、魔力不足で刀身がブレ始めたトリック・マギアを握り締める。

 身体がバラバラになりそうだ……血が止まらない……魔力が無いから血液魔法で止血もできない。

 前もってレオとの感覚接続を切っておいて正解だったか。この状態で頭の中で騒がれたら、さすがにブチ切れてた。


 とはいえ、キプロスがいきなり攻勢に転じたのも限界が近いが故にだろう。

 でこぼこでひしゃげた鎧はまるで壊れかけた人形のようだ。左右に揺れ、今にも倒れそうな動きで近づいてきた。


 血溜まりに立ち上がる。あまりの負傷に心配が(まさ)り、走り寄ってくるキオとヨムルを手で制して。

 魔力を全て込めたトリック・マギアをその場で振り被り、下ろすタイミングで起動解除。

 半透明な魔力の刃は手元を離れ……飛ぶ斬撃となり機動力の落ちたキプロスの胴体に直撃。突き刺さり、行動を阻害する。

 結晶体の収められた頭部では狙いが外れる恐れがあった。でも、動きさえ止められたのなら、()()()()()()()()


「悪いけど時間切れだ。じゃあな、人形野郎──エリック、カグヤ!」

「おう!」

「はいっ!」


 キオとヨムルの背後から、名前を呼んだ影が飛び出す。間合いを詰めていく二人の方に、キプロスは緩慢にも首を向ける。

 しかし満身創痍な身体ではどうすることもできず、カグヤは一息に抜刀しキプロスの両足を切断。支えを失い、前のめりに倒れる頭部に《スクレップ》が振り下ろされた。

 石畳を埋没するほどに一撃は鉄兜ごと結晶体を破壊。動力源を失ったキプロスは砂となり、室内に静寂が訪れる。

 オリエンテーリングを襲った最悪の事態が収束した瞬間だった。


 ◆◇◆◇◆


 その後の話をしよう。

 シエラさんの救援要請を受けたエリック、カグヤ。キオとヨムルを保護するため、傍で控えていたセリスと合流。

 遅れて事後処理にやってきた──ギルドで野次を飛ばしていた奴らより遥かにまともな──冒険者たちが隠し部屋を封鎖。

 山ほど積み重なったキプロスの残骸と砂に戦慄の表情を浮かべながらも、彼らは室内の調査・分析を開始。


 事前に安全な区画と認定されていた場所で魔物、しかもユニークが出現。

 継続探索で重要なセーフティーエリアに命を脅かす要素が存在している……先に調べた先遣隊やギルドの信頼を根底からひっくり返す事態だ。

 加えて学生冒険者といえど、子どもを被害に遭わせた事実はどんな醜聞にも(まさ)る。


 だが、ギルド側も慌てて手を回してくれたのだろう。こっちの目線からは救助が遅れたように見えるが、状況報告から隊を編成したことを考えれば十分に早い。

 俺はヨムルに案内してもらったから最速で到達できた訳だし、彼らを責める(いわ)れは皆無だ。むしろよく頑張ったよ。本当に。


 そうして、キオとヨムルは救助隊に治療を受けて問題無しと診断を受けて。

 どうしてこうなったか、何があったか、と。質問に答えるよりもまず俺の怪我の具合が酷すぎて、この場では治療が不可能と判断された。

 そりゃそうだ。左肩と胸から腹にかけて大きく裂かれた切り傷に加え、魔力切れの影響もあって意識が朦朧としていたのだから。


 エリックが手持ちのポーションを振りかけてくれて止血したが限度はある。

 傷口に布を宛がわれ、問答無用で担がれて、俺達は早々に『黄昏の廃遺跡』を後にすることに。

 居残っても救助隊兼調査隊の邪魔になるし、キオとヨムルの疲労は限界が近かった為、アリアドネの転移石で脱出。

 迷宮の入り口に転移し、そのままギルドまで直行。すれ違う人々の視線に(さいな)まれながらもギルドに到着。


 事前に用意していたのであろう、邪魔にならない位置に敷かれた毛布の上に転がされた。死体と見紛う姿をした俺が嫌でも目に入ったのか、ざわざわとどよめきの声が耳に入る。

 眠りに落ちる寸前の、ふわふわしたまどろみから目を覚ませば、心配そうに覗き込んでくる皆の顔が見えた。


「いやぁ……ごめんね? 急に連絡出して。来てくれて本当に助かったよ」

「当然だろ。ガキ共が危険な目に遭ってるってのに、悠長に構えてられるか」

「つーか、そんな呑気なこと言ってる場合じゃあないだろう? ちょっと見ない間に大怪我してんじゃないよ」

