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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 夜鳴き鳥の憂鬱
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短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第七話》

着実に事件の真相へと向かっていくお話。

「まず初めにドラミル家の倅が花園に身請け目的で来店、拒否されて出禁に。恐らくその時の対応に見当違いの怒りを覚え、報復の為に策を練った。それが今回のチンピラ集団が起こした騒動に繋がった」

「お馬鹿さんの目撃証言もある。関わっているのは間違いないわね……ちなみに、他の店舗は用心棒が対応して怪我人はごく少数で済んだらしいわ」

「花園にはいないんですか? そういうの」

「今回は負けちゃったけど、副オーナー及び男性従業員は怪我とかで引退した元冒険者よ。ブランクこそあれど十分な自衛能力は備えているわ」


 四コマ漫画みたいな流れでやられてたけど強かったんだ……。

 手帳に書き切れない概要をお借りした白紙のノートに書きながら、調査中である副オーナー達の顔を思い浮かべる。


「出所は不明だが薬物を、そして金を渡してチンピラ集団が暴れることで滅茶苦茶にするのを期待していた。歓楽街を機能不全に(おとしい)れるのが目的だったが、防がれてしまった……こうなると、次に取る行動は……」

「静観か、実際に足を運んで様子見に来るかしら?」

「考え無しの馬鹿なら、間違いなく自分の目論みが成功していると思ってるはずだし、可能性はありますね……」


 シュメルさん達の言葉通りなら、馬鹿息子は即座に行動を取る。

 恐らく今日にでも、性懲りもなく歓楽街を訪れるだろう。しかし確実性があるかと問われたら、答えるのは難しい。

 不明点を一つ二つ解決したところで新しい、知りたい謎が増えていく……推測だけの理詰めは愚の骨頂だ。


 花園に来てから二時間が経過。調査と推理の長考に疲労が見え始めていた──その時だ。返してもらったデバイスがポケットの中で震えた。通話だ。

 すぐにでも応答したいところだが、両脇をいつの間にか女性陣で挟まれていて退席できない。この場で出てもいいかとシュメルさんに目配せ。

 どうぞ、と快く了承を頂いて通話に出る。


「はいもしもし、どちらさまでしょうか?」











『おうクロ坊。俺だ、エルノールだ。いま時間いいか?』

「おあっ!?」


 てっきりアカツキ荘の面子からだと思っていたら、自警団の団長たるエルノールさんからだった。

 学生禁制の歓楽街に居ながら自警団から通話が来るという、心臓に悪い出来事に動揺し周囲の視線が集まる。


『わりぃ、取り込み中だったか?』

「いーやーそういうことでは無いんですけどお構いなくエルノールさぁん! ただそのぉ錬金術の片付けをしてる最中でしてぇ、手が離せない時があるかもなのでスピーカーモードにしてもいいですか!?」

『お、おう。いいぞ』


 声量を大にして通話相手がエルノールさんであると周知し、テーブルに置く。

 花園の皆さんも顔に緊張を走らせ、不審な音を出さないように口元を手で押さえた。


「お待たせしました。それで、どういった用件です?」

『前に自警団内で周知した指名手配犯の話、覚えてるか? つい一時間くらい前にウチの団員が一組とっ捕まえたんで、正規・臨時も合わせて全員に通達してる訳だ。まさか歓楽街に潜伏してたとはなぁ……発見時はボコボコにされてたらしいぞ? 恐らく、娼館に通ってた冒険者に喧嘩で吹っかけて返り討ちに遭ったんだろうな』

「へ、へぇ……ざまぁないですね」


 ボロを出さないように、(つと)めて平静を取り繕って対応する。


『相当痛めつけられたみたいでな、今も目を覚まさねぇんだよ。……さっさと所持品について尋問してぇんだけどな』

「……? なんか怪しい物でも持ってたんですか?」


 所持品に関しては一通り確認した為、異常は見当たらなかったはずだが。


『牢屋へぶち込む前に全身ひん剝いて調べたところ、とんでもねぇモンを隠し持ってやがったんだよ。──貴族の家紋が掘られたメダリオンだ』

「全裸にしたのか……すみません、メダリオンってなんですか?」

『あまり馴染みがねぇか? 貴族が懇意にしてる商人やら冒険者を支援する証……つまりは何かあった時は味方、後ろ盾になってやるよって証明する物だ。領地内なら好待遇を受けられるし、審査なしの顔パスで関門を通れる通行証みたいな役割もあるな』

「あー調査不足……じゃないや。チンピラ集団が持つには不相応だから、盗品かどうか聞きたいと?」

『強盗団が所持していい代物じゃあないからな、素直に答えるとは思わないが。ただ、最も気になるのはメダリオンが半分に割れていたことだ』


 エルノールさんが言うには、メダリオンは金メダルのように円形の物が基本なのだという。確かに日本の家紋も、基本的には丸の空白に多種多様なロゴマークが入っているという様式だ。

