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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 護国に捧ぐ金色の風
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短編 護国に捧ぐ金色の風《第二話》

色々と不穏な雰囲気を見せながら、エルノールさん登場のお話です。

 ニルヴァーナの東西南北に延びる大通り(メインストリート)

 その内の一本。冒険者ギルドの支部や名だたる商会の店舗が連なる北通りに自警団の本部はある。

 鉄柵の塀に囲われた敷地には、事務関係を処理する場と訓練用の屋内稽古場を兼ねた赤レンガの建物が二つ。

 それ以外にも学校のグラウンドのような訓練場も備えており、自警団に所属する者は日々これらの施設を活用し自己研鑽に(いそ)しんでいる。


『いやはや、いつ見ても立派な建物だねぇ。日本に居た時の市役所を思い出すよ』

『……故郷を懐古するほどのものか? これが』

『いいでしょ別に。大事なのは忘れないことなんだから……些細な記憶でも、覚えてるだけで支えになってくれるんだよ』


 風情や情緒を理解できないレオの言葉に語気を強めて反論する。唸り、押し黙った彼を無視して本部の敷地内へ。

 強盗犯への尋問を済ませた俺は聴取した内容を上層部に報告する為、自警団の本部に足を運んでいた。雇われの臨時とはいえ、団員なのだから規定には沿わないといけない。

 冒険者ギルドの前に上長へ報告する。報・連・相は大事なのだ。


 それではいざ事務室へ、と意気込んでいたら見慣れた色が視界の端に映った。

 青ではなく水色の髪。惹かれるように目線を向ければ、俺の胴まである背丈で学園の制服に身を包むあの子は──レインちゃんだ。

 俺が鍛冶を師事する親方の孫娘で、金欠の一時期は食事関係で大変助けられた為、頭の上がらない恩人の一人となっている。


 しかし、どうしてレインちゃんがここに? 疑問を浮かべたまま立ち尽くしていると、彼女は屋内稽古場に入っていく。

 学園に所属している以上、彼女もまた学生冒険者。だけど自警団の依頼を受けられるのは高等部の生徒からで、初等部高学年の彼女に資格はない。

 偶に塩漬け依頼を(こな)している最中に、同じように街の依頼を受けた彼女と行動を共にすることはあったが、そんな話は聞いたことが無いし……うーん、気になる。


『適合者。我が言うのもなんだが、そういった思考のせいで汝は数多くの思いがけないトラブルに巻き込まれているのだぞ』

『言われなくても分かっとるわい! 性分なんだから仕方ないでしょ!』


 レオの正論は否定できない。自覚してる部分もある。それでも、気になってしまう。

 しかも相手は知人で恩人なのだ。そして親方からレインちゃんに何かあった時は頼るかもしれない、と信頼されている身でもある。

 俺自身の抱えている案件は急を要する訳でもないし、ちょっと様子を見るくらいなら──





『だああああああクソがぁ!! あの頑固ジジイめッ!』





 そそくさと屋内稽古場の扉前に移動し、中を盗み見ようとして。

 耳を(つんざ)くような大音量の怒号に鼓膜を揺さぶられ、視界がブレる。


『ご、ごめんなさい。私の方からもお願いしたんですけど、聞く耳を持たなくて……』

『いい加減にしろよマジで……! どんだけ被害が出るかも分からねぇってのに、いつまで無視するつもりだよ! 仮にも自警団の長と協力体制を結んでるギルドの支部長、その両方からの要請だぞ! 頭沸いてんのかッ!?』

