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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 護国に捧ぐ金色の風
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短編 護国に捧ぐ金色の風《第一〇話》

なんとか一〇話に収めたくて一万文字ちょいの大作になりました。

どこか聞き覚えのあるフレーズも組み込んでいるので、お楽しみに。

 自警団による犯人確保から数時間が経過。

 夕暮れの日差しが入る診療所の一室で。


「んで、知ってる情報はそんだけか?」

「ほ、本当だ! 俺達はただ金で雇われただけで長い付き合いじゃない! 知ってる事なんてたかが知れてる!」

「依頼人である違法武具の商人に金を積まれて、装身具を売りさばいた……ボロい商売だな? 単純に儲けが増えるんだ、売るだけ自分たちの得になるんだからな」


「で、でも騙されたようなもんだろ!? あれが違法武具だったなんて教えられなかったんだ、悪いのは俺たちじゃなくて……」

「冒険者上がりで商人の真似事しておいて基本中の基本を忘れて、これから牢屋にぶち込まれるんだ。自業自得だろ」

「そんな……!」


「団長、尋問はどうでした?」

「ありゃトカゲの尻尾切りどころか、いてもいなくても変わらない連中だ。大衆酒場でカネがねぇだの愚痴ってたら声を掛けられただけらしい。当然、酔ってたから相手の人相なんて覚えちゃいねぇし、連絡先を控えてもいない。だが、組織的に動いてる訳ではないみてぇだな」


「団長の見立てでは、実質的に単独犯っていう話でしたよね? 一人で違法武具を広めるには手が足りないから、手軽な捨て駒を用意してる、と」

「押収した違法武具の全ては製作者が同じだからな。それに、供給元だけで事を起こしてるとは考えにくい」


「……ついさっき他の地区を巡回してる自警団から連絡が届きました。何人か身柄を捕らえたそうですが、どいつもこいつも似たり寄ったりな情報しか……」

「確信に至るようなモンはねぇか。違法武具と捨て駒をまとめて処理できたのは楽だが、心臓部はまだ遠いな」

「早期解決するよう偉そうに言っておきながら、調査に協力しようとしないギルドのせいで遅れてますからね。はー……ぶん殴ってやりてぇ」


「鬱憤を溜め込む前に発散しとけよ、行動に起こされたら面倒だからな。……ん? わりぃ、メッセージが来たみたいだ。確認する」

「わかりました。もうすぐ捕縛した二人の治療が完了するそうなので、終わり次第本部の牢屋に護送します」


「おう、手厚く持て成してやれ。んで誰からのメッセージだ、ってクロ坊じゃねぇか! 何々? “違法武具について進展有り。示した住所の調査を”……アイツ、独断で……しょうがねぇな。この住所、冒険者に貸与される借家の集合地区か。それにこの文面……真犯人に繋がる決定的な証拠を見つけたみたいだな。ちと距離はあるが、さっさと確認しに行くか」


 ◆◇◆◇◆


 かつて、神童と呼ばれた子どもがいた。

 牧歌的な村で育った彼は物心がついた頃から魔法に関する才能を発揮し、それを自身や村の為に役立てていた。

 村の大人たちも、村に来訪する商人や冒険者からも称賛され、一目置かれるほどに。

 いつか、自分は世に名を残す魔法使いになるのだと。そう自負する程には恵まれた力を携えていたのだ。


 時は流れ、彼は少年となった。

 以前と変わらぬ魔法の才は磨かれ、その齢にして王宮に仕える専属魔法使いと並ぶ練度を身につけていたのだ。

 いつ召し取られても不思議ではない。しかし、彼には夢があった。

 子どもの時から冒険者に聞かされた数々の英雄譚、迷宮に眠る財宝……心が湧き踊る、いくつもの物語に惹かれ、焦がれ、魅せられた。


 自身も語られるような存在でありたいと強く願い、家族を説得することに。

 どうか自分を、ニルヴァーナの冒険者学園へ送り出してほしい、と。幼少の頃から彼をよく知る者達は逡巡する素振りを見せたものの、初めて見せたワガママに応えてやりたいと思ったのだ。

