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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第一〇五話 キズだらけのポラリス《後篇》

たとえ、瞳に映らないほど細い光でも。

見上げれば確かにそこにあるのだから。

『もう一度、確認するぞ』


 レオの声に背中を押されるように、駆け出した勢いのままに。

 身体に浮き出た魔力回路の光芒を空間に残しながら魔導剣を振るう。


『神経から筋繊維に至るまで魔力回路としている汝は今、身体能力が大幅に向上している分、極めて危険な状態だ。液状化した魔力が身体を巡っている事で体内の修復と損傷を繰り返している。供給を止めた途端、尋常ではない痛みが全身を駆け巡るだろう』


 対応するように払われたドレッドノートの捻じれ角を、根本からへし折った。

 魔剣による肉体強化。その恩恵を十全に受けたはずの角を折られた事実に、赤い双眸が見開かれた。

 遠目から魔法で支援していたシルフィ先生、攻めるタイミングを(うかが)っていたカグヤ達から驚愕の声が上がる。


『ただでさえ死に体の身体を無理矢理に動かしている反動もある。そうなれば感覚を共にしている我にもダメージが入り完全同調(フルシンクロ)は使用不可、もちろん汝も戦闘不能に(おちい)る』


 空を舞う捻じれ角を逆手で掴み取り、容赦なく左の眼球へ突き刺そうとして。

 視界を潰された経験があるのか、強引に首を(かたむ)けて打点が逸らされる。こめかみに近い部分に捻じれ角を突き立てた。


『生命維持の観点から算出して時間制限(タイムリミット)は三分。制限を超えた瞬間に完全同調(フルシンクロ)を切るぞ。既に一分は経過しているが──それまでは大いに暴れろ』

『言われなくてもっ!』


 被害を最小限に抑えたドレッドノートが薙ぎ払う左腕に合わせてハイキック。

 風切りの後、衝突音。ぶつかり合った力の拮抗は数瞬で過ぎ去り、左腕があらぬ方向へ捻じ曲がり弾かれた。


 完全同調(フルシンクロ)によって得た機能は魔力供給のみに限らない。

 再生能力と肉体強化は血液魔法によるものだが、魔剣そのものを炉心として、より深く身に宿した今の身体はその性質すらも適応される。

 つまり、本体の刀身のように圧倒的質量の塊とぶつかろうが──折れず、曲がらず、砕けない。


「用意はいいかい、ユキ!」

「いつでも!」


 血管から血を噴出させて後ずさるドレッドノートにセリスとユキが肉薄する。

 加速した勢いで《カルキヌス》を脇腹に突き刺したまま、離脱したセリスが魔法で水球を生み出す。その水球へユキは右腕を突っ込み、魔力を込めた。

 一瞬にして凍てつき、巨大な氷塊と化した拳を腰溜めに構えて。

 狙いは一点、《カルキヌス》の石突き目掛けてぶちかます。


「どっせぇい!!」


 気合いの一声と共に放たれた剛拳は杭打ちのように、《カルキヌス》ごと脇腹を陥没させる。表面のみならず、体内を傷つかせる二重の攻撃にドレッドノートは大量の血を吐き出した。