『そ、そんな大事になってるんですか……?』

『あたりめーだろうがっ! 今週に入って三日しか経ってねぇのに、似たような事例が十二件だぞ!? 加速度的に件数が上がってる以上、早期解決は急務なんだよ!』

「ええ、なんかめっちゃキレてるぅ……誰ぇ……?」


 どうやらレインちゃんと話してる相手はかなり苛立っているらしく、熱を帯びた愚痴の嵐が鳴り止まない。

 彼女も大人びてはいるものの、荒れた大人の対応に怯えているようで声が震えている。

 子どもの前で何をやってんだか……呆れと怒りが沸き立つ心中を抑え、再び稽古場内を覗き込み、大人の方を見る。


 スラリとした長身痩躯の割に、着込んだ制服の内側は鍛え抜かれた筋肉で構成されており、見た目以上に頑強な印象を抱かせた。

 腰まで伸びる金髪はきめ細やかで、ほんの少しの動作でもふわりと風に揺れ、周囲の光景を彩る。

 とりわけ目を惹くのは耳だ。鋭く尖ったそれはエルフが持つモノであり、感情に応じて様々な動きを見せる。

 鋭い目付きながらも誰もが振り向く容姿を持つその人は自警団の初代団長にして、今日に至るまでその座を誰にも明け渡さなかった男、エルノールさんだ。


 以前、シルフィ先生の件で顔合わせをしたことがあり、何度か連絡を取り合っているため面識はある。

 現に、こうして臨時団員としての依頼を受注できるのも彼が手を回してくれているからだ。

 だからこそ分からない。日頃から言葉遣いは荒いが時と場合によっては礼節を重んじるし、何より子どもを相手に感情を爆発させるような人ではないのだ。


『先ほど盗み聞きした内容と関係しているのか? とりあえず、これ以上ヒートアップする前に止めた方がいいよな』

『周囲の目が無いとはいえ、このままでは汝が不審者として扱われるかもしれんからな。手早く行動するに越したことは……』

『レオ? 急に黙りこくってどうし──』


 息を呑むような音に反応して、改めて稽古場内に目を向ける。

 エルノールさんは端正な顔を歪め、ガリガリと頭を掻き、ごく自然な動作で流れるように。

 胸元から何かを取り出したかと思えばそれを口元に運び、マッチを擦り火を点けた。口内から漏れ、(ただよ)う煙を見るに煙草(たばこ)だ。

 面識があると言っても喫煙者だとは……あっでも、そういえば前に吸おうとしてたな……待てよ、()()()()()()()()()


「それはダメだろ」


 さすがに見過ごせない。引き戸の扉を思いっきり開き、目線を集める。


「クロトお兄さん!?」

「ああ? なんだ、クロ坊か──」


 二人が反応して声を掛けてくるが、意にも介さずにズンズンとエルノールさんの下へ歩み寄り、問答無用で脳天にチョップ。

 あまりに迷いのない暴力に対応できなかった彼は口から煙草を落とし、それを踏み潰す。

 流れるように移り変わる状況に困惑しつつも、エルノールさんは頭を擦りながら俺を睨みつけてきた。なんだァ、テメェ……。


「お、お前なにしやがる!?」

「こっちのセリフだバカたれッ! いくら気に食わないことがあって機嫌が悪くてもやっちゃいけないことぐらい分かるだろ、子どもの前で煙草を吸うなんて! それも自警団の長たるアンタが、風紀や秩序を守る側のアンタがっ! 団員相手ならまだしも自分の苛立ちを子どもに押し付けるんじゃあない!」

「ぬ、ぐっ……!」


 勢いに任せて捲し立てると良くない自覚はあったのか、エルノールさんは言葉を詰まらせる。


「お兄さん、大丈夫だよ。私は平気だから……」

「ほれ見ろ、レインちゃんに気を使われてこんなことまで言わせてんだぞ! 手本を見せる大人として恥ずかしくないのか、みっともない!」

「い、いや……だがよぉ」

「しかも盗み聞きしてましたけど、何らかの事件捜査に協力を求めてる様子でしたね? 焦る気持ちは十二分に理解はできるし早期解決に尽力してるのは百も承知してますが、だったら尚更(なおさら)冷静に状況を見極めなくちゃいけないでしょ! そうやって積み重ねてきたから今の自警団があるって誰よりも分かっているのはアンタだろうがッ!」

「はい、その通りです……」


 自主的に正座したエルノールさんに言いたかったことを全てぶちまけた。全く、大人の癇癪(かんしゃく)に巻き込まれる子どもの気持ちを考えてほしいね。

 その後、騒ぎを聞きつけた他の団員に事情を説明し、これ以上追い詰めるとエルノールさんが(しお)れて枯れ木になりそうだったので追及はしないでおく。


 そしてお昼時という丁度良い時間帯なこともあり、迷惑を掛けた謝罪も兼ねて二人に昼食を(おご)る、と。

 財布を片手に先頭を進むエルノールさんによって食事処に案内されるのだった。


 ◆◇◆◇◆


「ほんっとうにすまんかったッ!!」


 昼を過ぎ、かなりの人で賑わう食事処。一般人や冒険者問わずに人気なようで、それぞれが喜色満面の表情で料理に舌鼓(したづつみ)を打っていた。

 そんな周囲の様子を眺めているとテーブルを占領する数々の料理の向こう側、対面に座るエルノールさんが頭を下げる。


「徹頭徹尾、クロ坊の言う通りだ。自分の都合で巻き込んでおきながら勝手にキレ散らかして、あまつさえモクまで吸っちまった。最低だ、俺……」

「時間が経ってまともな思考を取り戻したようですね。っていうか、コレやるの何度目ですか? 以前、迷子になった子どもを保護した時も似たようなことしてましたよね? あの時は火を点ける前に止めましたけど……マジで反省してください」