 そうして家族や村の大人たちが入学金を折半し、彼はニルヴァーナ冒険者学園へ送り出された。


 冒険者学園での生活は、彼を肉体的にも精神的にも成長させた。

 村で学ぶには限界があった知識と経験を積み、学友たちと高め合うことで、素養のあった魔法の力はより強力に。

 このまま冒険者として必須事項であるクラス適性の鑑定で、魔法に関連するクラスを選択する。

 水晶が輝き出し、道を照らすように。そうすれば、彼の未来は安泰であった。











 ──《メイジ》でも《ウィザード》でもない。

 盗賊のような技能を覚えやすいことから、《シーフ》と名付けられたクラスのみが水晶に浮かぶまでは。


 頭が真っ白になる。立っている足が震える。

 なぜ? と疑問が浮かぶより早く、他に選択の余地は無いから、と。

 無残にも今後一生の道を定める契約が、彼の目前で履行され……否応なしに彼は《シーフ》のクラスを任命した。


 元よりクラスとは、その者の魂に眠る潜在的な才能を呼び起こすもの。

 性質上、誤魔化しは不可能であり、水晶が導き出したということはつまり、当人の本質的な才能が決定づけられた証左でもある。

 魔力が多い、多彩な魔法が使えるなど……いくら後天的に努力したところで結果が(くつがえ)ることはないのだ。


 光を失い、道を閉ざされ、それでも《シーフ》として冒険者を続けていくしかないのだ、と。

 言動が荒れるよりも早く自身に出来ることの俯瞰的な確認から入る辺り、彼を育てた周囲の環境がいかに恵まれていたことか。


 しかし、夢からは覚めるものであり、理想は儚いものだ。

 クラスを決定した日から、自慢だった魔法は制御が不安定となり安定した行使が出来なくなった。

 新人冒険者にありがちな症状で、全く発生しない者もいる。だが、一度発症してしまえば、ある程度の改善は可能といえど決して治ることは無い。


 子どもですら習えば誰でも容易に使える魔力操作による身体強化さえ、今の彼にとっては針に糸を通すよりも困難だ。

 潤沢な魔力すら宝の持ち腐れ。幼少の頃より聡明な彼が、その事実に気づかないはずがなく。

 自身を構成する土台をひっくり返された気分は、筆舌に尽くしがたい。


 月ごとに手紙を書いてくれる村の者たちの期待に押しつぶされながら。

 どれだけ苦労を重ね、血反吐を撒き散らし、身体が血に濡れようとも。

 期待に応えられず、嘘を書き連ねた手紙を何度も引き裂いたところで。

 傷ついた努力は実らず、焦燥と不安は(つの)り、手に入れようとしても届かない。


 年月が経ち、かつて神童とまで呼ばれた少年は生まれて初めての挫折と絶望を味わい、自ら未来を閉ざしたのだ。

 ──違法武具の可能性。そして、知ったからこそ出来る自身の役割を。

 縋りつき、求めるように手を伸ばした時から、ずっと。


 ◆◇◆◇◆


 眩い月が浮かぶ夜。

 魔力結晶(マナ・クリスタ)の結晶灯すら霞む月光に照らされて。

 男が一人、何気ない様子で路地裏へ入っていく。気分が良いのか足取りは軽く、陽気なダンスを踊っているようだ。


「今日は素敵な一日だったなぁ。仕事して、上等な酒を飲んで、ぶらぶら遊びつつ自宅へ……くうっ、素晴らしい!」


 うっとりした目つきで、懇切大事に抱えた仕事道具の入った箱に頬擦りしながら。

 冒険者装備の男……ダリルは影が差す、人気の無い路地裏を進もうとして。


「失礼。少し、お話を聞いても?」


