短編 誰が為に刃を振るうのか《後編①》
めちゃくちゃ長くなってバランスがおかしくなりそうだったので、後編を更に分けます。
シエラさんとの雑談を程々にして、仕事に戻っていく彼女を見送り、のんびりと暇を潰していたところに。
「すみません! 誰か、助けてくれませんか!?」
「──ヨムル?」
聞き覚えのある叫びが冒険者ギルドに響き渡った。ヨムルの声だ。
扉を開け放ち、肩で息をしながら辺りを見渡して、テーブルで休んでいる俺が視界に入ったのか。何度か戦闘を終えた汚れが目立つ制服で汗を拭い、駆け寄ってくる。
顔色から見てもかなり疲労が溜まっていたのか、よろめき倒れそうになったヨムルを支える。
「どうしたんだ、そんなに切羽詰まって……オリエンテーリングで迷宮に行ってたんじゃなかったのか?」
「……その迷宮で、キオが取り残された。助けを呼べって言われて、ギルドに……」
「分かった。苦しいかもしれないけど、詳しく教えろ」
ポーションを飲ませ、背中をさすり、ヨムルを落ち着かせる。
口振りから既に異常事態が起きているのは明白だ。そして、今にも泣き出しそうなヨムルに下手な負荷を掛ける訳にはいかなかった。とにかく事態を把握して、行動を起こすしかない。
ポーションのおかげで少しは体調も良くなったのだろう。ヨムルは途切れ途切れではあるが、簡潔に、何が起きたかを説明してくれた。
「魔物が出るはずの無い区画にユニークが出現。教師が負傷して他の生徒たちも撤退したけど、キオだけ閉じ込められて戦ってる、か」
「……っ」
改めて羅列されると相当絶望的な状況だ。ヨムルが悔しそうに拳を握り締めるのも無理はない。
「ユニークの群れなんて冗談じゃねぇぞ。命がいくつあっても足りねぇよ」
「でもよぉ……学園の生徒で、しかも子どもだぜ? 助けに行った方が……」
「現役冒険者の教師ですら敵わなかったんだろ? わざわざ死ぬ為に命を張るような馬鹿なマネできるかよ」
「それに子どもとはいえ、学園なんていうぬるま湯で育った連中さ。ここで死ぬならその程度の奴だったって話さ」
野次馬根性で耳を立てていた他の冒険者たちが好き勝手にのたまう。
学園という十分な下地で学び成長した学生冒険者を、現場で鍛えられた叩き上げの純粋な冒険者が見下すのはよくある話だ。
もっとも、その学園が学生に冒険者資格を持たせた上で、あちこちの地方で活躍させているからこそ“冒険者”全体の価値が上がっていることを、彼らは知らない。
「好き勝手に言って……!」
「放っておきな、関わるだけ面倒な奴らだ。……シエラさん!」
「っ、はい!」
遠巻きにこちらの様子を窺っていた彼女を呼び寄せ、手帳に挟んでいたメモ用紙を渡す。
「すみませんが信用できる冒険者で救助隊の編成と、この通話先に連絡を」
「これは?」
「俺の仲間に繋がります。“子ども達が危険だ、『黄昏の廃遺跡』に来て欲しい”と伝えれば、すぐに対応してくれます」
「分かりました。クロトさんは?」
「一分一秒が惜しいので先に救助へ向かいます。ヨムル、疲れてるかもしれないけど案内を頼んでもいいか?」
「もちろん! 道は全部覚えてる、すぐに行こう!」
「ああ。っと、その前に……ちょっと待ってろ」
元気よく立ち上がったヨムルを置いて、シエラさんに断りを入れて。
受付からギルド職員用の通路に入り、料理長が俺の為に用意してくれていた厨房スタッフのロッカーを開ける。
確か、親方の工房で制作した試作品を押し込んで、そのまま放置していた物が……あるな。
救出地点となる隠し部屋への道は埋もれているそうだし、何より人命の掛かった緊急事態だ。迷宮内を少し壊したって文句は言われないだろう。
