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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 クロトのメシ
200/350

短編 クロトのメシ《後編》

辺境貴族の少女メリッサとクロトの思いがけない出会いの始まり。

「──なるほど。つまり貴方は料理長の懐刀のような立ち位置を得ている、と」

「うん……ん? うん、まあ、そんな感じです。今もまだ力を入れて調理中の料理長に代わって、先に自分の迷宮料理を召し上がっていただきたこうと思いまして……」


 カウンター越しに会話しながら、対面する女の子を見据える。

 料理長の言う通り、メリッサと名乗った貴族子女はレインちゃんと並ぶ齢にして、かなり聡明な少女だ。

 突然現れた俺を不審がらず、話を聞き、熟考した上で現状を把握し受け入れた。大抵の大人ですらここまで聞き分けが良くないというのに。


「そういうこと……わかった。それと、貴方も口調を砕いてもらって構わないわ。元より無茶を押し付けているのは(わたくし)の方ですから、お気になさらず」

「すみま……いや、ありがとう。昔からの癖で、話す人に合わせて口調を変えてるんだ。交渉事には必要な技術だからね」

「普段から勤勉なのね。良い事だわ」


 彼女は小さいながらに自身の立場と目的の為にやるべき事を明確に定め、毅然とした振る舞いで今も対応してくれている。かといって平民と貴族という身分違いの線引きを取り払うつもりはなく、生まれながらの権力を使うべき時を理解しているようだ。


 誰も彼もが魔科の国(グリモワール)の貴族のように、いつも傲岸不遜で自身が正しいと信じて疑わない、蒙昧(もうまい)な態度を貫く訳ではないらしい。

 そんな彼女自身が持つカリスマに魅せられたのかな。両隣に控える、物静かな待女と護衛の様子を見るに慕われているようだ。

 でも、態度とは裏腹に心なしか期待の眼差しを向けられている気がする……俺に、というか三人の前に並べた迷宮料理に。


「それで本題に移りたいのだけれど、こちらが例の?」

「ああ。パンと調味料以外、迷宮食材で作りあげた特製つくねバーガーとスープだ」

「食欲をくすぐる香りがします……しかし、バーガーにつくねとは聞き馴染みがありませんね」

「バーガーはサンドイッチの亜種みたいなもの。つくねは食べても問題がないように、軟骨ごと肉を刻んで成形し直した物のこと。プチプチとした食感が特徴的なんだ」

「このスープに入っているのは……もしやコカトリスなどの鳥系の肉ですか?」

「残念ながら不正解。見た目が似ていて紛らわしいけど、これはスワンプトードの脚から削ぎ落とした物だよ」


 気分が高揚しているからか、饒舌になった待女と護衛の質問に答える。

 一体だけ使われている魔物食材の名前を挙げたが、臆することなく料理を見つめていた。元はカエルの脚だと知って毛嫌いするかと思ったが、肝が据わっているらしい。

 するとメリッサは両手を組み、祈るように目を瞑る。ハッとして、待女と護衛の二人も同じように手を組んだ。


『ふむ……国教であるセラス教の、食前の祈りだったか。グランディアはセラス教の総本山があるそうだな?』

『そっち方面に近づくほど影響は強くなっていくらしいよ。ただし、そこまで厳格な教義がある訳でもなく、一神教な割に結構緩い気がする。学園でも中々見ないし、アカツキ荘で食前の祈りはやらないし』


 レオとの会話の最中、セラス教といえば思い出すのはセリスについてだ。

 ニルヴァーナに来たばかりの頃、元修道女(シスター)の彼女がやっていた記憶がある。だけど育ての親の真似事をしてただけでメシを食うのに堅苦しくてヤダ、と。

 早々に俺の“いただきます”と“ごちそうさま”をマネするようになって祈らなくなった。いいのか、それで。

 ゲラゲラと豪快に笑うセリスの幻影を想起し、掻き消すと。

 祈り終えたメリッサがスプーンを手に取り、スープを掬おうとしていた。


「……無知で申し訳ないんだけど、毒見とかしてもらわなくていいの? 一応、銀製の食器は用意したけど」

「問題無いわ。五歳の頃から毒に慣れておくように訓練を重ねているから、待女や護衛を死の危険に晒したりはしない。それに、急な願いに応えてくれたというのに無作法で返すほど礼儀知らずではないわ」