 背後から呼び掛けられた声に足が止まる。男の声だ。ほろ酔い程度に浮ついた思考が締まった。

 月を背にした影が重なる。温い風が頬を撫で、垂れる汗を冷やす。振り向かずに声の主へ応える。


「えっと、どういったご用件でしょうか? 自分はこの通り、自宅への近道として路地裏に入っただけで、怪しいことは何も」

「それは冒険者の借家が集合する区画ですか? いえ、言葉を変えましょう──違法武具を生産している秘密の工房へ、向かおうとしてますか?」

「ッ!? なんで……!」


 どうしてそれを、と口に出すよりも早くダリルは前方へ駆け出した。

 男の口振りからして、既に工房兼自宅である借家は押さえられているのだろう。いつ気づかれたかはともかく、下手な気を起こされる前に逃走するのが吉と判断。

 だが、唐突な事態に周りが見えていなかった。二歩、三歩と踏み出した足は眼前に現れた魔法陣に阻まれ、身体が弾き飛ばされる。


 漏れ出た悲鳴は暴風に流され、無様にも抱えていた仕事道具を放り投げてしまった。

 頑丈な箱であっても限度はある。舗装された石畳を何度か跳ねて、フタを開け放ち、男の足元へ滑っていく。

 中身を曝け出したそれを拾い、おもむろに、男は中身を物色し始めた。


「鍵開け・罠解除用の道具、魔物のレア素材、作りかけの魔装具にルーン文字を刻む刻筆が数本。予備もあるんだろうけど、血が固まって落とせなくなるくらいには使い込んでるみたいだね」

「ぐっ……、なんのつもりだ……!?」


 石畳の上に這いつくばりながら、ダリルは逆光で顔の見えない男を睨みつける。

 男は箱を道端に置き、フタを閉めてからゆっくりと歩き出す。


「実は一つだけ、アンタに嘘をついてた。初めてあの箱を届ける前に俺自身の目で中身を確認していたんだ。壊れてたらマズいと思って……その時は、やたらと装身具が多い程度の印象しかなかったよ」


 昨日、パーティを組んだ冒険者によって引き起こされた強盗事件。

 犯人は捕まり、盗難物を取り戻し、万事解決。そのはずだった。


「考えを改めたのは今日だ。冒険者ギルドでぶつかった時、仕事道具を拾った時にまた中を見ちゃってね。前に無かったはずの刻筆が何本も……それも、ルーン文字に耐えられず()()()()ような状態の物があった」

「っ……」

「知ってる? 近頃散見される違法武具ってヤツにも同じ文字が刻まれているんだよ。──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……なんだよ。じゃあ最初っから察してたって訳か」


 観念したかのように項垂れたまま立ち上がり、しかし瞳の奥に狂気を宿らせて。

 見上げるように、挑むように。近づいてくる男の顔を視界に収めた。


「昼間、あんだけ楽しそうに酒を飲み交わした仲だってのに、こんなことしていいのかよ……クロト」

「犯罪者に対して思うことは何もないよ、ダリルさん」


 悲しいでもなく、空しいでもなく。

 ただ淡々と語るクロトは静かに、腰に佩いた片手剣の柄に触れた。


 ◆◇◆◇◆


「どうやって気づいたんだ? 隠蔽は完璧で、バレる訳が無いと思ってたんだがな」

「自警団をあまり舐めない方がいいよ。それに、ダリルさんが自白したんだ。自警団しか知るはずの無い事件の詳細を知っていたから。魔法の暴発とか言っておけば角が立たなかったのに()()()()()()()()()なんて、現場を見てるか原因に心当たりが無ければ出てこない」

