短編 護国に捧ぐ金色の風《第四話》
新情報を手に入れる為、学園に戻ったクロトのお話。
冒険者ギルドを後にして大通りを進む。
いくら毎日がお祭り騒ぎな様相を見せていても浮き沈みはあり、今日は午前に比べて開かれている露店の数が少ないように感じた。
季節的な関係もあるのだろう。夏に近づき、午後になってから肌を蝕む不快な熱気も刺すような日差しも強くなったように思える。
対策も無しに、こんな環境で商売なんてやってられない。すれ違う人々の顔もどこかやつれているように見える。
違法武具の件もあり、つぶさに目を光らせようとも思ったが……まだ目安となるモノが不確定な現状では無駄でしかない。
露店市の特性上、同じ時間・場所で販売しているのは稀だ。知名度を広める為に広範囲で活動し、旗や立て看板などで人目を集めるのが基本的な立ち回りになる。
没個性にならない為に、他の店を出し抜く為に、売り上げを伸ばす為に。日々戦略を練って商魂逞しく生活しているのだ。
だからこそ、青空市場が持つ一期一会の魅力に取りつかれた者がいる。
値打ち物があるのではないか、掘り出し物と出会えるのではないか、どこから仕入れてきた物なのか。
ありとあらゆる貿易の中継地点でありながら、国家として確かな土台を持つニルヴァーナの特色を色濃く反映しているのだ。興味や関心を惹かれるのは仕方のないこと。
そして、俺は知っている。
毎日のように散財しては特産品やら置き物を抱えて寮に帰り、もう置く場所が無いと相手から怒られ、泣く泣く同級生たちに分け与える悲しき者を。
趣味でコレクションしている品を勝手に売り捌かれることに比べたらマシだろうが、身を切るような思いをしているのは間違いない男を。
「という訳で、無駄遣いのおかげで青空市場に精通してるデールに聞きたい話があるんだけど」
「一言余計だわっ! 別にいいだろうが俺の稼いだ金で買ってんだから!」
「迷惑になってんだから、物を置く場所が無いほど買い込む癖は直しなよ」
二年七組の教室。五時限目の授業を終えて各々のグループが歓談している最中。
頼りになる伝手である同級生、犬人族のデールは耳や尻尾を逆立てて抗議してきた。
「クロト、どれだけ口を酸っぱくして言ったところで無駄だぞ。長い付き合いのクラスメイトですら説得は無理だって諦めてるからな」
「エリック……まあ、そうでなきゃ今日に至るまでそんな噂は広まらないもんね」
教科書をカバンに仕舞いながら、肩を竦めるエリックの言葉に頷く。
今日は一時間目の授業を受けてから自警団のパトロールに参加し、午後から彼と合流する予定だった。少しの遅れはあったが、問題はない。
カグヤとセリスは別の授業で教室にいないけど、放課後に夕食の買い出しを手伝ってもらう手筈だ。……そういえば、二人もよく青空市場を利用しているから何か気づくことがあるかもしれない。後で聞いてみよう。
「ぜってぇ意味わからん骨董品やら訳分からん壺とか絵画とか買うようになって破滅するぞ」
「傾倒しすぎて財政破綻……貧相になる食事……粗末な服……荒れに荒れて窃盗……」
「なんだよ、お前ら二人してマジで失礼だな! つぅか俺、芸術品には興味ねぇぞ。あくまで国外の特産品とか名物、国や地域の特徴がある物に目が無いだけだ!」
「それはそれで凄い趣味だと思う」
デールは心外だとでも言わんばかりに、腕を組んでそっぽを向く。日頃から言われ慣れているからこその態度だった。
彼自身、歴史や地理の授業が好きなことが関係してか、他国の風情や歴史的文化遺産を見てみたい、と旅行計画の相談を持ち掛けてくることがあった。
だが、安易に他国へ足を運ぶことは難しい。長期的な休みが必要なのもそうだし、金銭的な意味でも厳しいだろう。
