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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【二ノ章】人助けは趣味である
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第十五話 借金学生の返済生活

 風がなびくたび、ざわざわと林が揺れる。

 見上げた夕焼け空にカラスの鳴き声が響いた。

 学校も終わって全てから解放された学生にのみ許された時間──そう、放課後である。

 放課後といえば、クラブ活動が無い学生などは寮か自宅でゴロゴロとくつろいでいる頃合いだろう。

 俺も早く帰って寝たいなぁとか、でもルーンエンチャントの練習をしたいなぁとか思ったりするが、運が悪いことに、帰宅途中に依頼が入ってしまった。


『ガウッ!』

「おっと……」


 帰宅への思いを()せて、ぼんやりと空を眺めていると、かなり苛立った様子のモンスターが突進してきた。

 それを軽く避けて、後ろに位置していた木に激突させる。

 依頼の内容は学園から逃げ出した獣系モンスター、ワイルドボアの保護。

 なんでも戦闘学の授業でワイルドボアと戦わせるという予定で捕まえていたのだが、捕獲用のケージから逃げ出してしまったらしい。

 下級ダンジョンのモンスターとはいえ、放置していれば人や農作物に被害が出る。

 それを阻止するために、なぜかテイマースキルも持たない俺に依頼が来た。

 俺じゃなくて逃した教師に任せろよと抗議したが、その教師は突進を膝に受けたということで、保健室にて治療を受けている。

 体長1メートルの肉塊が突進してくるとか、膝どころか脚が潰れてるんじゃないだろうか。

 治癒魔法のエキスパートがいるから教師から衛兵へジョブチェンジする必要はないと思うが。


『グウゥ……!』

「……そろそろ気絶してくれよ。もう何十回同じことしてると思ってんだ……?」


 初等部校舎近くの林へ逃げたという情報のもと、逃げられないように追い詰めてから、既に数十分が経過している。

 だというのに未だ弱った様子を見せないワイルドボアに思わずため息が出た。

 いや、そうならない理由は分かっている。

 ワイルドボアの全身を覆う体毛は突進の衝撃で自身を傷つけないようにするためにか、衝撃緩衝材の役割を持っているのだ。

 つまり今のワイルドボアはほぼ無傷で、俺の努力は(むな)しく空回りしているということになる。

 保護という名目上、無理に傷つけてしまう訳にはいかないが、このまま突進を続けさせてもダメージを負わないので(らち)が明かない。


「あまり手荒なマネをしたくはないんだけど……この場合、仕方ないか」


 捕まえた後で支障が出たら謝りに行こう。

 俺は意を決して、懐に手を入れる。

 今日は戦闘学を受ける気分ではなかったので、ロングソードを持ってきていない。

 その代わりとして、試作したエレメントオイルと爆薬を持ってきていた。

 仕込んでいたオイル入りのフラスコと、特殊な製法で瓶詰めにした爆薬を取り出す。

 その動作の隙にワイルドボアが突っ込んできた。

 予備動作がなかったので、避けるには間に合わない距離まで接近されてしまった……、が。


「《アクセラレート》」


 メイジ御用達のスキルを呟き、加速する。

 これは自身の身体能力を瞬間的に底上げさせることで、あらゆる行動を加速させることが出来るスキルだ。

 詠唱速度が命であるメイジにとって、これを習得しているか否かが重要であり、習得してなければまともに戦えない。

 そうまで言わせるほどに強力なスキルなのだ。

 しかし身体に大きな負荷が掛かるので、体力の無いモヤシメイジやエノキウィザードだとすぐにバテてしまうので、そう何度も使用することが出来ない。

 逆に言えば、無駄に特訓をしていて体力のある人にとっては、発動し放題の便利スキルとなる。

 引き延ばされた視界の中で、ワイルドボアの突進に合わせてオイルを高速で投げつけた。


『ガッ!?』


 狙い通り、水色の液体が入ったフラスコはワイルドボアの眉間に当たり、動きが止まった。