「あらやだ、この子かっこいい……」


 思わず本音が漏れ出た。しっかり聴き取っていたのか、メリッサは得意げに頬を緩めて、掬ったスープを口に運ぶ。

 そして、カッと目を見開き、時が止まったように動かなくなってしまった。


「だ、大丈夫か?」

「…………お」

「お?」

「美味しい! すっごく美味しい!」


 あらやだ、年頃の女の子みたいな良い笑顔。


「カエルのお肉って言われた時はびっくりしたけど、鶏肉と変わらない食感! 迷宮野菜も旨味が出ててどんどん食べれちゃう!」

「本当だわ……それに食べた分だけ、不思議と力が湧いてくる」

「う、うめぇ! 前に遠征でスワンプトードの肉を食った事があったんだけど、クソまずくてなぁ……! 見た目が全然違うから驚いたよ」

「あー、だから疑い深く観察してたんだ……」


 護衛の人が言うには過去に騎士として遠方へ出かけた際、食糧不足に陥って苦肉の策で魔物肉を食べたらしい。

 近くに森は無く、野生動物の影も無い。あるのは野良で発生した迷宮のみ。

 仕方なく捜索隊を出して探索し、食用できそうな魔物を狩って調理したらしい。それがスワンプトードだ。


 しかしまともな処理方法を知らず、そういった分野はどうしても冒険者に軍配が上がる。

 丸焼きに塩をまぶして食べたが沼のような生臭さのせいで体調を崩し、士気がダダ下がりになって

 出立前とは比べ物にならないほどやつれて帰還したそうだ。当時の苦く辛い実体験を経てスープを飲めば、そりゃ感動しますわ。


「でも、メインはつくねバーガーの方だから、そっちも是非楽しんでもらいたいね」

「「「っ!」」」


 三人は顔を見合わせ、半分も残っていないスープの器を置いて銀の串が刺さるつくねバーガーを手に取った。

 素手でそのまま食べるなんてはしたない! とか言いそうだったから、念の為カウンターに備えてあるカトラリーを用意しようかとも思ったけど問題ないらしい。

 バンズからはみ出た野菜とつくねのボリュームに圧倒されているみたいで、誰かがごくり、と喉を鳴らす音が響く。

 そして意を決し、メリッサが先陣を切って豪快にかぶりつく。頬を膨らませ、彼女は何度も頷いた。


「~~~ッ!」

「興奮してるのは十分に伝わってるから、味わって食べなよ」

「プチプチと小気味良いつくねの歯触りにトマトの酸味、レタスの瑞々しさ! それでいてさっぱりしたソースが味を引き立てている……! 迷宮産の食材だけでこんな逸品を……!?」

「こりゃあいいな! 手軽に食えるし、サンドイッチと比べて腹持ちが良さそうだ」


 三者三様の反応を見せたつくねバーガーも好評なようだ。

 戦慄している待女は真剣な面持ちで咀嚼し、護衛の方は満足そうに食べ進めてあっという間に平らげてしまった。

 人心地ついたと言わんばかりに息を吐く護衛の隣で、メリッサは小さな口を黙々と動かし嚥下(えんげ)して。

 先程の自身の反応に恥ずかしさを覚えたのか。頬を染めて、咳払いしてから改めてこちらを見つめてきた。


「と、ところでこのつくねには何が使われているの? 厚みがある割に柔らかい歯ごたえかと思えば、ギッシリと身が詰まっていて噛むほどに味が溢れてくる……」

「えー……簡潔に言うとトカゲの尻尾と蝙蝠の翼をひき肉にしたんだよ。どれもそのまま火を通したら硬くなるし、筋張ってるし、あまり食用には適さない。でも組み合わせ次第ではこんな感じで劇的に変化する……幅広い可能性を見せる為にも、適役だと思ったんだ」

