第一一三話 後の祭り
ワンピースの幕間で開く宴会とか好きなのでそういう回になります。
触れ合い体験広場を出て宴会場と化した賑やかなグラウンドを練り歩く。
仮設された結晶灯に照らされた周囲を見渡せば、昨日から今日に至るまでの苦労を明日へ残さない為にか、大勢の人が料理や飲み物を片手に歓談を交わしている。
種族、年の差も関係なく誰もが納涼祭や昨日の事件を思い出話のようにして語っていた。
普段から魔物と迷宮の脅威に晒されながらも、彼らは日々を逞しく過ごしている。
そんな彼らにとって、今回の件が心に影を落とすような事にならなくてよかったと思う反面、図太い神経を持つだけの下地がある事実に戦慄を覚える。
魔力障壁の防衛戦や再開発区画の問題を顧みて考えると、ニルヴァーナは修羅の国だった……?
「なーんか難しい顔してんな。せっかく身体も治ったってのに」
「どうせしょうもないこと考えてんだろ。どうでもいいのに」
「否定はしないけど復活した仲間に対して辛口すぎない?」
「ははは……まあ、クロトさんらしいと思いますよ」
『キュキュ』
誤魔化すように笑うカグヤから差し出された果実水を口に含む。
ずっと寝ていた俺と違って復興作業に勤しんでいたエリック達も合流し、こうして宴会を楽しんでいる。
ソラ? アイツは説教されないように俺から距離を取った位置で爆食してるよ。そこまで警戒しなくてもいいだろうに……太っても知らないからね?
「色々あったが、やっとこさ夕餉にありつけるのぅ」
「リークの料理も絶品だが、たまにはこういうのも悪くないね」
「揚げ物や肉ばかりだと後が怖いです……あっ、から揚げ……後で運動すれば問題ないですねっ!」
「確かに美味しい、美味しいけど居心地が……うぐぅ……!」
なし崩しにエリック達と行動を共にしていたルシアも参加しているが、シルフィ先生やオルレスさん、親方などの大人組に囲まれ苦悶の表情を浮かべていた。
真犯人の関係者たる彼女の心中はお察しいたします。
「僕、キオやユキと比べてなんにも出来なかったなぁ……悔しいよ」
「ヨムルがいなかったらあんな冷静になれなかったし、俺はめちゃくちゃありがたかったぜ?」
「三人とも大変だったね……ケガが無くてよかったよ」
今回の事件に巻き込まれた上で、大して力になれなかったと悔やむヨムル。
誘拐され人質になるという恐怖体験を乗り越え、なんと練武術をスキルとして昇華したというキオを筆頭に。
孤児院の子ども達とレインちゃん──ミュウちゃんは途中でお母さんが迎えに来たので帰った──は和気藹々とした雰囲気を漂わせていた。
「……話には聞いてたがマジで全快したのか、クロ坊」
「本当に? 喜ばしいことではあるけど、イジりがいが無くて残念ね」
「怪我人に対して自分の性癖を押し付けるのはやめなさいよ……」
背後から呼び掛けられ、振り向けば驚くように目を見開くエルノールさんが。
その後ろには頬に手を添えて微笑むシュメルさんと、そんな彼女を半目で諫めるフレン学園長がついてきていた。
今更だけどニルヴァーナの重役が揃って現れるのフットワーク軽すぎない?
「昼間は今にも死にそうなくらい顔色が悪かったが……ふむ、いつもと同じでパッとしねぇ顔だな!」
「せっかくいい気分でご飯食べてるのに人の顔面を悪く言わんでください」
「ああいや、そういうんじゃなくてだな。ついさっきまで拷も……尋問してたクセが抜けきれねぇんだ。すまん」
「病み上がりに鞭を打つような人じゃないのは分かってますよ」
だとしても言い過ぎ、と学園長にどつかれたエルノールさんへ果実水を手渡す。そのまま三人とも俺達のグループに混ざって、料理に手をつけ始めた。
懐から隠し持っていた酒を当然の如く取り出した学園長に、シュメルさんとシルフィ先生が容赦なくビンタをぶちかまして。
コントのような流れを見たセリスが喉に食べ物を詰まらせ青ざめて、それを介抱するエリック、カグヤを尻目に。
人気から少し離れた位置に移動して、エルノールさんへ話題を振る。
「説明会の後、何か進展はありました?」
「進展っつーか、事実確認っつーか……ひとまず今回の主犯であるルーザーとジャンの関係性だな。推測通り、違法薬物の被害が出始めた頃に街中でばったり出くわして、クロ坊の事で不気味なほどすぐに意気投合したらしい。恐らくは……」
「魔剣の異能でしょうね。直接相対した今だからこそ、確信を持って言えます」
「お前への悪印象を引き出して、都合の良い傀儡を作り出したってところだな。そこから内密に連絡を取り合い潜伏場所の提供、そして先日の暴動を起こす為の算段を練った訳だ」