 しかし、さすがは迷宮の王。血の混じった咆哮(ハウル)で氷塊を砕き、ユキの身体を吹き飛ばす。

 超高速で、錐揉みして飛んでいくユキを手隙になったセリスが水球で受け止めた。ほっとしている二人に咆哮(ハウル)が連発される。


「そっちを見てる暇があんのかよ?」

『──ッ!』


 逃げ惑う二人に向けられる視線を引き戻したエリックが、突き刺していた捻じれ角に《スクレップ》を叩きつけた。

 純黒の鈍器が角を脳へと突き刺す。《カルキヌス》と同様に再生を阻害される異物の痛みを払いたくなったのか。治りかけの左腕、その爪がエリックの胴体を断とうとする。


「スキルを使うまでもねぇんだよ!」


 苦し紛れの一撃で、ドレッドノートの猛攻をたった一人で、耐え切っていたであろう男の防御を貫けるはずもなく。

 金属音を響かせて受け止めたエリックに合わせて、魔導剣で爪を断ち切った。


「使う?」

「助かるよ」


 カラン、と転がる鈍色の爪を回収したルシアが失くしたナイフの代わりに構え、ドレッドノートの右脚、関節の裏へ。

 軽やかな動きで放たれた幾重もの斬撃。岩石すら切り裂く鋭利な爪牙の後押しもあり、硬皮に赤い線を(はし)らせた。


「あんまり力になれなかったかも」

「いいえ、十分です」


 場所を入れ替えるように、ルシアの影から《(あざみ)》を(もち)いて跳び出したカグヤが抜刀の構えを取る。


「混成接続・一拍──《杜若(かきつばた)》」


 鯉口を切った“菊姫”が風を纏い、無数の斬線を刻みつける。

 ルシアが付けた傷をなぞるように。硬皮を削り、肉を抉り、(さら)された白色の骨へ、


「混成接続・二拍──《(かえで)》!」


 返す刃は紅の(ほむら)(ともな)い、傷口を焼き尽くしながら右脚を両断した。

 ドレッドノートの巨体が崩れ落ちる。肉の焦げ付く匂いと音が絶叫に掻き消された。

 制御できずに込められた魔力が辺りの地面を砕き、獅子のような尾がしなり、二人の元へ迫る。


「やらせませんよ」


 その寸前で展開されたシルフィ先生の魔力障壁が尾を跳ね返した。咆哮(ハウル)から逃げ惑うセリスとユキを人知れず守っていたように。

 二人は砕けてめくれ上がった地盤の陰に(まぎ)れてその場から飛び退き、確認した先生がドレッドノートの周囲に無数の障壁を敷き詰めた。

 (わずら)わしそうに暴れ回る巨躯(きょく)の腕が、脚が、尾が触れる度、跳ね返された自身の暴力で傷ついていく。


『言葉少なに、ここまで息の合った連携を繰り広げられるか。まるで目に見えない線で互いの思考を一繋ぎにしているようだな』

『やりやすくて助かるね』


 感嘆するレオの声に同意しつつ、魔力の高まりを感じて目を向ける。

 ドレッドノートの口腔に高速で収束する魔力塊に見覚えがあった。あれは……ユキに放とうとした特大の咆哮(ハウル)か。

 こちらの一つ一つの行動が再生能力を封じている事に気づいて魔力を攻撃に回したらしい。

 周りを飛び回る羽虫を自分ごと潰して、その後でぬくぬくと自己再生に(いそ)しむつもりなのだろう。

 良い判断だ、感動的だな。


『──だが、無意味だ』


 口を突いて出たレオ混じりの声が異能を発動させた。粒子化した魔剣と融合している今なら、異能を自由に行使できるのだ。

 さて、話を戻すが咆哮を放つという事は、腹の底から空気を押し出すように叫ぶ訳だろ?

 つまり、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()


 左手をかざし、異能が及ぶ空間を指定する。

 ユキを助ける時は音を壊した。範囲を狭めたから気づけたのはあの子だけだろうし、至近距離にいたからやらなかったが……真空状態にしたら、どうなるんだ?


 ぐっと左手を握り締めた途端、染み渡るような快音が頭に響く。

 次いでドレッドノート周辺の空間が一瞬だけ湾曲(わんきょく)し、ぼやける。

 魔力の収束と共に吸い込んでいた空気を破壊され、ドレッドノートの顔が歪んだ。そんな状態で冷静に魔力を(とど)めておけるはずが無く、爆縮した魔力が顔面を粉砕した。


 悲鳴は無く、爆音は伝わらず、衝撃も響かない。ぼやけた空間を元に戻す。

 咆哮(ハウル)を警戒して前衛役(アタッカー)が離れていたおかげで誰も巻き込まれなかったが、突然破裂した頭と滝のように流れ落ちる血に視線が集まった。

 ああ、うん……びっくりしちゃうよね。自爆は狙ったけど、あんなことになるとは。


「暴発した……? 制御しきれなかったのか」

「タブン、ソウダネ」


 エリックの呟きに動揺を悟られないように応える。一応、肉体強化の一種って言い訳してるから完全同調(フルシンクロ)の諸々はバレたくない。

 詳細を話したら確実に怒られるし、なんとなく察せられてる気がするけどバレたくない!


