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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第一〇一話 更に闘う者たち《中編》

今回はセリス視点です。

「いったい、何が起きてんだ……!?」


 怒声じみた咆哮(ハウル)が引き起こした地盤崩落。

 いち早く異変に気づいたキオとヨムルのおかげで中心地から離れられた為、大事には至らなかったが──セリスは見てしまった。


 意識の戻らないクロトを担いだキオ達と共に立ち直らないユキを抱えて。

 崩れ落ちていく逃げ道を振り返った時、瓦礫の合間に見覚えのある球体が紛れ込んでいた光景を。

 そうして現れたすり鉢状に広がる大穴の底で、巨大な何かの影が鎮座していた事を。


 セリス達が避難した大穴の外縁部からは、光源が不足している事もあり全てを見渡せない。だが、地底より響く衝突音と巨大な影──ドレッドノートの存在が、セリスの焦燥感を煽らせていた。


「きっとエリック達が戦ってる……でも、こいつらを放置はできないっ!」


 ()()()()()に空いた無数の迷宮(ダンジョン)

 ドレッドノートが吸収した影響で共通経路となってしまった大穴を通り、数多の魔物が暗闇から光を求めるように続々と溢れ出てきた。

 クロトお手製の朱い槍、《カルキヌス》の性能が後押ししているのか。

 キオやヨムルの協力もあって、なんとか魔物の波を(さば)き切れてはいるが、それも時間の問題だ。


「くっそ、キリがねぇ!」

「このままじゃやられちゃうよ……!」

「だからって目を背けんじゃあないよ! 気を抜いたら死んじまうからねッ!」


 何も出来ないで泣いてるだけなんてゴメンだ。これ以上、情けない姿を家族に見せる訳にはいかない。

 セリスを突き動かす衝動は意地だった。不甲斐ない身体に鞭を打って、叩き込まれた槍術を振り絞り、得意とする水の魔法でクロトを守りながら、汗も血も払わず戦う。

 (はか)らずも今のセリスを構成する全ては、《ディスカード》の外に出てから得た物ばかりだ。


 貰い物ばかりで恵まれた存在。

 降って湧いた幸運(クロト)に救われ、導かれ──彼女は今、ここに立っている。

 少しでも恩返しになれば、なんて殊勝な考えは毛頭ない。ただがむしゃらで、向こう見ずで、他人事(ひとごと)でも助けになりたい、と。

 偽りの空の下では欠片も抱いた事の無い、無垢で純粋な道徳の心だった。


「姉ちゃんっ、後ろ!」

「っ!」


 ヨムルの叫びに応じて、背後からの爪脚を払うものの……多方面に気を配りながらの戦闘は、確実にセリスの精神を磨耗(まもう)させ、身体を蝕んでいた。


「まずった……!」


 槍を振るう利き腕に深々と、一条の赤い線が(はし)る。鮮血が飛び散り、制服が赤く滲む。

 爪牙に毒を持つ魔物だったのか。槍を握る手が緩み、掴み直そうとすればするほど力が急速に抜けていく。


 荒くなる呼吸、跳ね上がる体温、(くら)む視界。

 魔臓化という不治の病から復活したとはいえセリスの身体は貧弱だった。思わず、己の状態に舌を打つ。

 それでもまだ無事な手で槍を杖にして、飛び散る鮮血を嗅ぎつけた魔物の顔面を蹴り抜く。


「こんな、所で……くたばって、たまるかよ……っ!」


 この場に立つ誰にも負けない闘争心。朦朧とした意識の最中(さなか)ですら笑みを浮かべる様相は正に獰猛。

 漏れ出た本心のままに、戦いの舞台から降りる気配が無いセリスの気迫は、意図せず押し寄せる群れを怯ませて。

 ほんのわずかに、けれども確かに生まれた空白が功を奏した。


「──“揺蕩(たゆた)う風の(しるべ)(やいば)となりて”」


 鈴の音を思わせる、静かな声。

 時が止まったかのように、全ての生物が充満する魔力の圧に動きを止める。


「“無情なる閃きは項垂(うなだ)れた(くび)を切り落とす”」


 声が通る度に吹き荒ぶ風の中に一瞬だけ、鈍色(にびいろ)光芒(こうぼう)が混ざる。

 それが錯覚ではないとセリスが知ったのは、辺りで(わめ)き散らす魔物達が、一息にして両断された後だった。

 風属性の魔素(マナ)を変質させた不可視のギロチン。

 大穴の外縁部から内部の壁面に至るまで、破壊の限りを尽くしていた魔物を一掃した魔法。


「皆さん、大丈夫ですか!?」


 その術者たるシルフィは、降り注ぐ灰を払いながらセリスの元へ走り寄る。

 セリスに驚きは無かった。こんな常人離れした技ができるのは彼女が知る中で一人しかいないからだ。


「よお、先生……おそかったらひぁ……」