 今投げたのはアクアオイルと呼ばれる、その名の通り水属性のエレメントオイルだ。

 粉末状にした魔力結晶を、魔力を宿しやすい油と共に煮込むことで作り出せる属性を宿したオイルで、本来の用途としては武器に塗るのだが、今回は違う使い方を試してみる。


「んでもってこれを……」


 ワイルドボアと周囲へ飛び散ったオイルを確認し。


「──投げる!!」


 左手に構えた氷結系の爆薬、“吹雪”を投擲する。

 直後。霧散するように爆発した吹雪は、周囲の木々や地面を瞬く間に凍てつかせ、ワイルドボアの身動きを封じた。

 吹雪は破壊力を極限まで抑え、行動を阻害させることに特化した爆薬。

 故に、ワイルドボアが傷つくことはない。


『ガァッ!?』


 しかし、組み合わせ次第では阻害効果以上の力を発揮する。

 アクアオイルとの相乗効果でいつもより強力な冷気を漂わせる吹雪と、なおかつ浸透したオイルが凍りつくことによって、ワイルドボアの体温は急激に奪われていく。

 身体を覆うご立派な毛皮も、これでは意味を成さない。

 見てるだけで寒そう。というか、俺も寒い。

 周囲に漂う魔素(マナ)がオイルと吹雪に反応していて、木々に霜が付いてたり氷柱(つらら)が出来てるあたり、この場所だけ真冬並みに気温が下がっている。


『グ……ァ』


 寒さから逃れようともがいていたワイルドボアも、白い息を吐きながらようやく倒れた。

 すぐ灰にならないところを見ると、寒さに耐えきれずに死んだというわけではないようだ。

 とはいえ爆薬の効果が切れた後、目を覚まして暴れられても困るので血のロープを使って縛り、豚の丸焼きのようにして吊るしておく。

 さらにここから一番近くにいる教師に依頼達成用のメッセージを送ったので、もう間もなく到着するだろう。

 肌寒い冷気が残留している中、凍っていない地面に座り、(かばん)から錬金術のレシピを取り出す。


「うーん……、想像以上に吹雪との組み合わせが強いな。オイルを使わなくても爆薬は強いけど、こういう組み合わせ方もありかな」


 コストはなかなか高いが、今回の件で実用価値は見出せた。

 まだスキルが初級なので中級や上級の爆薬を作成するのは難しいが、威力の上乗せをするならこれが一番だ。

 貰ったレシピには吹雪だけでなく各属性系統の爆薬が書かれていたので、材料が揃ったら挑戦してみてもいいのかもしれない。

 ポーションの効果を混ぜた味方支援用の爆薬なんかも作れたら、モンスターとの戦闘も有利に進められるかも……。

 こうして考えてみると、アルケミストって夢が広がるなぁ。

 そうしていると、爆薬の効果も切れて陽も落ちて暗くなってきた林から、様々な農具を入れたカゴを背負うコムギ先生が現れた。

 草刈り鎌を構えながら出てきた姿が軽くホラーだったのは内緒だ。


「──ということでして……。すみません、さすがに俺一人でこいつを運ぶのは厳しくて」

「気にすることねぇだ。モンスターが逃げたって情報が回ってたから、農園が無事かどうかを確認しに来たんだし、その帰りに連絡が来たってだけだから気にすることないべさ。……んで、こいつが依頼対象だべか?」

「そうですよ」


 事情を説明すると、コムギ先生は吊るされたワイルドボアを見て、品定めするように観察し始めた。

 その様子を尻目に、俺は広げていたレシピを鞄に押し込む。

 しかしまあ、コムギ先生にはびっくりしたなぁ。

 ……だって近づいてきた時、足音とか聞こえなかったし、気配すら感じなかったんだもの。

 その体型で一体どんな身のこなししてるんだってツッコミを入れたい。

 だが、相手は女性。

 体型に関した発言はご法度(はっと)だ。


「ふむふむ……。よし、それじゃあこいつは連れていくとするか。クロトは早く家さ帰るといいべ」

「へっ? て、手伝いは……?」

「こいつ軽っこいから、私一人でも持ってけるだ。だから心配いらねぇべ」


 よっこいしょ、と。コムギ先生は気絶したワイルドボアを軽々と肩に担いで、


「んじゃ、また学園でなぁ」

「あっ、はい」


 手を振りながら林の中へと消えていった。

 …………この世界の女性って、地球に比べて(たくま)しい人が多いよなぁ。俺の必要性ってあるかぁ……?