『クロト、残り一分だ』

『わかってる。後は速攻で決めよう』


 後に起きるであろう惨状が脳内に溢れ出たが、頭を振って掻き消す。

 意識を目前のドレッドノートに戻せば、即死レベルの損傷を受けてなお再生しようとしていた。


「往生際の悪い奴だな。先生に一発ドデカいのぶち込んでもらうか?」

「すみません、区画障壁の修復と地底での一撃で魔力を使い過ぎました。……同等の威力を放てる魔法はありません」

「ご心配なく、先生。我に秘策あり!」


 残り五〇秒。

 鼻息は荒く、唾液混じりの血を撒き散らしながら肉と骨が繋ぎ合い、治りかけの眼窩が向けられた。

 魔剣を体内に取り込んでいる事で知覚できているのか、それとも疑似的とはいえ完全同調と同様の状態である為か。

 とにかく、ドレッドノートは俺を強く認識している。今からやる事を考えると、ヘイトが集まり過ぎてるのはよろしくない。


「で? 秘策ってなんだ?」

「魔導剣に掛けてるリミッターを解除して斬り込む。完全に消し飛ばせるように調整するから、時間稼ぎよろしく」

「ようはゴリ押しじゃねぇか。仕方ねぇな、ったく……」


 エリックは呆れたような発言を残し、先に攻撃を仕掛けていたカグヤ達の元へ駆けていく。


「私は変わらず援護を続けますね。貴方は気にせず、自分の事に集中してください」


 先生はドレッドノートの動きを阻害するべく、エリックの後に続いて接近し障壁を展開していく。

 しかもこちらを見ながら片手間に少量の魔力で小さな障壁を駆使して、しっかりと的確に動作を制限していた。

 さらっと高難易度な技術を披露なさる……だが、その行為にありがたく甘えるとしよう。


 ──魔導剣を構成する大事な要素であるトライアルマギア。

 外魔素流用魔法(アウターマギア)、可変兵装のノウハウといった魔科の国(グリモワール)の最先端技術。その粋を全て集めたと言っても過言ではない魔装具には当然、安全面を配慮した制限が設けられていた。

