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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 護国に捧ぐ金色の風
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短編 護国に捧ぐ金色の風《第一話》

今回はプロローグになります。

……短編なのにプロローグとは?

 「──は、っ、はッ……!!」


 太陽が頂点に昇る頃。今日も今日とて賑わいを見せるニルヴァーナの一区画。

 大通りから外れた裏路地に男がいた。中肉中背で短髪。他に特徴を挙げるとするならば頭部の犬耳と、冒険者らしい軽鎧からはみ出す尻尾。

 獣人族の中でも犬人族に分類される男の顔には大量の汗が流れ、粒となって滴り落ちていた。当然だ。彼はここ数十分もの間、ずっと走り続けていたのだから。


 ──トンッ、トンッ。


「っ、クソがッ……!」


 いや、逃げ続けていたというのが正解だ。

 どこからともなく反響する音に悪態を吐きながら、脇に抱えていた荷物をぐっと掴む。

 そして再度、迷路のように入り組んだ裏路地を、獣人特有の身体能力を駆使して縦横無尽に走り抜ける。

 廃材やゴミ置き場を散乱させながら、どこまでも。

 視界が弾む。

 息が切れる。

 駆けている脚は前に進んでいるはずだ。

 なのに。


 ──トンッ、トンッ。


「なん、で。音が、途切れない……!?」


 獣人の鋭い聴覚が、その軽快な音を捉え続けていた。

 人の営みに混ざって、けれど確実に。逃げても逃げても一定の間隔で追い(すが)ってくる音は、まるで鎖のように男の脚を絡め取ろうとしている。

 祈るように身を潜めても無駄だった。

 立ち向かう気概など持ち合わせていなかった。

 酷く不気味で恐怖を駆り立てる状況に、男の精神は肉体と共に磨耗していく。

 そして……限界は唐突に訪れた。


「づぁ!?」


 がくん、と。男の膝が折れ、建物の壁にぶつかる。(したた)かに肩を打ちつけ、身を投げ出す。

 懇切丁寧に抱えていた荷物すら手放し、もつれた脚を懸命に動かし、拾い直そうとして──トンッ。


「ゲームオーバー、だな」

「……は」


 男の背後から降り注ぐ無慈悲な宣告。

 その意味を問うまでもなく、振り返る暇もなく。

 側頭部に炸裂した衝撃に意識を刈られ、男は無様に地面へ突っ伏した。


 ◆◇◆◇◆


 孤児院の子ども達を入学させる為に背負った借金。その返済を遂行するべく、俺は日頃からいくつもの依頼をハシゴして(こな)していた。

 学園掲示板、冒険者ギルド、自警団に送られる様々な意図や思いが込められたモノ。種類は多岐に渡り、特に“塩漬け”と揶揄されるほど放置された依頼を中心に受注していた。


 遺失物・ペット探し、錬金術で精製した品物の納品、鍛冶手伝い、街路掃除、針子仕事、ニルヴァーナの外壁補修工事……要するに手間が掛かり人気が無く放置された依頼だ。

 便利屋としての側面を持つ冒険者だからこそ、そういった要望が届くのだろうが……悲しいかな、華々しい活躍をしたい者にとっては見向きすらされない。

 生産系冒険者という区分の存在もいるが、そういった者は大抵どこかの商会に専属で勤めており手が回らないのだ。


 俺だって当初は迷宮(ダンジョン)関連の依頼で稼ごうと考えていた。しかし迷宮内では何が起きるか予想がつかず、収入に対して道具の準備や装備のメンテナンスが発生し出費が(かさ)むことが多い。