「呂律が回ってませんよ!? 何が……ああ、毒を受けてしまったんですね。すぐに治します」

「あぃあぉう……」


 腕の傷と蒼白な顔色を交互に見やり、シルフィは治癒魔法を発動。

 温かみのある光が全身を包み込み、セリスの表情が温かみを取り戻した。塞がった腕の傷を見下ろし、手を握っては開いて調子を確かめる。


「いやぁ、助かった! スキルは疲れるから使いたくなかったし、代わりに魔法バラ撒いてたら魔力がすっからかんになっちゃって……」

「ギリギリの状態だったんですね。間に合ったようで良かった……他の皆さんは?」

「攫われたガキどもは見ての通り全員無事だよ。クロトはいつも通り大怪我してたけど治した。目を覚ませば動けるとは思う……けど、誘拐犯を捕まえに行ったエリック達が崩落に巻き込まれて……」


 制服の内ポケットに忍ばせておいた、緊急用の魔力回復ポーションを口に含ませながら振り向く。

 血まみれのまま横たわるクロト。

 周辺警戒を(おこた)らないキオとヨムル。

 クロトの傍を離れず、ぐっと拳を握り締めるユキ。


 状況を耳にしながら痛ましくもそこにある命に胸を撫で下ろし、シルフィは静かに穴の方へ視線を移す。

 薄暗い穴の底、重厚な衝突音、反響する獣の(うな)り声。

 先ほどの咆哮の主が底にいるのだと確信する。見えずとも激しい戦闘が繰り広げられているのは間違いない。


 だが、子ども達を放って救援に向かう訳にはいかないのだ。

 パニック状態になっていないのは(さいわ)いだが、周辺一帯の魔物を掃討したとはいえ安全とは言い(がた)く、避難しようにも咆哮による損傷が激しく経路の確保が難しい。


 加えて、クロトの状態も不安要素の一つだった。

 セリスの腕を疑ってはいないが無茶ばかりしがちなクロトの事だ。見た目は綺麗に治っていても体内がどうなっているか不明な以上、下手に動かせば悪化する恐れがある。

 この場で治療するにも穴の底で起きている戦闘の余波が、この立地にどのような影響を及ぼすか予想できない。


「エリック達を助けに行こうぜ、先生」


 どうする、どうすれば……判断に迷うシルフィの手を、セリスが取った。


「ガキ共ならアタシらが居なくても大丈夫さ。この程度でやられるほどヤワな鍛え方はしてないし、速攻でエリック達が戦ってる奴を倒して、区画を脱出すればいいんだからね」

「セリスさんの言う通りではありますが……皆さんは平気ですか?」

「もちろんっ、ここが踏ん張りどころってヤツだろ! 兄ちゃんとユキの事は任せてくれよ!」

「僕はキオと違って役に立ててないから、頑張るよ。……こんな風に言ったら、兄ちゃんに怒られそうだけど」


 どことなくクロトの面影を宿す、やる気に満ち溢れたキオ。

 自身が無いように見えて静かに闘志を漲らせるヨムル。

 誘拐されて心身ともに疲弊し恐怖もあるかと考えていたシルフィだったが、二人の決意を見せつけられ、考えを改める。


「……分かりました。行きましょう、セリスさん」

「おうよ! んで、どうやって下まで? 角度があるとはいえ傾斜になってるし、滑り落ちるかい? 魔法で傷を治しながら行けば……」

「それでは大惨事になりますよ。──この高さなら、飛び下りても問題ないでしょう」

「えっ」


 淡々と、穴の底を覗きながら告げられた言葉にセリスが反応する。


「風の魔法で減速し、着地する瞬間に水の魔法でクッションを作ります。手を繋いでもらっていいですか?」

「な、なるほど? 分かった……ほ、ほんとに飛び下り……へ?」


 言われるがままにシルフィの手を取り、並んで大穴の(ふち)に立つ。

 一歩、足を踏み外せば命の保証は無い。そんな光景が視界に広がり、セリスの喉から乾いた声が漏れる。

 助けに行こうと強気なセリスだが、高所からの落下という未曽有(みぞう)の経験を前にして怖気づいていた。

 誰もがクロトのような適応力と順応力を持っているとは限らないのだ。


「“芽吹きの風は柔らかく”」

「ちょ、ちょ待って! まだ心の準備がッ!?」


 セリスの叫びを聞き流したシルフィの詠唱が始まる。二人を中心に風が吹き上がり、浮ついた感覚が全身を包む。

 せめてもの抵抗か、《カルキヌス》を手放さないようにがっしりと抱き締めて。


「“天より来たりし衣となりて我が身を守らん”!」

「うおおおぉああああぁぁぁ……!?」


 詠唱の終わりに合わせて、セリスの絶叫を響かせながら。

 二人は仄暗い大穴を降下していくのだった。

次回はドレッドノート戦です。

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