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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【二ノ章】人助けは趣味である
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第十七話 自分を追い込んでいくスタイル

大変お待たせしました。

友人からも早くしろやとぶん殴られたので投稿します。

「――まだ教えなければならない事は幾らでも有るが、《サモナー》の心得としてはこれで十分だろう。何度も言うが、召喚獣と主は契約により一心同体となっており、互いに背中を預けあう関係だ。双方の理解がしっかりしていなければ指示を聞かず息も合わず、戦闘においてただの置物と化す。そうならないように気を付けろ」

「はい。ご教授していただき、ありがとうございました!」

『キュイ!』


 朝の冒険者ギルド内。

 ダンジョン攻略の準備をしている最中、召喚獣の世話やその他諸々について何も知らない事に気づいた俺は、これはアカンと感じてソラを連れてギルドにやってきた。

 誰に聞けばよいのか迷っていた所をシエラさんに見つかり、事情を話したら講師の方と一緒に個室に連れてかれて、今に至る。


「なに、冒険者のサポートなど当然の事だ。とはいえ、私は素直に感心している。学生でも君のような勤勉な冒険者を生徒に教鞭を振るったのは久しぶりでな」

「そうなんですか?」

「ああ。《サモナー》は召喚獣を使役するという特性上、制約が多く複雑なクラスだ。類似したクラスに《テイマー》というものがあるが、あれは召喚獣ではなくモンスターをその場で手懐け、懐柔し戦力にする。中には使い潰すまで指示を送る(やから)もいてな。だが召喚獣にそんな態度を取ればストレスを溜めて反感を買い、指示を受け付けなくなる。……最近はそれすら理解せずダンジョンに潜り、召喚獣と共に散る冒険者が多い」

『キュウ……』


 危うく俺もその一人になる所だったのかよ。

 講習、早めに受けとい正解だったな。


「しかし君のカーバンクルは緊張している様子もなく、ましてや主に懐いていない訳でもない。まあ、生まれて間もない上、契約すら交わしていないというのにそこまで懐いているのは驚きだが……」


 ふよふよと浮かんで俺の頭の上に乗るソラは、尻尾を揺らしながら誇らしげに胸を張る。


「だが今回の攻略で戦闘に参加させるのは難しいだろう。ユニーククラスだとしても、君は《サモナー》ではない。まだスキルも技術も未熟な状態で戦ってしまっては無駄な犠牲が増えてしまう。そこは理解しているな?」

「はい、分かっています。今日はとりあえず、バッグの中で大人しくさせておきます」


 講師の言葉に頷き、ソラを胸に抱く。


「うむ、ならばよい。それと君は前衛としての戦い方に慣れているが、今後召喚獣を主軸にしていくつもりならまた講習を受けに来るといい。戦闘においての立ち回りや指示の仕方について実践を交えて教えよう。事前に知らせてくれれば、時間を取っておく。……さて、そろそろ君の仲間が来る時間ではないか? あまり仲間を待たせるのは良くないぞ」

