短編 護国に捧ぐ金色の風《第九話》
真相に辿り着き、クロトが動き出すお話。
「えっ、アンタ自警団でも純粋な冒険者でもなく学生なの!? 年下ぁ!?」
「そうですよ。言ってないんで、分からないのも無理はないですけど」
「マジかよ、全然気づけなかった……」
冒険者ギルドの入り口で衝突したダリルさんへの謝罪後。
花園への配達を完了した旨を受付の職員に手早く伝えて報酬を受け取った。
その間、待っててもらっていた彼を伴い、併設された酒場のテーブル席に座る。
そこで、先ほどのお詫びとして何か奢らせてほしいと伝えた。昨日の今日で知り合った相手に、気まずい思いをしてほしくなかったのだ。
律儀にそこまでしなくても、と言いながらウキウキな様子で、しれっと一番高額な酒を二杯も注文されて。
気前よく言った手前、撤回する訳にもいかず。グラスを持ってきたウェイトレスに受け取った報酬の内、三分の二の代金を支払う。
チップ代も含まれているとはいえ出費エグい……すっからかんになった財布の中身を一瞥し、ポケットに仕舞う。
そして、ごく自然に。ダリルさんは片方のグラスをこちらに寄せてきた。どうやら始めから一人で楽しむつもりはなく、俺を巻き込むつもりだったようだ。
俺の罪悪感を察しての行動か、それとも偶然の出会いに何かを感じてか。
ありがたい申し出ではあるし、一応この世界では十五歳から飲酒が可能といえど、学生である間は厳禁だ。
ということで実年齢を口にしたところ、酷く驚かれて今に至るのだ。
「はー、俺より一〇も離れてる奴にこんな気の利いたマネをされるとは思わなかったぜ。いつもやってんのか?」
「いつも、というか気づいたらそうしてる感じですかね? これまで付き合いのある大人たちがやってたことを自分なりに実践してるだけで……」
「なるほどねぇ。あいや、別に気に入らねぇとか言いたい訳じゃないぞ? むしろ立派なもんさ。学生としても冒険者としても自警団としても、人間が出来てるっつーか……考えてみたら働き過ぎじゃね?」
「友達からもよく言われます。でも、こう見えてちゃんと休んではいますよ」
「ならいいけどよ。ずっと依頼を熟してる真面目君でいるより、年頃の男子らしく奔放に生きねぇとな! 懐かしいぜぇ……昔、歓楽街の利用を禁止されてる年の頃、大見得切って高級娼館に行ったらガキなのがバレて門前払いされたんだよなぁ……しかも後で自警団に捕まってめちゃくちゃキレられたし」
「……気持ちはぁ、理解できるけどぉ……ダリルさんが悪いっすよ」
「まったくだ、悪いことしちまったよ。でも、安心してくれ……その次の日、別の娼館でしっかり童貞を卒業したぜ」
「懲りねぇなアンタ!?」
ハイペース、且つ良質な酒をロックで飲んでいるおかげか、赤裸々な黒歴史を暴露するダリルさんにツッコむ。
「ここまでしろとは言わねぇが、そんくらい肩の力を抜くのも大切だって話だ。年長者の経験談は聞いといた方がいいぞぉ」
「うーん、よくない大人に捕まってしまった……まあ、冒険者としても先輩なんだから、潔く受け止めておくか」
「そーしとけそーしとけ! にしても、今日は懐かしい気分にさせられるぜ。いつもみてぇに荷運び人の仕事で迷宮を攻略していたんだが、新人冒険者たちとすれ違ったんだよ。女の先輩冒険者に迷宮食材の料理講習を受けてたみたいでな、新人なら誰しも通る道なもんで懐かし~って見てたんだ」
「……へー、そうなんだ」
最近、似たような話を聞いたな。もしかしてサラさんの受注した依頼先の迷宮と被ったのか?
