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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第九十二話 滲みだす凶兆《前編》

脚を掴まれ、引きずり込まれ、抜け出せずとも。

汚泥の中で咲き誇る一輪の華を守る為、彼は戦うのです。

『──なるほど。我らが接続していない間に、汝はかの生徒会長(適合者)と友好を深めていたのか』

『しかし死闘を繰り広げた相手にメイド服を着せ、店を手伝わせるとは……君も大概だな』

『おかしいな、別に非人道的ではないしノエルからの提案を受け入れただけなのに言い方に棘があるぞ?』


 ノエルと暴食の限りを尽くした後、食べ過ぎで動けなくなった彼女をその場に放置して散策中。

 模擬戦が終わってからもずっと接続を遮断していたレオとゴートがようやく復帰したので、情報を共有。


 そのまま三人で脳内会話を交わしながら、在庫を売り切って満足そうな出店の人達を眺め、笑顔のまま薄れた人波とすれ違っていく。

 日中のお祭り騒ぎは冷めていき、空が焼けだした空間に落ち着きが生まれ始めていた。


『……ふむ』

『どうかした、レオ?』

『なに、こうして人の営みを見ていると存外に我は──この雰囲気を気に入っている、と感じていた』

『珍しいな、レオが感傷的になるとは』


 無遠慮で空気の読めない発言があっても、レオは俺の身体を通して人の心を、情緒を理解しようと(はげ)んでいる。

 ゴートは幻惑の異能を持つ故にか、レオと比べて人の情や思想に関してそれなりに理解がある。


 不器用なほど真面目に学ぼうとする彼の姿勢に感化され、俺が見聞した様々な事に対して意見交換をする機会が多い。

 自身で結論を出さねば意味が無いと考えており、普段は俺抜きで(おこな)われている。だからこそ、こうして口に出して気持ちを伝えてきたのは驚いた。


『今日を笑い合える普遍的な喜びか、明日の訪れを待つ(わず)かな寂しさか……この想いを正しく受け止められる日が来るだろうか』

『生身の人間でさえ言語化できない感情を、自分らしく解釈しようとする変化は良いと思うよ。レオ個人として成長してきてる証じゃないかな?』

『成長……そうか、これが』


 納得したような声を最後に、レオは黙り込む。

 彼はこうして熟考に(ふけ)ることも増えた。何かにつけて何故、何故だと疑問をぶつけてきた頃と比べて変わったものだ。

 さて、メイド喫茶の片付けも終わっただろうか。十分休ませてもらったし、そろそろ七組の教室に戻ろう。


 幾分か痛みが楽になった身体を見下ろしてから、踵を返した瞬間。ポケットに入れていたデバイスが揺れる。

 通話だ。取り出して相手を確認してみればエリックの名前が表示されていた。そういえばシフトを交代してもらった礼を言えていない。

 俺の代わりにシフトを終えた後、セリスと孤児院の子ども達の数人で出かけた、と心底羨ましそうに顔を歪ませたデールに聞いたのだが……メッセージで済ませるのは失礼だし、タイミングがいいから伝えておこう。


