短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第九話》
ノリノリで書いてたら一万文字になりかけたので削りました。
『そういえば聞いた? 花園で何か問題が起きてたって』
様々な人が往来する歓楽街。
厳しくなる午後の日差しから逃れるように。
雑踏の中から外れ、建物の日陰で雑談を交わす者たちの声が耳に入る。
『何か、って曖昧過ぎない?』
『いやぁ、私も人伝に聞いた程度でしか知らないんだけどさ。なんでもお客さんが大暴れして店内が滅茶苦茶になってるらしいよ? ほら、さっき通り掛かったけど、いつもなら花園が外掃除する時間なのに誰もいなかったじゃん?』
女性が二人。日除けの為にか、申し訳程度に薄手のストールを肩に掛けている。
しかしその隙間からは肢体が見え隠れしており、一枚脱げば彼女達が持つ魅力を曝け出してしまうのは間違いなかった。
仕事柄、彼女達は耳聡く、会話の種を探すことに余念が無い。相手の気を引けるのであれば些細な噂話でも、なんであろうと収集し、自身の中で順序を組み立てていく。
たとえ霞を掴むような、不明瞭で現実味の無い作り話や嘘だとしても。
彼女らの手に掛かれば、瞬く間に心を開く道具の一つでしかないのだ。
『言われてみれば見てないかも。ってか、そのお客さんはどうしたの?』
『それが分かんないんだよねぇ。どういう人が暴れたのか、複数人なのか、花園を去ったのか……情報があちこちに出回っててどれがホントのことか……』
『ええ? じゃあもしかして今も花園に居座って乱痴気騒ぎでもしてるかも、ってこと?』
真実は見えず、人の口から語られるのみ。
それでも大衆は盲目的に信じ、鵜呑みにする。虚偽であっても頑なに認めず、思い込みを抱えたまま思想に呑まれていく。
『確証は無いけど、否定はできないよね。それに花園だけじゃなくて他のお店でも似たような騒ぎが起きてるみたいだし』
『うわぁ何それ!? いったい歓楽街で何が起きてるのよ!』
『私達に実害は無いけれど、怖いよねぇ。でもちょっと気になってきてるし……野次馬しに花園の方に戻ってみる?』
『うーん、遠巻きに見てるくらいなら大丈夫かな。ちょっと時間を置いてから……』
少なくとも、盗み聞きしている者にとっては垂涎モノの情報であり、胸中は至極穏やかな感情で満たされているのだろう。
まさにその一人であるユースレスは、去っていく女性二人を裏路地から眺め、自身が立てた計画が成功したことを再確認していた。
「なんだ、やはり奴らはやり遂げてくれたのか。ふっ、当然か……この私が見初め、託した者達なのだから。無能と呼称してしまった事実は撤回せねばならんな」
……もっとも、そんな上手い話がある訳ない、と。
常人なら誰が聞いても鼻で笑うような内容を話していた女性二人は、変装した花園の嬢であり強盗団に襲われた当事者──つまりはサクラである。
シュメルの通達によって歓楽街全店舗が協力体制を取り、方々に散らばったサクラ達による偽装工作。
無関係な客はそれとなく誘導し歓楽街の外に。加えて偽の情報を広め、塗れさせることで嘘を真へ。
大掛かりな罠に嵌められたとも知らずに流されるまま、ユースレスは強盗団との接触を図る為、意気揚々と花園に向けて足を進める。
当然、サクラと化したすれ違う人や周囲から“まさか本気で信じて……?”と横目で見られているが、ウキウキでスキップすらしているユースレスに呆れと憐れみを抱き始めていた。
努めて表情や態度に出さないよう堪えているが、よく笑わずにいれるものだ。
そうしてユースレスは花園に辿り着く。
道中、人の流れは薄れ、次第に一人で道を進み、孤立した状態であるにも関わらず。彼は消え失せた希望を期待していた。
しかし実際はどうだ? 灯りは無く、人気も無く、花園は周囲も含めてあまりにも静かすぎる。乱痴気騒ぎをしているようにも見えないし、聞こえない。
