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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 夜鳴き鳥の憂鬱
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短編 夜鳴き鳥の憂鬱 《第五話》

推理パート開始。

「…………なるほど、そんなことが起きていたのね。南西地区の性質上、荒くれ者や暴れん坊が集まるのは当たり前。だけど、ここまで露骨に被害が出たのは久しぶりだわ」


 簡潔に自己紹介を済ませて、チンピラ集団の騒動を説明し終えて。

 頭の中で整理がついたシュメルさんは顎に手を当て静かに頷く。


 現在、彼女の登場によってざわついた店内は落ち着きを取り戻し、状況を共有するべくテーブル席を借りて向き合う形で話をしていた。しかも俺とシュメルさんを取り囲むように従業員や女性陣が周りに立っている。


 俺の説明に対して補足してくれるので有り難いし、当事者だから仕方ないとはいえ早く帰りたいのに帰れない。誰か助けて。


「大事になる前に対処してくれた上、負傷した従業員と女の子達の治療まで……君には感謝してもし切れないわね」

「恐縮です。痕は残らないので支障は出ないと思いますが、念の為、後でお医者様に診ていただいた方が良いと思います」


 身バレの危機に心臓を跳ねさせながら頭を下げる。


「ええ、君の言う通りだわ。それと、謝罪も。もっと早く目を覚ましていれば皆に苦労を掛けずに済んだのに……ごめんなさいね」

「いえいえ、気にしないでください! 今回の件は色々な要素が絡んで発生したようなもので、事故みたいなもんですから!」

「そうですよ! アイツら、昨夜までは普通だったのに起きたらいきなり豹変して、私達に暴力を振るってきたんですから!」

「分かってるわ。花園に身を置いている貴方たちに問題の原因があるとは思えない。昨日まではいつも通りだったのだから……あるとすれば、発端はお客人の方……」


 思案するかのようにシュメルさんは目を細める。

 色々と評判を耳にして奇天烈な性格をしているかと思ったが、目の前のやり取りを見るに随分と(した)われてるみたいだ。

 互いに信頼し合っているようだし、話が通じる人で助かった。


「──それはそれとして、一つ聞きたい事があるのだけれど」

「なんでしょう?」


 一通り話し終えて渇いた喉を潤すべく、用意された水を口に含んで。


「クロト君、正規のギルド職員じゃないわよね? しかも学生。そんな君がどうして花園に?」

『え?』

「ぶふぁ!」


 思いもしない発言にむせた。一斉に困惑の視線を向けられ、咳き込みながらシュメルさんを見る。

 いつの間に盗られていたのか、見覚えのあるデバイスを片手に彼女は微笑んだ。その画面には俺の身分証明、学生証も兼ねているプロフィール欄が映し出されていた。


「自警団と歓楽街が提携して学生の出入りや風俗店の利用を禁止としている現状、君がここにいることはかなり問題なのだけれど……説明してもらえる?」

「ッスゥー……」


 ニヤニヤとからかい混じりの眼差しが全身を貫く。そこでようやく気付いた。

 出会いがしらのスキンシップ、誘うような声音と所作、逃げ場のない状況で情報の暴露。詰めてきているように聞こえるが、その実態は全く違う。

 全ての要素を把握した上で、俺が学生であると最初から分かっていた上で、どういう受け答えをするのか見たいんだ、この人は。

 イタズラ好きで、人の苦しんでいる様を眺めていたいタイプ……学園長と同類だ! ろくでもない!


『どうする、適合者。彼の者はともかく、周りの目は厳しいぞ』

『どうもこうもあるか! 遅かれ早かれ、バレるのは時間の問題だとは思ってたさ。別にやましい気持ちなんて無いんだし、正直に理由を話して乗り切るしかない』


 レオと問答をしてる間にも時間は過ぎていく。

 冒険者ギルドの信用、学園の生徒としての立場、自警団の巡回不足……様々な分野において影響を及ぼしかねない爆弾。それが今の俺だ。

 変に邪推されてしまうような情けない答えは出せない。根本的な部分から、納得の出来る説明を口にしなくては……!


「自分は特待生という身分で実績を作るべく、フレン学園長から依頼を出され、臨時の手伝いとしてギルドに派遣されました。しばらく事務作業に徹していたら誰も持ち場を離れられないから、と俺が代わりに配達を行うことになりまして」

「へえ。それで?」

「規則に関しては重々承知しておりましたので、そそくさと荷物を置いて退散しようとしたらチンピラ集団が現れ……見て見ぬフリをするのは、精神衛生的に良くなくて」

「手を出した訳ね?」

「はい。もうここまで来たら最後までやり遂げよう、と。皆さんの治療もさせていただき、そういえば伝えたいことがあったな、と腰を上げたところで」

「私が来たのね」

「そういうことになります。正直、隠すつもりは無かったんです。様々な要因が重なった結果、起きてしまった事例で。……そもそも学生の身分でギルドの手伝いに向かわせる学園長の判断もおかしいとは思っていたのですが、特待生である為、断ることなどできなくて……」

「つまり学園長が諸悪の根源、ということ?」

「はいそうです」


 即答した。悪いね学園長、悪者になってくれ。

 さあ、話せることは話したぞ! 一部だけ誇張した表現になったが大体は合っているし、説得力はあるはずだ!


