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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 誰が為に刃を振るうのか
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短編 誰が為に刃を振るうのか《中編》

長くなったと思いましたが、そうでもなかったです。

キオ達に訪れる困難と心情を描写しました。

「ここが……隠し部屋?」

「に、繋がるのはそこの小道だね。戦ってて壁が崩れた時に見つけたらしいよ」

「だからこんなに狭いのか? 魔物の抜け道みてぇなもんじゃねぇか」


 ようやくたどり着いた、目的地へと通じる子部屋の中で。

 オリエンテーリングの際に渡された地図を覗き込みながら、キオとヨムルは怪訝そうに呟く。

 しかし獣人の聴覚は小道の奥から聞こえる反響音を捉え、確かに空間が存在していることを示唆していた。どうやら魔物はいないらしい。


「疑い深くなる気持ちは理解できる。だが、冒険者が先行して調査しギルドに認可を受けた箇所だ、信じていい。……ただ間違いなく暗所ではあるから、先に灯りを投入して一人ずつ中に入ってくれ。もちろん、後方の警戒を忘れないように」

『はーい!』


 元気の良い返事と進んできたルートを見張るキオとヨムル、教師を残して。

 使い捨ての結晶灯を放り込み、照らされた小道に生徒たちが入っていく。


「それにしても、どうしてまた調査するなんて話が? 学生冒険者に頼むような課題ではないですよね」

「さっきお前たちが言ってた通り、迷宮にはこういう場所が残されている……それを知れるだけでも良い機会だろう? 付け加えて言うなら、この先にある隠し部屋はかなり広めの空間になってるんだが、特に資源や歴史的文献がある訳でもない。子ども達が荒らしたとしてもお咎めを受けずに済むんだ」

「んん? するってぇと……何の意味があるか分からない部屋に、俺達は来ちまったってことか?」

「罠は無く、魔物も現れない。いわゆるセーフティエリアのような場所なのさ。ギルド側は隠し部屋に手を加えて、冒険者たちの休憩所を設置しようと考えてる。その為に、身軽で気軽に動ける人員に再調査を依頼して……良い難易度でもあるから、学生のオリエンテーリングとして活用することになったんだ」

「「へ~」」


 学生の、しかも初等部の生徒に対する課題としては、確かに妥当ではあるのかもしれない。

 今後、冒険者たちが活動する上で攻略の合間に休みを取れるかどうかで攻略の進捗は変化する。

 さらに言えば、ここは中層だ。迷宮の半分に位置する隠し部屋をセーフティーエリアとして利確さえできてしまえば、『黄昏の廃遺跡』の全体的な攻略進度は大幅に上昇するだろう。