「もしもし……」

『クロト、今どこにいる!?』

「はい?」


 そんな腑抜けた考えを裂くような、切羽詰まった声が響いてきた。


「えっなに、どうしたの? 一応、グラウンドにいるけど」

『詳しい事は会ってから説明する! とにかく報道クラブの記事展示会場まで来てくれ! ナラタがマズい……!』

「っ、わかった、すぐ向かう」

『よほど余裕が無いらしい。声に落ち着きが見られなかった』

『汝の身辺調査をしていた女子生徒に何か問題が起きたようだな』

『何事もなく今日も終われると思ったのに……』


 愚痴っても状況は変わらない。デバイスをポケットに仕舞ってグラウンドから立ち去る。

 校舎に戻る途中、ずっとエリックの焦る声が耳にこびりついていて、それが心臓の鼓動を早めていた。


 嫌な胸騒ぎだ。安穏とした日常が崩されるような、底の見えない大穴の(ふち)に立たされているような……そんな錯覚を覚える。

 俺の知らない、目の届かない所で蠢く何かがいる、と。

 不穏の存在を改めて認識した途端、夕陽を背負って出来た自分の影が無性に恐ろしく感じた。


 ◆◇◆◇◆


 展示会場とされている教室に向かうにつれ、人の密度が増えていく。教師も生徒も一般客も、足を止めて顔を見合わせている。

 時々、ざわめきに混じって不安と奇異の視線を向けられ、コソコソと耳障りの良くない声が聞こえてきた。


 学生でありながら……とか。

 所詮は男ということ……とか。

 模擬戦での姿は嘘……とか。


 人の壁に遮られながらも聞こえてきた言葉は疑惑を(はら)んでいて、胸の奥に不快感を抱かせる。

 遠慮の無い不躾(ぶしつ)けな不信の理由が分からず、否定も肯定も出来ず、衝撃の(たび)に走る身体の痛みを(こら)えて。

 頭を振って気を紛らわせ、辿り着いた展示会場へ足を踏み入れ、


「──なんだ、これ」


 あまりの凄惨な光景に絶句した。

 報道クラブがまとめた記事や新聞が掲示されていたであろう壁、仕切りにはどこかで見た覚えのある写真が何枚も貼られている。

 どれもが盗撮された角度で激写されているそれは俺が依頼で歓楽街に訪れた場面の物ばかりで。


 加えて記事の見出しには“特待生の不祥事!?”“禁じられた情事に溺れる学生”など、見るに()えないでっち上げのゴシップが並んでいた。

 他にも“攻撃スキルを習得できない欠陥人間”“高ランク冒険者に寄生する無能”といった、事実ではあるが大部分が脚色された記事まで出ている。


 気分が悪くなり、逸らした目線の先で足下に散らばる、破かれた記事の断片を拾う。

 ぐちゃぐちゃに踏まれてシワだらけだが、そこには女装メイド喫茶、子ども達の特別カリキュラム、召喚獣保護施設などの内容。


 そして様々な人に聞いて回ったインタビューの全文が載せられていて、特待生の実情に対して真摯(しんし)に書かれていた。

 十中八九、ナラタが編集した物で間違いない。真実に対して愚直とも言えるほど、けれど真面目に向き合う彼女の熱意が込められている。


 そんな努力と決意の結晶が靴底の跡で踏みにじられ、乱雑に裂かれている。

 頭の奥で、何かが千切れる音がした。


「クロトさん……すみません、私たちもこの騒動に気づいて手を打とうとしたのですが、間に合わずこんなことに……」


 エリック達が俺のことに気づいて、カグヤが声を掛けてくれたが応える気にはならなかった。

 その奥でにやけた笑みのままメガネを光らせ、ふんぞり返る男。確か名前は……ジャンだったか。

 対面には肩を怒らせ、猫耳と尻尾を震わせるナラタの後ろ姿があった。


「おやおや、学園きってのクズ野郎がお出ましだぜ」

「ッ、クロト……」


 振り向いたナラタは気まずそうに目を伏せて、次いで歯を食いしばる。

 この光景を俺が見たら、彼女は交わした約束を反故(ほご)にして読者受けの良い悪評をばら撒いた最低な奴、と思われても無理はない。どんな罵声を浴びせられても、殴られたって反論できない状況だ。