「なるほどねぇ……あの子ならやりかねないな。まあ、そこまで必死にならなくても怒ったりはしないけどね」

「ひょ?」

「君は私たちの、引いては花園全体の恩人とも呼べるのよ。そんな君を自警団に突き出したり、言い触らしたり、非難するようなことはしないわ。所詮、バレなければ問題ないのだから」


 しれっと言ってるけど、それでいいのか歓楽街トップオーナー。

 ぼやくように呟いてから、シュメルさんは盗ったデバイスを手渡してきた。


「聞けばチンピラ集団とやらは指名手配されるほどの問題児なのでしょう? 臆せず立ち向かった君に敬意こそ抱くことはあっても、厄介者扱いするなんて的外れで恩知らずなマネはしないわ」

「お、おお……?」

「それに歓楽街が制限しているのはあくまで冒険者資格を持たない学生、並びに学生冒険者。臨時の雇われだろうとギルド職員は対象外なのだから、過剰なまでに警戒する必要はないわ。詭弁と言われたところで証明の品があれば相手は押し黙るしかない」


 送り出した側に責任は生まれるけどね、と。

 首から下げたギルド職員証に指を差しながら同意を得るように周囲を見渡す。口には出さず、頷く従業員たちからシュメルさんは視線を正面に戻した。


「じゃあ、つまり……?」

「私達は秘密を共有する特別な間柄になった、という訳。共犯者のようなものね」

「えっ、結局脅されてるの俺?」

「事情が事情だもの、お互い口を滑らせなければ支障はない。もし滑らせたとしても君の立場が危うくなる程度ね」

「俺だけ命綱無しの綱渡り状態……!」


 あやふやだった自分の立ち位置が、サスペンスドラマで崖際に追い詰められた犯人側であると自覚する。ここから入れる保険はありますか……!?


「さっきも言ったけど、そう警戒しなくてもいいのよ。君の言葉に嘘は感じられなかった……その誠意に免じて、いじめるのはこのくらいにしておきましょう」

「やっぱり俺の反応を見て楽しんでたんじゃないかっ!」


 心なしかうっとりとした表情を浮かべてから目を逸らした。

 一つ一つの動作が色っぽいくせに誤魔化し方が適当過ぎる!


「緊張も口調も程よく解けてきたみたいだし、気を取り直して本題に入りましょうか。──さっき言ってた、伝えたいことって?」


 先ほどまで(ただよ)わせていたシュメルさんの空気が変わる。

 俺の発言に嘘は無いと信じてくれているからこその真剣な眼差しだ。人を束ねる立場としての覚悟を感じる。

 俺もイタズラに場をかき乱したい訳ではない。危機を知り、早急に対策を講じる必要がある為、こちらも真面目に説明しよう。


「話を蒸し返すようになるけど、チンピラ集団についてです。身柄は既に自警団が回収している真っ最中だとは思いますが、気になったのは()()()です」

「肌の色?」

「そういえば、アイツら不気味なくらい真っ青な顔色をしてたな。はっきり言って異常なくらい……」


 首を傾げたシュメルさんの背後に控える副オーナーの呟きに、心当たりのある何人かが首肯する。


「顔だけでなく全身の肌が青白くなる、不安定な言動、過度な興奮状態。これらは全部、とある薬物の中毒症状の一例に含まれてます」

「……薬物ですって?」

「口で言うより、実物を見てもらった方が早い」


 対面のシュメルさんが鋭い目を向けてくる。応える為に、制服のポケットからある物を取り出す。

 誰の目にも見えるように掲げて。


「このガラス玉のような物体は試薬石といいます。錬金術師が製薬する際に生成物や蒸留物、水溶液に毒性が発生しているかを確かめる為、沸騰石のように錬金釜へ投入するものです。加えて発生している毒素をある程度抑制し、中和する機能もあります」