 それが二つに割れている……事故で割れたような断面ではないとするならば、それは。


「──元から合わせの為に作られた特注品、ってことか。本当に手形として運用する為の物」

『そういうこった。幸い片割れだけでも持ち主である貴族の特定は可能だが、手形として運用するほどの重要物のもう一方が不明な状態じゃあ返却はできない。だからこそ、こいつらに心当たりを聞いておきたいんだよ』

「ふーむ、そういうことですか……ちなみにどこの貴族のメダリオンなんです?」

『ドラミル家ってところだ。下級貴族だが医療品なんかを流通させてるからか、かなり儲けてるって話だ』


 ドラミル家。その単語に花園がわずかに沸き立つ。


「貴族の家へ盗みに入った可能性がある上で、遊び倒そうとしてボコられるなんてアホなんですかね、そいつら」

『アホなんだろ、救いようが無いほど。しかも治療しつつ血液検査したら“艶花(あではな)の蜜”っつー薬の成分が検出されたんだわ』

「…………禁制品っすね。重度の中毒症状と麻薬レベルの常用性をもたらす代わりに、精力を増強する媚毒」


 過去に子を成す為に貴族の間で頻繁に服用されていたとされる物だ。

 効果が凄まじい反面で副作用が酷く、性交に及んだ男女が早死にする事態が多発。原因究明の際に危険性が発覚し、封印処理が行われた。

 解毒の手段さえ自前で用意できていれば問題は無いとされているが……。


「製薬自体が罪に問われる劇毒だ。その理由がどれだけ完成度が高くても、質が良くても、完全に毒性を除去する手段が無かったから」

『しかもべらぼうに質の悪いモン飲んでたらしい。効果がほとんどなくて、毒性しかない粗悪品だ。なんとか解毒できるように尽力してるが、後遺症は確実に残るだろうな』

「それも盗んだんですかね? あいや、見よう見まねで自作した……?」

『もし盗品だとしたら製薬していたのはドラミル家である可能性が高い。だが、一族郎党お縄につくリスクを背負ってまで作るようなモンじゃあねぇ。後者に関しては……錬金術やってるクロ坊なら分かるだろ? ド素人が調合書を見て簡単に作れると思うか?』

「無理ですね。素材の品質・状態、周囲の気温・湿度。分子の再構成、組成の変化……専門知識とその場に対応したアドリブ力。何より試行錯誤の繰り返しに感覚的な慣れが必要だ」


 今でこそルーン文字の付与と本来の錬金術を組み合わせた俺なりのやり方で、成功率と速度と手順を確立している。そこに至るまで何度苦労したことか……。


『つーわけでアイツらが起きたら尋問して、ひとまずメダリオンの所在を明らかにする。片割れを捜索せんとならんし、艶花に関しても並行して調査だな』

「調合書や実物があれば破棄か封印処理しないといけませんからね……了解です。指名手配犯捕縛の通達、お疲れさまでした」

『おう。またなんかあったら連絡するし調査協力を要請するかもしれん、そん時は頼むわ。じゃあな』


 軽快な音と共に通話が切れる。思わぬ展開から思わぬ情報が入り込んできたな。

 片割れのメダリオン、艶花の蜜、その品質。これまでの推測と合わせて形が見えてきた。


「ドラミル家とチンピラ集団の繋がりが完全に証明されましたね。おまけに薬物の情報も入ってきた……艶花の蜜なら確かに、チンピラ集団があんな状態になったのも頷ける」

「というか君の人脈、すごいわね。こんなにもトントン拍子で証拠が集まるなんて」

「エルノールさんとは依頼でよく顔を合わせてますし、仕事も貰ってますから。それに自警団が仕事熱心なおかげでもありますし……残るは──」


 デバイスをポケットに仕舞い、事件の流れに組み込もうとして。

 二階に続く螺旋階段から騒がしい足音が近づいてきた。副オーナーたちだ。


「オーナー、部屋の確認が終わりました!」

「お疲れ様。何か分かった?」

「チンピラ集団が利用していた部屋は全体が汚染されている訳ではないみたいです。風呂場などの水回りやベッドを中心に試薬石が反応していました。そして……」


 副オーナーは丸めたハンカチをテーブルに広げる。

 その中心には気味の悪い色味をした残留物の残る、やたらと豪華な小瓶があった。


「物が散乱した室内をくまなく捜索したところ、これが発見されました。ゴミ箱でなく、枕の下に隠すように」

「クロト君、判別できる?」


 シュメルさんの言葉に頷き、小瓶を手に取って近づける。

 傾ければ内側にへばりつく液体は粘性が強いようで、照明の光を不気味に反射していた。(ふた)を開けて匂いを嗅ぐと、強烈な刺激臭が鼻につく。

 アンモニア臭、腐乱臭……それらに近い、えづきたくなるほど不快な匂い。間違いなく、製薬に失敗したと分かる液体に鑑定スキルを行使。

 様々な要素を把握した上で導き出された結果は──


「これ、毒です。艶花の蜜、その出来損ないです」

「決まりね。チンピラ集団はドラミル家のお馬鹿さんに雇われて花園に報復を行うことにした。滅茶苦茶にする前に客として楽しむ為、艶花の蜜と金を受け取って……そこまでは良かった。だけど効果の無い艶花の蜜はただの毒であり、副作用に苛まれながら実行に移らざるを得なかったのね」