 だけど、俺は知っている。同輩に馬鹿にされても諦めず前に進み続ける意志を持った強い人なのだと。

 街中や学園を東へ西へと奔走(ほんそう)し、積極的に情報を集め、納得がいくまで熟考し、正しき批評と真実を伝えようと尽力した彼女の覚悟をよく知っている。


 世の中、悪い声の方が大きく広まり出所(でどころ)が不確かなままでも信じられてしまう。

 間違ったことが正しいことへ置き換わり、負の連鎖は止まらず歪みを生み続ける。


 その過程が、結果が、どれだけ人の体と心を壊してきたのかを。

 誰もが正常であって異常であっても(かえり)みることなく、目と耳に良い無意識な悪意の音として根を張っていく。





 それでも、だとしても。





 時間を掛けて、食べてる間も寝る間を惜しんで。

 数多くの人から集めてきた声を元に、文を考え推敲し、多忙の中でもユキの面倒まで見てくれたナラタが。

 そこまでしてくれたのに記事はゴミのように扱われ、申し訳なさと不甲斐なさ、力不足な自分を憎むほどの悔しさで顔を、心を歪ませている。


 誇りと信念を踏みつけられた彼女に、俺が言葉を掛けたところで抱いた気持ちは簡単に払拭できるものではない。

 でも、そうだとしても──見て見ぬフリなんてできない。


「ごめん……私、頑張ったんだけどダメだったみたい。あんなに苦労を掛けたのに、結局何も……」

「これで終わりなのか? ナラタ」

「え……?」


 自罰的な後悔を(さえぎ)って、余裕の笑みを保つジャンを見据(みす)える。


「こんなぽっと出の害悪でしかない存在に止められるほど、お前の熱意は薄っぺらいモノじゃあないだろ」

「はっ? てめぇ、よくそんな口が叩け」

「俺の事をどれだけ悪く言われようが構いはしないが、人の努力や成果を馬鹿にしたり無下にするなんて(みにく)いだけだぞ」


 畳みかけるように言葉を繋げて、ナラタに目線を送る。


「ナラタが書いた記事はこの程度のゴシップに負けはしない。人の心に届くモノを書こうと頑張ってきた努力を、俺やアカツキ荘の皆はずっと見てきたんだから──絶対に無駄じゃない。いつもみたいに、自信たっぷりに胸を張りなよ」

「クロト……」

「ふんっ、女の扱いなら手慣れたもんだな! 遊んでるだけのことはあるじゃねぇか!」

「あと、こういう三下みたいなセリフしか吐けない低能に屈するとか恥ずかしいぞ。どうせ旗色が悪くなったら姿をくらませて無関係を(よそお)ったり、誰かを下に見てないと自尊心を保てない弱い存在だ」


「その証拠に二日目ももうすぐ終わりそうな時になって、この事態を引き起こしたんだからな。どうせ模擬戦の結果を見てビビって動けなかったんだろ」

「なーんか違和感あるなぁと思ってたけど、そういうことかい……? 馬鹿にしてたクロトが生徒会長にかなり善戦してたから、影響が出るか分からなくて様子見してたって訳か。うわぁ、だっせぇ……」

「正直、こんな物が公表されても私たちはクロトさんとの関係を変えませんよ。嘘でも事実でもどうせクロトさんのことですから、何かしら複雑に絡んだ事情があって行動を起こしたのでしょう」

「理解があって信用されてるのは嬉しいけど、理由が特殊過ぎない?」


 俺の攻め手に乗じて次々と言葉を投げつけるアカツキ荘の面子。

 悲しきかな、今まで建立(こんりゅう)してきた数々のやらかしに巻き込まれてトラブルに慣れてしまった面々からの援護に、ジャンは見るからに動揺して顔を赤くする。


「舐めたこと言ってんじゃねぇぞ……! てめぇらごときがどんだけ声を荒げようとしたってなぁ、聞く耳を持つ奴なんかいねぇんだよ! それに」

「納涼祭を楽しんでる七組の皆にも迷惑が掛かるかもな、そこは素直に申し訳ないと思うよ。……でも結局、捻じれて湾曲しても悪評が行き着く先は俺個人だ。そうなるように仕組んだのは他でもない、お前自身だぞ」