「ありゃりゃ……酔ってて頭が回ってなかったか。そいつぁ俺の失態だな」


 道化を演じるように、暗い笑みを浮かべたダリルさんは額に手を当てる。

 事前に、匂いを覚えたソラの案内でダリルさんの住所を特定。エルノールさんへ調査の引継ぎを行い、再びソラに先導してもらい彼の元へ。

 辿り着いた所でどうせ逃げられると思い、《風陣》による逃走阻止と共に仕事道具の中身を再確認。

 確信を得た上で、俺は今、ここにいる。


「はー……真面目ちゃんだとは思ってたが、まさかここまで追い詰められるとはな。いや、お前さんだからこそって感じか」

「意外だね。言い逃れしないんだ?」

「証拠は出揃ってんだろ。どれだけ言い訳したところで結果は変えられねぇ……まあ、足掻きはするがな」

「だろうね。その前に、聞いてもいいかな」

「あん?」


 ソラを召喚陣で帰還させ、ダリルさんに指を一本立てる。


「なんで違法武具を作ろうなんて思ったんだ? これほどまでの付与技術があれば、いくらでもやりようはあったのに……どうして違法武具に手を染めた?」

「ハッ、んなもん分かり切ってんだろ」


 吐き捨てるように呟き、彼は両手に巻いていた包帯を取った。

 石畳の上に捨てながら、両腕が月明かりに晒される。……想像通りに着けていた装身具の奥に、痛々しい傷痕が刻まれ変色した素肌があった。

 肉が抉れ、骨が変形し、歪な両腕。その傷は、魔力暴走による破裂で生じたものにそっくりだった。


「俺は奪われたんだ。望んでいない選択を強制され、抗ってもこんな傷を負わされ、自由を失った。取り戻す為になんでもやったさ……違法と言われてもな。死に物狂いで作りあげた、この補助義手さえあれば以前の繊細な腕や指の動きを再現できたんだ」

「だから、違法武具の可能性に魅せられた?」

「だって、そうだろ? 完成度の高いコイツは俺にしか作れない、コイツがあれば過去の輝きを取り戻せる。俺と似たような境遇を持つ者は少なからずいて……俺だけがその苦しみを知っていて、その悔しさに共感できる……水底に沈んでいても、救いあげられるんだ!」


 正気とは思えない様子で、ダリルさんは高らかに宣言する。


「失った両腕よりも自由なんだよ! こんなに嬉しいことがあるか……? 失望はさせない、絶望は与えない。俺は、恵まれない者達にとって救世主なんだ! ハハハッ!」


 これは、もうダメだ。視野が狭まって、何も見えてない。

 身体を補助する装身具は確かに存在している。だが、彼の作っている物は確かに違法武具で、現に怪我人が出ている。続けていけば、必ず死人が出る。

 その時、彼は後悔するのか。自分が進んできた道の後ろで転がる屍の山に、気づくことなく歩き続けてしまうのだろう。

 その義手を生み出す技術力を、せめて別の方向に活かせていたら……今さら道を正すなんて無理か。


「──善なる悪意の流布、か。親方が戸惑う訳だ……身勝手な考えで仲間を増やし、独善の救済を続けて、不幸をバラ撒いていたんだから」

「知った風な口を叩いてんじゃねぇ! 才能もあって、努力も伴ってるお前に何が分かる!?」

「分からないよ、分かるわけがない。昔のアンタほどの才能なんて俺には無いし……でも、少なくとも孤独じゃないから腐らずにいられた。……アンタにも仲間がいれば、犯罪に手を染めずに済んだのかもしれないね」