いくら魔導列車によって国外への移動が楽になったとしても、日帰り弾丸旅行なんて学生冒険者の懐事情でどうにかなるものではない。
そもそも魔導列車のチケットは高いのだ。安全保障と確かな信頼で成り立っているとはいえ、場所にもよるが行きだけで五~八万メルとかザラである。ポーション一本よりたけぇよ。
現地で宿泊する宿代に食費、土産物……考えれば考えるほど出費が膨らむ。考えるだけでも頭が痛い。
そんな事情も相まって、国外の品を手に入れる為の散財趣味なのだろう。……非常に申し訳ないがエリックの言う通り、遠くない将来に破滅する錯覚を見てしまうな。
「でも、きちんと自分で働いて稼いでるんだから偉いよねぇ」
「なに親みてぇなこと言ってんだよ、気味悪いな。……ってか、聞きたい事があるって言ってたろ? 何が知りたいんだ?」
「ああ、そうそう。実は──」
つい脱線してしまったが、本題に入ろう。
エルノールさんからの直接的な依頼であることはぼかし、自警団内で話題に上がっている違法武具が、装身具として青空市場で売られている可能性があると伝える。同時に、違法武具を使用した際の問題点と実際に診た症例も。
最近、冒険者ギルドに立ち寄ることはあっても迷宮を巡る機会が無かった。でも、エリックやデールなら迷宮での依頼を熟しているし、迷宮内で見かけた冒険者の情報を知っているかもしれない。
曖昧だが、希望的観測を込めて問い掛けてみたのだが……。
「いやぁ……さっぱり見当がつかん! 悪いな!」
「はー使えねぇー」
「おまっ、なんてこと言いやがる!?」
「どうどう。落ち着け落ち着け」
拳を振り上げたデールをエリックが羽交い絞めにして止めた。
「第一なぁ! いくら青空市場だからって大通り一本だけで何店舗あると思ってんだ! 二〇〇以上はあるんだぞ!? 大通り四本で八〇〇はあるし、しかも日替わりで場所が変わる上に装身具を取り扱ってる店なんて覚えてる訳ねぇだろぉ!!」
「うーん、改めて言われると正論だ、反論のしようがない。……デールならありえる、と思ったんだけど」
「頼りにしてくれんのは嬉しいが、詳しいからってなんでもかんでも知ってる訳じゃあねぇからな!」
「俺もデールの言い分は納得できるぜ。一つ一つの露店を調べるにも数が多いし時間が掛かる。装身具だけの露店に候補を絞っても、一日で探るには限界があるぞ……」
「むむっ……」
「それに分かってると思うが、自警団の捜査網が優秀でも限度はある。より確実に、手がかりを得るなら青空市場を直接見て回って調べるしかないが、人海戦術は相手に気づかれやすい。察して逃げられたら元も子もないぜ」
「あとはなんだ、違法武具の後遺症だっけ? んなもん素人目から見て判断がつくと思うか? 医者とかヒーラーとか専門職でもなければ、魔力回路の異常励起なんて“ああ、そんなもんか”程度で済まされるのがオチだ。安静にしてれば時間は掛かるが治まるしな」
「むむむっ……」
畳みかけてくる、ぐうの音も出ない問い掛けの答えに言葉が詰まった。
容易く手がかりを得られるとは思っていなかったが、こうも問題点を指摘されると自分の浅はかさを見抜かれてるようで顔が熱くなる。
「でも──新人冒険者にだけ接触を図っているってのは、良い着眼点だと思うぞ」
「……? なんで?」
「冒険者に成り立ての連中は不安なんだよ、自分の力が。本当にこれでいいのか、このままでいいのか、何かやれることがあるんじゃないかって焦りを抱えるんだ」
「ただでさえクラスの特性で筋力が弱まったり魔力の扱いが不得意になったり……今まで出来たことが出来なくなる恐怖ってのは根強いもんだぜ?」