 その点に目を向ければ極めて重要かつ責任のある課題として捉えることも可能だ。


「じゃあ、今回のオリエンテーリングで安全が確認されたら……」

「この隠し部屋は『黄昏の廃遺跡』における正式なセーフティーエリアと認められ、休憩所づくりの為に大工と護衛の冒険者を派遣するだろうな」

「お~、すげぇな……俺らの所には小迷宮? っていうのしかなかったからなぁ」

「皆で一気に突撃して迷宮主を倒してすぐに脱出を繰り返してたもんね」

「あえて言わせてもらうが一般的なやり方ではないからな? それは」


 《ディスカード》に居た頃の記憶を思い出すキオとヨムルに教師が口を挟む。

 誤った認識で体力配分を間違えて危機に陥る。新人や若い冒険者にありがちな事態に繋がりかねないからだ。

 そんな軽口を言い合いながらも、今度は二人が隠し部屋へ入る番となり、狭い小道を進んでいく。


「おわっ。広いとは言ってたが……」

「予想以上だったね」


 息が詰まりそうなほど窮屈な暗所を、心許(こころもと)ない光源を頼りに抜け出した先で見たものは、二人の想像を超えていた。

 高い天井に、数十メートルは奥行きのある円形の部屋だ。赤褐色の石畳から露出した魔力結晶(マナ・クリスタ)は、すり鉢の形に広がる空間を照らしている。

 ボロボロに崩れた鉄格子が散見され、壁面は野球場の観戦席のような階段状に。

 様々な特徴から学園のグラウンド、歴史の授業で習った闘技場を思わせる光景。

 先行していた生徒たちと共に、キオとヨムルは瞳を輝かせて辺りを見渡していた。


「ちょっとワクワクしてきたねっ」

「だな! こんな空間が隠し部屋だなんて思ってなかったし、過去の遺産っぽさが良い味出してるぜ!」

「よっと……相変わらず、無駄にでけぇな」


 初等部の生徒に比べて体格の大きい教師は苦戦しつつも、小道を抜けて隠し部屋に入ってきた。

 そのまま生徒を集め、休憩所とする為の準備として魔物除けの匂い袋を設置するように指示を出す。

 各々(おのおの)が散開して着実に作業を完遂していく中……異変が起きる。


「ん? なんだ?」


 初めに気づいたのは、冒険者として(つちか)った長年の経験から察知した引率の教師だ。

 ぐらぐらとわずかに足下が揺れた。小さくも明確に、これまでの攻略で感じたことの無い変化だ。

 迷宮主でも動き出したか? しかし、この迷宮には彼ら以外にパーティは残存していない。上・中・下の階層で隔たれている上、刺激するような事は無いはずだ。

 何か妙だ、と作業中の生徒たちを俯瞰的に見渡せる位置から移動しようとして。

 ──地面からせり上がり、()()()()()()()()()()()()()()()が教師の身体を強く打ち付けた。


「がはッ!?」


 音も気配も無く。視覚外から殴り飛ばされた教師は壁に激突し、激痛に悶える。

 そこまでされてようやく生徒達も気づいたのだろう。だが、いるはずがない。現れて良い存在ではない。

 そんな逃避の感情を否定するように教師が苦悶の声を上げる。これは、どうしようもない現実だと。

 理解し、子どもながらに統率の取れた動きで彼の元へ集結し、奇襲を仕掛けた魔物に視線を向ける。


 可視化された土属性の魔素(マナ)反応。源である結晶体から光芒を散らせると共に、教師を殴り飛ばした腕のような部位が収束する。

 砂利から土塊(つちくれ)へ。

 土塊(つちくれ)から岩へ。

 岩から変質された鉄へ。

 全身二メートルもの長身瘦躯な魔物はみるみる内に体表の組織を強靭に、強固な姿へと変えていく。


 鎧戸のように重なる黒鉄(くろがね)全身甲冑(フルプレート)

 魔力結晶の光を受けて怪しい光沢を見せつける、出刃包丁のような両腕。

 結晶体を頭部に収納し、眼光のように光らせるゴーレムの名はキプロス。

 咆哮の代わりに刃を合わせ金属音を響かせるその姿は、『黄昏の廃遺跡』に出現する魔物の特徴を寄せ集めた特殊な魔物だ。


「……肌を刺す嫌な気配。コイツ、ユニークか!」

「無機物系に魔物除けの効果が無いのは分かる。けど、今まで普通の魔物しか見かけなかったのに、どうして今になって……」

「恐らく、人数だ」


 キオとヨムルの疑問に答えるように。

 倒れ伏していた教師が身体を起こし、痛みを(こら)えながら推測を口にする。


「これまでもユニークの目撃情報は出ていたが、それは下層でのみだ。なのに、縄張りを離れないはずの魔物が今、目の前に現れた……迷宮攻略の適正人数を超えたパーティで、隠し部屋に侵入した事で感知されたんだ。別の迷宮でも特定の条件を満たした時、トラップじみた出現方法を取るユニークと戦った経験がある……間違いない。対処法もある」