「ケイブリザードとコンフュバットか? 素材としての価値が低く破棄されやすい物だが、調理法を考えればここまで変わるのか」

「……こちらの意図を汲んでくれた、という訳ね」


 元になった魔物に気づいた護衛の声を聞き、感慨深そうに呟いて、再度つくねバーガーに口をつけた。

 まあ普通に美味しい迷宮料理を食べてもらいたい気持ちが半分、領地の飢饉対策の一助となれば嬉しい気持ちが半分で作りあげた物だし、妥当な所ではある。


「無理を言って連れてきてもらったけれど、こんなにも素晴らしい物が食べられるなんて予想外だわ。こういった迷宮料理のレシピを構成し、頒布すれば辺境の食糧危機は抑制されるはずよ」

「平民や冒険者が声を上げた程度では響かない可能性は高いが、貴族が率先して行動で示せば信用は得られるからね。アドバイザーとして冒険者を雇ったり、迷宮食材の仕入れという新しい雇用先を生み出すことも出来る……よく考えたもんだよ」


 しかし、辺境ねぇ。各国の領地の端、ニルヴァーナの領地からも外れた、いわば手付かずの未開拓地。

 制御下に無い迷宮や高難度の魔物と鉢合わせる危険地帯だけど、それでも魔導列車の経路を起点に待機所だったり、宿場町が出来てるんだよね。

 遠出なんて、イレーネ達と冒険した霊峰とか国外遠征で魔科の国(グリモワール)に行ったくらいの出不精だし、俺もそろそろ本格的に外の世界を知るべきなのかもしれない。商会の配送護衛依頼とかあるし、やってみようかな。


「それにしても、本当に美味しいわ。お父様にも食べてほしいくらい……」

「なら、君の物を少し分けてもらおうかな」


 完食した待女と護衛のプレートを下げようと手を伸ばし、唐突に現れた男性の声に目線を上げる。

 精悍な顔立ちの美男子とでも言おうか。どこかメリッサと似た特徴を持つ男性は、彼女の背後から食べかけのつくねバーガーを取り上げる。

 振り返る三人に笑いかけ、そして豪快に頬張り、納得したように呑み込んだ。


「ほぉ。これは美味い。確かにどこか魔物特有の風味を感じさせながら、気にならないほど新鮮な味わいが口の中を埋め尽くしてくる」

「お、お父様!? どうしてここに……?」

「定例報告会が無事に終わって君の様子を見に来たんだ。何やら盛り上がっている声が聞こえて、少し前から様子を見ていたけど……楽しそうでよかったよ」


 朗らかに語る男性は椅子から降りようとする三人を手で制する。

 どうやら彼こそがメリッサの父親であり、グランディアの辺境を治める領主らしい。

 そういえば今日はクソ面倒な仕事が午前中にあるとか言い残して、学園長はアカツキ荘を出ていったんだよな。もしかして、それが定例報告会のことか?


 ……ギルド内に学園長の姿はない。裏口から出ていったか、もしくはまだギルドの一室に留まっているのか。

 どちらにせよアイツが現れると話が脱線しまくりそうだし、大人しくしていてもらいたい。淡い願いを祈っていると、メリッサの父親はこちらに目を向けてきた。


「初めまして。グランディア南方辺境の領主、シリウス・ド・ヴィヴラスだ。君がこの料理を?」

「はい、そうです。元々は料理長だけで提供する予定だったんですけど、いきなり本場の迷宮料理を見せるとトラウマになるかもしれないという懸念があって。緩衝材として自分が先に出すことになったんです」