静謐な雰囲気を醸し出す店構えを見上げ、辺りを見渡し、不気味な空気に気圧されることなく。
「失礼! 私の友人がここに居ると聞いてやって来たのだが!」
厚顔無恥もここまできたら清々しさすら感じてしまう。
鍵が掛かっていない事にすら違和感を抱かず、開け放った暗がりの店内へ日差しと共にズカズカと入り込む。
──その先で、見てしまう。光の先で佇む、黒衣の外套に身を包んだ人間を。
いや、アレは人なのか? 形がそう見えるだけで実態を把握することなどできない。
目深にフードを被り、俯いたまま何の反応も無く、だらりと下げられた両腕。半身を隠すような立ち姿に息が詰まる。
ピタリと身体が硬直し、絞まった喉から掠れた音が漏れると同時に、扉がひとりでに閉まっていく。
光が、灯りが狭まっていく最中で。
視界の端、テーブル席のソファから覗き見えるナニカに気づく。赤と白が混じったそれは……血塗れの腕だ。
思考が醒める。ハッと周りへ視線を向ければ一つや二つどころではなく、いくつもの腕や脚が転がり、凄惨な光景を想像させてしまう。
強盗団はどこだ? 嬢は? などという当たり前の考えを切り捨てるような状況。胃が収縮し、吐き気を催し、口元に手を当てながら。
──視線の先に立つ外套の首が、ぐりんっと正面を見据えた。赤黒い仮面の奥に潜む双眸がユースレスを射貫く。
その動作で垣間見えた血濡れのナイフを目の当たりにして、理解しがたい恐怖と現実に理性が決壊した。
「な、ひっ……!?」
悲鳴を口にしつつも踵を返そうとするユースレスの前で扉が勢いよく閉じられる。
その衝撃で背後に転がり呼吸を求めるように喘ぎながらも、ドアノブにしがみついて何度も開けようとするがビクともしない。強烈な力で押さえつけられている。
そうこうしている間にもユースレスを認識した黒衣の人間は、横に揺れながら奇妙な足取りで近づいてきていた。
赤黒い仮面は魔力を通しているためか脈を打つように発光しており、暗闇に落ちた店内であっても接近が確認できる。
逃げられないなら隠れるしかない。極限状態に置かれたおかげか目が慣れたようで、ある程度手探りとはいえ身を隠せる場所を探すのに苦労はしなかった。
貴族としての矜持が影響しているかは不明だが、失禁せず意識を手放さないのは意外だった。
しかしユースレスは突如として生まれた狂気的場面に直面し、正気が揺らいでいる。何の為にここにいるのか、何をしたかったのかも忘れて。
ただただ、これから自分の身に何が起きるのかも考えられず、恐怖に肩を竦ませていた。
なるべく物音を立てず、半個室となっているテーブル席の一つに身を置く。
残念ながらそこに死体や欠損部位は無く、ユースレスの精神に追い打ちを掛けることにはならなかった。
破裂しかけた心臓を抑えるように胸を抱き、荒い呼吸を口に布を噛ませる事で抑えて。殺人鬼と思われる黒衣の人間に見つかる訳にはいかない、と。
自分へ言い聞かせて、店内に響く足音に耳を澄ませる。近いのか、遠いのかすらも定かではない音は幾度となく反響し、所在を掴ませない。
そして何秒、何分、何十分……途方もないほど時間が流れたと錯覚を覚え、少しは落ち着いたことで口の布を外そうとして。
『──ミ ツ ケ タ』
男性とも女性とも思えない声音と吐息が耳元に掛かる。
背筋が泡立ち、全身から汗が噴き出す。壊れた人形のように緩慢で、錆び付いた動きで目線を向ければ。
横から覗き込むような形でユースレスを見据え、ナイフを振り被る赤黒い仮面が間近にあった。
「~~~ッッッ!!」
命を脅かされた生命の馬鹿力だろうか。
溢れんばかりの力を込めて黒衣の人間を押し退けたユースレスは、テーブル席を抜け出し駆け出す。
どこへ? もちろん外に。いつの間にかうっすらと光を溢す正面入り口の扉へ全力疾走。
こんな所に居られるか。二度と、二度と来てたまるか、と。