「おっと、それもそうですね。それじゃ、お先に失礼します。今日は本当にありがとうございました!」

『キュイ!』


 ぶんぶんと手を振るソラを(かか)えて、俺は集合場所である迷宮保管施設へ向かった。





 未だ解明されていない謎の多いダンジョンでも、この『冬樹の森林』と名付けられたダンジョンは特に異質だと言えるだろう。

 過去に文明が発達していたのであろう古い遺跡や天然の洞窟を模した物はあれど、ここは雪が降り、風も吹き、凍りついた大樹という自然によって形成されているのだ。

 しかし、ダンジョンに四季の概念が在る訳ではない。

 学者の説によると、四季の特徴が色濃く現れているのはその場に漂う魔素(マナ)の比率が偏っているのが原因ではないか、との事。

 したがって、魔素・魔力の塊とも言われているモンスターの性質も(かたよ)る事になる。

 全身を冷たい冷気で覆い、対象を一瞬で凍らせる吐息(ブレス)を放つフリーズプラント。

 魔力を帯びた氷の結晶で構成されているアイスクォーツ。

 氷柱(つらら)のように鋭い針を飛ばしてくるスノウマロン。

 通常のダンジョンで見かけるモンスターもうろついている中、上記の三体は魔素の影響を強く受けている。

 その為、属性耐性の備わっていない防具や盾では防げない攻撃を放つ、非常に厄介な敵性モンスターとなっている……のだが。


「名前のおかげで弱点も丸分かりだよね。実際カモだし」

「囲まれても、いざとなったら俺が魔法で焼き払えばいいしな……おっと、ファイアオイルの効果が切れちまった。クロト、新しいオイルをくれ」

「はいはい、ちょっと待ってね。あっ、カグヤはオイル要る?」

「いえ、私の刀は魔法さえ斬れるように鍛えられていますから大丈夫です。クロトさんはどうですか?」

「俺も大丈夫。作り置きしておいた爆薬を敵に投げつけるだけの簡単なお仕事に従事してるから。おっと、ごめんなソラ。ちょっとどいてくれるか?」

『キュイ』

「……ちょっと」


 俺は冒険者用バッグから顔をのぞかせているソラを移動させ、オイルと火属性の爆薬──“火燕(ひえん)”を取り出し、オイルをエリックに投げ渡す。


「ほいよ」

「サンキュー。しっかし、やっぱクロトがいると攻略速度が段違いだぜ。攻略メンバーにアルケミストがいるだけで、こんなにも楽に戦えるなんてな」

「それにクロトさんの援護のおかげで、戦闘に集中出来ますからね」

「持ってるスキルは有効活用しなくちゃ勿体無いじゃない? なら出来る事はやっておかないと。おおっと! そこの木の陰に隠れてる氷の植物さん達はゆっくりと燃えていってね!」

「…………ちょっと、お待ちになって?」


 狙いを付けた集団の中に爆破瓶を投げつけ、爆発した瞬間にアクセラレートで接近。

 降り積もった白い雪と対照的な赤い炎が空を舞う中、フリーズプラントのツタと足の部分をロングソードで斬り飛ばす。

 倒れていくプラント達に追い打ちでファイアオイルをばら撒き、即座にその場から離れると、周囲の魔素が赤色に反応した。

 瞬間──天井にも届く勢いの火炎が立ち上り、プラント達を呑み込んだ。


「よっし、大成功!」

「……なんつーえぐいコンボ決めてんだよ、ほとんど全滅してるじゃねぇか」

「本当はあの中に風属性の爆薬も投入してここら辺一帯を火の海にするつもりだったんだけど、皆を巻き込むかと思ってやめといた」

「もしそうなってた場合を想像したくねぇな」

「ほんとにね」

「クロトさんがやろうとしてた事ですよね?」

「──ちょっと! 聞いてますの!?」

「「なんだよ、友達ゼロの残念エルフ。さっきからうっせーぞ」」

「息が合ってますわね、無駄に!」


 モコモコの防寒具に身を包み、さっきから(やかま)しく騒ぐルナは顔を真っ赤にして怒鳴りつけてきた。


「さっきから話し掛けているというのにどうして誰も反応しないのですか!?」

「戦闘中なんだから仕方ないだろう。何、戦い方に文句でもあるのか? ってか、お前も手伝えって。お前が誰も連れて来なかったから、結局四人で攻略してんだからさ。あまり一人一人に負担掛けるなよ」

「文句があるわけではありませんし次からはちゃんと戦闘に参加しますし、そ、それに今日は全員用事があって来れなかっただけです! ……いえ、そうではなくて!」


 ガチガチと身体を震えさせているにもかかわらず、素材回収に(いそ)しむ俺達に指を突きつけて。


「なぜ学園の制服でダンジョンを攻略しているのですか!? (わたくし)ですら防具の下に防寒具を着ているというのに!」

「いや、金属製の防具だと、ふとした動作で肌にくっついちゃって後々(あとあと)面倒だし。かといって革製品で固めようにも金と素材が無いから買えない、作れないからルーンで加工した制服を着てるんだよ」

