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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第一〇九話 キミが希望を見せたから《中編》

 はてさて、オルレスさんとシルフィ先生に連れてきてもらいましたよ、話題の中心に。

 一時的に借りたのであろう、屋外演劇場の壇上に立たされたエリック達とエルノールさんに手を振る。

 彼らも俺の状態を耳にしていた為か、この場へ現れた事に酷く驚いているようだ。


「て、てめぇ……!」

「随分と勝手な言い分で騒いでるらしいな、ジャン?」


 挨拶も程々にしていると、人垣を強引に割ってジャンと報道クラブの取り巻きが目の前に出てきた。聞き覚えのある声と煽り方で察してはいたが、見事に的中したな。

 身体を盾にするように、俺の前へ出たオルレスさんと先生の背後からジャンを見据える。


「酷く焦った様子で現れたけど、俺がいると都合が悪いのか?」

「死に損ないのクズが偉そうな口を叩きやがって……てめぇが街を滅茶苦茶にしたんだろうが! その真実を、事実を、この俺が! 無知なコイツらに知らしめてやろうってんだよ!」

「ふーん……」


 コイツもルーザーと同じで考え無しに復讐や嫌がらせがしたいだけか。

 何の権利も無いただの学生が、暴動事件の全容を説明されたにもかかわらず、一個人に狙いを定めて事態を混乱させた、と。

 どこまでも人を下に見てないと気が済まないジャンの戯言(たわごと)を聞き流し、エルノールさんに横目で視線を送る。


 自警団などと多少は親しみやすさを感じる名称で誤解されがちだが、実際はニルヴァーナを構成する公権力を持った組織。その長であるエルノールさんがジャンを抑制せず、放置してる理由があるはずだ。


 視線に気づいたエルノールさんがいくつかのハンドサインの後に、指を三本立てる。……三人の助っ人が来るまで時間を稼ぎたい? 誰の事だろう?

 まあ、いいか。そういう事なら、やってやろう。


「てめぇが暴動を引き起こした張本人で! 再開発区画の魔物どもをけしかけようとして失敗したんだろ! 壇上の連中を騙して仲間にしてたみてぇだが俺の目は誤魔化せねぇぞ!」


 (やかま)しい妄言の連続に頭痛がしてきた。頑張ろうという気持ちが薄れていく。

 とんでもない極悪人みたいに言いやがるし、エリック達も共犯扱いしてるし、荒唐無稽なのに信じてる人も少数とはいえいるんだよな。

 こんな馬鹿どもに時間と労力を割かないといけないの? 泣けるぜ。


「証拠ならあるぞ。お前、納涼祭が始まる前から歓楽街に入り浸ってたみてぇだな? 学生の利用が禁止されてる区画に入ってただけでも違反行為だってのに、本当の狙いは再開発区画の魔物が目的だったんだろ?」

「暴動に使った違法薬物ってのもそこに隠してた! つまり! 今回の事件は計画的な犯行って訳だ!」

「否定したって無駄だぜ。真犯人が別にいたなんて言い訳が、今さら通ると思うなよ!」


 掛ける言葉が見つからず、黙っていた事を肯定していると勘違いしたのか。ジャンと取り巻きどもが放つ暴言混じりの糾弾(きゅうだん)はどんどんエスカレートしていく。

 同時に、背後から流れてくるエリック達の殺気に冷や汗が溢れ出る。怖いよ皆、迷宮攻略でも中々感じないよ、それ。

 ……さて、このまま野放しにしておくと血の雨が降りそうだし、うっとおしいからな。反撃するか。


「俺を犯人扱いする根拠はそれだけでいいんだな? ジャン」

「ああ、そうさ。いやぁ、よかったぜ……昨日の今日で、てめぇのスカしたツラを拝める機会が来るとはなぁ!」











「そうか。となると、お前らは自警団の調査に自らで調べた内容と剥離していて、誤りや虚偽があると訴えてる訳だ。あろう事か団長であるエルノールさんと──()()()()に任命されてる俺を」