 そんな葛藤を抱いた俺に対して、頬を撫でた夜風が妙に冷たかった。





 ようやく帰宅した俺は晩御飯の砂糖水を(しょく)した後、若干ブルーな気持ちで消費した爆薬とオイルを作成していた。

 慎重にすり潰し、粉末状にした魔力結晶とオイルを錬金道具で煮込み、粉末が溶けてオイルが変色するのを待つ。

 その間、吹雪の補充をするために親方から頂いたドワーフの蒸留酒に水属性の魔力結晶と氷を浸す。

 この作業の注意すべき点は、アルコールが飛ばないようにすること。

 アルコールが飛ぶと溶けだした魔力結晶の成分まで飛んでしまい、爆薬の威力が落ちる他、作業中に暴発する危険性があるので細心の注意が必要だ。

 こんな小さな家で暴発でもしたら、一晩のみの北極生活が確定してしまう。

 なので……、えーと、その……。


「…………ダメだ、腹減って作業に集中できない」


 レシピを片手に爆薬瓶を揺らしていると、情けなく腹の虫が鳴いた。

 ようやく変色し始めたオイルと、完成間近の吹雪を前に、机に倒れ込む。

 水だけ生活を送っているのだから腹が減るのは当たり前。

 そこは理解している。

 しかし、俺も育ち盛りの十七歳。

 栄養満点のバランスが取れた料理が食べたいのです。

 週一頻度で食卓に並ぶ野菜スティック程度で腹がふくれると思ってるのか。

 家計簿の出費欄でそれを見るたび頭痛がするんだよ。

 しかも、しかもだ。


「Dランク依頼で高収入なものなんて図書館の依頼くらいだったのに、もう貼らないってどういうことだよ。不人気だから俺でも簡単に受けれたのに、こんなのってないよ……」


 そう、この前受けた依頼を最後に、図書館の依頼は掲示板から綺麗さっぱり消えていたのだ。

 リードから理由を教えてもらったのだが、なんでも最奥区画に許可なく忍び込み、管理している本を盗んだ(やから)がいたそうで、その痕跡を調べるために自警団が最奥区画を閉鎖して調査中だとか。

 それが終わるまで蔵書点検は出来ないそうだ。

 これにより、生活する上での問題が増えた。……主に、食生活と金銭面だ。

 この問題を早めに改善しないことには何も始まらない。

 ……金を楽に稼げれば、こんな苦労しなくて済むだろう。

 試しに大通りの露店で剣とか鎧を売ろうとしたが、初級の鍛冶スキルで打ったものは市販品よりも弱いのだ。

 俺のロングソードは例外だが、家に飾ってあるまともに打てた剣でさえ、一万メルも払う価値はないと親方に言われた。

 そんな物を売って、もし破損して怪我でもされてら困るし、親方が一人前と認める中級になるまでは露店販売はやらないと約束を交わしている。

 というか、勝手に露店を開いていいのかすらわからない。

 学園でそういった話題を話す人が少数しかいないから、仕方ないといえば仕方ないのだが。


「……別に俺、コミュ障ってわけじゃないのに」


 なんで友達少ないんだ? なんで生徒より教師の方が仲良い人が多いんだ? なんでデバイスの通話先が教師陣で埋まってるんだよ。

 そりゃまあ依頼とかでよく話すから仲が良くなるのは当たり前だろうけどさ、どうして家庭の事情や恋愛問題まで相談するのかね。

 結局はお互いがちゃんと対話して、納得すればどうにかなる問題が多いのに。

 大人のスローペースな恋愛よりも、少年少女達が必死こいて頑張って恋を成就させるのを見ていた方が楽しいんだぞ。

 夢も希望も未来も、大人より段違いに輝いてるからな。

 ……今の俺よりも、ずっと。


「…………ああああああああああっ、もう落ち込むのはやめよう!」


 気力だけで上体を起こし、作り過ぎたオイルを保存用のフラスコに入れる。

 そうだよ、何を落ち込んでいるんだ暁黒斗!

 ようやくダンジョンに行けるようになるんだから、前向き、ポジティブな思考に切り替えるんだ!