必死に足を回し、入り口の扉に手を掛けたユースレスは転がるように外へ飛び出して。
「なるほどね、オーナーの言ってた馬鹿息子ってアンタのことか。確かに見覚えがあるっちゃあるかも……?」
店前の通りで仁王立ちしていた女性に声を掛けられる。だが余裕の無いユースレスにとっては煩わしい存在以外の何物でもなく、そのまま横を通り過ぎようとする。
しかし、そんなマネを許すはずがない。彼女もまた、シュメルによって招集された花園の嬢なのだ。
そもそも営業時間外に不法侵入したユースレスを見逃す訳が無い。
「よっと」
そして、女性の格好にまで意識が回らなかったのだろう。
冒険者然とした軽装に身を包んだ彼女は手首をスナップしてから、平然とユースレスの腕を取る。
「最後に美味しいところを頂くのは、気が引けるけどね」
「ッ、離せぇ!!」
振りほどこうとするユースレスの拳を難なく躱し、背後に回して極めながら、女性は彼の胴体に腕を回す。
押し付けた胸が変形し、けしからん様相を示していても錯乱しているユースレスには効かない。
「ふんっ!」
暴れ出そうとする前にユースレスの脚が浮かぶ。女性が力を込めて持ち上げたのだ。
夏の陽光を一身に浴びるその姿は、ジャーマンスープレックス又はバックドロップと呼ぶに相応しい。
一瞬の浮遊感。ユースレスが現状を理解するよりも早く、視界が反転。
悲鳴も出せず、後頭部から背中にかけて生じる衝撃はいとも容易く彼の意識を奪い、花園前の通りに無様な姿を晒す。
「ついでにぃ……」
そこで終わらないのが歓楽街、ひいてはシュメルのやり方。“やられたら徹底的にやり返せ”の精神は伊達ではない。
跳ね起きた女性は軽快な動きで構えを取り、左足を軸に右足へ力を入れる。
「もう一発ぅ!!」
全身の関節を駆動し、飛び立つように。ピンに立てたボールを飛ばすように。
回転し、風を切る剛脚はユースレスの胴体を打ち据え、吹き飛ばす。花園前通りの直線上に数回ほどバウンドして転がりピクリとも動かなくなった。
死んではいない。ただ、舐めた対応をしてきたしっぺ返しを喰らっただけだ。
「うーん……まっ、迷宮攻略前の準備体操としてはそれなりね!」
背筋を伸ばした彼女は手を払い、用意しておいた縄でユースレスを縛り上げる。
遠巻きに花園の様子を窺っていたサクラ達はその惨状を目の当たりにし、鬱憤を晴らしてくれたことにガッツポーズ。
『やっべぇ、脅しすぎて逃がしちゃった……』
その時、花園の入り口から男とも女とも分からない声と共に黒衣の人間が現れた。
一応、シュメルによって存在は周知されていたとはいえ、あまりにも不審者過ぎる姿に悲鳴の声が湧く。
「うわぁ誰ぇ!? 単独犯じゃなかったの!?」
『待て待て待って待って! 俺は怪しい者……みたいな格好はしてますけど! そこの馬鹿を捕まえる為に協力してた者であって……アレ?』
見た目とは裏腹に軽い口調で話す不審者に対して、女性は拳を構えて。
不審者は喉に手を当てながら赤黒い仮面を外す。
「シュメルさんが呼んだ実力者って、サラさんだったのか」
「んん? 声が変わって……え? 君は確か……クロトくん!?」
双方、知り合いであることを確認して拳を下ろす。
お互いに疑問符を頭に浮かべながらも、歓楽街を騒がせた事件の犯人を捕まえた事実に変わりはない。
ひとまず話を整理しましょう、と。
クロトの背後から顔を覗かせたシュメルの一声で遠巻きに見ていた野次馬も散り、二人は改めて花園の店内に入っていく。
……簀巻きにされたユースレスを引きずって。
◆◇◆◇◆
「──サラさんって現役冒険者なの!?」
「クロトくんって学生なの!? 全然そんな感じしなかったのに!」
俺達は先程までとは打って変わり、明るさを取り戻した花園の店内でこれまでの経緯と認識のすり合わせを行っていた。
テーブル席で向かい合って座り、正体を明かせば出てくるのは予想外の返答。