 低俗で煽るような文が並ぶゴシップを眺めて、次いでジャンを睨む。

 ビクッと身体を震わせた小心者。周りの目を(うかが)ってばかりで、優位に立てたかと思えば相手にとってそこまで痛手ではない、と。


 きっと俺が展示会場に訪れる前から、特待生に対するあることないことを言いふらしていたのだろう。

 しかし結果はどうだ? 陥れる為の道具や環境を本人から至極どうでもいいと反論され、まだ真偽に迷う人が残るこの場で非常に情けない姿を(さら)す。

 ──どうやら以前食堂で告げた警告を一切覚えていないらしい。


「余裕ぶって説教垂れやがって……相変わらずむかつく野郎だぜ。そんな顔してられるのも今の内だ、これよりもっと酷い目に遭わせてやるよ」

「満足するまでお好きにどうぞ。ああ、もし俺じゃなくてメイド喫茶の方に直接妨害を働くなら、その時は容赦なく責め立てるから覚悟しておけよ。無関係な客にまで危害が及ぶかもしれないからな」

「脅しのつもりかよ? 気楽なもんだなぁ、自分の行動に責任が伴うってのを理解してないバカはよぉ!」

「その言葉、そっくりお返ししてやる。……さて、これ以上この場に(とど)まってもしょうがないから帰るよ。はいみんな撤収撤収」

「「あーい」」

「え、わ、私も!?」

「今後について話し合わないといけませんし、貴女の力が無いとイタズラ記事の効力に対抗できませんから」


 暖簾(のれん)に腕押し、(ぬか)(くぎ)

 言葉を尽くした所で互いに折れる訳もなく、時間の無駄と判断してエリック達とナラタを連れて展示会場から廊下に出る。

 ずっと背後でジャンが俺への罵詈雑言を叩き出しているが、今のやりとりを見ていた客の心を掴むようなものではなかったようで。

 どんどん展示会場から人が流れていき、廊下から覗いていた野次馬も興味を失ったのか離れていく。当然と言えば当然か。


 歓楽街に入り浸っているというが、それならもっと致命的な場面があるはずなのに、誰がどう見ても不自然な角度で撮られた写真。

 撮影者本人すらも怪しまれる危険な行為に不審を(つの)らせる者もいるだろう。


 高ランクで有名な冒険者の情報ならまだしも、低ランクの雑用依頼ばかりこなしている冒険者の情報など知る必要がない。

 元より個人のスキル構成やクラスの欠点を許可なく(さら)すのはギルドの法で禁止されているので、普通に犯罪である。写真の件も同じく犯罪だ。


 そして何より、所詮は学生の出し物であるという前提が情報の信憑性(しんぴょうせい)を無くす。

 セーフどころかアウトラインに片足を突っ込んだ、稚拙(ちせつ)でくだらない偏向報道の情報を信じるほど、ニルヴァーナの住人は愚かではないし幼稚(ようち)でもない。


 俺に対する(よこしま)(ささや)き声もぷっつりと治まり、見世物を見終えた観客は気にも留めず帰路に着く。

 そうしてジャンだけがポツンと一人で取り残され、羞恥(しゅうち)と怒りで体を震わせる姿を横目に。

 癇癪(かんしゃく)に巻き込まれては(たま)らないので、俺たちは早々にその場を立ち去った。







「~~っ、むかつくクソ共がァ……! なんでこんなにも上手くいかねぇんだよッッ! ちくしょう、ちくしょうっ……!」


書き溜めいっぱいあると思ったらそんなになかった……後編は今から書きます。


ちなみにアカツキ荘の方々は盲目的にクロトを信じている訳ではありません。

突拍子もない言動やトラブルに巻き込まれ、右往左往しながらも奔走し、面倒事を片付けようとする姿に呆れつつ「しょうがねぇなぁ……」と手伝う気概を持ち合わせています。


故にどれだけ悪評やら良くない噂を耳にしようと、自分が影響を受ける事になろうとも。

善悪の括りに縛られず、ただ誰かの味方であろうとするクロトを見放したりはしません。

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