 しかし。


「問題なのは、このユニークを倒すか逃げるしか対処法が無いってのと、部屋の奥まで押し込まれちまった現状だ。お前らと俺だけで突破するには……ぐっ!」

「大丈夫ですか!?」

「腕が、折れてやがる……! 武器が握れねぇ!」


 ヨムルの目線の先には武具が外れ、青黒く腫れあがり、歪に変形した教師の左腕が映る。この状態で回復魔法をかければ、更に症状が悪化してしまう。

 一時的な処置ではあるが痛み止めとして、クロトに持たされたポーションを取り出し患部に掛ける。玉のような脂汗を浮かべていた教師の顔が和らいだ。


「わりぃな。ポーション使わせちまって……」

「とにかく今は、動けるようにしておかないと」


 言葉少なにやり取りを交わし、再びキプロスを見据える。

 現役Aランク冒険者でもある教師を容易く戦闘不能に陥れたキプロスは、観察するように彼らを見つめ、じっとして動かない。

 自らの陣地に乗り込んで来た獲物をどう仕留めるか、吟味しているのか。一歩でも動けば、両腕の凶刃が向けられるだろう。


「せめて、お前らだけでも逃がさねぇと……各自、転移石は持ってるな!? 座標は既に刻んである。俺が時間を稼いでる間に脱出を……」

「さ、さっきから転移石を使おうとしてるけど、反応が無いよ!」

「は!? くそっ、転移石の干渉を無効化するエリアなのかよ……事前情報に載ってなかったぞ!」


 生徒の一人が脱出道具であるアリアドネの転移石を片手に叫ぶ。

 非常に高額で希少。迷宮内でのみ使える画期的な道具であり、一瞬で出口まで転移できる為、緊急時の脱出装置として使われるものだ。

 だが、一部の階層や特定の場所では使用不可になってしまう。原因こそ未だ解明されていないが、この状況でその一例に遭遇するのはマズい。


「……ここから逃げるには、隠し部屋から出ないといけない。けど、アイツが邪魔で通れない──注意を逸らす必要がある」

「キオ、ゴーレム系が相手ならトリック・マギアの攻撃が通じると思う」

「下手に魔法で隙を見せる必要はない。見つめ合ってたところで状況は変わらないなら……やってやるか」

「待て。お前ら、何をする気だ!?」


 教師の制止を耳にせず、キオとヨムルの二人がキプロスの前に並ぶ。


「先生は生徒達の避難を。終わり次第、僕達も隠し部屋から出ます」

「無茶だ……! 相手はユニークだぞ!? 叶うはずがない!」

「だからって、片腕のアンタに期待はできねぇよ。……心配すんなって。俺らは野良のユニークがわんさか出歩いてる地元に住んでたんだぜ? やり方は分かってるさ」


 トリック・マギアを起動させ、出力された魔力の剣にキプロスが反応する。

 鈍色(にびいろ)の刃を振り上げ、不気味な機動音を轟かせた。背筋が泡立つ感覚に、他生徒たちの微かな悲鳴が漏れる。


 理屈は分かる、理由も知った。それでも、子どもに任せきりにするという情けない状態に教師は歯噛みする。

 自らの痴態が生んだ危機的状況。守らなくてはならない子どもに守られる。あまりの不甲斐なさに羞恥と嫌悪が思考を埋めた。

 迷いを見せる教師に、キオとヨムルの額に青筋が浮かぶ。


「意地を張ってる場合じゃない。さあ、早く!」

「巻き込まない自信はねぇぞ!」


 彼らは基本、大人という存在を信用していない。《ディスカード》で祖父や祖母に当たる年代の人々との交流こそあったが、見ず知らずの他人であったクロトを敵と認識していたほどには。