「で、でも悪気はなかったみたいだから……」

「正直な話、レインちゃんはどう思った?」

「…………少し、怖かった、です」

「ぐあああァァァ……!」


 仰け反ったり頭を掻いたり多動で忙しいエルノールさんを横目に、両手を合わせてからステーキにナイフを通す。

 透き通るような断面から溢れ出た肉汁が熱い鉄板の上で跳ねる。フォークで刺した一切れに添えられたソースを付けて口に運ぶ。

 うわうっまコレ。お高い肉なのかな……?


「と、とにかくここは俺の奢りだから好きなだけ食ってくれ。この店、迷宮(ダンジョン)で入手した食材を調理して格安で提供してくれるから、そこまで金額が(かさ)むことはねぇからな」

「まあ、遠慮なく食べますよ。レインちゃんも気にせず食べてね」

「うん!」


 そうして始まるモグモグタイム。

 冒険者として活動し始めてから毎日の運動量が格段に増えて、健啖家になった自覚はあるけど……山のように盛られていた料理がみるみる内に溶けていく。

 レインちゃんもペースは遅いけど子供ながらにしては食べる方だし、エルノールさんは言わずもがな。

 残りはデザートのみといったところで、機嫌も良くなったエルノールさんに先ほどキレていた理由を(たず)ねてみる。

 彼は少しだけ目線を逸らし逡巡(しゅんじゅん)するような仕草を見せてから、ため息を一つ落として語り出した。


「最初は一件、次に四件、今日で七件……ここ数日で発見件数が跳ねあがってる事件があってな」

「そりゃあまた大変な……いったい何が?」

「違法武具による傷害だ。鍛冶やってるクロ坊なら、違法武具については知ってるだろ?」

「確か、使用者の安全性を考慮しない魔道具・魔装具全般を指す単語でしたっけ。ありとあらゆる要素で危険性がある分、性能は凄まじく、非合法な値段を付けて正規な手順や監査を踏まずに流通させる者も多いとか」


 頭のいてぇ話だけどな、とエルノールさんは顔をしかめて。


「日頃からそういった物品には目を光らせているが、今回の件で重要なのはそこじゃあない。違法武具が原因の事件が複数、それも加速度的に件数を増やしている……つまりは」

「それらを流してる商人がニルヴァーナに潜伏してる恐れがあるってことですか?」

「察しが良くて助かるぜ。今でこそ被害者は冒険者からしか出てないが、いつ民間人に害が出るか分からねぇ。だから冒険者ギルドと提携したり、色々やって調査をしてるんだが……」

「そこから先は私が話しますっ!」


 怒りを思い出し、プルプルと身体を震わせるエルノールさんを手で制してから、レインちゃんは俺の方に向き直る。


「団長さんから私のお爺ちゃんに違法武具の共通点が無いか調べてもらおう、って話になったんです」

「ああ、同じ人が作ってるなら手癖とか作り方で分かるし、単独か複数犯かも判別できるもんね。親方ならその辺りの目利きは確かだから、頼りにしたい気持ちは分かるな」


 ……そういや前に、自警団に(おろ)す用の鉄剣を打った記憶があるな。その繋がりがあるから、レインちゃんを経由して親方に頼もうとしたのか。


「でも、なんでわざわざレインちゃんに頼んだの? 直接親方に言えばいいのに」

「実はその、お爺ちゃんと団長さん、仲が悪くて……顔を合わせる(たび)に口喧嘩しちゃうから」

「なにやってんすか?」

「長い付き合いなんだよアイツとは! 色々あって仕事上の付き合い程度ならやれるようになったが、今回はなんでか知らねぇけどめちゃくちゃ機嫌がわりぃんだよ」

「ほーん? レインちゃん、心当たりはある?」

「うぅん……いつもと変わらない様子だったと思うけどなぁ」


 一緒に住んでるレインちゃんですら知らないと来たら、もう本人に聞くしかないな。

 彼女の前にホットケーキを移動させて食べるように促して、ポケットからデバイスを取り出し親方へ通話を掛ける。数コールもしない内に、通話口から陶器の擦れる音が聞こえてきた。