「同情なんざいらねぇ! 慰めも、憐れみも! うっとおしいんだよ……俺はこれからも救い続けるんだ……邪魔をするなァ!!」


 説得するつもりは元々なかったが、言葉選びを間違った。これじゃただの煽りだ。

 逆上したダリルの魔力が膨れ上がる。両腕の装身具に光が灯り、魔力回路が励起し熱を持ったのか。

 彼の周囲の空間が湾曲し、温度が上昇する。環境にすら作用するほどの魔力量か……違法武具で増幅されているのもあるだろうが、羨ましい限りだ。


 加えて、魔力回路の色を見るにダリル本人の魔法適性は火属性。周囲の変化にも納得がいく。

 そして身体強化に魔力を回すのではなく、魔法に注力しているようで。

 両手を頭上に掲げるとみるみる内に、太陽と見紛う色味の巨大な炎の槍を数本展開し、夜に落ちた裏路地を照らす。


「無詠唱、かつシンプルな魔法か」

「折角の縁だったが関係ねぇ……この場で口封じさせてもらうぜ! 死体も残さず消え失せろぉ!!」


 ダリルは上体を反らし、勢いよく炎の槍を投擲する。

 逃げ場のない広範囲攻撃。当たれば焼死、避けても周辺に被害が及ぶ。かといって迂闊な対応をすれば彼を逃がすか、炎に紛れて俺を殺しにくる。

 虚を突き、確実を取るならば──取るべき手段は一つだけ。


『レオ、思考の接続を切れ。呑まれるぞ』

『了解した』


 深呼吸しながら、片手剣を抜く。何の変哲もない数打ちの一本をアカツキ荘から持ち出してきた。

 緩やかに半身を下げて、視界が透明に澄んでいく。ありとあらゆる障害が輪郭となり、いくつもの予測が生まれては消える。

 着弾地点の僅かなズレ、飛来する軌道、剣を振るうべき順番。最低限の力で最速を絞り出す。

 経験と技術を総動員し、緩慢に流れる世界の中で可能性が集い、一つの答えを導き出す。


 炎の槍を構築する魔法式。羅列したルーン文字の集合体であるそれを認識し、捉える。

 綻びはなく、完璧な並びを見せる式を乱すでもなく、ただ切り離すように。袈裟懸けに振り下ろした片手剣は超高温の穂先に差し込まれ、抵抗なく──割断。

 式を崩され、魔法として成り立たなくなった炎の槍はただの魔力となり霧散した。


「……は」


 二度、三度。襲来する炎の槍に動じることなく、色を取り戻した世界で剣を振るう。接触すれば炸裂するはずだった炎の槍が、次々とダリルの目前で陽炎となる。

 ()()()()()……魔装具でもない、ただの鉄剣がもたらした技を見せつけられた彼の思考はきっと真っ白のはずだ。


 その隙を逃さない。斬り払った姿勢のまま駆け出し、揺らめく炎に紛れて接近。

 呆けて立ち尽くすダリルの装身具に狙いを定めて一閃。

 義手というだけあって頑丈な装身具越しに。加えて、炎に突っ込んだ為か刃が溶解し潰れてしまったのか。

 切断とはいかずとも右腕をへし折った。気色の悪い音と感触が伝わる。


「ぎ、があッ!? お、俺の……腕がぁああああ!」


 悲鳴と共に吹き飛び、背を丸めてうずくまるダリルの傍へ。

 炎が弾け、無機質な足音が裏路地に響き、近づくにつれて怯えだす。


「来る、なッ、化け物!! 魔法を、斬ったなんて、馬鹿げてやがるッ! そんなの、ありえない!」

「……そうだね、化け物だ。俺もお前も、人の形をした恐怖そのものだ」


 救済と称して死の装身具をばら撒くダリルに、魔法に臆せず突撃し冷淡な物言いで詰める俺。

 どちらも第三者から見れば恐れを抱くに値する。自覚していながらも、やらなければ守れないのだ。それが例え罪として背負うことになっても。


「──さて、どうする?」


 大量の脂汗と、痛みを抑えるべく喘ぐ口から漏れた唾液。

 体液で石畳を濡らし、顔を上げる彼を見下ろして、首筋に刃先を突きつける。


「二度と違法武具に関わらないか、この場で俺に倒されるか」


 これは、意味の無い最終通告だ。

 違法武具を捨て、大人しく罪を認めてお縄につくか。

 それとも惨めに抵抗し、さらに重い罰を受けたいか。

 どちらを選んでも、見逃すつもりは微塵もない。


「ふざけた二択を……今さら違法武具を諦められるかよ! まだ、終わっちゃいねぇ!」

「……わかった」


