短編 護国に捧ぐ金色の風《第五話》
エルノールとの情報交換回になります。
ようやく前半部終了ですね。
夕食を終え、食後の団欒から席を外して、アカツキ荘のリビングからウッドデッキへ。
備え付けの椅子に腰を下ろし、夏が近づいているとはいえ少し冷めた風に頬を撫でられ、誘われるように月明かりが照らす夜空を見上げる。
魔素比率や風向きの影響もあってか、満天の星すら霞む月光に視界が狭まった。
木々のざわめきも相まって、疲れた心と頭に染み渡るようだ……よし、現実逃避はやめてエルノールさんに連絡するか。
「──こんな感じで、俺が今日調査した内容はこれで全部になります。エルノールさんがなんも教えてくれなかったんで手探りで一から調べました。大変だったんですけど?」
『いきなり通話してきて畳みかけるように文句を垂れるのはやめてくれ……』
何やら疲れ切った声音で懇願してきたな。
「……もしかしてあの後、誰かに叱られました?」
『レインにキレ散らかしてたのがクロ坊以外にも聞かれてたみたいでな、部下にメチャクチャ詰められた。反省の意味も込めて違法武具と並行して他案件の業務もさせられてんだよ……今も自警団本部で缶詰めだ』
「大変そうっすね」
『あっけらかんと言いやがって……!』
「自業自得ですよ。それで? そっちでも何か分かりました?」
通話口からでも伝わってくる憤りを聞き流し、情報交換を促す。
色々言いつつも自省はしてるようで。深いため息を一つこぼし、手元に置いている資料をめくっているのか。
紙が擦れる音の後、エルノールさんは口を開いた。
『まず違法武具による傷害件数だが、午後にも追加で五件も起きている。もっと捜査網を拡げれば発見できるかもしれんが……そこは大して重要じゃあない』
「もはや一つ一つに手をこまねいているより、大本をとっちめれば済む話ですからね」
『ああ。幸い事後であっても早期治療で解決できるし、時間経過で治るみたいだからな。だとしても楽観視していい理由にはならんが……そしてどの被害者も若く、冒険者成り立ての新人ばかりだ。見返してみれば、過去に起きた傷害も同様だった……これはクロ坊が調べた通りだな』
「その違法武具も装身具という形で提供されたもので、新人冒険者でも容易に手が届く価格だと思います。武器や防具に比べれば、ですけど」
『新人の不安や焦りに付け込んだ悪辣な商法で売り捌いている……ってのが、クロ坊と情報提供者の意見だったな? 個人的な感想だが、よく的を得ていると思うぞ。青空市場の巡回で参考にさせてもらうぜ』
東西南北に延びる大通りに沿う形で、連日連夜開催されている露店市。
自警団や冒険者ギルドへ要請を出せば誰であろうと店を開けるという性質上、良くないやり取りに使われることも多い。
もちろん、しっかりと審査や監査を受けた上ではあるが抜け道はいくらでもある。加えて過去にギルド側が、悲しい事に賄賂などで融通を利かせてしまい、禁制品をバラ撒かせてしまうといった事例が起きたのだとか。
自警団の敏腕かつ即時の対応によって事態は収束したものの、当時賄賂を受け取った職員は厳罰を受け、免職され遠方に飛ばされたそうだ。
そして冒険者ギルドは一度の失態で積み上げた信用を崩され、かなりの痛手を負われた。
今でこそ失墜した信頼をなんとか取り戻し、協力体制を取れるようになったと聞くが、言葉や表情に出してないだけで確執や軋轢は確かに存在している。
そんな事態もあってか、以降は違法な商品の取り扱いや詐欺が起きていないか即座に摘発する為、自警団の巡回パトロールは強化された。
現在に至るまでその姿勢は変わらず続けられており、エルノールさんが宣言した手前、明日からの青空市場はいつも以上に自警団の姿を見掛けることになるだろう。
まだ姿を掴めない犯人に警戒させてしまうかもしれないが、治安維持のために巡回強化週間を置くことは不思議でもなんでもない。むしろ当たり前とも言える。
違法武具の全てが装身具と決まった訳ではないが、身に着ける物という区分では然したる違いも無い。きっと捜査に進展が……あっ、待てよ。
「そういえば聞き忘れてました。親方に違法武具の目利きはしてもらったんですか? 一度断ったから気まずいし、菓子折りを持っていくと言ってましたけど……」
『アイツにしては随分と気が利くとは思ってたが、アレお前の差し金か? 普通な顔して高級品の菓子箱を持ってきやがったからな、すげぇビビったぞ』
「親方ならやりかねないっすね。で? どうだったんです?」
『……そうだな。お前も知っておいた方がいい……というか、最初から目安として教えておくべきだったしな──』
◆◇◆◇◆
「よお、小僧。僭越ながら儂が来てやったぞ。ほれ菓子折りじゃ」
「変に偉ぶってんじゃねぇよ。いや、頼んだ手前、大きな口を叩ける側じゃあねぇけどよ……で、いけんのか?」
「安心せい。愛する孫の為じゃし、自慢の愛弟子からの頼みじゃ。迷いはない」
「そうかい。なら、保管場所まで案内するわ。ついてこい」
「ほう、これが例の違法武具とやらか。短剣に杖、籠手に腕輪、指輪……外見はまともじゃな」
「見た目だけな。だが実際に装着し、使用した連中は魔力回路が異常励起して破裂寸前だった。恐らくは……」
「魔力総量を引き上げる物ではなく、あくまで装備者の魔力に干渉し流れを補助するものであろう。総じて小振りで取り扱いが邪魔にならん物ばかり……にも関わらず、細かなルーン文字で精巧な付与が仕組まれておるな。耐久限界点に到達した瞬間、自壊するように細工されておる」