ジャンの奴、聞けば聞くほど救いようがないな。やってることが犯罪過ぎる。
「ただ魔剣の影響ありきとはいえデバイスに残された通話記録を聞いたところ、マジで情報源として利用されてただけらしい」
「人を見下さないと気が済まないのがルーザーだし、所詮は使い捨ての道具って認識しかなかったんだろうなぁ」
「おまけに説明会の時から妙に理解力の低い言動が目立っただろ? アイツ、違法薬物による重度の中毒症状が出てたんだよ。滅裂な思考と言葉に侵されてもクロ坊への恨みや妬みは忘れてなかったみたいだ」
「良いように利用されるだけされて、挙句の果てに中毒で苦しむのかアイツ……」
暴動事件で散布した物よりも濃度の高い空間にいたのか。
それとも試行段階としてルーザーの実験対象にでもされたのか。
いずれにせよ、長期間に渡って薬物が浸透した身体を回復させるには時間が掛かる。
一応、中毒症状を抑える霊薬は存在するが普通は事前に飲用するものだ。加えて精製難易度が高い上に素材も高価な物ばかりで入手しづらい。
そもそも血液魔法を使える俺にとっては無縁の症状。当然、治療や改善も可能だが……ジャンを助ける義理は無い。
エルノールさんもジャンの状態を口にしつつ、俺に聞いてこない辺り頼むつもりはないようだ。というか、オルレスさんのような医者に任せた方が確実だ。
「だがまあ、結局はルーザーに唆されて事件へ加担した事実に変わりはない。ジャンはもちろん取り巻き共も……ある意味、被害者であり加害者だ」
「その辺を考慮するとしても、公表はしないといけませんよね?」
「取り巻き共は説明会で騒いでただけでそこまで重い罰にはならん。反省の意味も込めて牢屋に一週間は閉じ込めておくがな。ジャンは……薬物中毒による錯乱状態での行動であると加味しても相当やらかしたからな」
うーん、シビアな話になってきたぞぉ。
「国家転覆の恐れがあるってことは……さすがに、死刑ではないですよね?」
「他所の国なら妥当だし、学生なんて立場が無ければそれでもいいんだが。……とりあえず、公に出せる情報をまとめた上で共犯者として顔と名前を晒す」
「……今後、穏やかな生活は送れそうにないですね」
「至極真っ当な結果だぜ? 学園に復帰するのも厳しくなるし、冷遇されるのは間違いない。生きてるだけありがたいと思ってもらわねぇとな」
それはそれとして三ヶ月は牢屋生活と無償奉仕活動でもやらせるか、と。
ニルヴァーナにおいて法の番人たるエルノールさんの悪い顔を横目に、疑似ケバブのような料理にかぶりつく。
う~ん、パンはモチモチ、お肉がジューシー! スパイシーなソースに野菜も入ってるから実質ゼロカロリーだな!
「後は……今回の件で身分を明かしたクロ坊とナラタを特務団員から外す。これも大々的に発表しておくぞ」
「ふぁあ、ほうへふほへ」
「クロ坊が機転を利かせたおかげで最高の見せ場を作れたが、今後生活していく中でお前らに変な目が向かないようにしなくちゃならねぇ。だからと言って、自警団から距離を取れって話じゃあない。何かあった時は頼りにさせてもらうぜ?」
「ほひほんへふ」
「ところでクロ坊、聞くのが遅れちまったが魔剣は確保できたのか?」
「こぼッ」
思いもしなかった言葉に反応してしまい、疑似ケバブが喉に詰まった。コップに残った果実水を飲み干して気道を確保する。
やっべぇ……そうだよ、忘れてた。魔剣の危険性を知ってるこの人なら、真っ先に追及してきてもおかしくなかったのに。
「大丈夫か? あんまがっついて喰うなよ」
「ッ……うす……げほっ」
背中をさすってくれるエルノールさんに申し訳なさを感じつつも、どう誤魔化すべきか思考を巡らせようとして。
「クロト、ちょっとこっちに来てもらっていいかな」
場の空気に慣れたのか、落ち着いた雰囲気を纏うルシアに声を掛けられた。
涙目のまま彼女の方へ視線を向ければ手招きされていた……これは好都合だ。エリック達にも説明しないといけないし、一緒に言い訳を考えてもらおう。
エリック達と行動を共にしていたおかげか眼帯で儚げで美少女という、属性山盛り見た目の彼女の素性はエルノールさんにもバレていないようだ。
だが、彼女と俺の関係性がおじさん的デバガメ根性の琴線に触れたらしく、何やら邪推した目で見られ、ニヤニヤしながら背中を押された。
「……話題を逸らす為とはいえ強引だったか。怪しまれる?」
「いや、アレは若者を自分の想像で弄り倒すようになった、かわいそうなおじさんだから気にしないでいいよ。見る人が見れば老害判定待ったなしの存在だ」
「そ、そうなんだ……」
「おい聞こえてんぞ、クロ坊っ!」
次回は久しぶりにあの男が登場します。