「どうせ貴方はそんな理由だと思ってましたわ。ですが他の方々は?」

「俺は動くのに邪魔くせぇから防具は着けてねぇ。この大剣だけで、大抵の攻撃は防げるしな」

「私も同じです、刀で弾いてしまえば攻撃は当たりませんから。それに私とエリックさんは、クロトさんのルーンのおかげで体温を調整されてますので寒さを微塵(みじん)も感じません」

「はっ……!?」

「まるで信じられない物でも見るかのような目で見るな。俺は頼まれたから制服に(いん)を書いただけだからな?」

「いえ、そういう事ではなくてっ!」


 今回は事前に練習しておいた刺繍(ししゅう)用の刻印、《氷除けのルーン》によって防寒対策をしている。身体に直接ルーンを刻んだ訳ではない。

 そもそもそんな事をしたら、言い訳すら無意味のただの変態になってしまう。


「冒険者として間違ってはいないのに、なぜだか釈然としませんわ……!」

「さようで。……っていうか、お前その格好だと白熊にしか見えないから、もうちょい目立つ格好になってくれない? 吹雪の中にいると見失いそうになるんだけど」

「俺たちはいつもの格好だし髪とかで見分けはつくが、ルナは周りの光景と同化しかけてんだよな」

「せめて帽子くらいは外しても良いのでは?」


 素材をバックに入れたカグヤがルナに近寄り、帽子を取ろうとする。

 しかしルナはその手を払うと後ろに数歩下がった。


「嫌です。エルフは元々、寒いのが苦手な種族なのです。だから触れないでください取らないでください」

「おい、いつもの似非(えせ)お嬢様口調はどうした? 余裕が無いのか?」

「クロト察してやれって。きっとそういう言い訳をしねぇと面目丸潰れになっちまうと思ってんだよ」

「なるほど。……何で誰も手遅れだって教えなかったんだろうな」

「そこ、聞こえてますのよ! というか、貴女はいつまで(わたくし)の帽子を取ろうとするのですか!?」

「私としても心苦しい思いですが、本当に見えにくいので……。間違えて斬ってしまわないようにする為でもありますから」

「怖すぎますわよ!」


 小声で話してもツッコミを飛ばしてくるルナは、未だ諦めずに手を伸ばし続けるカグヤと格闘しており、拮抗した戦いを見せていた。

 決闘の時にも感じたが、ルナは反射神経が非常に優れている。

 回避のタイミングが間に合わない時でも身体のバネを上手く使い、強引に避けた直後に反撃を加えるなど。

 直感で動いているのかどうかはともかく、日頃から鍛えているというのはよく分かる。

 そういう所は素直に感心出来るが……普段の様子がアレだからな。

 この間は下級生の女子に抱き着いてたのを見かけたし、こいつの将来が少し心配だ。

 帽子を押さえたまま(うずくま)るルナを通り際に見下ろしながら、エリックが近づいてきた。


「素材は全部拾い終わったぜ、クロト。確かこの後は、手分けしながら探索するんだったか?」

「そうそう。このダンジョン、下に降りる階段が見当たらないから、まだ探索し切れていない場所があるらしいんだ。半分くらいは埋まってるけど、まだまだ地図を書き込まないといけなくてさ」


 俺はポケットから折り畳んだダンジョンの地図を広げる。

 枝分かれしている通路が何本もある中、方角で言えば南と西──入り口に近い場所は探索済みとされているので、今回は未探索である北と東を中心に歩き回る必要がありそうだ。


「とりあえず、散らばって探索した方が効率は良いだろうな。こっちは四人だし、二人ずつに別れて行動しようか」

「了解。……しっかし、俺は掲示板の募集で見た程度だったが、このダンジョンの調査に集まった人数は相当だったはずだろ? 人海戦術で片付けちまってもいいのに、なんでこんなにも攻略が遅れてんだ?」


 エリックの至極当然な質問に、俺は無言で別の用紙を手渡した。


「何だ、これ?」

「──『冬樹の森林』を攻略中に、()()()()()()()()()になった冒険者たちのリスト。全員とまでは言わないけど帰還した冒険者の数は少数で、持ち帰った情報も少ない。唯一分かるのは、このダンジョンは俺たちの想像している以上にヤバい場所って事だけだ」