「証拠を残さねぇようにか? 用意周到だな」
「…………いや、どうもそういった様子には見えんな。先ほども申したが自壊する頃合いは耐久限界を超えた瞬間……まるで、使用者を保護する為に設けた制限に見える。違法武具で身を滅ぼそうがどうとも思わない輩にとっては必要のない仕組みのはずじゃ」
「そんな手間の掛かるルーン文字を一つ一つに刻むほど力を入れてるってのか。目的が分からんな……」
「それと、ここに並んでおる違法武具は全て同じ製作者じゃ。ルーン文字の配列を見るに刻み方の癖も全て共通しておる……個人で鍛冶や装飾品づくりに精通し、販売しておるようじゃの」
「中々やり手だな。そこまで器用なら、真っ当な職に就けるだろうに」
「犯罪者の思考回路など読める訳が無かろうて。大方、大金を吹っかけて私腹を肥やそうとしとるのじゃろうが……善意とも悪意とも読み取れん真意が、混ざっているように思える」
「審美眼に長けたお前がそこまで言うか……調べれば調べるほど、奇妙だな」
◆◇◆◇◆
ウッドデッキからリビングの方に視線を向け、ボードゲームに勤しむエリック達を眺める。
興奮気味に、予選敗退の札をおでこに貼られた学園長が掲げているハンディボードを見るに、どうやら俺が自作したリバーシでトーナメント戦をしているらしい。
かなり白熱しているようで盛り上げ役のエリック、セリス、ユキに見守られながら、カグヤとシルフィ先生は真剣な面持ちで盤面を見つめていた。
楽しそうで何より。そう思いつつ、意識を通話中のエルノールさんに向き直す。
「つまりは装身具だけでなく武器や防具も細工を施して売っていた、と」
『総数で言えば装身具の方が数は圧倒的に上だ。自警団が保護した被害者も全員、腕輪や指輪の装身具を身に着けていたからな』
「ふぅむ……ピアスとか頭部に着ける物はないんですね?」
『出来る訳がねぇんだ。違法武具の性質上、魔力回路が異常励起したら熱を持つ──そんな物が頭部や脳に近い部位で出たら、深刻な障害の原因になる。それに暴走して破裂したら即死だ、リスクがデカすぎる』
「……そうか、身体の末端部位に作用するからこそ違法武具の性能を十分に活かし切れるのか」
少し抱いていた違和感が潰えた。
エルノールさんの言葉通りなら、違法武具の販売のみならず殺人に問われる可能性がある。ピアスやカフス、首や心臓に近いネックレスのような物は売りに出さないのだろう。
「でも、だとしても捜査時の候補は絞れそうですね?」
『ああ。青空市場で展開されている装身具の露店だけに焦点を合わせて捜索を行う。だから俺は、明日に店を開くことを申請した商人の名簿一覧と睨めっこで徹夜するわ……つれぇわ……帰れねぇ』
「ここが踏ん張りどころだと思うんで、頑張ってください。また何か手伝えることがあったら、連絡もらえたら駆けつけます」
『助かるぜ……ニルヴァーナを守る為にも、力を貸してくれ』
「了解です。それでは、また後ほど」
通話の切れたデバイスをポケットに仕舞い、軽く手を組み背を伸ばす。
『エルノールさん、終わり際の言葉が少し強めだったな……今回の事件に関して思うところがあるのか?』
『自警団の長ならば気負うのは当然ではないか? 下手をすれば、若手の冒険者のみならず住民にも被害が及ぶ恐れがあるのだからな』
『一応、特殊な効果が付属された装身具は冒険者資格を持つ者にしか販売してはならない、って規則はあるけど……』
『守ると思うか? 違法武具の商人なんぞが』
『ですよねー』
青空市場の自由度がもたらす弊害の一例を突きつけられ、肩を落とす。
現状はまだ民間人の被害こそ発生していないが、このまま状況が続けばどうなるかは分からない。
その為にもエルノールさん含む自警団の皆には頑張ってもらわないと……しかし、親方の目利きでも把握しきれない部分があるのは驚いたな。
熟練の鍛冶師になると武具を見ただけで込められた思いや感情、情景を見抜くとすら言われている。触れていればもっと精密に、鮮明に。
俺が知る以上、親方は最高の鍛冶師だ。あの人が判断に迷うほどの情念が、違法武具に込められている……そう考えると、少し恐ろしい。
対峙している事件の犯人の影が、より大きく強大なモノでありながら親しみやすさを持っているように思える。エルノールさんがぼやいた通り、確かに奇妙だ。
「考え過ぎであればいいんだけど……」
「おーい、クロト。先生が決勝戦で優勝したからお前にリベンジしたいってよ。待ってるから早く来いよ」
「なぁにぃ? おいおい甘く見られたもんだなぁ……学園長と二人がかりでも勝てなかったのに。敵うと思ってるのかい?」
「そりゃ一位とドベがコンビを組んでも限界はあるだろ……」
「それはそう」
リビングから顔を覗かせたエリックの誘いに乗り、対戦相手が待ち受けるテーブルに座る。
ユキにすら負けて、最下位に落ちた学園長を従える先生は得意げに頬を膨らませていた。
実質二対一になってない? また二人で戦うの? まあ、いいけど……くっくっく……その余裕な表情、崩してあげますよ。
ちなみに、リバーシ勝負は熟考による長期戦を経て俺の勝利となった。
先生も学園長も良いところ攻めてたんだけど……まだまだ詰めが甘いね。
次回、歓楽街の女王からの呼び出しになります。