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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第一〇一話 更に闘う者たち《前編》

お待たせしました。今回も各視点からのお話になります。

一話にしたら一万文字超えそうだったので前・中・後篇に分けました。

 再開発区画に到達したシルフィとノエル。

 居住区を(へだ)てる魔力障壁を越えた矢先に、まるで逃げるように殺到する魔物(モンスター)の群れを処理していた。

 いかに無尽の魔力を持つシルフィと天賦の才を持つノエルであっても数の暴力には足が止まる。

 右を見ても左を見ても、前も後ろも、上も下も魔物だらけ。

 これではいつまで経ってもクロトの下へ近づけない。


「うっとおしい……!」


 なまじ術式魔法(イグジスト)で正確な位置を把握済みである分、ままならない状況に苛立ちを隠せなかった。

 いっそのこと更地にしてしまうのも一つの手……などと、シルフィは高密度の魔力を手に浮かべて考えている最中(さなか)


 ──ォォォオオオオオオオオオオオッッ!!


 凄まじい音圧の咆哮(ハウル)を耳にする。音源からは離れているはずなのに、身が(すく)むほどの叫びだ。

 震撼する空間、波立つ地面、崩れ落ちる建物。

 かろうじて人の営みが感じられた区画の景観が、一瞬にして荒れ果てた。


「っ、今のは!?」

「ユニーク、いや迷宮主かな? どちらにせよ、この状況では良くないね……!」


 背中合わせのまま警戒するノエルが焦りを見せた。

 魔力を(ともな)い、音響兵器と化した咆哮は耐性の無い魔物を絶命させる。それでも耐えた一部の魔物は恐慌状態に陥り、辺りを無差別に破壊し始めた。

 しかし、その程度であれば難なく対応できる。咆哮の主も、こちらを察知している訳ではないらしく特に動きは見られない。

 ──問題は、別にあった。


 ビキリッ、と。

 亀裂が生じる音の方へ目を向ければ、魔力障壁に無数の(ひび)が入っていた。

 ああ、アレはマズい。己の視野が(せば)まっていた事実に気づくと同時に、シルフィの頬に冷や汗が垂れる。


 再開発区画の障壁は、いわば居住区を守る最後の砦だ。決して破られてはならないが故に、自警団によって警備されている。

 不備が起きれば即座に自警団本部へ警報が届き、そうでなくとも定期的なメンテナンスを行う事で万全な状態を維持しているのだ。


 そんな障壁が、少しの衝撃で砕けそうなほど損傷している。

 他の魔物による攻撃か、あの咆哮(ハウル)が再度響けば確実に破れ、魔物の流出は避けられない。

 仮に破られ、魔物が居住区へ抜けたとして──暴徒化した住民の鎮圧に回っている自警団に対応できる人員はいない。

 そうなれば、引き起こされるのは一方的な殺戮(さつりく)だ。


「ッ!!」


 最悪の展開が脳裏をよぎり、シルフィは強く唇を噛んだ。

 クロト達を助ける事で思考が埋まっていた。己の見通しの甘さが恥ずかしい。

 しかし、叱責するのは後だ。()()()()()()()()()()

 事態が収束するまで壊されない、強固な障壁を。


「“天より来たりし守護星よ”」


 言うや否や、手にしていた魔力の構成を書き換える。

 魔力は文字から文章へ。踊るように円を描き、紡がれていく。


「“(いしずえ)はここに在り”」


 銀の瞳が光芒を散らし熱を持つ。

 昔からの癖が抜けず、魔術を扱うように言の葉を並べて。

 現れたいくつもの魔法陣が重なり、空へ。


「“(あまね)く災いを払いたまえ”」


 罅割れた障壁を押し出すように。

 区画全体にまで展開された術式魔法(イグジスト)は、告げられた最後の一言で発動。

 魔法陣の消失直後、染み入るような金属音が反響し無色透明な障壁が広がる。


「これで一安心……といったところでしょうか」

「やっぱりとんでもないなぁ。こんな広域に障壁を張ったら普通は魔力切れでぶっ倒れるよ。ちなみにどれくらい硬いんです?」

「元から張ってあった物より数倍は。ついでに周囲の魔素(マナ)を吸収して徐々に硬度を増していくように細工しました。先ほどの咆哮(ハウル)を連続で──なんて事が起きない限り、破られる事はありません」