 そもそも自滅の可能性がマニュアルに明記されていたから有って無いようなものではあったが……ともかく、独自に改造して制限を解除できるように細工を施したのだ。


 残り四〇秒。

 グリップは捻らず、シフトドライブを放つ時と同じようにレバーを引きながら、火と光のアブソーブボトルを装填。

 トライアルマギアが通常と異なる運用法に激しい駆動音を鳴らし振動する。

 膨大な熱量を閉じ込めたボトルの中身が一気に引き出され、朱鉄(あかがね)の刀身に光芒が(ほとばし)る。空間が熱せられ、ぐにゃりと歪んだ。


『今更だが、破壊の異能を使わないのか? 一発で済むぞ?』

『変な倒し方で異能を行使したとバレたら面倒だからやらない』


 あと、破壊不可とはいえレオとゴート以外の魔剣がどうなのか。


『耐久試験もやりたかったから、最大火力のシフトドライブで焼き尽くすついでに検証してやる』

『ドレッドノートが取り込んだ魔剣にも意志はあるだろうが、問答無用で焼かれる事が不憫に思えるな』


 同類を(おもんばか)るような発言だが、言外に思いっ切りやれと言われてるようなものだった。

 レオの意図を察して苦笑しつつも、予備の同じボトルを再装填。

 朱鉄(あかがね)の刀身が溶断された鉄の如く赤熱し、凄まじい熱気と輝きを放つ。

 四本分のボトルに好相性である火と光の属性。相性が悪い属性のかけ合わせも悪くは無いが、こっちの方が強力だ、シフトドライブの威力が何十倍にも跳ね上がる。


 暴れ出しそうなほど駆動するトライアルマギアを抑えて、魔導剣を構えておく。

 既にドレッドノートは負傷から完全回復している。とはいえ、それはこちら側も同じであり、魔力不足なりのやり方で戦う先生を筆頭にそれぞれの連携で追い詰めていた。

 誰かが敵意を集めれば、誰かが死角から攻めていく。

 咆哮(ハウル)を放つ隙すら与えない連撃。即座に再生されても確実に積み重ねるダメージはドレッドノートの気勢を削ぎ、判断を鈍らせていた。


「さて……残り三〇秒か」


 ──ゆっくりと、深呼吸。視界の全てが色を失い、輪郭だけが残る。

 音も無く、緩慢に流れる世界の中で幾万もの予測が現れては消えていく。それはエリック達の小さな動きやドレッドノートの不規則な動きも捉えている。

 呼吸も、視線も。誰が誰を視認しているか、意識しているか。

 レオとの完全同調(フルシンクロ)が影響しているようで、いつもよりも大量の情報が洪水となって溢れてくる。


『すごいな、この場の何もかもが手に取るように分かる。便利だなぁ……』

『むしろ何故、汝が耐えられるのか(はなは)だ不思議で仕方ない。普通は気が狂うぞ』

『慣れろ。どうにかなるもんさ』


 同じ視界を共有しているレオの発言を軽く流しつつ、見定める。

 抜群のタイミングでシフトドライブを叩き込む瞬間、絶好の機会を。

 たった一つの結果を得る為に予測が収束し、世界に音が戻り、色彩を纏う。そうして導き出したルートを選び──走り出す。


「っ! 全員、ソイツから離れろぉ!」


 いつの間にか傍を通った俺に気づいたエリックが叫ぶ。

 その場から離脱した皆の視線を背に受けながら、ドレッドノートと眼が合った。酷く、困惑しているようだ。

 満身創痍の面子が再び復活した事も。

 同じ存在である俺が自身を遥かに凌ぐ能力を秘めている事も。

 どれもが予期せぬ事態であり、着実に死へと追いやられている事実を認められない。だが、魔導剣を視界に収めた事で、自身を消滅させると明確に理解したのだろう。

 迷いを見せていた双眸が吊り上がり、こちらを射抜く。直後に自滅覚悟の咆哮(ハウル)を撃ち出そうとして、


「光にぃ──」


 それよりも早く。

 魔力回路の残像を残して。


「なぁれぇぇぇええええええッ!!」


 ドレッドノートの眼前へ踏み込んだ勢いのまま、魔導剣を振り下ろした。


 ◆◇◆◇◆


 咆哮(ハウル)の魔力塊ごと切り裂いた刀身が脳天に接触した瞬間、甲高い金属音と共に力の奔流が解き放たれた。

 巨大な光剣と化した魔導剣が視覚を、炸裂した轟音が聴覚を麻痺させる。

 区画内のみに収まらず、極光はニルヴァーナ中を照らし尽くした。いくつかの感覚を奪われたエリック達が腕で目を覆う。


 そうして数瞬の時が過ぎて恐る恐る目を開けた彼らの前には、爆心地の如く埋没した地面と。

 一刀両断され、肉体の大部分を焼き消され、灰と化していくドレッドノートの亡骸が転がっており。

 それを踏み締め、灼熱の魔導剣を振り切った体勢のまま佇むクロトがいた。


「ジャスト三分だ。──良い夢は見れただろ?」


 誰に言うでもなく、静かに響いた声を皮切りに。

 エリック達は互いの顔を見合わせ、歓喜の声を上げてクロトの元へ走っていく。

 振り返る彼の身体から、完全同調(フルシンクロ)によって励起していた魔力回路が薄れていく。


 風が攫っていくように、背後へ光芒を散らしながら。

 限界を迎えていた身体を投げ出すように膝をつき、前のめりに倒れていく身体をエリック達が支える。


 口々にクロトを(たた)えながら、それでも皆がいたから、と感謝を伝えて。

 ごく少数の、薄闇の空に輝く星々のような。

 奇妙な縁が繋いだ勝利を噛み締めるように。

 人の温かさに包まれながら、クロトは微笑みを浮かべるのだった。

前後編、ギリギリ一万文字以内になりました。あぶねぇ……

次回はドレッドノート討伐後のあれやこれやの描写になります。

【五ノ章】もようやく終わりそうで安心しまし……いや、あと五話くらい続きそうですね。頑張ります。

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