動作確認は既に済んでいるから、時間を置いても問題なく機能するはずだ。布に包まれた筒状の物体を担いでヨムルの元へ戻る。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
「おいおい! イタズラかもしんねぇのに、そのガキの言葉を真に受けんのか!? 学生気分の連中は気楽でいいねぇ」
「仮にマジだとしても、ユニークに群がられて生きてるとは思えねぇけどな」
「生きて帰ってこれたらいいな。五体満足かは知らねぇが! ギャハハッ!」
茶化すような、嘲りの声を上げる野次馬ども。
神経を逆撫でするだけの不快な連中を一瞥だけして、後は無視してギルドを出る。
背後で何やら気に入らなそうに叫ぶ馬鹿どもの罵倒が聞こえるがどうでもいい。
「兄ちゃん……」
「心配しなくても、キオはそこまでヤワじゃない。それはヨムルが一番良く分かってるでしょ?」
「……うん、そうだね」
不安そうに見上げてきたヨムルの頭を撫でる。そのまま走り出し、迷宮保管施設に到達。
恐らくオリエンテーリングに参加していたと見られる他の生徒達が、件の迷宮入り口の前で腰を下ろし頭を抱えていた。
一般的な初等部の生徒ならこうなるよね。むしろキオやヨムルが年の割に、決断力がずば抜けてるだけだ。
今回は色々な不運が重なって、こんな事態に陥った訳だが……まあ、その辺りの話は救助が終わってからだな。
「さあ、突っ走るぞ。中層まで魔物も罠も全部踏み倒していくから、ちゃんと案内してくれよ?」
「大丈夫、任せて!」
◆◇◆◇◆
──ヨムル達を逃がしてから、どれほどの時間が経っただろう。
数分? 数十分? 数時間? 視界を埋めるほどのキプロスに攻められながらも、単独で強引ながら数体の亡骸を作り出したとしても。
幾度とない双腕のギロチンとの攻防、雨のように降りしきる削岩槍。
特に後者の騒音は獣人の聴覚をかき乱し、集中力を鈍らせるには十分過ぎる。
擦り減っていく体力と精神は時間の感覚を喪失させ、使用者の魔力に依存した装備であるトリック・マギアの性能を揺さぶらせていた。
「はっ、は……く、ぐぅ……!」
膝をつき、杖のように支えにした半透明な魔力の刀身にノイズが走る。
盾や剣と度重なる変化に応えたトリック・マギアは出力部に異常を発生させていた。
このまま戦闘が長引けば、破損して使用不可になる。そうなればキプロスの攻勢を防ぐ手立ては無くなり……キオの命運が尽きるのも時間の問題だった。
だが、それでも、キオの瞳から闘志が消えることは無い。
数多の偶然、降って湧いたような幸運、夢物語が現実になった出会いを経て。
キオだけでなくセリスや孤児院の子ども達は《ディスカード》から外に出て、ニルヴァーナにやってきた。
自らの脚で、腕で、目で、広い世界に挑戦するチャンスを得たのだ。
ヨムルに比べて頭は悪く、ユキに比べれば非力にも程がある。
年長だからと頼られるぐらいしか取り柄の無い、中途半端で失礼な言動しか出来ないちっぽけな子どもだ。
それでも、そうだとしても。
人生の目標だとか、やるべき事とか。
未だに何も分からない宙吊りの、世間を知らない子供のわがままと思われても。
理不尽で苛烈、容赦の無い迷宮の不条理に打ちのめされようと。
勝ち気で負けん気の強い彼が、このまま終わる訳がない。
「くそがっ! 負けられんねぇ……諦めてたまるかァ!!!」
怪しく光る結晶体を携えたキプロスにキオが吼え、トリック・マギアを構える。
大音量の叫びは処刑場に鳴り渡り──わずかに生まれた静寂に、塞がれていたはずの小道から異音が響く。