「俺にもあんな時代があったんだよなぁ。今でこそこんな感じだが、昔に住んでた村じゃあ神童とか言われてチヤホヤされてたんだぜ? 魔力量が多くて魔法も使えて、未来を期待された若者だったんだ……見る影もない飲んだくれになっちまったがな! ワハハッ」
「自虐が過ぎる……でも手先は器用じゃないですか。鍵開けとか罠解除の技術はあって困るものではないでしょ?」
「表立って活躍できる役割じゃねぇから舐められんだよ。しかも軽視した挙句に責任をぜぇんぶ押し付けられる不幸な立ち回りを求められて……やってらんねーぜ」
「うぅむ、荒んでいる。ウチの癒し枠を撫でて気分を落ち着かせてください」
『キュ! キュイ!』
一杯目のグラスを飲み干したダリルさんへ、召喚陣から飛び出したソラを手渡す。
「お前さん、召喚士のスキルを持ってんのか! しかもコイツは……兎やリスに近い見た目に額の宝石……カーバンクルか?」
「ご名答。ちょっとした縁があって契約を結ぶことになって、かなり強くて頼りになる奴なんです。あと可愛くて触り心地も良い、と女性からの評判がすこぶる高いので話題づくりをしやすいんですよ」
「ほほう? 中々お前さんも策士だな。コイツを起点にすればお近づきになりやすいって訳か……あっ、マジでふわふわだな」
『キュキュ』
「ちゃんと毎日ブラッシングしてるんで」
万人を魅了するソラの毛皮にダリルさんは顔を綻ばせる。
……その撫でる手には包帯が巻かれていた。
「しっかし、クセになりそうな手触りだな。……俺も猫か犬を飼うか? そうすれば、ナンパもしやすいんじゃねぇか?」
「清々しいくらい動機が不純なんですけど」
「いやいやいや! 命を預かるんだからしっかり世話はするぜ? あー、でも俺の住んでる借家はペット禁止だったか? 今度管理人に聞いてみるか……」
「借家……といえば、ついさっき住宅街で事件が起きたみたいですね」
「ああ。なんか爆発したんだろ? 魔装具が誤作動を起こしたとかで。ギルドで素材の検品作業してる時に爆発音が聞こえてびっくりしたぜ。今はもう落ち着いてるんだろ?」
「……そうですね。ギルドに来る途中、顔見知りの自警団に心配ないと教えてもらったんで、事態は収束したんだと思います」
「そりゃあ何よりだ。犯人が捕まったんなら、住民も安心して眠れるってもんだぜ」
ひとしきり撫でて満足したダリルさんにソラを返され、そのまま受け取る。
そうして談笑していること十数分。グラスの酒を飲み切った彼は顔を上気させた状態で仕事道具を抱え、酒の礼を口にして去っていった。
グラスの中で溶けた氷が音を奏で、結露した水滴がテーブルを濡らす様子を見つめてから。
デバイスを取り出し、検索一覧から一人を選択し通話を掛ける。
「すみません、突然連絡して。少し時間を頂いてもいいですか? オルレスさん」
『ちょうど昼休憩の時間だからね。もちろん、構わないよ』
「ありがとうございます。それで早速聞きたいことがあって……」
数回のコール音の後、出てくれたオルレスさんに感謝を伝え、本題に入る。
「以前から、俺の紹介でオルレスさんの診療所に患者を送り出してますよね?」
『依頼中や街中で不調を訴える人達にどんどん斡旋しているみたいだね。おかげでこちらは大繁盛しているよ。もっとも、働き過ぎて妻からは白い目で見られているけどね』
「それはまあ、次回からある程度は自重するということで……と、とにかく! 昨日も一人、診療所の方に送り出したんですよ。名前はダリル・ハーベン、二十八歳の男性で両手に包帯を巻いた冒険者の身なりをした人なんですが……受診しました?」
『ちょっと待ってほしい、昨日の診断書を確認する……いや、そんな人は来ていないな。君が気に掛けるほどとなると、かなりの重傷を負っていたのか?』
「…………まあ、そんなところです。必ず行くように住所も渡しておいたんですけど、信じて貰えなかったのかな」
グラスを片付けに来たウェイトレスに頭を下げ、ソラを肩に乗せて席を立つ。
長居しても邪魔になるだけだ。冒険者ギルドを出て、当てもなく歩く。
『どうせ君のことだ。冒険者として活動中か、自警団の依頼で働いてる時に出会った人物なんだろう。前者はともかく後者であれば、社会的信用もあると思うが……』
「まだ学生だっていうのがバレちゃったのかもしれませんね」
『その年代の男子と比べても、随分と大人びているように見えるがね。それで、どうするんだい?』
「んー……こっちの方でもう一度会えるかも分かりませんし、ちょこっと頭の片隅に置いてもらうくらいでいいと思います。結局のところ、診てもらうかどうかは自己責任ですからね。……聞きたかったのはその程度です、時間取らせてすみません」
『気にしなくていいさ。では、また何かあったら連絡を』
その言葉を最後に通話が切れた。