「あー、まー、そう……だね。最初に好印象を与えて、後で本物を見せるというのは精神衛生上、耐性が出来て安全かもしれない」

「「「本物……?」」」


 元冒険者なりに思うところがあるのだろう。歯切れ悪く言い淀んだ辺り、俺が作った比較的オシャレな迷宮料理以外の本命に思い至ったのかもしれない。

 首を傾げる三人の疑問を遮るように、厨房から慌ただしい足音が近づいてくる。ああ……完成してしまったのか。


「大変長らくお待たせしました! こちら当ギルドが誇る渾身の一品──魔物食材のオードブルになります!」


 滑り込むように現れた料理長が、ドドンッ! と。迷宮料理をカウンターに置く。額から流れる汗を拭い、良い仕事をしたぜと言わんばかりに安堵の息を吐いた。

 そのまま付き合いがあるというシリウスさんと話し出したが、当人たち以外はその内容を聞き流し、料理の外見に絶句し身動きが取れずにいる。





 それはまさしく冒涜的な、根源的な恐怖を煽る狂気だった。





 小麦粉で薄く狐色の衣をつけたスワンプトードの脚は香ばしさと裏腹に、現物そのままの躍動感を残して盛り付けられて。

 皮と毛を取り除き、燃えやすい翼膜を残すという技量を見せつける、串焼きにされたコンフュバットの翼。味付けのタレによってドロドロのタールをぶっかけたようなそれは、胸がざわつく不気味な印象を抱かせる。

 極めつけにケイブリザードの尻尾。何個か丸焼きにしてシンプルに塩を掛けたのだろうが、熱を加えられて縮小し、切り並べられた老人の指と言われても遜色がない。


 呪物や錬金術の触媒と見紛(みまが)うオードブルに、メリッサ達の掠れた悲鳴が漏れる。護衛に関しては過去のトラウマスイッチがオンになったらしく、残像で身体がブレるほど震えていた。

 せめてもの情けとでも言うべきか、迷宮野菜で彩りを加えているが焼け石に水。どう足掻いてもゲテモノであり、これこそが本来の迷宮料理としての形でもあった。


「こ、ここ、これが本物だと言うんですか!? 何かの間違いでなくて!?」

「残念だが迷宮で作る料理は大体こんな感じになるんだよ、調理器具や設備なんて無いんだから。まだ煮てないだけマシだと思ってくれ……誤魔化しが効く調理法は焼くか揚げるしかねぇんだ。もし仮に煮たとしたらもっと猟奇的な絵面になるぞ」

「「ひぃ……!」」

「極限の状況、限られた手札でやりくりするしかないからねぇ……」


 天国から地獄へと突き落とされたメリッサと待女は互いに抱き合う。


「懐かしいな。当時は食べられるならなんでもいいと思っていたけど、しばらく離れてから改めて見ると……うん、ヤバいな」

「うう……お父様があんなにも楽しげに話していたから、期待していましたが……」

「念のため誤解しないように言わせてもらうが、あくまで“迷宮内で作る料理”を再現したモノがこれだ。マジで必要最低限の手間と調味料しか使ってねぇからな」

「対して俺の料理は迷宮で手に入れた、端切(はぎ)れのような食材を色々と組み合わせて形にした。その差は大きいし、逆に言えばちゃんと設備さえあれば忌避感を抱かせない料理を作る事は可能って訳だね」

「そ、そうね、迷宮料理が全部こうなるとは限らないものね。……飢饉対策として広める為にもレシピ本の作成は必須だけど、どういう構成にしたらいいのか……」


 目が慣れたのかオードブルを前にしても気後れせず、メリッサは首を傾げる。子どもながらにして本気で領民の為を思い、考え続けるのは素晴らしいことだ。

 領主の様子を見るに普段から家族間でも領地運営のアイデアを出し合ってるようで、メリッサの呟きを耳にして良い考えだ、と頭を撫でていた。

 家族仲も良好なようで何より。でも、少しだけ思考が固くなっちゃってるかな?


