第一一二話 獣たちの献身《前編》
実際のプロットから外れた分の補填として、クロトの治療兼成長に繋がるお話になります。
「ねえ、ソラ……ケットシーに聞いてくれない? どうして俺を抱えて運んでるのか。なんか揺れてるなぁ、って感じて目を開けたらコレだよ? さすがに怖いよ」
『キュ、キュイ』
「分かんない? そっかぁ……」
ゆらゆらと、しかし傷口が開かないように。
全長三メートルはある二足歩行の灰色毛玉、ケットシーは両腕の肉球を駆使して、絶妙な力加減で俺の身体を掴んで運搬していた。
気絶していた間にどうやら事件の慰労を目的とした宴会を開いていたようで、見渡す限り大勢の人でグラウンドが賑わっている。
その人混みの中をケットシーは進んでいた。
肩に小型の召喚獣を乗せ、背後には連れ立っている中型・大型の者もおり、傍から見ればブレーメンの音楽隊のような光景が広がっているのだろう。
尚、ソラにケットシーの真意を尋ねてもらっても分からないし、すれ違う周囲からは当然、奇異の視線を向けられている。俺だって分からない事だらけで怖いのに……。
「というかケットシーが救護所に来て、シルフィ先生やオルレスさんが連れ出すのを止めずに容認してるって事は何かしら意図があるからだよね……何するつもりなんだろう?」
『キュイッ』
「知らない? そっかぁ……」
居心地の悪さを召喚したソラと会話して誤魔化していたら、ケットシーが足を止めた。
顔を上げれば、そこは“触れ合い体験広場”。先行した召喚獣が器用に柵を開き、両手の塞がったケットシーでも中に入れるようにしてくれた。
依然として下ろされる気配は無く、かと言って抵抗したところで抜け出せる訳もなく、のっしのっしと広場を進む。
広場内部に散見していた召喚獣も足音を耳にして集まり、大軍団となって行進していく。
そうして中央に到達した辺りで再びケットシーの動きが止まり、労わるようにゆっくりと身体を下ろされた。
うーむ、されるがままに連れて来られたけど、いったい何を……
「「──わあああああああっ!?」」
「──ぬおおおおおおおおおッ!?」
「へ?」
ケットシーに身体を支えられながら、近づいてくる叫び声に振り向く。
固まって群体となった召喚獣の絨毯に乗せられたレインちゃんとミュウちゃん。
二人と比べたら多少雑に引きずられながらも親方まで、俺と同じようにこの場へ連れて来られていた。
「謎の人選だなぁ……」
「お、お兄さん!」
「クロト、これはどういう状況じゃ!? いきなりこやつらが押し寄せてきて、儂らを攫ったんじゃ!」
「いや、俺もついさっきまで寝てたので、さっぱり分かんないんですよ。……えっと、イタズラとかじゃないんだよね? 何かしら理由があって、この四人を集めたってことでしょ?」
『──』
不安そうな三人に恐らく害は無いことを伝えると胸を撫で下ろし、話を聞いていたケットシーは深く頷いた。
支えていた手を放し、にゅっと腕を伸ばしてソラを指で示してから、次いで俺の首から下げていた召喚獣の笛を爪で器用に持ち上げる。
『……キュ』
その仕草を眺めていたソラが耳をピンと立たせて、気まずそうに顔を逸らした。
もしかして、ソラが笛を使って召喚獣に対して良からぬ事を仕出かしたのだろうか。俺が寝ている間にやらかしたのなら分からないのも無理はない。
でも、怒ってる雰囲気じゃないんだよなぁ……目つきを見るに呆れているというか、なんというか。
「……原因は俺? それともソラ?」
『──』
ケットシーは深く息を吸い、一瞬だけ俺に視線を送り、後にじぃっとソラを見た。なるほど、なるほど。
……事件当時、あまりに危険だし指示が出せるか不安だったので召喚はしていない。なのにさっき召喚陣から出てきた時、ソラの魔力は十分に回復していなかった。