「……マジか」

「マジだ。しかも行方不明者の中には学園の生徒もいて、ギルドも危機感を感じてたみたい。俺たちが募集を受ける前に打ち切って、高ランク冒険者を何人か派遣しようとしてたくらい深刻な状況らしいよ」

「おいおい、シャレになってねぇぞ……」


 歩きながら何やら揉めている二人を無視して、俺はエリックにオイルと爆薬、各ポーションが入った袋を渡す。


「門の前にいたギルド職員にも、気を付けるようにって注意されてな。ダンジョンのトラップか、はたまたモンスターか。いずれにせよ、用心しておくに越した事はないから持っておけ。あと、行方不明者を見つけたらデバイスで連絡をくれ」

「了解。何が起こるか分からねぇし、いつも以上に周りを警戒しとかねぇとな。…………つーか、あいつらは何を言い争ってんだ?」

「あの二人の仲が悪いなんて今に始まった話でもないでしょ。どうせ勝手にルナが突っかかってるだけだって。カグヤはいつも通りに対応をしてるだけだ」

「そんなもんか。……そういやクロト、お前いつの間にカグヤを名前で呼ぶようになったんだ? あっちもお前の事を名前で呼んでるし」

「……あれ、言われてみればいつから名前で呼んでたっけ……?」

「自覚がねぇのか? そういうとこは、お前とカグヤは似てるよな」

「何だよ、それ。俺が天然だって言いたいのか?」

「お前の性格は天然の一言で済ませられねぇけどな。…………待て、口が滑っちまったのは謝るからその振り上げたバッグを下ろせ。そんなので殴られたら痛いじゃ済まねぇってちょっと待てってマジで待て!?」


 ……俺は素材と持ってきた道具でパンパンに膨れ上がったバッグを、エリックの顔面目掛けて全力投球した。





「──そんじゃ、俺とルナ、エリックとカグヤのペアで行動するぞ。各自、警戒を(おこた)る事のないように」

「よりにもよって貴方と(わたくし)がペアですか……。チェンジは可能ですの?」

「ダメです、許可しません。それと、カグヤはそこで雪に埋もれて撃沈してるヤツもちゃんと連れてって」

「はい。……えっと、大丈夫ですか?」

「……ああ、なんとかな。ったく、余計な事を言わなきゃよかったぜ」

「せめて言葉に表せないほど個性的な性格をしていると言えば、こうはならなかったかもしれませんね」

「それ遠回しにバカにしてねぇか? つーか、ただでさえ恥ずいってのにそんなセリフさらっと言えるかよ」

「そう、ですか? 私は案外、すらすらと伝えられたのですが……」

「…………やっぱ似たもの同士だよ、お前ら」


 起き上がったエリックとカグヤは地図を片手に、東の方へと歩いて行った。


「さて、俺らも行くとするか。仕事してなくて怒られるのは嫌だし、遅れるなよ、ルナ。後、ちゃんと戦闘にも参加しろ」

「分かっています……って、言われずとも理解しておりますから、(わたくし)に指図しないでください!」

「はいはい、分かりましたよ──お・じょ・う・さ・ま」

「むっきぃーっ!」


 そんな漫画で見るような鳴き方するヤツ、初めて見たよ。

 雪を踏み締めるくぐもった足音に、無駄に耳に残る奇怪な叫び声を乗せて。

 俺とルナは北の方へ向かった。





「まったく、なぜ貴方なんかとペアを……。これだったら、まだシノノメさんの方がマシですわ」


 吹き荒れる吹雪に押し返られそうになりながら先へ進むが、さっきからぶつぶつと文句を垂れ流すルナがうるさい。


「お前、さっきは大声で喧嘩してたくせにカグヤの方がいいのか。何なの、ライバル認定してるからか? それとも女だから?」

「ふんっ、その両方ですわ。女性であれば気負う必要もありませんし、彼女のライバルとして、(わたくし)の強大さを見せつけるには良い機会だったというのに……」

「そいつは悪かった。けど、個人的にどうしても聞きたい事があってな」

「聞きたい事……?」


 怪訝そうな顔をして、ルナは俺を睨みつける。

 俺だってツンデレキャラとペアになるだけでトラウマスイッチオンで震えてしまうのだ。腹痛と頭痛と吐き気を我慢しているというのに、一方的な嫌悪を押し付けないでもらいたい。