「手順の詳細を書くのは当然として、完成した写真を合わせたら分かりやすいんじゃないかな? デバイスで撮った物を紙に転写できるから、それを載せたらいいよ」

「デバイス……(わたくし)、まだ持たされていませんわ」

「んん? 貴族って確か、一定の年齢に達したら所持を義務付けられる制度があるんじゃなかったっけ?」

「君の言う通りなんだが、ご存じの通りメリッサはお転婆でね……いざデバイスを持たせたらなりふり構わず迷宮に特攻するかもしれないだろう? 無茶をさせたくないから、グランディアから送られてきたデバイスは今も厳重に保管しているんだ」

「ああ、それは…………納得しかないかな」

「ちょっと? 失礼でなくて?」


 不服そうに睨みつけてくるメリッサを(なだ)めて、ひとまずこれまで出てきたアイデアとレシピをまとめたメモ用紙を手渡す。

 自然と彼女の思想に協力する形を取ってしまったが、悪い話ではないし、事前にある程度の見通しと積極性を兼ね備えた事業として見たら画期的だと思う。

 他所で珍味や異形扱いされる迷宮料理を上手く浸透させれば、無駄なく効率的に利益を生み出すことも可能だろう。


「なんだかんだ言ったけど、形に出来たら本当に凄いし期待してるから頑張ってね。なし崩しに料理を提供する側になった俺が言っても、どうしようもないけど……」

「? 何を言ってるの? 貴方や料理長に専属アドバイザーになってもらえばいいじゃない」

「ひょ?」

「ああ、でも料理長はこちらのギルドでの仕事があるから難しいかしら……となるとやはり、貴方に(わたくし)たちの領地に来てもらうしか……」

「待て待て待て待てお待ちになって?」


 とんでもない話題の飛躍を感じた。どうしてそうなった?


「もしかして不満なのかしら? 国防の要とも言える辺境領地の仕事を任せられるなんて名誉なことよ? きちんと手厚い保障と住居の用意もしてあげるし……」

「分からんでもないし仕事を貰えるのはありがたいが無理だ! 今回はストレスで気が狂った料理長に頼まれて迷宮料理を作っただけで、俺はただのお手伝いさんでしかないんだよ!」

「さらっと俺のこと頭のおかしい奴だって言ったか?」

「割と昔からそういう悪癖はあったぞ」


 気安い言葉の応酬を交わすシリウスさんと料理長を無視して。


「お手伝いさんって何よ? まさか貴方、正規の厨房スタッフじゃないの!?」

「そーだよ! 折角の休日だってのに、人数少ないからシフト入ってくれって連絡を受けたから手伝いに来ただけで、こんなのを作る予定は微塵も無かったわ!」

「くっ……貴方ほどの実力があれば、辺境でもやっていけるのに……人材が、人材が欲しい……!」

「それは冒険者として? それとも料理人として? どちらにせよ荷が重すぎるよ」

「つーか冷めると美味しくないからさっさと食ってくんねぇかな?」

「僕も久しぶりに食べたくなったし、頂こうかな。手拭きはあるかい?」


 オードブルに手をつけ始めた二人を見ないフリして。


「そもそも俺、学生冒険者だしニルヴァーナからあんまり離れられないんだよ」

『えっ』


 呆けた声が事情を知らない四人からこぼれた。

 そういやそうだ、と納得した様子の料理長が手を叩く。


「なんだお前、まだ教えてなかったのか?」

「だって打ち明ける必要も無かったし、伝えたところで舐められたら元も子も無いし。貴族のマナーとか礼儀とか知らなくて聞かれた事しか応えてないから」

「……思い返せば、確かに貴方のことは何も知らないわ。名乗ってもいないわね」

「なのに料理を出す相手が貴族だとか言われて、馴染みが無い人達だから迂闊なことは言えなくて、ズルズルと引っ張ったらこの状況だよ。おかしいよ? 猛獣を囲った檻に放り込まれた兎みたいなものだよ? 今の俺は」

