幕間 かくして幕は開かれる
学園構内、グラウンド。
納涼祭を運営する役員の内、数名がとある装置を前に最終調整を行っていた。
「点検完了、設備に異常なし! いつでもぶっ放せますよ!」
「お疲れさん。指示書によれば十七時ちょうどで点火しろって話だ。それまでここで待機だな」
「了解っす! にしても急な話でしたね、一日目は無かったのに二日目は終了の合図として花火を上げろって」
「学園内に居る奴らは構内アナウンスで周知されるが、居住区までは届かん。分かりやすい狼煙が必要ってこった」
「今年の納涼祭は熱気が凄いっすからね。色んな人が興奮してて、ちょっと度が過ぎてるっつぅか……」
「暴力的だってか? 確かに例年と比べて熱が籠ってんだよなぁ、ちょっとやそっとの刺激じゃ止まらねぇ」
「そうっす! だって納涼祭が始まる前から、冒険者同士の殴り合いやら旅行者の暴行事件とか起きてたじゃないっすか」
「自警団は取り締まりに相当苦労してたみてぇだな。まあ、なんとか沈静化したおかげでこうして納涼祭が出来てんだし、稼がせてもらってる身としては感謝しねぇとな」
「そっすねぇ。にしても、この花火ってどこから仕入れてきたんすか? 急な話だったのに準備は万全でしたし」
「下請けだから詳しくは知らんが魔科の国の企業で取り扱ってる品らしい。錬金術師が使う特殊な爆薬が詰められた、祭事に使えるド派手なジョークグッズだとか。試供品も込みで格安だったから購入したんだってよ」
「へー、そこまでいうほどの物なんすか。どんなもんなのか楽しみっすね!」
◆◇◆◇◆
学園内、とある教室に向かう途中で。
妖精族の男女と、その隣を歩く黒髪の女子生徒が談笑していた。
「いやはやまったく、模擬戦が終わった後は大変だったねぇ」
「マジでキツかったぜ……生徒会長と戦ったのが特待生で、しかも所属してるクラスではメイド喫茶なんて奇天烈な出し物をやってる。そんな噂が流れれば当然、興味は持たれるよな」
「クロトが目を覚ますまでの時間稼ぎは出来た訳だし、頑張ったおかげで午後からは全部休みになったんだからいいじゃないか。まあ、驚かされたのはそれだけじゃないが」
「まさか生徒会長が動けないクロトさんの代わりに手伝ってくれるとは思いもしませんでしたね。模擬戦を見た方々はイメージと違う彼女の姿に呆気に取られていたそうです」
「しかも客足倍増したらしいからな。あれだけ激戦を繰り広げてた奴がメイド服で給仕をしているとか、そりゃ話題の的にもなるわな」
「昨日よりもっと売上が伸びそうだねぇ……お金が増えるのは良いことだ」
「ところで、ナラタが特集した記事の展示会ってこの先の教室で合ってんだよな?」
「ええ、そうですよ。報道クラブが一室を借りて、学園の活動を記録した新聞や広報誌を閲覧できるようにした、と。今日の朝、ナラタからデバイスで連絡がありました」
「今更だが、何度聞いても需要があるのか疑問に思うのはアタシだけかい? 確かに学園に来た頃は普通の学生と何が違うんだ? と考えたことはあるが」
「セリスみたいな認識の奴が学園内外に関わらず大勢いるからな。目立つ出し物とは言いがたいが特待生の認知度を上げられるし学園の細かな情勢を知れると考えたら、人の目に触れやすい納涼祭は最適な時期だ」
「それにクロトさんは冒険者ギルドや特待生の依頼でニルヴァーナ中を駆け巡っています。印象に残りやすい方ですから、気になる人は多いと思いますよ」
「迷宮攻略より優先してたもんな、偶に手伝わされてたからよく分かるよ。おかげでニルヴァーナの地理に詳しくなれてありがたかったぜ」
「っと、そろそろ展示会の場所……だが、なんか騒がしくねぇか?」
「怒鳴り声が聞こえるし、廊下はなんだか散らかってるし……嫌な予感がするよ」
「この声はナラタの……二人とも、急ぎましょう」