使い切るまで酷使させた覚えがない以上、俺の見知らぬ所で勝手に出てきて魔力切れするほど行使したのだろう……何の為に? 俺を助ける為だ。
召喚士の危機を察知して、召喚獣が自発的に行動を起こすのはよくあること。ルーザーに撃たれた後、どうにか俺を目覚めさせようと奮闘してくれたんだ。
そこで魔力を使った……治癒か回復か、ケットシーの指摘から考えるに。
「召喚獣にしか聞こえない笛を風魔法で吹かした?」
『ギュッ』
ソラから聞いた事の無い詰まった鳴き声がこぼれた。ははーん、図星か。
確かに、ソラほどの魔力量で全力の魔法を放てばニルヴァーナのどこにいようと耳に届く。
そして召喚獣は聡い上に精神的な部分において感応しやすく、思いや感情を察するのが非常に上手い。
加えて、ユキ達がプレゼントしてくれた笛。製作段階で機能するか試行した際の音を覚えている召喚獣がいたんだ。その笛が、俺に譲渡されている事を知っている者も。
意図せず複雑な経路を辿り、紆余曲折を経て、音色に乗せたソラの想いが体験広場の召喚獣たちに伝播したんだ。
……なのに、助けに行こうにも緊急の避難所である学園から召喚獣だけが出れるはずもなく。
焦らせるような合図を出されて、何も出来ず時間だけが過ぎていき、当の本人が笛の事を忘れてしまったが故に。
痺れを切らしたケットシーが様子見に来たついでに救助対象たる俺を攫った……こんな所か?
「──少々、突飛ではあるが分からんでもない。……だとしたら、なぜ儂らもここに?」
「そこなんですよねぇ……俺やソラはともかく三人は関係ないし、時間差もありますし……どういうつもりで連れてきたの?」
おおよその考えを親方たちに伝えれば、当然の疑問が返ってきた。
正直、考えても分からないのでケットシーに聞いてみると、おもむろにレインちゃんとミュウちゃんへ手を伸ばした。
より正確には、首から下げている虹尾羽のペンダントに。
「えっと、これが欲しいの?」
「だ、ダメだよ。これはお兄さんがくれた大切な物だから……」
『──』
困惑している二人の内、レインちゃんがペンダントを持ち上げ、ケットシーに問いかけるが首を横に振る。
しかし仕草とは裏腹にケットシーの手はそのまま近づいていき──爪先が触れた瞬間、ペンダントから虹色の炎が溢れ出た。
『!?』
突然の出来事に、その光景を見ていた全員の肩が跳ねる。
虹色の炎は意思を持つかのように空間を泳ぎ、人魂のような形に留まってケットシーの手の平に収まった。
炎といっても熱は無いようで、間近にいたレインちゃんたちは目を丸くするだけで火傷はしていないようだが……なにその摩訶不思議な現象? ペンダントにそんな能力を付けた覚えは無いぞ!?
『ブルルッ』
呆然と虹色の炎を見上げていると風が吹き、視界の端から白馬が入り込んできた。
特徴的な赤目に風属性の魔素で変色した蹄、螺旋状の筋が入った金色の角を持つ召喚獣、ユニコーン。
持ち前の荒い気性と過去の経験から極度の人間嫌いであり、保護施設から一歩も出ず、体験広場にも参加していなかったはずだ。
いつの間に、どうやってここに──足先から全身に風を纏ってる?
……ユニコーンが現れたら騒ぎが起こってもおかしくないのに周りは静かだ。人の目に付かない方法で、ピンポイントにこの場へ姿を見せた。足音も気配も無く突然……まさかコイツ、跳んできたのか?
ソラが風の魔法で普段から飛んでいるし《風陣》の例があるから、魔法が得意な召喚獣が空中移動の技術を確立していても不思議じゃあない。
前に、保護施設の一画を借りて《風陣》の練習をしていた事もある。そこから着想を得た可能性も捨てきれないが……なぜ今になってそれを使い、なおかつここへやってきたのかが一切わからん!