「…………は」


 呆然と口を開けたジャンに制服のポケットから取り出した腕章を、誰の目にも見えるように掲げる。

 特務団員とは、団長の権限と承認により、自警団の一員でなくとも公権力の行使を可能とする特例制度を受けた者の事。

 具体的には秘匿性の高い、それこそ公に動いては犯人に察知される恐れのある事件への切り札のような役職だ。


 以前、シルフィ先生を助ける為にと学園長から渡された物で、エルノールさんからも返さずとも良いと言われて所有していたのだが、ここが使いどころだろう。

 何せ特務団員は調査を実行するに当たって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()


 これはニルヴァーナの法律にしっかりと明記されている一般的な知識であり、事件の渦中においても優先されるほどの力を持つ。

 そして、あまりにも無法を押し通せる特務団員の腕章を託された事実と信頼は絶大な物であり、俺の立場は反転する。


 犯罪者から、全てを執行する断罪者へ。……いや、実際はそこまでの権限は無いな。

 最終的な決定権は別の人にあるから、この場で必要なのは俺の身分がどこにあるか、その身分をどう活用できるか。

 少なくともまともな人間なら正気に戻るし、流れが変わった事を理解するだろう。それはエルノールさんにも言える事だ。


 再び彼に視線を向けると一瞬だけ顔を伏せたかと思えば、抑えられないように獰猛な笑みを浮かべ、しかしすぐに払拭して。

 咳払いを一つ落として周囲の目を集め、俺の側に降り立った。


「さっきクロトが言った通りだ。特務団員に任命されているコイツは信頼と実績を持ち、他の団員のように住民の平和と安全を守る義務がある。今回の暴動事件についても、俺は秘密裏にクロトへ調査を依頼していた。下手をすればニルヴァーナ全土が機能不全に陥る恐れがあったからな……表と裏、二つの方面から調べる必要があった」


 この時を待っていたと言わんばかりに。

 至極、真面目な表情を顔面に貼り付けて。


「違法薬物の対策、犯人の目的、潜伏先の特定……おかげで事件が発生しても、人命や建物への被害を最小限に抑えられたんだ。潜伏先だった再開発区画の魔物が居住区へ氾濫しなかったのも、クロトとアカツキ荘の力があったからこそ成し得た結果だ」


 潤滑剤でも塗ったかと錯覚するほど(ベラ)を回す。

 ジャンが言いふらした情報とエリック達が明かした証言。特務団員としての性質を組み合わせた、限りなく真実に近い欺きの言葉。

 木っ端が語れば意味を持たないそれも、エルノールさんが口にすれば虚言にはならない。というか、頭の回転が速すぎてドン引きする。


「ただ、調査方法はクロトに一任していた。特務団員の身分を明かさず、可能な限り一般人として調べてもらいたくてな。まさか歓楽街にまで足を運んでいるとは思わなかったが……」


 よくもまあ白々しい顔で話せるなぁ、なんて若干の感心を抱いていたら話の矛先を向けられた。

 えっ、急に話題を振られても困る……あっ、ハンドサイン? “今は話を合わせろ”? さっきから無茶ぶり多くない?

 しかし俺の為に動いてくれているのだから、応えなくては。


「すみません、団長。個人的な伝手(つて)や冒険者ギルドの依頼に乗じて、より踏み込んだ場所を調べたかったんです。一応、気取(けど)られないように注意は払っていたのですが……」


 無作法な方法であることは間違いないからね。知られた以上、生まれるのが当然の批判だと思うし、そこは甘んじて受けるよ。


「その一件に関しては俺のミスだ。いくら特務団員といえど、お前が学生である事を配慮していなかった。ニルヴァーナの秩序を守る為に制定した法を(くつがえ)して、行動させてしまった事実に変わりはない。……住民の皆様に不安と混乱を招いてしまった事を、この場を借りて謝罪する。すまなかった」


 腰を折り、深く頭を下げたエルノールさんに合わせて俺も……上体曲げたら痛すぎて戻せないな。

 せめて首だけでも、と会釈するように頭を下げた。言葉を詰まらせた、息を呑む音がする。


「……だ、だったら! そこまで知っておきながら、なんで未然に事件を防げなかったんだ!?」

「理由はさっき説明した通りだ。犯人の潜伏先が再開発区画であった為、放棄された迷宮と魔物を刺激する訳にはいかなかった。それに、納涼祭が間近に近づいていたからな。自警団を派手に動かして警戒させては、住民を危険に晒す恐れがあった。……皮肉にも、それが原因で犯人の行動を許し、暴動事件を引き起こしてしまったが」