 加えて前述の華々しい活躍をしたい者──探索系冒険者との競争に巻き込まれ、難癖を付けられ、予期せぬハプニングに巻き込まれる懸念が拭えなかった。


 “喧嘩を売られたらお前は間違いなく買うだろうしな”というエリックからのお墨付きもあり、迷宮での依頼については彼やカグヤに任せることに。

 セリスは街に慣れるため偶に俺と一緒に塩漬けの依頼を。時間が空いたら迷宮に慣れるため彼らと行動を共にしている。

 そうして得意分野に振り分けて、日銭を稼ぐこと数日が経ち──雇われの臨時団員として自警団のパトロールに参加していた時のことだ。




 事の発端は突然だった。

 通り掛かった迷宮保管施設がわずかに騒がしい気がして、様子を見に行ったところ妙に周りを警戒している犬人族の男とすれ違った。

 大事そうに荷物を抱えた男は俺に気づくと目を見開き、踵を返して駆け出す。


 その背を見つめて、首を傾げていたら施設からもう一人の男性が現れた。その男性は着けていた自警団の腕章を見て。

 “荷物が盗まれた! あの男を捕まえてくれ!”と言ってきた。ああ、強盗か。なるほど、あの怪しげな様子も納得だ。

 荷物を盗まれた男性に最寄りの自警団支部で待機しているように伝え、強盗犯の後を追う。


 強盗犯も盗まれた男性も冒険者風の恰好をしていたが、後者は荷運び役(ポーター)などの非戦闘員用の装備を身に着けていた。

 探索が終わり、気の緩んだ瞬間を狙われ、為す術なく荷物を奪われてしまったのか。まあ、何はともあれ見逃す訳にはいかない。


 人混みに紛れ、建物に隠れ、身を眩ませようとする強盗犯。恐らく獣人に人間の身体能力で追いつけるはずがないとタカを括っていたのだろう。

 そんな浅はかな考えを打ち砕くように血液魔法で屋根に移動し、俯瞰的に“見られている”感覚を押し付けて逃走不可という認識を植え付ける。

 逃げても無駄、身を隠しても無駄。実際には数分でも、数時間も追われていたと錯覚するほどにプレッシャーを与え続けて。

 限界を迎えた頃合いで背後を取り、頭を蹴り抜いて……強盗犯の捕縛に成功したのだ。


 ◆◇◆◇◆


 ニルヴァーナに点在する自警団の支部。その一つで、軒下のベンチに座り、不安そうに俯く男性の下へ捕縛し簀巻きにした強盗犯を引きずって近づく。

 こちらに気づいた男性が顔を上げ、布に包まれた荷物を見て瞳を輝かせた。


「お待たせしました。こちら、盗難にあった荷物です」

「おお……!」


 荷物を手渡すと男性は嬉しそうに掲げ上げ、陽の光に(さら)す。

 不可抗力とはいえ触った感覚で問題ないとは分かっているが、念の為に伝えておこう。


「一応、捕まえる前に強盗犯が転んでしまったので、何か傷が付いてないかご確認を」

「いやいや、大丈夫っす! 元から保護の為に頑丈な箱を使ってるんで損傷はないっすよ」

「なるほど、そうでしたか。でしたら、申し訳ありませんが聴取させていただいてもよろしいでしょうか? 強盗犯は捕まえましたが、今後も似たような事例が起きないとも限りませんし、冒険者ギルドへ報告しなくてはいけませんので」

「構いませんよ! よろしくお願いします!」


 快く協力の姿勢を見せてくれた男性を自警団支部の一室へ案内。

 簡素な机と椅子、結晶灯の照明と物が少ない部屋で質疑応答を繰り返し、書類に書き込んでいく。


「お名前はダリル・ハーベン。年齢は二十八歳。ご職業は荷運び人(ポーター)で、臨時で組んだパーティと共に迷宮の探索を終え、外へ出た途端、その内の一人がダリルさんの荷物を奪って逃走、と」

「ポーターではあるが《シーフ》のクラス持ちなんで、罠解除や鍵開けに必要な仕事道具が入ってたんすよ。臨時とはいえギルドで何度か顔を見たことのある面子だったから、盗られた時は嘘だろ!? って……」

「うーん、災難というか運が悪いというか……貴方以外のメンバーと共謀していた可能性はありますか?」

「それは無いと思うな。というのも、俺と強盗犯以外は冒険者になって一月経ったばかりとか、そういう経験の浅い奴らなんすよ。だから頼んでも奪い返しに動いてくれなかったし……」

「ほぼほぼ新人の冒険者にそこまでの対応を期待するのは酷ですよ……」


 しかし。


「迷宮での採集物やドロップ品、それらを入れた冒険者バッグでなく仕事道具を狙うのは不可解ですね。ダリルさん、強盗犯に個人的な恨みを買ったとかそういう記憶はないですか?」

「自分で気づいてないだけでその可能性は十分に有り得るんすけど……そもそもレアドロップとかは大事にしたいじゃないっすか。だから仕事道具と一緒にしちゃうことが多いんで、その癖を知っていたから狙われたのかも」