「もしもし親方? ちょっと時間もらってもいいですか?」

『クロトか? なんじゃ藪から棒に……昼餉(ひるげ)を食っとる最中なんじゃが』

「些細な質問というか、自警団の仕事してて又聞きしたんですけど。なんか調査協力してほしいって話を蹴ったとか? まあ義務でもないし任意なので問題は無いんですけど、割となんでも真摯に取り組む親方にしては珍しいと思って」

『ああ、その件か……』

「あと、今レインちゃんと一緒にご飯を食べてるんですけど、親方の様子が怖いって怯えてます。何かありました?」

『なに!? そ、そうであったか……』


 ちょっとの嘘を交えて真実を伝えると、親方は分かりやすく狼狽(うろた)えた。

 口振りから考えるに気づかれていないと思っていたのだろうか。子どもとは案外、(さと)いのですよ親方。


「それで、どうなんです?」

『……実を言うとな、調査の件に関しては協力しても良いとは思っていたのだ。儂にとっても、レインにも無関係な話とは限らんからな』

「だったらどうして……」

『往々にして理由は様々だが──特に、お主の魔導剣のことをずっと考えておっての』

「思いもしない方面から話題が出てきた!?」


 親方の言う魔導剣とは、血液魔法と特製の精製金属(インゴット)を組み合わせ生成した特殊金属“朱鉄(あかがね)”で打った武器のこと。

 度重なる戦闘でへし折れたロングソードの代わりとして、トライアルマギアの負荷に耐えられる素材を生み出し、親方と共に作りあげた。

 ただ、由来として妖刀の類になりかねない武器を使わせたくないという親方の考えもあり、託せると思った時に託してほしいと預けているのだ。


『毎日毎日、夜分遅くまで考えておるのじゃ。任された側として、生半可な覚悟で送り出す訳にもいかんからな。言い訳になるが、そのせいで寝不足での……おまけにエルノールのヤツから、と聞いたら気が気でなくてな』

「嫌な時期が重なってしまったが故の現状かぁ……すみません、親方」

『お主が謝ることではない。これは儂の問題だからな……何やら、話をしていたら気分が晴れたわ。自警団から持ちかけられた件、協力すると伝えておくかの。レインにも謝らんとならんし……癪だが、一度断った手前、菓子折り持って詫びに行くか』

「えっと、じゃあ俺の方から団長に言伝を残しておきますよ。その方が心構えが出来るし、落ち着いて話し合いの場に立てると思うので」

『そうか? すまんな。では、頼んだぞクロト。またな』


 通話の切れたデバイスをポケットに仕舞い、会話内容を二人に伝える。


「マジか……こんな簡単に協力を取り付けられるのか。やるなぁ、クロ坊」

「たまたま運が良かっただけです。これに懲りたらちゃんと対応してくださいよ、親方のこと」

「もちろんだ。ふざけてる場合じゃあないからな……よしっ、そんじゃそろそろ会計して出るか」

「えっあれ。デザートは?」

「ごめんなさい、全部食べちゃった……」


 消え入りそうな声で、レインちゃんは恥ずかしそうに顔を隠す。

 大丈夫大丈夫、お腹一杯食べられたのならそれでいいんだよ。精一杯のフォローをしつつ外に出て、自警団の本部へ。

 出入り口の前で家に帰るレインちゃんと別れ、俺も当初の目的通りギルドへ向かおうとしてエルノールさんに呼び止められた。


「クロ坊。お前の処世術を見込んで頼みがあるんだが……今回の違法武具の件、良ければ調査を手伝ってくれねぇか? 臨時団員としても冒険者としても学生としても、色んな観点から探れるお前がいればかなり助かる。ちゃんと報酬も出す……どうだ?」

「……いいですよ。ここまで来たら、見て見ぬフリをするのも忍びないですからね。俺は俺の伝手で情報を集めてみます。まとめたら報告しますね」

「ああ……ありがとな」

「ええ。それじゃ──煙草は人のいない所で吸うようにしてくださいよ」

「ぐっ、わかってるって。……はあ、今後もこの話題で(いじ)られそうだな」


 自身の軽率な行動がもたらした結果に眉根を寄せ、本部に入っていくエルノールさんを見送る。

 さて、紆余曲折あったが、冒険者ギルドに行くとしよう。ついでに、違法武具の情報も抜いてくるか。

次回から各勢力に赴いての情報収集回が続きます。お楽しみに。

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