ニヤニヤと笑みを浮かべるシュメルさんを見るに、想定通りなのだろうけど……俺達がいつ知り合ったのかは把握していなかったらしい。
その話を聞いた時、驚いたように口元へ手を当てた様子にちょっとだけ良い気分になる。
「それにしても、まさか早帰りしたら花園でそんなことが起きてたなんて。確かに調子のおかしいお客さんがいたなー、とは思ってたけど、こんな大事になってたとは……」
「俺だって裏路地で助けた女性が冒険者と嬢の兼業をしてるなんて想像もしてなかったです」
「いやぁ、いつもなら対処は出来たんだけど、あの時は二日酔いで頭も痛いし身体もダルいしで上手く身体が動かなくてさ」
「まったく……お風呂に入れば勝手に直るとか言って、酔い覚ましを呑まないで帰るからそうなるのよ」
「ごめんなさい、オーナー。以後、気を付けます……」
一緒の席に座るシュメルさんとサラさんのやり取りから目を逸らし、渡されたデバイスのプロフィールを流し見る。
格闘戦を得意とするAランク冒険者。通常種はおろかユニーク魔物をタイマンで制し、討伐するほどの実力者。
凄まじい戦闘力を持つ代償か協調性が著しく低く、加えて過去に色恋沙汰の問題を発生させている為にパーティを組めない。
ソロで活動している者はそれなりにいるが彼女ほど単独で完成している冒険者は中々おらず、依頼達成率も極めて高く重宝されている。
「討伐履歴のほとんどがユニークであることからも、サラさんの実力の高さが良く分かります。……これだけ強いなら冒険者一本でも十分食べていけると思うんだけど、なんで花園で働いてるんです?」
「んーと、ストレス発散と迷宮攻略の昂りを解消する為、かな。後は…………いい年だし、結婚したくて身請けを狙ってるの」
「お客さんの評判は良いのに冒険者としての名が通り過ぎて、一晩の相手としては最高だけど身請けはちょっと……なんて言われちゃってるのよ」
「ギルド側に付けられた二つ名が“拳闘姫”“殴殺鬼”なんて物騒なモノでなければ……!」
「お、お疲れさまです……」
わなわなと拳を震わせるサラさんを刺激しないように言葉を選び、用意してもらった外套を畳む。脅しに使っていたナイフも鞘に納め、脇で控えていた嬢の一人に手渡す。
その視界の端で、簀巻きにされて気絶したユースレスが副オーナーの手によって連行されていた。
「アイツはこの後どうするんですか?」
「花園への不法侵入という名目で自警団に送るわ。ついでに艶花の蜜が入ってた小瓶を懐に仕込んで、チンピラ集団との関係性を示唆させて……ドラミル家諸共、大きな痛手を負ってもらうとしましょう」
「当主に罪は無いけど、不穏分子は排除しておくに越したことはありませんからね」
「腹黒ぉ……」
笑顔でえげつないマッチポンプを企て、罪を擦り付ける発言にサラさんが怯えている。
「それにしても花園の皆に血糊のメイクをしてもらった訳だけど、まさか君もメイク技術を持っていたとは思わなかったわ。かなり手慣れていたようだし……経験があるの?」
「覚えておいた方が役に立つかと思って。出来栄え、どうでした?」
「とてもよかったわ。坊やが学生でなければ、花園で雇いたいと考えるくらいには。どう? 卒業後でよければ検討してみる?」
「気持ちはありがたいんですが遠慮しておきますぅ……」
「そう、残念」
血糊メイクを落とさず、どちらがより死体らしい見た目をしているか歓談している嬢の皆様を横目に、やんわりと断っておく。
「いきなり呼び出された時は驚いたけど……何はともあれ、これで一段落した訳でしょ? オーナー、私はそろそろ迷宮に籠ってくるから退散してもいい?」
「ええ、そうね。休日なのに働いてくれてありがとう。今日の補填は後日あらためて通達するわ」
「りょーかいですっ。それじゃクロト君、嬢としても冒険者としても機会があったらまたよろしくね」