「他の二人に聞かせる訳にはいかなくてな。だからこうして二人きりになるように仕向けたんだよ」

「……正直、正気を疑いますわね。(わたくし)には、貴方に聞かれるような事など何も無いのですけど?」

「俺にとっては(わら)にも(すが)る思いなんだよ。学園長は何も言わないし、図書館にもあまりいい資料が無かったし、頼れる情報源は仕事が忙しいみたいで最近会ってないしな。……お前にしか分からない事だと思ってるんだ──シルフィ先生については、な」


 先生の名前を出した瞬間、ルナは目を見開いた。


「決闘の時、お前は先生を“シルフィリア様”と呼んでいた。その理由は後で学園長に教えてもらったから納得は出来たよ。それと、エルフという種族は高名な家柄の者が多く、崇高な誇りを持っており、本能的に男を嫌ってしまう習性がある事も調べて分かった」

「……」

「でも、時が流れるにつれてそういった習性も薄れていき、現代では種族差も男女差も関係無く関わりを持つようになった。それでもなお今を生きるエルフの中で未だ男に対して嫌悪を示す者は、昔から続いている家訓によって男を排斥するよう教育されているケースが多い、と」

「…………」

「古い文献にちょっとだけ載ってたんだ、“ミクス家は代々の王家に仕える騎士の家系”だってな。王族のハイエルフを護る立場に当たり、王家に最も近しいエルフ。……その名前を見つけた時はさすがに驚いたよ。同時に、ラッキーだと思った」

「……まどろっこしい言い回しをするのですね」


 無闇に自分の情報を詮索されて、良い顔をする人などいる訳がない。

 それは目の前で、隠す事もなく殺気を滲み出している少女も例外ではない。


「そこまで調べた事は評価しますわ。ですが、貴方がシルフィリア様について理解を得る必要はありません。そして、(わたくし)が教えなければならない義務も無い。そもそも出所不明の男性を信用しろというのが度台無理な話ですわ。……例え貴方がシルフィリア様と親交を深めていて、信用されていたとしても、(わたくし)は一切、口を開きはしません」

「……分かった──なら、誠意を見せよう」


 まさかそこまで(かたく)なに拒まれるとは思わなかったので、奥の手を使うとしよう。

 俺はその場で素材採取用のナイフを取り出す。

 息を飲み、身構えたルナの前で片膝をつき、左腕を突き出す。

 そして。


「っ!」


 一息に、ナイフを突き刺した。

 身体を駆け巡る痛みと共に、冷たく鋭利な刃は肌を裂き、肉を掻き分け、いとも容易く貫通してみせる。

 加速する鼓動を抑え、歯を食いしばりナイフを引き抜く。激しく溢れ出した血が純白の雪面を赤々と染め上げた。

 それを一瞥し、血が(したた)る左腕を掲げる。


「“この身に流れる赤き誇りを捧げます これは貴女達を護らんとする不動たる覚悟の誓い この身は一振りの剣となりて 降りかかる災いを斬り伏せましょう”」

「それは……王に捧げる騎士の誓い……!」


 激痛に苛まれた身体に鞭を打ち、狼狽(うろた)えた様子のルナを見上げる。


「これくらいしか思いつかなった。認めてもらえる保証はどこにも無いし、半端な事をやってルナの気を悪くするのも嫌だったから、俺がどこまで本気なのかを示そうと思ってさ。……ちょっとアレンジ加えたけど、こういうものなんだろう?」