「そ、それは申し訳ないことをしたわね……」

「いや、悪いのは突発的に変な提案をした料理長だよ。全責任は料理長にある」

「おいおいおいおい巻き込んだのは謝るが勘弁してくれ。結果的に丸く収まりつつあるんだからいいだろ?」


 実際の魂胆としては成功しているので問題はないが、そんなに焦ってると本当に悪い事をしたように見えるよ。

 身振り手振りで言い訳を披露する料理長を眺めていると、膨れっ面のメリッサと目が合った。


「どうかした?」

「名前、聞かされていないのだけれど?」

「あー、それは失敬……アカツキ・クロトです。こんな風にギルドの手伝いをしてるけど、ニルヴァーナ冒険者学園高等部の二年生だ」

「こちらも改めて……(わたくし)はメリッサ・ド・ヴィヴラス。グランディア南方辺境の領主、シリウス・ド・ヴィヴラスの娘よ」

「順序が逆になったが、ようやく知り合いになれたね、お嬢」

「遠回りが過ぎるわね……」


 これまでの対応に不甲斐なさを感じる辺り、貴族として本当に真面目なんだな。そういう所は素直に好感が持てる。


「それでさっきの話の続きだけど、ヴィヴラス領に常駐するのはさすがに難しいが依頼としてギルドの方に出してくれれば受注できるし、体裁も整えられると思うよ」

「体裁……そうね。あまり気安くし過ぎるのも問題だし、あくまで仕事上の付き合いとして処理した方が楽だもの。他の冒険者も興味を持ってくれたら手を貸してくれるだろうし、辺境の食糧供給を安定化させる為にも下地を作るのは大切になっていく」

「うんうん」

「それにいざとなったら意見交換の場を設けると称して、こちらのギルドに足を運ぶことも出来る。こちらから食材を持ち込めば貴方の料理を頂く口実にもなりえる。くふふっ……我ながら良い作戦ではないかしら」

「うんうん……ん?」


 何やら実益と興味を満たす案を思い浮かんだらしい。悪い笑顔を浮かべた彼女を見てシリウスさんが頭を抱えた。

 普段から彼女の相手をしている苦労が容易に想像できる。大変そうだな……。


「貴方のアイデアはとても貴重なのよ。ヴィヴラス領を発展させる為にも、精々(わたくし)に使われてくれるかしら?」


 お疲れさまです、と心の中で手を合わせていたら、メリッサはビシッと指を差して。

 貴族らしいセリフと満面の笑みを滲ませて、自信たっぷりにそう宣言した。











「まあ、かっこいいセリフを吐いた所で頷くかどうかは俺次第なんだけどね」

「んなっ!? (わたくし)にここまで言わせておいて断るつもりなの!?」

「今回の一件は事故みたいなもんだからなぁ。いきなり貴族との縁が出来た所で劇的に状況が変化する訳でもないし。時間が合えば手伝うくらいの気持ちでいてよ」

「ぐ、ぐぬぬ……はあ、そういう話灘無理強いして反感を買いたくはありませんわ。ここは素直に引きましょう」


「ところで、オードブルは食べないの? 見た目はともかく、料理長の腕は確かだから美味しいと思うよ」

「えっ」

「そうだそうだ! 話してばっかりじゃなくて、ちゃんと召し上がってもらわないと困るぜ!」

「えっえっ」

「料理を無駄にするように教えた記憶は無いな。メリッサ、観念して食べようか」

「えっえっえっ」


 ──その後、待女と護衛も覚悟を決めて。

 涙目になりつつも味は良いオードブルを完食し、メリッサ達は帰っていった。

 なお、料理長は俺を巻き込んだ事に関してシリウスさんから終始説教を受けていた。残念でもなく当然だと思う。

ちょっと筆が乗り過ぎました。

ですが、これでようやくクロトのメシという短編シリーズの足掛かりを作れました。

気分転換の際にちょちょいと作れる短編があると便利ですね。

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