「クロトさん、具合はどうですか?」

「全身が痛いし頭が重いし熱っぽいし視界がぼやけてる。今にも寝てしまいそう」


 首を回してみれば、迷宮の入り口でたむろしていた生徒たちの姿があった。気分が落ち着いたのか顔色は良い。

 しかし何人かは迷宮に突撃した俺の顔を覚えていたのだろう。搬入された俺の状態を見て青ざめさせ、喉を引きつらせた。


「このまま放置は出来ないねぇ……アタシが治そうか?」

「《ヒーラー》のスキルで? こないだ包丁で指を切った時に“アタシに任せて!”とか言って、傷口を悪化させて血だらけにしたのに?」

「……まだ慣れてないからやめとくわ」

「またの機会に頼むよ。ってか、なんでギルドに運んだの? 病院で良くない?」

「外壁の補修工事で不慮の事故が起きて、住宅地にまで被害が出たらしい。負傷者多数でどこも病床満杯だってよ」

「オルレスさんも駆り出されているそうです。ですが、割り当てられた負傷者の治療が終わり次第、ギルドに来てくれる、と」

「おお、手際が良いねカグヤ。ありがたいよ」

「兄ちゃん……」

「……そう悲しい目をしないでくれ。すぐに死ぬわけじゃあないんだ」


 心配そうに見下ろしてくるキオとヨムルに、笑みとトリック・マギアを返す。


『レオ。痛覚を繋がないで身体の状態を診れる? 特に魔力回路』

『相変わらず、生きているのが不思議なほどに重傷だな。しばし待て……回路に損傷はなく、歪みも無い。先ほどの自覚症状を加味するのなら……典型的な魔力切れだな。だが、(いささ)か妙だな……』


 俺の記憶を読み取り、状況を理解したレオが口を(つぐ)む。


『何か問題が?』

『汝の作成したポーションは市販されている物より高性能だ。だというのに、汝の肉体を快復させるに至らなかった。……どうやらキプロスの身体を構成していた魔素が傷口に入り込み、再生を阻害しているようだな』

『なるほどね、道理で治りが悪い訳だ。でも、魔力さえ補充できれば魔法は問題なく使えるよね?』

『ああ。……まさかとは思うが血液魔法で治そうと考えているのか?』

『ある程度はね。ポーションで傷を塞ぐよりも確実だし、魔素の除去も可能だ。何よりここは冒険者ギルド……魔力回復ポーションの在庫はあるでしょ』

『懸念点はそこではない。いくら血液魔法で鎮痛作用をもたらしたとしても、再生には凄まじい苦痛を伴うぞ』

『今更だよ。それにオルレスさんが来るまで、少しでも治しておいた方が後の治療に時間が掛からずに済む。ただでさえ手間を取らせてるし、疲れさせたくないんだ』

『……汝は、何故……』


 何かを言いかけ、レオは押し黙る。不思議に思ったが、とりあえず考えてた事を行動に移そう。

 エリックとセリスに魔力回復ポーションを購入してもらうように頼み、待っている間に。

 見覚えのある冒険者が数人立ち上がり、こちらを値踏みするように一瞥し、鼻を鳴らす。キオを助けに行く直前、好き勝手に吐き捨てた連中だった。


「なんでぇ、ガキもテメェも死に損なったってのかよ」

「口だけ達者な奴かと思ったが、情けなく生き延びるぐらいは出来るようだな」

「ちゃんとユニークはいたみてぇじゃん? そういうことなら、俺も働きますかねぇ」


 嫌味と傲慢さを兼ね備えた聞くに堪えない言葉を漏らして、酩酊しておぼつかないにもかかわらず、足早にギルドを去っていく。

 不審な行動にキオとヨムルが眉根を寄せた。


「なんなんだ、アイツら」

「どうして今更になって動き出そうと……?」

「少しでもユニークの素材を手に入れて稼ごうとでも考えてるんじゃない? 自分が危ない目に遭うのは嫌だけど、高値で売れる素材は欲しいってこと。立派な盗人(ぬすっと)精神だねぇ」

「はあ? んだよソレ……!? ロクでもねぇ奴らだな!」

「いんや、人の話を聞かない馬鹿ばっかりさ。ねぇ? カグヤ」

「そうですね。救助隊兼調査隊がすでに被害区画を取り締まっていますから、調査が終わるまで迷宮は閉鎖され、部外者に進入許可は下りません」

「キオとヨムル、俺で倒したキプロスの素材は一つ残らず回収された後、ギルドに保管される。一冒険者ごときに手を出せる領分じゃあない。骨折り損のくたびれ儲け 無駄な発想と労力がもたらす妥当な結果さ」