「つっよ」


 なんて事のないように言っているが、それがどれだけ高度な技術が要求されるかを理解しているノエルが舌を巻く。

 とにかく、これで憂いは無い。後は先を急ぐだけ。

 魔物の攻勢を(しの)ぐノエルの動きに付随し、魔法で辺りを一掃したところで。


「──んだよ。手間取ってるかと思ったが……そうでもねェみたいだな?」

「「っ!」」


 突然、降ってきた男の声に二人は顔を上げる。

 橙色に染まる空を背景に、倒壊しかけた建物の端に立つ影がこちらを見下ろしていた。逆光で顔は見えないが、男の両脇で淡く明滅する光にシルフィは既視感を抱く。


「まっ、クロト(あの野郎)とつるんでるヤツが、この程度でくたばるようなタマな訳ねェか」

「……不気味で有機的な光……魔剣ですね。となれば、彼はカラミティの一員か……? 一応お聞きしますが、貴方が子ども達を攫った犯人ですか?」

「残念ながら違う、つってもテメェらは信じねェか」


 おどけた様子で言ってのける男──シオンの影を睨む。

 シオンが何故、わざわざ目の前に現れたかは分からない。悠長に問答をしている余裕はない。これ以上、無駄な時間を掛けてはいられない。

 拘束魔法を構えようとするシルフィの視線を、ノエルが(さえぎ)った。


「先生は先に行ってください。適合者であるなら、アレの相手はボクがやるしかない」

「ですが……!」

「問題ありません! それに、誰よりもクロトくんの元へ行きたいのは先生自身でしょ? だったら迷っちゃダメですよ!」


 背後からではノエルの顔色は(うかが)えない。だが、彼女の言い分も正しかった。

 肝心な場面に立ち会えず、力を持っていても使えず、傷つく彼を見ているだけ。

 何度も罪悪感に(さいな)まれ、己を責めた。それでもどうにかして力になりたいのだ。

 教師としての立場など関係ない。薄情だと(ののし)られても、ただのシルフィとして彼を好いているからこその切なる願いだった。


「──ノエルさん、この場はお願いします!」

「任されました!」


 逡巡(しゅんじゅん)を振り切り、(きびす)を返して走り去るシルフィを横目で見やり、ノエルは頬を緩める。


「いいなぁ。クロトくんには、あんなにも必死で行動してくれる人がいるなんて……その点に関してだけは、ボクとは大違いだ」

「そんで? 残ったテメェはどうするんだ?」

「……んー、聞きたい事が山ほどあるからね。下手に動かれても困るし、時間稼ぎも兼ねてボクに付き合ってもらおうかな」

向こう(グリモワール)でやりあった時から変わんねェな、その上から目線」

「そんなつもりはないんだけどな──」


 自らの発言を(かえり)みて、首を傾げたノエルの喉元に双刃が迫る。

 音を置き去りにした致命の斬撃。しかしノエルにとっては見るまでもないのか、視線すら向けずいとも容易く弾き返す。

 一瞬の攻防。余波で起きた風圧、衝撃がノエルを中心に巻き起こる。


「言い終える前に不意打ち。前にも増して無作法になったんじゃない?」

「軽い調子で防ぎやがって……! 気に食わねェ野郎だぜッ!」


 ノエルにとっては、魔剣を手にする機会となった場面で襲撃を受けた相手。

 シオンにとっては、任務を失敗した構成員の尻拭いをさせられた際の相手。

 どちらも国外遠征から続く因縁があり、こうして出会えた事は奇跡であった。


 (もっと)も、シオンは区画内に侵入してきた(やから)の存在に気づき、様子を見に来ただけで。

 臨時とはいえクロトの協力者という立場であり、ニルヴァーナに余計な不和を生み出さない為の確認だった。


 住民が迷い込んだのならよかったものの、まさかノエルが現れるとは露とも思っていなかったのだ。

 口調や仕草こそいつもと変わらぬチンピラスタイルな彼だが、内心は当然混乱中であった。


「クソッたれ! 貧乏クジばかり引かされる身にもなってみろッ!」

「ボクの相手ってそこまで言われちゃうくらい罰ゲームなの?」


 心からの悪態を吐くシオンと真に受けて傷つくノエル。

 どこか妙な関係性の激闘は、知らずの内に巻き込まれた魔物を蹴散らしながら、再開発区画を駆け巡るのだった。

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