 刃先を下げ、代わりにダリルを蹴り上げる。くぐもった呻き声をこぼし、壁に叩きつけられたというのにダリルの意志は潰えていないようだ。

 壁に手をつき、よろめきながらも左腕の装身具に魔力を充填させ、もう一度魔法を展開しようとする。

 随分と魔法に固執してるな。殴りかかってくる気概すらないとは……いや、それしか頼れないのか。


「今度こそ、俺は……英雄になるんだッ!」


 再び斬られないよう念入りに、ダミーや見せかけの魔法陣を浮かばせて。

 子供じみた願いを叫びながら、炎を噴出させようとする。











「──逆巻け、“ハヤナギ”」


 瞬間。眼前に見覚えのある黄金の風が吹いた。

 威厳の込められた声と共に参上し、二振りの短剣を用いて。

 魔力を纏った暴風の如き斬撃で()()()()()()()()、残った装身具を左腕ごと粉砕する。

 元々右腕を折られていたダメージもあってか、激痛に耐えられず意識を刈り取られたダリルは一言も発することなく。

 背中から石畳に崩れ落ち、その肢体を放り投げた。


「エルノールさん、いい場面で来てくれましたね。借家の調査は終わりました?」

「ああ、終わったさ。お前がいきなりメッセージ寄越してきたから家宅捜査したぜ。そしたらいきなり馬鹿げた魔力の塊が街中で確認されて、急行してきたらお前らがいたんだよ! マジで何やってんだ!?」

「ちょっと真犯人に心当たりがあって、詰めたら逆ギレされました」

「迂闊なマネするんじゃねぇ! 対人戦に慣れてるクロ坊なら制圧は容易だろうが、万が一を考えろ!」

「だから無駄な問答を繰り返して時間を稼いでたんですよ。その方が、大義名分が出来て後々の対応が楽でしょ? そういう意図もあってメッセージを送ったんですよ」

「こ、コイツはほんとによぉ……!」


 肩を震わせながらも“ハヤナギ”と呼ぶ二振りの短剣を納め、慣れた手つきでダリルを拘束し始めた。

 骨折した両腕にポーションを浴びせ応急処置を施し、スキル・魔法の行使を封印する特製の手錠をかける。鍵穴が無く、特定の単語でのみ開錠することが出来る代物だ。


 眺めてるだけでやる事が無く手隙になり、何気なく片手剣の刃を確認すれば案の定、刃こぼれしていた。やはり魔法に対抗するには、魔力が込められた武具でないとダメらしい。

 技量の限界を痛感させられるな……片手剣を鞘に納めると、数人の自警団がやってきた。


 事前にエルノールさんが応援を呼んでいたのか。いくつか言葉を交わして、折り畳みの担架にダリルを載せた団員は足早に去っていく。

 残りの人員は現場に散らばった違法武具の残骸などの証拠品を保全するように動き、立ち入り禁止のテープが張られて。

 俺はエルノールさんに手招きされ、現場を後にした。


 ◆◇◆◇◆


「ったく……頼んだのは俺の判断だが、まさか違法武具関連の心臓部にまで関わらせちまうなんてな。活躍しすぎだぞ、クロ坊」

「後は全部お任せするつもりだったんですけど、出しゃばりました。すみません」

「ほんとにな。はあ……こりゃ報酬の額を上げねぇと釣り合わねぇな」


 結晶灯すら霞む月明かりが照らす、人気の無い夜道を。

 頭を掻きながら、ぼやくエルノールさんに連れられて歩く。

 隣に流れる水路のせせらぎが、短時間の戦闘とはいえ、身体に残った熱を冷ましてくれるような気がした。


「それで、どうして俺を現場から遠ざけるようなマネを? 何か聞きたい事が?」

「時々、お前の察しの良さが恐ろしいよ。……なんだってアイツが犯人だと分かった上で追い詰めたんだ? 因縁でもあったか?」

「ああ、そういう……偶然だったんですよ。現場に置いてた箱があったでしょ? 冒険者ギルドでばったり出くわした時にアレの中身を見て、不審に思ったんです。そこから少し話をして、カマをかけて、言質が取れたので調査を。……その時点でエルノールさんに連絡を送らなかったのは、迷いがあったから」

「迷い?」


 自然な流れで薬膳煙草を取り出し、咥えたエルノールさんが聞き返してくる。


「少しだけ親交のある人だったし、何かの間違いじゃないかって。実際に調べてみたらそんなことはなく、容赦する必要も無くなりましたが。それで俺の召喚獣に匂いを辿ってもらい居場所を突き止めたけど、抵抗されてあんな感じになりました」