「だからギルドは低ランク冒険者のソロ活動を推奨しない。単純に、自身への過信と慢心で死亡率が跳ね上がるからな。自分の得意なこと、苦手なことを理解した上で、仲間と補いながら攻略を進めるのが基本だ」
エリックとデール。それぞれ冒険者として先輩であり、経験則から語られる内情に導かれるように。
まだ分からないことだらけだが、一つだけ。本当の狙いに思い至る。
「──個人の劣等感や心の弱みに付け込んで、違法武具を装身具という形で提供している?」
「その辺りが妥当だろうな。逆に、熟練者はそんなもんに頼らなくても自分の戦い方を熟知してる。積み重ねを崩される装備なんて邪魔でしかないし、見向きもしねぇ」
「おまけに武器とか防具に比べれば、装身具は手ごろな値段で入手できる。鉄剣やら鉄の防具一式なんかは大体十五万から二十万ぐらいで、メンテナンス代なんかも含めれば費用はもっと掛かるが……」
「装身具は手入れなんかしなくたって効果が発揮されるし、物によっては壊れることなんて滅多にない。その上で三万から五万とか、簡単な依頼を一つ達成すれば十分手が届く範囲の値段だ。手軽な強化手段としてはうってつけなんだよ」
「なるほど。例え違法武具だとしても、絶対に法外な値段を吹っかけるとは限らないか。……あの新人冒険者が高いって言ったのも、金銭的に余裕が無いからそう思っただけ」
でも、だとしたら。
「金を稼ぐのが目的で販売してる訳じゃないのか? まさかとは思うが、善意で……?」
「魔力暴走を誘発させて破裂させるような危険物をばら撒いてる時点で、やべー奴に変わりはねぇだろ」
「そこは間違いなく問題だな。発見したら即摘発だろ、常識的に考えて」
「確かに。……ふーむ、なんだかんだ言って思惑が透けてきた気がするな。一歩ずつ、真相に近づいてる感覚があるぞぉ」
「自警団の仕事は大変そうだな。俺もやったことはあるけど、お前みたいにそこまで踏み込んだものは任せられなかったぞ」
「俺の優秀さに気づいたのかもしれない」
「クロト、寝言は寝てから言うもんだぜ」
「真顔でなんてこと言うんだ」
頭は大丈夫か、とでも言いたげなエリックにツッコむ。
……そんな長話をしていたら、いつの間にか放課後を知らせる鐘の音が響いた。デールは今日も今日とて青空市場に行くぜ! と意気揚々に教室を飛び出して。
俺とエリックも、アカツキ荘との女性陣と買い出しの約束がある為、集合場所に向かうことに。
兎にも角にも知りたい情報こそ手に入らなかったが、デールのおかげで分かることはあった。
コンプレックスを抱えた新人冒険者に手ごろな価格で、装身具という形で違法武具を提供している。この一点に関しては間違いないだろう。
犯人に直接繋がるような証拠ではないが、心理的な面から調査の助けとなることに違いない。
念の為に、それとなく違法武具関連の話題をカグヤとセリスに聞いてみたが、あまり気にしたことはないと言う。
これまでの捜査で犯人側の秘匿性が尋常でないのは証明済みだし、分からないのも無理はない。
『しかし断片的な情報のみで、事件調査一日目にしてはかなり良い進捗じゃあないか?』
『うむ。この調子で調べていけば、近い内に犯人へ辿り着けるだろう。今夜にでも、自警団の長と情報共有を行うのも良いかもしれんな』
『違法武具に関する新情報を把握しててもおかしくないし、夕食後に通話を掛けてみるか。……ところで、このキャベツはどっちが重いと思う?』
『……ほんの少しの誤差でしかないと思うが、左だな』
『じゃあこっちを買おう』
始めに八百屋で野菜を選別し、これからの相談を交わしながら。
店をいくつか回り、食材を買い込んだ俺達はアカツキ荘への家路に着いたのだった。
次回、エルノールさんと親方の回想、違法武具の詳細になります。