「うーん、気持ちはよく分かる、すげー分かる。高い物とか身近に置いておきたいよね」

「ね~」


 軽薄な口調だが、真面目に答えてくれるダリルさんを尻目に思考を巡らせる。

 強盗犯による衝動的な犯行に違いはなく、狙いは彼の仕事道具だけ。他のパーティメンバーは新人だらけで、強盗犯のみダリルさんの癖を見抜いた上で盗みを働いた以上、共謀の可能性も無し。


 その強盗犯も現行犯で逮捕できたし、後でデバイスの情報を抜いて、一緒に冒険者ギルドへ送って公表してもらうか。

 冒険者資格剥奪になるかもなぁ……と情け容赦の無い予想をしながら、書類に落としていた視線を上げる。そこでようやく気づいた。


「……ダリルさん、もしかして盗られた時に怪我しました?」

「へ?」

「俺が忘れてただけかもしれませんけど両手にそんな包帯巻いてたっけ? と思いまして」

「ああ、これは違うよ。探索してる時にヘマしちまって……トラップで炎が噴き出すヤツあるじゃん? あれに巻き込まれかけた新人を助ける為に、ちょっとな」

「ってことは火傷か。となると、あんまり長居させるのはよろしくないですね。脂汗も凄いし……聴取は問題ないので、早めに病院で適切な処置をしてもらいましょう」


 今までの出来事で感覚がマヒしてたのかもしれない。席を立ち、ダリルさんの肩に手を置いて立ち上がらせる。

 ついでにバレないように血液魔法で鎮痛効果を高めておく。直接治せるには治せるがそこまでやるほど義理は無いし、ちゃんとした相手に診てもらった方が安心できるだろう。


 その旨を踏まえた上で、信頼できる医者──オルレスさんにデバイスでメッセージを送る。あの人なら患者を無碍にはしない。

 個人で経営している診療所の住所をメモ用紙に書いてダリルさんに手渡す。悪いねぇ、と老人のような仕草で自警団支部を後にする彼を見送った。


『唐突な遭遇ではあったが、大事に至ることはなかったな』

『うーん、そうだねぇ……』

『……どうした? 何か妙な点が見つかったか?』


 部屋を片付けて、聴取した書類を再度眺めているとレオが語りかけてきた。


『聴取におかしなところはないよ。でも、さっきダリルさんに血液魔法をかけた時の感覚が不思議でね』

『というと?』

『火傷したっていうからには表面から熱が加わった訳でしょ? そうなると患部を見なくても血管や神経、皮膚の収縮から状態が判別できるんだけど……()()()()()()()()()()ような感じだったんだよ』

『外側からでなく内側から? となれば、罠によって火傷を負ったという彼の者の証言は……』

『嘘になる。どうしてそんなことを言ったのかは分からないけどね』


 可能性があるとすれば、人体の構造に含まれている魔力回路が熱を持つことによる熱傷だ。

 俺自身、魔力で身体強化をした際に身体の内側から燃え上がるような経験をしたことがある。それでも体温がわずかに上昇するほどで治まる為、大したことではない。

 もう一つの事例として暴走により暴発する件はあるが、そうなった時は患部が破裂する。実際に破裂した経験を持つ身として言わせてもらえば、包帯で巻いた程度でどうにかなる損傷じゃあない。


『……でもまあ、そこまで気にすることでもない。俺の思い過ごしかもしれないし、火傷してたってだからなんだ? って話だし』

『火属性の魔素反応を引き起こす魔物の攻撃を、罠によるものだと勘違いしたのかもしれん』

『もしかしたら自分のヘマを隠したくて見栄を張ったのかもしれないからね』


 悲しいかな、男とはカッコつけたがる生き物なのだよ。

 ダリルさんへの同情を口に出さず、夏が近づく晴天の空を窓から見上げるのだった。











 ちなみに強盗犯を尋問かつデバイスを調査したところ、過去にも盗難や詐欺で問題を起こしていたようで今回の件も魔が差して犯行に及んだらしい。

 同情の余地など一切無し。追って沙汰は下されるから、しばらく冷たい牢屋にぶち込まれてろ。

筆が乗ったと思ったらエルノールさんを出し忘れてました。

しまったなぁ……

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