 アカツキ荘の面々にシルフィやフレン、オルレスにリークといった大人と出会い、信頼を預ける程度にはなったが……未だ払拭(ふっしょく)し切れていないのだ。


 ヨムルは表面上、聞き分けの良い子どもに見えるが、キオは取り繕うことなく対応していることからも察せられる。

 良い意味でも、悪い意味でも。

 彼らを尊重し、親身になってくれるクロト達と接してきたが故の弊害だった。


「っ……わかった。聞いたな!? 他の奴らは俺の後ろについてこい!」


 とはいえ、荒々しい言動こそ冒険者の本質。感情を理性で押し込んだ教師の一声で追従する生徒達。

 駆け出した彼らにキプロスが顔を向ける。その隙を突いて、肉薄したキオの一撃が入った。

 獣人の腕力から放たれる袈裟懸けの振り下ろしがキプロスの胴体を捉える。甲高い衝突音を響かせるものの、傷はつくが手応えは無い。

 見た目に(たが)わず硬い……! 舌打ちの後に、首を断とうと振るわれる腕の刃を跳んで避ける。


 振り切った姿勢のキプロスに“深華月”で背後に回り、ヨムルが追撃。

 いくら鋼鉄の鎧に身を包んでいても、細かい動きをする為に関節は弱いと判断。

 二の腕から刃と化している両腕はともかく、膝の裏ならば、と一閃。そして素早く切り返し、二連の斬撃を繰り出す。


 切断とはいかずとも片膝を負傷したキプロスは機動力を削がれ、重心が傾く。

 咄嗟に杖代わりとして右腕をつき、顔を上げたキプロスの目。ゴーレムのコアである結晶体が収められた、いわば弱点とも言うべき箇所に。

 キオは魔力の刃をねじ込む。パキンッ、と小気味よい破壊の衝撃が手の平を通して伝わった。


「やった!?」

「……っ。いや、まだだ!」


 心臓部である結晶体は破損したもののキプロスを仕留めるに至らなかった。

 息すらつかせぬ連携で流れを掴んだ二人だが、相手はユニークモンスター。一瞬の気の緩みを見逃すほど甘くはない。

 キプロスは両腕の刃を振り回しキオを払う。そして魔素反応を発生させ、周囲の砂利や岩を寄せ集め、負傷した膝と胴体の傷を修復。

 再び五体満足と化したキプロスの瞳が、並び合う二人を捉えた。


「復活しやがった。面倒くせぇ!」

「待った。キオが傷つけた結晶体、あれだけ傷がついたままだ。他の部位を封じて、そこを集中して狙えば……」

「なるほどな。試してみるか」


 トリック・マギアを構えた二人にキプロスが突貫。

 甲冑姿に見合う膂力で上段から振り下ろされた致死の刃を、キオとヨムルは横面から魔力の刃を叩きつけて逸らす。

 そうして肩の根元に狙いを定め、下段から斬り上げた。比較的、柔らかい部位に差し込まれ、キプロスが持つ唯一の武器である双刃が空を舞う。


 連携は止まらない。独楽(こま)のように身体を回転させ、今度は二人でキプロスの背後に回り、膝の裏に傷を付ける。

 自重に耐え切れず崩れ落ち、石畳の上に仰向けで倒れたキプロスの頭部。

 心臓であり眼でもある結晶体が収められた部分にトリック・マギアを振り下ろす。罅割れ、欠けていた結晶体が完全に砕け散った。

 キプロスの魔力で構成された鎧が瞬く間に(ちり)と化していく。


「仕留めた?」

「ユニークらしい能力はあったが、あっさり倒せたな……」


 通常の魔物とは違う特異性は見受けられたが苦戦する程の相手でもなかった。

 肩透かしではあるが倒せた以上この場に用は無い。キオとヨムルの尽力もあってか、既に生徒たちは退避し終え、隠し部屋に残ったのは教師と二人のみ。

 さっさと退散しようと走り出した瞬間、()()()()()()()()()()

