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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
短編 夜鳴き鳥の憂鬱
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短編 夜鳴き鳥の憂鬱《第二話》

正直、めちゃくちゃ筆が乗ってます。やはりこういうアウトローと秩序側の間に挟まれた立場のクロトは描写しやすいですね。

 南の大通り(メインストリート)から外れて入り組んだ路地を抜ければ、ニルヴァーナの南西区画だ。

 レオのナビゲートの甲斐もあってか、荷車付きなのに予定よりも早く到着できた。


『自信たっぷりに言うだけのことはあるな』

『当然だ。我を舐めるな』


 得意げなレオに背中を押されるように、路地に差し込む光の下へ。

 向かう道中、どこからともなく漂い始めた酒と花の香りが鼻腔をくすぐる。……酒と花? こんなところで?


 不審な匂いに誘われて、路地の外へ足を踏み出せば──右を見ても左を見ても、露出が激しい服装の女性ばかりが闊歩していた。

 赤、白、黄、青、黒……それぞれが色とりどりの花を手に、煌びやかな店舗の前で立ち止まり、談笑し、笑顔を振りまく様は自然と視線を引き寄せられる。


 抵抗して目を逸らせば、男性も少なからず見掛けるが……誰も彼もが骨抜きにされた(とろ)けた表情をしている。

 服装の乱れ、上気した顔、通り過ぎた時に香るアルコール臭。周囲の状況と状態を(かんが)みて、()()()()を満喫してきた後なのだろう。


『確か、南西区画って……』

『酒場や娼館、賭博場。それらに追随する形で様々な店舗が展開されている歓楽街──適合者に合わせて例えるなら、()()()という地区の雰囲気に近い』

『……そうだ、学生立ち入り禁止の区画じゃないか! 班長め、焦って確認するのを忘れてたな!』


 悪態を顔に出さず、目を付けられないように平然を装って通路を歩く。

 依頼で自警団の方にも顔を出すからよく知ってるぞ。学生が問題を起こさないように色街へ制限を設ける際、歓楽街トップとの取り決めでそもそもの出入りを固く禁止しているって。


『専属で見回りを行う自警団員も配備してるって話だが、それらしい人影は今のところ見当たらないな』

『ルート構築に当たってニルヴァーナの地図を参照した際、自警団のパトロール図も組み込んでいる。自警団の目に付かない時間帯、かつ巡回路にも当たらない路地を選出したのだ。警戒せずともよいぞ』

『……今は、レオの気遣いに感謝しなくちゃいけないな』


 幸い学園の制服でなく、臨時で借り受けたギルド職員の制服を着ている。学生とバレる可能性は極めて低いだろうけど……長居するのは危険だな。

 時間も無いし、早いところ荷物を届けて撤退しなくては。


『──やめっ……』

『大人しく……!』

「ん?」


 住所を頼りに麗しの花園へ向かっている最中、通りかかった暗がりの路地から声が響いてきた。

 足を止め、目を凝らしてみれば声の主であろう男女が二人。

 薄着のドレスというべき衣服に身を包み、疲労の色が見える女性に、冒険者と思われる服装の男性が強引に迫っていた。


『痴情の(もつ)れか? そういう施設が集合してる地区だから、トラブルと無縁で過ごせる訳が無いはいえ……白昼堂々やるか?』

『同感だ。だからと言って、関わりを持つ必要は無い。配達に遅れてしまう』

『それはそう。あの人には申し訳ないし、心苦しいけど、なんとか自力でどうにか──』









『麗しの花園はサービスが良いって話なのに、当の嬢がこんな調子じゃあ評判もアテにならねぇなぁ!』

『っ、店から尾行してきて、勝手に言いがかりをつけてきたのはそちらです!』

『別にいいだろうが。俺達は汗水たらして働いてんのに、てめぇらは男に媚び売って股を開いてりゃ金を稼げるんだからよぉ! ちったぁウマい汁を吸わせてくれや!』

『きゃっ……!』


 荷車を引こうとして、興奮した荒々しい語気に足が止まる。

 改めて路地を覗き込めば、口元を抑えられた女性がいやらしそうに顔を歪める男に詰め寄られていた。今にも襲われそうな状況だ。


『口ぶりから察するに女性は花園の関係者?』

『らしいな。業務時間外だというのに、男がストーキングして性欲を解消しようとしているのだろう。なんとも自分勝手なことだ』

『さすがに今から向かおうって場所の人を、見過ごしたらバツが悪いね』


 声を出せず、助けを求められず、抵抗も出来ない。そんな人を喰い物にして悦に浸ろうとしてるバカなら、何されたって文句は言えないよな。

 しかも自警団と歓楽街、どちらも規律を守ろうと思案し、努力している中での狼藉。見逃して後々の火種と化すのは避けるべきだ。

 あと、シンプルに胸糞悪い話を聞いたから再起不能にさせてもらう。俺に出くわしたのが運の尽きだと思ってほしい。


「さて、と……」


 荷車を路地の傍に置き、手首足首を(ほぐ)してから。

 服を剥こうと手に掛ける男の脇腹に狙いを定め、ぐっと踏み出す。

 一歩で、周りの景色が後ろに延びる。彼我の距離が詰まる。

 男が気配に気づき、こちらへ顔を向けるがもう遅い。


 暁流練武術初級──“円芯撃”。


 勢いをそのままに全身の関節を駆動させ、力の流れを一点に渾身の右ストレートを放つ。

 皮を、肉を、骨を。

 うねり、穿ち、貫く一撃が男の身体を折り曲げる。

 悲鳴も出ずに、衝撃を殺せずに、無様なまでに路地の奥へ男の影が吹き飛んでいく。ゴミ置き場を兼ねていたのか廃材の山へ頭から突っ込み、そのままピクリとも動かなくなった。