 荒々しい風が外気に触れる肌を薙ぐ。凍傷になる前に処置をした方が良いのだろうが、今は我慢する。


「俺はお前から情報を聞き出したい訳じゃない。俺が先生の事情に首を突っ込んでも良いと言ってくれるだけでいいんだ。そうすれば俺は直接、先生に話を聞きに行く」


 学園長からの依頼だからって、使命感に駆られている訳じゃない。

 俺自身が先生の為にやれる事をやろうと思っただけだ。助けてもらったあの時から、騙し続けてしまっている彼女の為に。

 しかし、そのせいで他の誰かとの間に軋轢(あつれき)が生じてしまうとなれば、後で行うフォローが面倒……厄介……難しくなる。

 だからこの行動は必要だった。

 ルナの、そして何よりも自分の為にも。


「だから、頼む。俺に──先生へ恩返しをするチャンスをくれ」

「…………」


 呆然と見下ろすルナに、俺は深く頭を下げる。

 少しの間、逡巡したような息遣いが空気を揺らす。


「──愚かですわね、あの方の過去に触れようとするなど。自分だから何もかも出来るとでも? おこがましいにも程がありますわ。……ですが、だからこそ(わたくし)は、心のどこかで期待してしまっている。全く、そこまでされて貴方の誠意に応えなくては、末代まで残る騎士の恥ですわ」


 その言葉にはっと顔を上げると、今までに見た事のない柔らかな笑顔を浮かべるルナの姿があった。


「それじゃあ……」

「ええ、認めますわ。貴方が捧げる誇りに応えましょう、貴方が掲げる覚悟に応えましょう。(わたくし)たちが成し遂げられなかった偉業を為そうとする貴方を、祝福しましょう」


 血塗れの左腕に手を添えて、ルナは静かに魔法を唱えた。

 傷口に水色の魔素が収束する。それは仄かに周囲を明るく照らすと、肌と肌を縫合するように再生していく。


「しかし(わたくし)は王族ではありません。あくまで騎士としてある(わたくし)がその誓いを受け取る訳にはいかないというのに、このような事を……。こんな環境のダンジョンですのよ? 凍傷にでもなったらどうするおつもりでしたの?」

「わ、悪い。一応、そこまで考えてはいたんだけど、やるからには全力がいいかなって」

「バカですの? ……ああ、バカでしたわね」

「なんでそんなストレートに罵倒されなきゃならないんだよ! 結構気合い入れてやったのに! 痛いの我慢してやってやったのに!!」

「あまり騒がないでくださいます? 回復魔法は神経を擦り減らすので、下手に調整を間違えると大惨事になりますわよ」

「ごめんなさい治療してくれてありがとうございます」


 そんな問答を繰り返し、魔法を受けた腕の調子を確かめていると。

 小さな振動と共にデバイスの通信音が鳴った。

 エリックからだ。


「エリック、何か見つかったか?」

『ああ、行方不明だった冒険者を見つけた。なんつーか、氷の檻みてぇな場所で全員寝てたぜ。今はギルドに連絡して、カグヤと二人で救助した奴らを転移石でギルドの方に送ってる。座標を送るから、お前らもこっちに来い』