「犯人特定から確保まで、お前一人でどんだけ働いてんだよ。……団員から変なやっかみを受ける前に離れて正解だったな」

「正規でもない臨時の、しかも年下で学生の雇われが独断で行動したんだから、良くない目で見られますよね」

「おまけに団長と懇意にしてるなんて不和の種そのものだぜ。まあ、そうならないようにクロ坊はウチの戦闘教練依頼を何度か受注して、団員と交流を深めてるんだろうが」


 こっちの目論みを把握してるなんて、エルノールさんこそ察しがいいじゃないか。

 火を点けた薬膳煙草を吹かす彼を横目に、そんな感想を抱く。


「ましてや、仮にもニルヴァーナにおける警察としての機能と権力を持つ自警団の一員としてクロ坊の動きは軽率だった。過ぎたことを何度も蒸し返すのは気が引けるが……」

「いえ、大丈夫です。重々理解した上で、反省したいと思ってます」


 だからこそ。


「改めて──すみませんでした。俺の役目は終わったはずなのに、後先を考えずに動いて迷惑をかけて……」


 頭を下げようとエルノールさんの方を向き、静かに、額に手を添えられた。

 足が止まる。大きな手だ。何度も傷つき、治され、刻まれた小さな傷痕が、彼の守ってきたあらゆるモノを想像させる。


「気にすんな。お前は人を、街を、ニルヴァーナ全体を守ろうとしただけだ。()()()()()()()はあったかもしれんが、気に病むほどの問題じゃねぇ」


 それに。


「俺は明確に手を引けと言った訳じゃないからな。クロ坊が自分から言っただけだぞ? “俺の役目も終わった”って。確かに勝手ではあるが結果的な話、事件解決に尽力してくれた。その事実だけは変わらねぇ」

「エルノールさん……」

「誇れ。お前は立派に居場所を守ったんだ。今度こそ、後始末は任せろ」

「……はい」


 そう言って、エルノールさんは先を進む。

 月光を纏い、夜風に(なび)く金色の長髪を追って歩く。

 たった数日といえど街を騒がせた違法武具の収束を告げるように。

 青空市場の閉場を知らせる鐘の音が響き渡った。











「ところで、今はどこに向かってるんですか?」

「んあ? 飯屋だよ。どうせ夜飯も食わねぇで働いてたんだろ? 俺も腹減ったし、何か入れておかねぇとな。奢るからお前も食え」

「いいんですか、アイツを放って団長がご飯を食べてるなんて」

「そもそも俺とクロ坊で両腕をへし折るくらい痛めつけちまったからな。しばらくは目を覚まさねぇだろ……時間は置いとくべきだ。つーか、異変を察知した魔力がいきなり掻き消えたんだが、何したんだ?」


「魔法で炎の槍を何本も展開されたんですけど、全部斬り払って消滅させました」

「…………その、変哲もない鉄剣で魔法を斬ったのか? 嘘だろ?」

「やっぱりこれってドン引きされるくらい、ありえないことなんですね。エルノールさんですらその短剣に魔力を付与して魔法陣に干渉してましたし」

「俺の“ハヤナギ”は特殊な魔装具だからな。ちまちま対抗策を講じるより、手っ取り早くぶった切った方が早い。だとしても、自分に向かってくる魔法を斬るなんて命知らずなマネはしねぇ」


「俺も最近できるようになって便利なんですけど。ってか“ハヤナギ”って誰に打ってもらったんですか? どこか見覚えがあって……」

「あー……若い頃、お前の親方にな。頭下げて頼み込んだ……以来、砥ぎやら修繕なんかを任せに行く(たび)、使い方がなってねぇだの荒いだの馬鹿みてぇに煽られて喧嘩になる……」

「……もしかして仲が悪い理由ってそれですか? だから、あんまり頼りたくないって」

「まあ、そういうこった」


 気まずそうに煙草を吸い殻入れへ突っ込み、エルノールさんはため息を吐いた。

 なんだか、身近な人達の一面を知れて不思議な気分だ。

次回、時間軸を戻してエピローグになります。

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