『凄まじい威力だな。とても人体から発せられる力とは思えん』

『本来はカウンター技だから、これでも威力は控えめだよ』


 手を払い、へたり込んでいる女性と目線を合わせた。窮地の状況から急転して驚いているのか、呆然とこちらを見つめていた。

 男に掴まれ、乱れた衣服から見える素肌は少し赤らんでいるものの、傷は無いように見えるが……確認しておこう。


「怪我はしてませんか? 痛みを感じる所はありませんか?」

「…………あっ、え。だっ大丈夫です!」


 どうやら腰が抜けていただけみたいだ。呆けたまま、急いで立ち上がろうとする女性に手を貸して、足下に落ちていたポシェットを拾って手渡す。

 事態を正しく受け入れられた女性は吹き飛んだ男が気になるのか、不安そうに目を向ける。が、苦悶に満ちた呻き声を耳にして、ほっと胸を撫で下ろした。

 気丈に振る舞ってはいたが、身動きの出来ない恐怖に思うところがあったのだろう。


「あの、助けてくれてありがとうございました! 実は誰かにつけられているような感じがして、早く帰ろうと思って近道を通ったら、追いつかれて……貴方が来てくれなければ、今ごろ私は……」

「偶然通りがかっただけですし、気にしないでください」


 慌ててお礼を口にする女性を手で制する。冒険者ギルドの制服のおかげで、学生とは思われていないらしい。有り難いことだ。

 しかし……仕事柄、仕方ないとはいえ目に毒な格好をしている。制服の上着を脱いで女性の肩に掛けてから、伸びている男の下へ。


「えっと、何を?」

「彼の身元を抑えておこうと思いまして……ふむ、デバイス……やはり他国から流れてきた冒険者か」


 しかも婦女暴行の常習犯で前科持ち? 救いようがないほど外道だな。本来の活動場所では顔が割れてるし、居場所を無くしたからニルヴァーナに逃げてきたのか?

 ギルドに戻った後、危険人物リストに載ってないか確認してもらって、その上で冒険者資格を剥奪できないか上司に持ち掛けてやる。


 名前と経歴をメモ帳に書き留めてから、パトロール中の自警団に見つけてもらえるように携帯していた発煙筒を男の傍へ放置。

 ちなみにこの発煙筒は自警団に申請さえ通せば住民やギルド職員、店を構える商人も所有できる匿名の通報装置──超強化版の防犯ブザーみたいな物だ。

 不特定多数の団員の誰かに連絡するより気軽で確実な為、護身用で持ち歩く人は多い。もちろん、身元がバレる心配も無い。


「これで自警団は身柄を確保できるし、デバイスを調べれば前歴がバレてお縄につく。身勝手な行動の結果としては相応しい末路でしょう」

「手際が良いんですね……」

「恐縮です。……そういえば、貴女を引き留めてしまいましたね。後は自警団に任せれば丸く収まると思いますから、お帰りになられて構いませんよ。自分も配達の仕事があるので……」

「配達? あっ、もしかしていつも花園に荷物を届けてくれる職員さん?」


 服を着直した女性から制服を返してもらい、簡潔に状況を伝えたら思わぬところに喰いついてきた。

 口振りから察するに、ギルド職員を配達員として使ってるのは花園だけらしい。商会から直接取り寄せるのではなく、わざわざ冒険者ギルドを仲介している訳だし、特定は容易なのだろう。


「はい。元々は他の職員が担当している業務でしたが、不慮の事故で怪我を負ってしまい身動きが取れず……代わりの人員として自分が派遣されたんです」

「そっかそっか。あの職員さん、来れなくなっちゃったんだ……道理で見覚えの無い人だと思った!」


 先刻と違って、明るい表情が増えた女性は合点がいったと手を叩く。

 どうやら先ほど繰り広げていた口論の事務的な口調は仕事上のもので、こちらが彼女の素であるようだ。


「もしかして歓楽街に来たのも初めてなんじゃない? 助けてもらってアレだけど、路地裏で起きてる問題にわざわざ首を突っ込む人なんていないもの」

「お察しの通りです。こういう場所には不慣れで……花園への道順も若干不安ですし」

「なら、助けてくれたお礼に花園まで案内してあげる! 余計な手間を掛けさせちゃったお詫びも込めてね」

「とても助かりますけど、いいんですか?」

「いいのいいの! ほら、早く荷物を持ってきて。近道があるから!」


 軽快に路地の外へ出た女性に従い、置いていた荷車を引いて後をついていく。


『……我のルート検索が不要になったな』

『仕方ないだろ。厚意を無駄にはできないさ』

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