『──』
『ブルゥ』
『キュ、キュキュ。キュイ!』
『……ブルルッ!』
『キュイー……!』
目が覚めてから怒涛の展開が続き過ぎて右往左往してる間に、意思疎通が出来る召喚獣同士で何やら会話を交わしていた。
ケットシーやユニコーンのジトッとした眼差しを向けられ、焦りながらもソラは必死に説明しているらしく。
渋々納得したのか、大げさに身体を揺らしたユニコーンを見てほっと胸を撫で下ろす。身振り手振りを交えたそれは小芝居を観賞している気分になった。
「なんのお話をしてるんだろう?」
「わかんない。けど、クロトお兄さんがエリックさん達によく向けられてる目と同じ感じがするから……」
「ああ、ソラに呆れておるんじゃな」
「割と言われる機会が多いんですけど、俺っていつもそんな印象を持たれてるんですか?」
ほんわかとした穏やかな心持ちで眺めていたら、いきなり言葉のナイフで刺された。
しかし妙だな……体験広場の召喚獣やケットシーならいざ知らず、ユニコーンは丸っきり無関係だ。
多少は笛の音に感化されたのかもしれないが、だとしても自ら行動する程のものか? 人間嫌いなのに?
状況に流されつつも整理の為、思考の海に入ろうとした時。
ケットシーが持っていた虹色の炎が大きく揺らぎ、風に乗ってユニコーンの角に収束していく。
押し付けるでもなく、まるでそれが当然かのように。
焔を纏った角は煌々と光を放ち、壮麗なユニコーンの容姿を照らし出す。
「おおー、綺麗だねぇ……」
「呑気じゃのう、お主。未だにこやつらが何をしたいのか分からんというのに」
「でも召喚獣の考えてる事ですから、悪さをしようとかそういう訳ではないと……ん?」
幻想的な光景に見惚れていたら、ケットシーが俺の身体をがっしりと掴んだ。
身動ぎできないほどの強さで固定され、疑問を投げかけるよりも早く、ユニコーンがこちらを見据えている事に気づく。
同時に、虹を纏う金色の角の穂先が向けられている事にも。
……全身の肌がざわつく。猛烈に、嫌な予感がする。
「ちょっと待って? ユニコーン、落ち着こう? やろうとしてる事はなんとなく理解できるよ。でも言葉で意思の疎通が出来ないから明確に何が起きるか、結果がどうなるか分からないんだよ」
『ブルッ!』
「えっ、何? 覚悟を決めろって? いやいやいや、そんな常在戦場の心得なんて無いから。痛いのも苦しいのも怖いのも嫌だから帰らせてお願い帰してこの手を放せケットシーッ!」
逃げようにも肉球の拘束は解かれない。助けを求めてレインちゃん達に目線を送るがユニコーンに睨まれ委縮してしまった。
子ども二人はともかく親方ぁ! 普段の剛毅な性格はどこに置いてきたんですか! 弟子の命が危ういんですよ、顎に手を当てて見てる場合じゃないでしょ!
ならば後はソラに頼るしか……アイツ、尻尾で顔を隠してやがる……ご主人の危機だぞ! 助けてぇ!
『ブルルッ!』
「なんで距離を取ったの? 助走つけて貫く気満々だよね? ケットシーごと一刺しで葬り去ろうとしてない?」
『──』
「なんで拘束の力を強めたのケットシー? もしかして召喚獣にしか伝わらない友情コンボでトドメ刺そうとしてる?」
賢明な抵抗は空しく、静止の声も届かず。
残像を残すほど力強く踏み込んだユニコーンが、角を深々と脇腹に突き刺した!
「げぼぁーッ!?」
「「お、お兄さーん!?」」
本当はケットシーを代表に召喚獣軍団とドレッドノート率いる魔物軍団のラストバトルを予定していたのですが、書いてる内にニルヴァーナが壊れちゃう……と思ったので変更。
最終的にユニコーンへ騎乗する事を許されたクロトを黄金長方形の弾丸みたいに飛ばして討伐する、なんてイカれたプロットでしたので。
何を考えて当時の俺はこんな展開を作ってたんだ……?