「……やけに凝った装飾が彫られているところを見るに、それだけ重要な薬品を取引する際に使われる物でしょう。それこそ、貴族間で取り引きする為の物……外部の人間が容易に触れるような代物ではない。盗み出すのも困難……となれば」

「ドラミル家内部の人間が関わっている事への証拠になる」


 シュメルさんの発言に頷き、手元の小瓶を再度見下ろす。


「……? 何か気になってるの?」

「いえ、想像以上に酷い出来栄えだな、と。さっきも言いましたけど、この艶花の蜜は最低品質の物で、何より初心者特有の作り方の癖が見え隠れしてる。ロクな知識も技術も無く、ただただ見ただけで適当な……恐らく、馬鹿息子が精製したんだろうな」


 イタズラに人の命を捻じ曲げる。そんな物を使ってまで花園を、歓楽街を、人を(もてあそ)ぼうとするのか。

 直接会った訳でもないのに、評価が最底辺で固定化されそうだ。


「まあ、いいや……チンピラ集団と薬物の関わりはこれで完結で良いでしょう。残る謎はメダリオンと馬鹿息子の動向か」

「メダリオンは部屋に無かったのよね? あくまでこの小瓶が見つかっただけ?」

「はい。それらしい物は見つからず……」

「だとすると花園で紛失した、と見るのは違うわね。それこそ手形のような役割を持つなら、片割れを誰かが所有している……?」

「二つとも渡す意味なんてありませんし、単純に考えれば馬鹿息子じゃないですか? 勝手に実家から持ち出してきてチンピラ集団に渡して、密会する為の証明書みたいな扱いをしてたんでしょう…………あっ」


 思わず、ハッとして口を塞ぐ。


「どうかした?」

「いや、(おおやけ)にしていないとはいえ、チンピラ集団の行動による影響が出ていないことにそろそろ気づく頃合いだ。なら、こう考えるはずだ……“あれだけ支援してやったのに、アイツらは一体なにをしてるんだ”って」

「歓楽街に馬鹿息子が来るかもしれないってことか?」

「自警団が逮捕した情報も知らないでしょうし、シュメルさんの想像通り、のこのこと様子を見に来るんじゃないかと」


 副オーナーの発言に頷き、周囲もありえそうだ、と納得の表情を浮かべる。


「そうでなくとも、近々公表する予定だった指名手配犯がドラミル家の特殊なメダリオンを所持している。盗んだ・持たせたに関わらず、この事実と関係性が露見したらドラミル家は大きな痛手を受けることになる。……独断で動いた責任がバレる前に、回収したいと思うはずだ」

「チンピラ集団に接触しようとする訳だな? つまりは、花園に身分を隠して訪れてくる」

「上手く行けば罠を張って身柄を捕らえられる。ただ、これも希望的観測でしかありませんし……」

「何を言ってるの、()()


 シュメルさんが腰を上げ、身を乗り出して頬に手を添えてきた。


「君が協力してくれたおかげで、花園はおろか歓楽街にもたらされた騒動の根幹を、謎を、解決する糸口を得ることができた。しかも即日に……その頑張りに、私達は報いなければいけない」


 一度、二度と。ゆっくり撫でたかと思えば手を放す。

 そして優雅に、見せつけるように胸を張って、銀色の耳飾りを揺らしながら。


「ここまで来たら、徹底的にこらしめてあげようじゃない。迂闊で慢心、破綻した計画の末路を迎えさせる為に──誰に喧嘩を売ったのか、思い知らせてあげる」


 背筋が泡立つほどの、心の底から恐怖を抱かせる冷笑。

 花園の従業員たちを従えるように背後へ控えさせた彼女を見上げ、怒らせてはいけない人を怒らせたのだと理解する。

 やはり俺ってとんでもない人を相手にしていたのでは……? などという思いを口にしないように、コップの水を口に含みながら。

 これから起こるであろう喜劇を想像し、心の中でまだ見ぬ馬鹿息子へ合掌を送った。











「──坊やも手伝ってくれる? きっと楽しいわよ」

「へぇ!?」


 我関せずを貫こうとしたら、暗く甘い誘いの手を差し伸べられた。

 ノリノリだし、後はお任せしようと思ったのに……どうやら最後の最後まで、手を貸さないといけなくなりそうだ。

次回、犯人の思想と行動、その裏で糸を引く暗躍(主人公側)のお話になります。

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