 部屋中に続々と出現する土塊は結晶体を頂点に翳し、再び黒鉄の鎧と刃を形成。十数体ものキプロスが黒光りする刃──ギロチンを掲げた。


「「は……?」」


 現実離れした異常な光景に、キオとヨムルの声が重なる。

 後に、『黄昏の廃遺跡』より出土された文献により判明することだが、隠し部屋の正体は闘技場などではない。

 かつては罪人の流刑地であり、処刑場でもあったのだ。血と罪に塗れた場としての機能は今でこそ喪失し、ただの部屋となった。

 それでも迷宮化という自然現象に呑み込まれ、過去の遺物や魔素の影響を受けた、命無き裁断者が君臨しているに過ぎない。

 だが、そんな事態など露ほど知らない二人にとって、目前の群れは絶望であった。


「ふざけんな、こんな事がありえんのか!?」

「言ってる場合じゃないよ! 何度倒しても増えるなら倒す意味なんて無い、合間を縫って逃げるよ!」

「ちくしょう!」


 一体ならまだしも多勢に無勢。まともに相手など出来るはずがない。

 群れのわずかな隙間を(くぐ)り抜け、隠し部屋への侵入路である小道を目指す二人の背に、起動したキプロスが殺到する。

 走り、跳び、果てには双腕の刃を射出。命を奪うだけの純粋な殺意が押し寄せる。

 教師が土属性の魔法で援護するが、焼け石に水。背後から迫る重圧に息を切って、おぼつかない足を動かして。


 苦し紛れに生成された目眩(めくら)ましの土壁で身を隠し、小道に辿り着いた……次の瞬間。

 数体のキプロスが魔素反応を起こす。結晶体を輝かせ、頭上に集約する魔素が巨大な岩の槍となった。

 次いで、高速の回転を加えられた削岩槍は引き絞られ、一斉に放たれる。


「っ!? やっべぇ!」


 音で気づいたキオがヨムルと教師を強引に小道へ押し込む。直感的にトリック・マギアを盾状に変化させ、防御姿勢を取った。

 直後に飛来し、着弾する削岩槍は土壁どころか周辺を抉り、崩し、貫通。何本かはトリック・マギアの盾に阻まれ、甲高い音を立ててボロボロと砕け散る。

 少しでも反応が遅れていたらキオの身体は刺し貫かれ、肉片と化していただろう。

 最悪の想像が浮かび、彼の額から玉のような汗がこぼれ落ちる。


「キオ!? なにやって……!」


 崩落した小道の先からヨムルの悲痛な叫びが響く。

 複数の魔物、しかもユニークと一緒に取り残された形になってしまったのだ。さらに唯一の退路である小道は今まさに塞がれ、取り除くにも時間が掛かる。

 不気味にも統率が取れた動きで迫るキプロスの集団のこともあり、どう足掻いたところで死の歩みは着実に近づいてきていた。











 だけど。

 それでも。

 キオに、諦める選択肢は無かった。


「──なんとか生き延びてみせる! それまで助けを呼んできてくれ!」

「そんな……一人でなんて無茶だ。急いでガレキをどければ、まだ……」


 希望的観測を口にするヨムルだが、既に他の生徒は脱出済み。

 崩落した小道を挟んでこの場に残っているのは三人だけ。自由に動けるヨムル側でガレキの除去を行っても時間が掛かる。

 教師の土属性魔法を用いても、負傷していて集中力の無い状態では悪化する恐れがあった。


「間に合わねぇよ。いま一番身軽に動けんのはヨムルだけだ。お前にしか頼めねぇ」


 盾から刀身へ形状を変化させたトリック・マギアを構え、キオはキプロスの集団を睨みつける。


「冒険者ギルドに行けば救助隊を組んでくれるはずだ。早く行ってくれ!」

「っ、待って……」

「おい先生! さっさと転移石を使え! ちゃんと判断しろっ!」

「…………分かった」


 苦肉の策を選び続けるしかない教師が転移石を使用。溢れ出す光の粒子がヨムルと教師を包み込み、視界が白に染まる。

 あまりの眩しさに目を閉じて次に開いた時……二人の身体は『黄昏の廃遺跡』の出入り口、迷宮保管施設に移動していた。

 突然の襲撃によって憔悴した生徒達が項垂れている中に現れ、周りから安堵の息が漏れる。

 しかし、ヨムルの心境は(かんば)しくなかった。当然だ、物心ついた頃から一緒に生活していた、家族とも呼べるキオを置いてきてしまったのだ。

 助かる見込みの薄い囮という、最悪の形で。


「っ、お前はっ! なんでこんなことを……!」

「……悪い。だが、最善だった」


 掴み掛かってきたヨムルに、教師は力なく応える。


「俺が残っていれば、俺だけが犠牲になれば、お前らを助けられたはずだ。……それは間違いない」

「その腕で!? 何も出来ずに守られたままでいたくせに、案も出せずに流されたままでいたくせに、偉そうなこと言うなっ!」

「……っ」


 何も言い返せるはずがない。へし折れた左腕に力不足な魔法……あの場では非力にも程がある。

 かろうじて、最初に奇襲を受けたのが子ども達でないことだけが救いであった。


「もういい。アンタには、頼らない。救助は僕が呼ぶから、アンタは施設の医務室で治療を受けていたらいい」

「だが……」

「これ以上、何も言わないで」


 意気消沈した教師と険悪な空気に何も言えずにいた生徒達を置いて、ヨムルは走り出し、保管施設を出て冒険者ギルドに向かう。

 消耗はしていた。苛立ちもあった。けれども、誰よりも力不足を痛感し、足手まといだと実感しているのもヨムルだった。

 所詮は子どもで、やれることに限界はある。分かっていても、近くの大人に当たり散らすしかない程度には追い詰められていた。信用していない大人に頼らざるを得ない状況なのだ。

 涙を流す時間すら惜しい。早ければ早いほど、キオを助けられる可能性があるのだから。

 すれ違う人々の雑踏を搔い潜って、辿り着いたギルドの扉を開けて。


「すみません! 誰か、助けてくれませんか!?」


 悲痛な子どもの叫びがこだまする。

 酒場の喧騒すら鳴り止む声は、その場の全員に響き渡る事となり。


「──ヨムル?」


 ギルド内で休息を取っていたクロトの耳にも届いたのだった。

今さらではありますが、クロトはずっと鬱フラグをぶっ潰す立ち位置の存在として書いてます。

情けないし、ダサいし、どうしようもなくウジウジしたりもしますが、それはそれとして。

やるべき事、やらなくてはいけない事。何より人命が関わった事柄に関しては、文字通り死ぬ気で状況を覆します。


次回は、そんなクロトとアカツキ荘、冒険者たちのお話です。

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