 依頼をこなして素材を売ってお金を稼ぐ。Dランクのダンジョンなら、一日で五万から八万の稼ぎを得られる。

 順調に何事もなく毎日ダンジョンに篭れば、残りの借金も余裕で返済可能だ。

 俺の日常を(むしば)む借金に引導を渡す日も近い。

 それに、明日は休日。

 つまりダンジョン攻略の準備を十分に整えられるということになる。

 そう考えるとすれば、俺はもう少しの我慢で、普通の生活に戻れるのだ。

 ふふふっ。そう考えたら、なんだかテンション上がってきたぜ……!

 よーし、明日から本気出すぞ!

 拳を握り、力強く意気込んで、錬金道具を片付けるために立ち上がろうとすると。

 唐突に、デバイス通話の着信音が響いた。

 時計の針は、既に夜中の十一時を指している。

 こんな時間に通話をかけてくる身近な人物なんて、寝るまで暇だから付き合ってと言って小一時間も迷惑通話してくるフレンくらいしかいない。

 しかし危機感を煽る着信音ではないので、フレン以外からの通話だということが分かる。

 はて、誰からだろう?

 待たせるのも相手に悪いので、急いでデバイスを取り出す。


「シノノメ?」


 液晶に映し出された顔写真と名前を見て、ぽつりと呟く。

 この時間には既に寝ていることが多いシノノメが、自分から通話をかけてくるなんて。

 ……もしかしてこれは、甘酸っぱい展開を期待してもいいんじゃないか?

 怖い映画を見たせいで眠れないから、俺の声を聞いて安心感を得たいとか! ……んなわけないよな、相手はシノノメだもの。

 何か出そうな夜の学校を、たとえ背後から物音がしても平気な顔で歩いていく鋼の精神を持つヤツだ。

 そんな映画を見たところでどうとも思わないはず。

 だとしたら、一体何の用があって俺に通話してきたんだろう……?

 疑問を頭の隅に置いておき、デバイスを操作して通話に応じる。


「もしもし?」

『ああ、アカツキさん。すみません、夜分遅くに』

「いや、大丈夫だよ、まだ寝てなかったし。それで、どうかしたのか?」


 左手に持った爆破瓶を照明にかざし、聞き返しながら椅子に座る。


『アカツキさんと初めてダンジョンに行った時に交わした約束、覚えていますか?』

「そりゃもちろん。街を案内してくれって言ったやつだろ?」

『それです。今までは私の都合で、ずっと約束を果たせませんでしたが──明日もしお暇でしたら、案内をしたいと思いまして』


 ガタタタッ、ドサッ!

 シノノメの誘いを聞いて勢いよく立とうとしたが、椅子の脚から絡まったせいで背もたれから転げ落ちた。


『アカツキさん?』

「何?」

『いえ、すごい物音がしたので……』

「気にしないでくれ、ちょっと気分が舞い上がっただけだから。うん、大丈夫。俺は元気だ」

『は、はあ……』


 困惑しているシノノメの声を聞きながら、絡まった脚から抜け出す。


「それで、暇かどうかだっけ? 明日は何の予定もないよ、すごく暇。……けど、どうして今になってその約束を?」

『約束を反故(ほご)にするというのは、私はあまり好きではありませんので』

「そっか……。だったら明日、校門前の時計台で待ち合わせにしよう。時間は」

『九時頃で構いませんか? 私も色々と用意するものもありますから」

「分かった。じゃあ、明日はよろしく頼む」

『はい』


 その返事を最後に、シノノメとの通話が切れた。

 俺はその場でガッツポーズを取り、


「──よっしゃあああああああああああああああああッ!!」


 女子との初めてのお出かけに、全力で喜んだ。




 アカツキ・クロトの借金総額、残り八十万。

 返済目標まで僅かとなりました。

 残りも頑張って返済しましょう。

『冒険者』

 世界各地に存在するダンジョンに潜り、日々生活するためにお金を稼ぐ人達。

 基本的には直接ギルドに赴いて登録を行い、冒険者の証であるデバイスを貰って活動する者がほとんどだが、ニルヴァーナなどの冒険者を育成する学校・学園で経験を積んでから冒険者として活動する者も多い。冒険者ランクというものがあり、どれだけ冒険者として貢献しているかでランクが上がっていく。これは学園の生徒も同じで、学園を卒業する条件に冒険者として一人前とされるCランクへの到達が必要とされる。

 なお一定以上のランク、冒険者としてのどれくらい活躍しているか、またはユニーククラス・スキルを持っている者は二つ名や称号をギルドから与えられる。

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