 心証が悪くならないように補足説明はするが、大人に対して不信感を抱いてる二人に悪影響が及ぶかもなぁ……後でフォローしておこう。


「クロト、ポーション買ってきたぞ。飲めるか?」

「フタを開けて口につっこもごごごごっ」

「言い切る前に飲ませてらぁ……息できんの? トドメ刺してないかい?」

「だ、大丈夫ですよ」


 エリックが容赦なくポーションを咥えさせてきた。咳き込みかけて、身体を走る衝撃に止められる。

 代わりに、失った魔力が少しだけ満たされていく。頭痛は治まり、倦怠感も薄れた……これなら魔法が使える。


「よしっ、気合いを入れよう……舌を噛まないようにハンカチを用意して、と。皆で暴れないように手足を押さえてくれる?」

「再生阻害の話は聞いたがマジでやるのか?」

「むしろ、やらないとオルレスさんが来るまでに持たないと思う。今はまだ意識がしっかりしてるから何ともないけど、だからこそ、ここで手を加えて傷口の悪化を防ぐ」

「……分かりました。気をしっかり保ってくださいね、クロトさん」


 ハンカチを咥えて。エリック達に両手、両足を押さえつけられ、血の滲んだ布が取り払われる。制服ごと裂かれた胴体が晒された。

 ポーションで若干癒着しているとはいえ、あと一歩、踏み込まれていたら間違いなく臓器にまで達していたであろう切り傷だ。我ながら痛々しいな、救助隊が絶句してた訳だよ。

 魔力を通した眼で確認すればレオの言う通り、傷口に微粒な魔素がこびりついていた。塞がらないように、じわじわと傷の治りを押し留めている。


『これを除去しながら、肉体を修復しよう。……ゲームでよくあるリジェネ効果を阻害するデバフって、こんな感じなのかね』

『汝にとっては実に得がたい経験であろうが、呑気に構えている場合ではなかろう』

『それはそう。──じゃあ、やるか』


 ◆◇◆◇◆


「がッ……ぁぁあああああああッ!!」


 突然だった、その声が響き渡ったのは。

 学園初等部の生徒達がオリエンテーリングとして探索に向かった『黄昏の廃遺跡』にて、アクシデントが発生。


 ギルドの事前調査では判明しなかったユニークの大量出現という危機。

 連絡を受けて(つど)い、説明を聞いて即座に件の迷宮へ飛び出していったエリック達。

 彼らに諭され、ギルドにやってきた生徒達の様子を見聞きし、ただならぬ事態を察したまともな感性を持つ冒険者達。

 それらの対処に追われ、緊張感と忙しさに翻弄される冒険者ギルド内を揺らした雄叫び。


「今のは……」


 ギルド内にいる全ての職員と冒険者の動きすら止めた声に、作業に駆り出されていたシエラは覚えがあった。

 職員事務室の扉を勢いよく開き、受付を越えて、目に入った光景は凄惨たるものであった。


「くそったれ、予想以上にひでぇな! キプロスめ、とんでもない置き土産を残しやがって!」

「セリスさん! 足の拘束をキオはキオに任せて、血が飛び散らないように布を使ってください!」

「分かったよ! ああもう、アタシが上手くスキルを使えれば……!」


 複数人に四肢を押さえつけられたクロトの身体。

 胸から腹にかけて大きく裂かれた傷口から、可視化された魔素と血潮が噴き出す。

 ギルドの床を染める粘ついた水気の音、舌を噛まぬようにしても耳朶に残る悲痛な叫び。


 交流がある知人の痛ましい姿に喉が引きつり、心臓の鼓動を早め、呼吸が荒くなる。

 冒険者に負傷は付き物だ、見慣れてはいた。けれど、理解こそしているが……眼下に転がる現実は、シエラの想像を遥かに超えていた。


「兄ちゃん、こんな……こんなこと……!」

「しっかしろヨムル! 長引かせたくないだろ!」


 顔を青くさせながらも血と汗まみれのクロトを見下ろして、キオとヨムルは常軌を逸した治療行為を補助する。

 そうして、少ししてからピタリ、と。

 ギルド内を埋め尽くした、陰鬱でおぞましい命の足掻きは鳴り止んだ。

 正気が削れる行いを終えて、疲労の色を見せるエリック達。

 惨状を生み出した元凶であるクロトは顔色が悪いまま上体を起こす。


「シエラさん……」


 未だ塞がっていない傷口を制服で隠しつつも、シエラに気づいた彼は軽く頭を下げる。


「救助隊の派遣……ありがとう、ございました。寝ます」

「え、あっはい! お疲れ様、です……?」


 気が抜ける、虚を突く言葉。シエラは思わず反射的に事務対応を返す。

 それを聞くや否やクロトの頭がグラついたかと思えば、落ちるように力無く倒れ伏す。

 冒険者ギルドを騒がせる事態の連続は、血なまぐさい困惑と混乱をもたらして収束を迎えたのだった。

その後、やってきたオルレスがクロトの状態を診て、理解し、青筋を立てながら治療を施した模様。

次回、診療所に搬送されたクロトと子ども達、迷宮保護施設での場面でエピローグになります。

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