◆◇◆◇◆
ニルヴァーナ南西地区、再開発区画の近くの路地裏で。
不機嫌そうに眉根を寄せる男と、眼帯で片目を隠した女が立っていた。
「他に目を付けてた怪しい場所に痕跡は無かった。あるとすれば、クロトが教えてくれたこの地区だけ」
「くそッたれ、あれだけ走り回されたのに結局アイツの推測通りになったか……気に入らねェ」
「文句言ってないでどうやって侵入するか考えるよ。自警団のパトロール、強固な魔力障壁、夥しい数の魔物……騒ぎを起こさずに侵入するのは難しい」
「オレかてめェが囮になれば、とも思ったがさすがに厳しいか。障壁は発生装置を無力化すれば問題はねェとして……」
「対人戦に慣れた自警団にユニークと魔物、数で圧死させられるのは目に見えてる。速攻で掛かったとして時間も人手も足りない。カラミティの構成員がいれば露払いは任せられるんだけど」
「無いモノねだりしたところで状況は変わんねェだろ。……殺しが止められてんのが面倒だな、斬り捨ててそのままにできねェ」
「魔科の国に居た時の感覚で動いてたら、一発で指名手配されるよ。これ以上、ニルヴァーナで問題は絶対に起こせない。私たちで解決するしか──そうだ、クロトに協力してもらおう」
「……アイツなら自警団に顔が効くかもしれねェし、魔物との戦闘にも慣れてる。最適っちゃ最適だが…………ちッ、背に腹は変えられねェか。セカンド、デバイスで連絡を取ってくれ」
「わかった。今の時間なら納涼祭の片付けも終わってるだろうし、疲れてるかもだけど……」
◆◇◆◇◆
学園外周の並木道。
制服を着た獣人の子どもが三人、横一列に並んで歩いている。
「にぃに、プレゼント喜んでくれたね!」
「咄嗟に思い付いた物だから、もう少し凝った方がいいかとも思ったけど」
「ほんとに嬉しそうにしてたし、クロト兄ちゃんはそういうの気にするタイプじゃないだろ」
「分かってはいるんだけどさ……まあ、渡しちまった物をあれこれ考えてもしょうがないか。……笛、ソラと遊ぶのに使ってくれたらいいな」
「仲良しだもんね、にぃにとソラ! 広場にいた子達からもにぃにの匂いがしたし、みんなにぃにのことが大好きみたい!」
「それにしても模擬戦の兄ちゃん、めちゃくちゃ強かったね。普段どれだけ手加減されてるのかよく分かった気がするよ」
「しかもトリックマギアにあんな使い方があるなんて全然知らなかったぜ。どうせ兄ちゃんの事だから、俺らが気づくまで教えるつもりはなかったんだろうけど」
「普通に考えて二本のトリックマギアを繋げるとか思いつかないからね」
「あれ? そういえばキオたち、トリックマギア返してもらった?」
「えっ……あっ、模擬戦の時に渡してそれっきりだ!」
「さっき会った時に返してもらうように言えばよかったね。緊張しててすっかり忘れてたよ」
「今から広場に戻ってもいないだろうし、明日返してもらえばいいか。納涼祭中に使う機会なんて無いし」
「んぅ? ねえ、なんか変な匂いがするよ?」
「匂い? ……ほんとだ、うっすらとだけど兄ちゃんが使ってる薬品みたいな……」
「ってか、なんだか頭がクラクラする……それに周りに人がいない。っ、急に眠くなって」
「これ、眠り薬……どうして」
「キオ、ヨムル! しっかりして! ど、どうしたら……っ、だれ!?」
「さすがにそこらの異種族よりは耐性が高いか。さすがはフェンリルに適合したバケモノ、頑丈だな」
「お前ッ!」
「……大人しく意識を落としていれば傷つかずに済んだというのに。所詮は獣、人の道理は弁えないか」
「うるさ……ぐ、あうっ」
「まったく、ようやく薬が回ったか。常人であれば命に関わる濃度だが貴様であれば問題は無い。──さて、仕込みは上々、道具も手に入ったことだ。そろそろ始めるとしよう」
クライマックスに向けた準備回です。