気がつけば、足は自然と学園の方に向っていたらしい。学園の敷地を隔てる正門を抜けて、噴水広場まで進み設営された大時計を見上げる。
午後四時……そこまで時間は過ぎていないと思っていたけど、そんなことはなかったな。
急いで花園を出てきちゃった訳だし、シュメルさんなら既に情報を仕入れてるかもしれないけど、連絡は送るとしよう。弁当箱も置いてきたし。
『適合者。質問していいか?』
『通話しながらでいいなら、どうぞ』
近場にあったベンチに座り、再びデバイスで通話一覧からシュメルさんを選ぶ。
耳へ宛がった瞬間、通話に応えてくれた彼女に事情を説明しながら、疑問を投げかけてきたレオに答える。
『先ほどの男にぶつかる前のことだ。何か言いかけていただろう? 続きを聞かせてくれ』
『ああ……十分に理解してると思うけど、刻むのが難しいルーン文字は維持するのも大変だって話。だからこそ、基本例外問わず即時発動が安定するんだ。風化のルーン文字なんかはその筆頭』
シュメルさんの方でも騒ぎにはなったようだが、既に沈静化済み。
放置してしまった弁当箱と木箱も保管してあるとのこと。ありがたい限りだ。
『でも、元々が自動的に消え始める不安定な代物だ。そういった高難易度のルーン文字を確実に発動させるなら、至近距離かつ速攻が一番だってこと』
『至近距離かつ速攻……?』
『うん。例えば──自身の取り扱った武具に不備があり、それを持った冒険者を見かけて、身を隠し陰からルーン文字を刻んだ──なんてこともありえる』
また後日、石鹸を仕入れる際に連絡を寄越すのでその時に回収するようにということで。
今日のところは良い感じに誤魔化しておく必要が出てきた。……自警団の支部で食べて、突然通報が来たせいで置いてきたって話にしようか。
『…………まさか。いや、そうなのか?』
自問自答を繰り返すレオに答えず、デバイスの通話を切ってベンチの背もたれに身体を預ける。
目を閉じて、これまでの事を思い出す。
『ちょっと待ってほしい、昨日の診断書を確認する……いや、そんな人は来ていないな。君が気に掛けるほどとなると、かなりの重傷を負っていたのか?』
オルレスさんとの会話。
『ああ。なんか爆発したんだろ? 魔装具が誤作動を起こしたとかで。ギルドで素材の検品作業してる時に爆発音が聞こえてびっくりしたぜ。今はもう落ち着いてるんだろ?』
『女の先輩冒険者に迷宮食材の料理講習を受けてたみたいでな、新人なら誰しも通る道なもんで懐かし~って見てたんだ』
ダリルさんとの会話。
『犯罪者の思考回路など読める訳が無かろうて。大方、大金を吹っかけて私腹を肥やそうとしとるのじゃろうが……善意とも悪意とも読み取れん真意が、混ざっているように思える』
『……まるで、使用者を保護する為に設けた制限に見える。違法武具で身を滅ぼそうがどうとも思わない輩にとっては必要のない仕組みのはずじゃ』
親方が語る違法武具に込められた想い。
『火傷したっていうからには表面から熱が加わった訳でしょ? そうなると患部を見なくても血管や神経、皮膚の収縮から状態が判別できるんだけど……内側から熱が生じてるような感じだったんだよ』
どの違法武具にも共通した症例と自らが治療した経験。
散りばめられた情報の欠片が、真相へ至る道を作りあげた。
信じたくない気持ちはある。けれど、信じざるを得ない状況だ。
そして。
『……“これまでも、これからも。街を、皆の居場所を守ってほしい”ってな。既にかけがえのない仲間だった奴が最後に残し、託した言葉だ。俺はずっと、それを守ってんのさ』
エルノールさんが打ち明けた、託された者の意志。
聞かされた以上、見逃せない。野放しには出来ない。
「──まあ、十中八九そうなんだろうね」
レオへの答えを呟き、目を開き、西へ傾きつつある太陽を流し見てから。
立ち上がり、今日で何度も利用しているデバイスの通知欄を開く。見知った名前をタップし、耳に宛がう。
『どうした、クロト? 何か用か?』
「ごめん、エリック。今日の授業、全部すっぽかしちゃって。ギルドでの用事が終わった後に、自警団の依頼が入って。それが長引いちゃっててさ……ちょっと、夕飯にも間に合わないかも」
『それで連絡寄越したって訳か。……大方、昼頃に起きた爆発に関係してんだろ』
「ご明察。アカツキ荘の皆にも共有しといてくれる? それに誤差かもしれないけど、夕飯を一人分多く作って余らせるのも悪いし」
『わかった、説明しとく。……言っても意味あるか分からんが、あんまり無茶すんなよ? ユキが悲しむからな』
「それは、怖いな。肝に銘じておくよ……また後で」
デバイスの通話を切り、不思議そうに顔を覗いてくるソラを一撫でして。
「匂いは覚えてる? 案内は頼んだよ」
『キュイ!』
元気よく鳴いたソラは宙に浮き、胸を張る。頼もしい仲間だ。
さて、準備しないとな……アカツキ荘に武器を取りに行こう。
次回、エルノールさんの尋問と追想です。