「それが、どうかしたの?」

「俺が持ってる試薬石はまだ何にも触れさせていない、まっさらな状態です。ですが……」


 ハンカチを敷いたテーブルの上に置き、もう一つの試薬石を取り出す。


「──これは、あのチンピラ集団から採取した体液に触れさせたものです」

「っ! 色が、まったく違う……?」


 青黒く変色した試薬石を比較出来るように無色の隣に。

 その二つをまじまじと見つめるシュメルさん達の前で、チンピラ集団から抜き出した血液を無色の方に垂らす。

 試験管から一滴、二滴と。血液は試薬石の表面を撫でるように滑り落ち、変色した箇所が残る。


「これらの試薬石が証明するのは、チンピラ集団が毒性のある薬物を摂取した状態で花園を利用していた事実。そして、今は血液による変色反応を見せましたが、先に見せた試薬石は唾液にも反応していました」

「……まさか、ありとあらゆる体液が?」

「シュメルさんが察した通りです。花園の客である以上、肉体的な接触は少なからずあったはずだ。……試薬石はまだ持ち合わせがあります。至急、チンピラ集団が使っていた部屋の確認をお願いしたいんです」

「っ、すぐに見てくる! おい、行くぞ!」


 当人だけでなく、当人たちが触れた物体全てが毒を持つ可能性がある。

 その可能性に気づいた副オーナーが追加で取り出した試薬石を受け取り、従業員を何人か引き連れて二階へ上がっていく。


「宿泊も兼ねた利用客はチンピラ集団だけだと副オーナーから聞きました。他のお客さんは問題ないと思うので、優先すべきは使用された部屋の除染と無毒化。軽度の感染源と化しているのならば、消毒用の薬液で対処は可能です」

「そこも大事ではあるけど、相手をした嬢たちの健康被害が気になるわね」

「不安がらなくても大丈夫ですよ。混乱を避ける為に言わずにいたのですが、先ほどの治療で全て治しておいたので後遺症や症状が現れることはありません。俺はそういう魔法が得意なので……なので、青ざめるほど思い詰めなくていいですよ」


 最悪の予想に思い至った女性陣に声を掛けてメンタルケア。

 過呼吸寸前の嬢も平静を取り戻し、気丈な表情を浮かべた。信じてもらえたのは有り難い……やはり歓楽街の女性は強いな。


「想像よりも大変な事態になりかねなかったのね……君がいてくれてよかった」

「運がよかっただけですよ。それに、あくまで治したのは現在花園にいる方々だけです。本人に接触した覚えがなかったとしても、朝帰りなどで早期に帰宅した人達に関しては手の出しようがありませんから……」

「私の方から連絡しましょう。同僚からの言葉より、オーナーに言われた方が大人しく聞き入れてくれるでしょうし、掛かりつけの医者に向かうよう言いくるめておくわ」


 自身のデバイスを取り出し、席を立ったシュメルさんの後ろ姿を一瞥してからテーブルに置いていた試薬石を片付ける。

 ひとまず、伝えたいことは全部言ったかな。ソファの背もたれに身体を預ける。

 弛緩した空気が漂う中、嬢の方々から差し出された水を口に含む。


 後の問題は一体なんの薬物を摂取していたか。どうして指名手配を受けるほどの人物が、自警団の目をくぐり抜けて花園を利用できたのか。


 個人的に薬物が気にかかる。恐らくは精力剤か媚薬のどちらかだろうけど……毒性を打ち消し切れていない不完全な物だ。効能は確かにあっても副作用が出る粗悪品なら販売しない……民間に流出できない霊薬類と同等の扱いを受けるからだ。


 闇市とかの別ルートで入手した? 自警団が随時パトロールしていて治安が維持されているニルヴァーナにそんなものはない。

 可能性がある歓楽街の店舗は自警団、様々な商会の申請を受けて資格を考査され、厳格な審査を突破した上で営業していたはずだ。生半可な誤魔化しも賄賂も意味を成さない上、バレたら立ち退き要求の末に国外追放もありえる。そんな危ない橋を渡るとは思えない。


 どこかから盗み出してきたのか? 鑑定すれば状態なんて気軽に確認できるのに、わざわざ服用して自分の命を危険に晒すようなマネをするのか。

 チンピラ集団の所持品を粗方探っても特に怪しい物は見当たらなかった。証拠品を持たないように立ち回るほどの地頭はあった訳だが、薬物の影響で頭が回らなかったか。

 よほどの馬鹿でなければ服用する選択は取らないが、一番あり得る話だ。だからこそ試薬石を用いて、少しでも手がかりを得られれば良いんだけど……。


「残りは、チンピラ集団が花園を利用できるほどの資金があったのか。宵越しの金を持たない性質の人間なら、一夜の火遊びに全額投入ぐらいはするだろうけど……一人でも目玉が飛び出そうなほど高額でびっくりしたし……」

「何か気になります?」


 お茶請けのお菓子を持ってきてくれた女性が首を傾げる。

 ……細かいところが気になってしまうのは悪い癖だと自覚しているけど、なんか違和感があるんだよな。ちょっと聞き込みしてみよう。

次回、逆転裁判の証拠集めターンのような始まりになります。

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