 ありとあらゆる方面から向けられるヘイトを自身に向けつつ、深刻にならないようコントロールしながら、エルノールさんはジャンの追及を論破していく。


「犯人は滅多に痕跡を出さないほど狡猾でありながら、衝動で犯行に及ぶ危険性を持ち合わせていた。住民を暴徒化させる事も、子どもを誘拐する事も、自らを犠牲にする事も(いと)わない。ニルヴァーナを壊滅させようと迷宮主であるベヒーモス種の最上位、ドレッドノートを自身の命を対価にして呼び起こす程にな」

「っ……」

「だが幸いにも、ドレッドノートが暴れた影響で区画内の迷宮は全て潰れ、魔物の侵攻は防がれた。そして、先行して犯人の捕縛に動いていたクロト達がドレッドノートの討伐をこなしてくれたおかげで、奴が居住区を蹂躙する最悪の事態は免れた。……この辺りの詳細は先ほど伝えたはずだぞ? 話を聞いていなかったのか?」


 何も知らないで、知ろうともせず、憶測と推測でデタラメを繰り返す。

 もはや子どもじみたわがままを(のたま)うだけの存在だと認識されつつあるジャンに、エルノールさんは冷たい言葉を投げかけた。


「……事件を解決する為とかほざいておいて、どうせ歓楽街で遊び惚けてたんじゃねぇのか?」


 顔を真っ赤にしたジャンが俺を睨み、苦し紛れの声を絞り出す。ここまで言ってるのに納得しないのか……そろそろ馬鹿の相手をするのも疲れてきたぞ。

 なんでこんなにも俺を悪者に仕立て上げようとしてるんだ? 暇なのか?


「人を怠け者みたいに言うなよ。リスクを受け入れた上で、出来る限りの調査をしてきたんだから」

「どうだかな。てめぇが真面目に働いてる姿なんて誰も見てねぇだろうが。特務団員だなんて立場にかまけて遊んでたから対応が遅れたんじゃねぇのか? お盛んですねぇ、人の心が無いクズはこれだから──」











『……いい加減にしなさいよ、アンタ達……』


 そろそろエリック達の堪忍袋の緒が切れそうな雰囲気を感じていると、急設されたスピーカーから声が響いた。

 底冷えするような怒りの感情を滲ませたそれは、決意を新たにどこかへ立ち去ったはずのナラタのものだ。


「来たか。アイツ、この場面を狙ってやがったな?」

「あの、もしかして助っ人って……」

「正確には一人目だな」


 エルノールさんは笑みを浮かべ、親指を立てて。


「良い機会だし教えといてやるよ、クロ坊。何も特務団員に任命されてるのは、お前だけじゃないって事をな」

『私はナラタ、事件調査員の一人として特務団員に指名された者です。事件解決の功労者であるアカツキ・クロトに不信感を抱いた皆様の為に、ただ今より私が集めてきた彼の潔白を証明する声明を発表します!』


 予想だにしない怒涛の展開に周囲がざわつく。

 興味を持ってやってきた見物客も、壇上に上がらされたエリック達も、ただ騒ぎたいだけのクレーマーも。誰もが(おの)ずと天を見上げ、ナラタの声を待った。

 何か喚き散らそうとしたジャンはエルノールさんに睨まれ、押し黙る。


『これは自警団長エルノール氏と学園長アーミラ氏の正式な許可を頂いています。(こころよ)く協力してくださった住民と、真実を伝える機会を下さった方々に心からの感謝を──では、始めます!』


 虚偽を許さず、真実を追い求める事に執着した彼女の正義が。

 夏空の下、子悪党を懲らしめる為に炸裂する。











 ……というか、まさかとは思うけど、取材がどうのこうのでアイツが近づいてきたのってこの為か?

 だとしたら策士ってレベルじゃないぞ。怖いわ、アイツ。

あまり出てこないから忘れがちかと思いますが、学園長のフルネームはアーミラ・フレンです。

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