『強度は……良し。なら……っそく、ぶっ壊して……』
『それ、危な……?』
『キオな……気づく……おま……一掃できて……楽に……』
コンコン、コンコン、と。
くぐもってはいるが、背にしていた埋もれた小道から聞こえる、規則正しい物音と人の声。
キプロスから目を離さず、獣人としての聴覚は小さくも確かな音を捉え……同時に、嫌な予感が脳裏を走る。
『出力……充填。最高……突破!』
何かは分からないが、とにかくヤバい! 振り下ろされたギロチンの波を寸前で掻い潜り、キプロスを踏み台にして高く、遠くへ跳ぶ。
小道の直線上から外れて、眼下にひしめくキプロスがキオを見上げる。位置を変えたというのに、はっきりと聞こえてきたのは高まる回転音。
削岩槍とは違う。もっと恐ろしく、何を仕出かすか予想もつかない異音にキプロス達も気づいたのか。
キオから視線を外し、音源の方へ顔を向けた……その時。
『回転加速式多目的破砕榴弾砲、デモリッション・カノン──発射ァ!!』
凄まじくテンションの高い声が響いた直後。
光が滲み、腹の底まで揺らす轟音と共に小道が豪快に発破される。空間は揺れ、圧倒的な暴力の奔流が室内を蹂躙。
キオの予想通り、小道の直線上に立っていた半数以上のキプロス達を一掃。鉄クズと化したそれらを巻き込み、対面の壁に激突し粉砕。
生まれた暴風と土煙に揉まれながらも着地したキオの耳に、聞き馴染みのある声が届く。
「いよーしっ、ちゃんと開通したな!」
「めちゃくちゃうるさいんだけど……何それ?」
「ロマン砲。そんなことより……キオー! 無事かぁ!? 巻き込まれてないのは確認済みだけど、返事してくれぇー!」
崩れ落ち、出来上がったガレキの道を歩いて。
呼び掛ける少年は土ぼこりを裂き、煙を吹かす筒を肩に担いで現れる。
「おっ? 怪我してないし元気そうじゃーん? ほらぁ、キオならしぶとく生き残ってるって言ったでしょ~? 誰の教えを受けてると思ってるのさ」
「キオ! 無事でよかった……」
「あれ、無視された?」
安心感を抱かせるやり取りを交わしながら。
首を傾げつつもクロトはニヤリと笑みを浮かべ、絶望の状況を切り開いたのだ。
次回、実地講習と死闘、開始。お楽しみください。
【解説】デモリッション・カノンについて。
別名、回転加速式多目的破砕榴弾砲。
工事現場で使う破砕用の工具を自己流で理解し、解釈し、攻撃用の武装として巨大化させたロマン砲。
原理としてはレールガンの機構そのもの。加えて砲弾は専用の魔法陣を描いているため自動装填され、電磁加速の部分を魔力で代用する事で弾速を確保。
発射薬や砲弾の全てを魔力で補っているクリーンな代物であり、威力・射程ともに凄まじい。作中でも迷宮の壁を容易く貫通し、抉り、粉砕してしまうほど。
さらに特筆すべき点として無反動砲であることが挙げられる。砲身に様々なルーン文字を彫り、負荷を分散させ衝撃を水面のようにぶつけ合わせる事で、砲架無しの直立姿勢でぶっ放せるトンデモ武装と化している。
色々な面で優れた部分を残しつつも見逃せない欠点として、連射が利かない。一発撃てば最低でも数分のインターバルが必要になる。
無理をさせればもれなく暴発するので絶対に連射は不可能。それこそが、クロトがデモリッション・カノンを使う上で施した制限でもあった。
しかし利点・欠点を含めてもクロトが生み出したロマン武装の中では唯一、誰でも問題なく使えて怪我を負う可能性も低い武装。
パイルハンマーやブレイズバンカーを経て到達した、新たな境地の一端であった。