返事をするよりも早く手を握られ、ウィンクをしてからサラさんは颯爽と花園の入り口から飛び出していった。
あの様子を見るに相当楽しんでるんだろうな、冒険者業。事情を説明してる最中もウッキウキで手甲の整備をしてたし。
「サラが言っていた通り、ひとまず落ち着いたことだから──今度は報酬の話をしましょうか」
「……報酬?」
ギルド職員の制服に袖を通していると、至極当然といった感じで指を差される。
「始めはただ配達していただけなのに花園側の問題に巻き込んで、手伝わせてしまったのだから。これで何の施しも無しに帰すなんて、恥知らずもいいところだわ」
「気持ちは分からなくもないんですけど……」
「何か欲しい物はない? お金でもいいし、どんなことがあったとしても、ここでなら誰にもバレる心配はないわ」
シュメルさんは身を乗り出して、意味深かつ魅力的な発言をしてくる。
今回の事件は偶然が重なって関わった訳で、俺としてもそこまで重く受け止められるとは思わなかった。とはいえシュメルさんは義理堅い人っぽいし、ここの返答をうやむやにするのは失礼に当たる。
かと言って安易に金銭で解決するのも個人的に恩着せがましい気が……あっ、そういえば。
「えっと、そういうことなら……錬金術関連の事件が起きた後でお願いするのも申し訳ないんですが──この石鹸の効能を検証してもらえないですか?」
「…………石鹸?」
突拍子の無い提案にシュメルさんの目が点になる。
明朝、テンションの上がった状態で作成した石鹸を一つ、布で包んでズボンのポケットに入れていたことを思い出した。
アカツキ荘のお風呂場、台所や洗面台に設置して残った最後の一つだ。
差し伸べられた手の上に石鹸を置き、効能を説明。ポカンとしていた彼女は話を聞いていく内に真剣な眼差しを向けてくる。
サラさんのように冒険者として活動する者にとっても、嬢としても働く者にとってもかなり有用なモノであると理解してくれたようだ。
「なるほどね。つまり、この万能石鹸の効果を評価すればいい、と」
「いくつか試供品を用意して誰かに使ってもらおうとは考えてたんですけど、美容関係で真剣に取り組む本職の意見が欲しかったので。渡りに船といいますか、血糊のメイクを落とすのにも使えますから」
「色々と条件は重なっているわね。……なら、ぜひ使わせてもらおうかしら」
心なしか残念そうに石鹸を眺めながら、シュメルさんは身体をソファに沈めた。
しかしこれまでの実績と信頼から石鹸に対して信用は得られているらしく、自身が使いたくて仕方ないのかソワソワしている。
ふう、あっぶねぇ……耐えた、耐えたぞ! 俺は流されるだけの情けない男ではなぁい!
口に出さず、態度にも出さず。
心の中でガッツポーズをしていると、午後五時を知らせる鐘が鳴り響いた。
「もうこんな時間か。すっかり長居してしまった……」
「そろそろギルドに戻らないといけないわね。私の方から連絡しておいたとはいえ、早めに帰らないと面倒なことになりそう」
「なのにさっき報酬がどうのこうのであんな提案したんですか」
「あら、お礼がしたかったのは本心よ。それがどんな結果になろうとも、ね」
シュメルさんはクスクス、と静かに笑みをこぼす。掴みどころの無い瞳を携えた歓楽街の女王に、とことん振り回された気がする。
思いもよらぬ展開から怒涛の進展に決着……なんだかどっと疲れが出てきた。重い腰を上げると彼女は軽く手を叩く。
すると、それまで動いていた各々が一糸乱れぬ動きで整列。困惑し、右往左往してる合間にシュメルさんの先導によって外へと連れ出された。
「それじゃあ坊や、またね」
にわかに沸き立つ独特な雰囲気を感じながら。
花園総出で見送られ、いつの間にか置かれていた荷車を引きながら歓楽街を後にした。
ヤクザとかマフィアとか任侠モノな感じにしたかったのに、出てきたのはサイコホラーモノでした。
次回、夜鳴き鳥の憂鬱最終回です。