「分かった。すぐに行く」

「早急に見つかって良かったですわね。ですが、氷の檻ですか……随分と物騒な物がありますのね」


 確かに気になる単語だが、それはひとまず置いておく。


『それじゃ座標を……待て、何の音だ?』

「どうした?」

『なんかでけぇ足音みてぇな……そっちで音がしてるって訳じゃねぇよな?』

「こっちじゃ何も聞こえないけど?」

『……聞き間違えか。とにかく座標は送っておく。だから──』


 エリックが言い切る直前。鼓膜に突き刺さるような咆哮がデバイスから響き、思わず耳から遠ざける。

 また近づけるが、デバイスからの応答は無い。

 代わりに、何かを激しく打ち付けあうような音がデバイス越しに伝わってきた。


「どうかなさいました?」

「……緊急事態だ。エリック達が何かに襲われてる。早く助けに行くぞ!」

「ちょ、ちょっと! お待ちなさい!」


 デバイスで座標のルートを地図に合わせて映し出し、俺とルナは走り出した。





 デバイスが表示する座標へ近づくほど、戦闘音が激しくなっていく。

 同時に《氷除けのルーン》の効果が失われている訳でもないというのに、肌を刺す冷気が強まっていた。


「ううっ……さ、寒い……」

「お前、防寒具着てるだろうが。俺よりも温かい格好してるくせに何でそんなに震えてるの? 湯冷めでもした?」

(わたくし)がいつお風呂に入ったといいましたか!?」

「いつも頭は温かそうだな、とは思ってる。……ごめん、さすがに言い過ぎたのは謝るから攻撃魔法はやめてください死んでしまいます」

「バカな事を言う暇があるなら足を動かしなさい! それと詠唱してる最中に気が散るような事はしないように!」


 怒鳴りつけてくるルナは気を取り直したように手を前にかざし、魔法詠唱を始めた。


「“水よ 蒼き輝きを持って 力を与えよ”《アクア・ライズ》!」


 すると魔素がルナの身体を覆い尽くし、仄かな蒼い光を宿した。


「ライズ……身体強化か」

「ええ、到着してすぐ戦闘になるかもしれませんから。……気の毒ですが、水属性の適性を持つ者にしか効果が発揮されませんから、貴方に使う事は出来ませんがね」


 地味なイジメみたいな言い方やめろよ、俺のトラウマを刺激する気か。 

 ガラスのハートを砕こうとしてくるルナを引き連れて、ようやく座標地点への曲がり角を通った瞬間。

 衝撃音と同時にエリックが通路の先から凄まじい勢いで吹っ飛んできた。


「ぎゅぷっ!?」


 咄嗟にルナを庇うように前に出た為、真正面から衝突した。

 弾かれたように背中から転げ回ってから、傷だらけで片膝をついているエリックに詰め寄る。


「おいこの野郎! 突然飛んできやがって何しやがる!?」

「クロト!? 来てくれたか…………お前、何で雪だらけになってんだ?」

「お前のせいだよこんちくしょうめ!」

「二人で何をやっていますの……」


 エリックの素朴な疑問に怒鳴り返し、バッグを下ろしてポーションを取り出して投げ渡す。


「まったく、酷い目に合ったよ……ん? エリック、カグヤはどうした?」

「カグヤなら今もモンスターと戦ってる最中だ。たぶん、冒険者が行方不明になった原因で、見間違いじゃなきゃユニークモンスターだ。急いで加勢しに行かねぇと……!」

「なら俺とルナは先に行くから、お前は少しでも身体を休めてから来いよ。その身体で戦ってたみたいだし、本音を言えば、もうギリギリなんだろ?」


 通路の先から響く剣戟の音が激しさを増していく中、俺は立ち上がろうとするエリックの肩を押さえる。

 触れた(てのひら)に冷え切った体温が伝わってきた。

 どうやら上位相当の魔法か何かを受けたらしい。その影響で、俺が刻んだルーンの効果が無効化されている。

 鈍い動きで尻餅をついたエリックの顔は蒼白で、強がってはいるものの、今にも倒れてしまいそうなほど弱々しい。

 加えて鋭い爪で引き裂かれたような傷跡が身体の節々に見受けられる。

 マシになるかは分からないが、刻印の道具――“刻筆(こくひつ)”を取り出してポーションによる回復を促進させる為に治癒のルーンを、寒くならないように風除けのルーンを身体に直接刻む。


「……悪いな」

「気にするな、俺も遅れちまったからな。……あっ、後で今日の分のポーション代請求するからよろしく」

「今まで飲んできたポーション、まさか全部お前の自作か!?」

「当たり前だろ、金が無いのにどうやってポーションを調達してると思ってたんだ。こちとら毎日こつこつ依頼こなして素材貰ってたんだからな?」


 念の為、湯たんぽ代わりにソラを抱かせて、俺はルナに目配せをして。


「まあ、友達料金と初めてのお客さんって事で割引きしてやるから、今は休んでろ」

「お、おう……」

「話は終わりましたわね? シノノメさんが危険ですわ、行きますわよ」

「ああ」


 レイピアを抜いたルナの後を、俺はバッグを背負い直してから追いかけた。

 今回の戦いで必要になるかは分からないが、備えあれば憂いなし、というものだ。

 このバッグには各種ポーション、爆薬、即時展開トラップ、そして──秘密裏に制作していたアレ(・・)が入っている。

 まだ試作段階の装備で、試すのは今回が初めてだ。使う機会が無ければいいと思っていたが、そうも言っていられない状況になっている。


「……やってやるさ」


 俺は己を鼓舞するように拳を握り締め、走り出した。





 

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