第九十一話 キミが羨ましい
ルビコンで傭兵業に勤しんでいました。
三週クリアしたので小説の方へ戻ってきました。
納涼祭二日目、時刻は十六時ごろ。
シュメルさんの来訪という突発イベントはあったが、組まれていたシフト分の仕事を終えた俺とノエルは休憩に入っていた。
朝から大変な目に遭ったんだし、こっちで片付けはやっておくから遊んでこい、と。
デールに快く送り出されてグラウンドに出てきた俺達は、わずかな時間だが出し物を見て回ることにしたのだ。
「んーっ、疲れたぁ……でも、めちゃくちゃ楽しかったなぁ」
「息抜きになったみたいでよかったよ」
執事服が窮屈だったので俺は着替えたが、ノエルは気に入ったのかメイド服を着たまま背筋を伸ばし、晴れ晴れとした笑顔を浮かべる。
言葉の割に表情に疲労の色は見えない。怪我の影響とシュメルさんの対応で肉体、精神共にヘロヘロの俺とは大違いだ。
……と、感心してる場合じゃないや。近場の屋台で販売していた冷えた果実水とミートパイを二つずつ購入。
「手伝ってもらったお礼に軽食どうぞ」
「えぇっ、気にしないでいいのに……でも、ありがとー」
それをノエルに手渡して、歩きながら頬張る……すげぇ美味いなコレ。
「ジューシーな肉の食感とサクサク生地のバランスが絶妙だ」
「メイド喫茶のスイーツもクオリティ高いけど、ジャンルが違うだけで他の出店も負けてないね」
なんだかんだ働きづめで空腹だったこともあり、早々に二人でぺろりと完食。
そのままの流れで屋台巡りを敢行。夕食のこともあるので軽めの物をいくつか購入し、見晴らしの良い“召喚獣触れ合い体験広場”の近くで設営されたテーブルの一つを占領。
ようやく一息つける……などと構えていたが、メイド服を着た生徒会長が暴食に走る、という奇天烈な光景に道行く人が二度見していく。
「なんかボク、めっちゃ見られてる?」
「絵面が特殊過ぎるから仕方ない。おっ、迷宮野菜の串焼き美味いな。ホクホクでシャキシャキだ」
「ちょっと、それボクが気になってたヤツ! 勝手に食べないで!」
「いや二本ずつあるんだからそっちを食べなさ「《アクトブースト》」──上位スキルの無駄遣いはやめろぉ! 食卓は戦場とも言うが限度があるだろ!」
俺の抗議を聞き流し、ノエルは風の如く奪った食べかけの串焼きを一口でムシャリと食べる。
リスのように頬を膨らませたまま卑しく笑う彼女を睨みながら、欠片でも持っていた労いの心を捨てて食い漁る。
ノエルは爆速で減っていく料理の山を見て急いで呑み込むが、喉に詰まらせて顔を青くさせた。自業自得である。
「み、水ゥ……!」
「おばあちゃんさっき飲み干したでしょ」
「だれ、が、おば……っ!」
ちなみに食べ物オンリーで飲み物が一切無いので助けられない。すまんな。
その事実に気づいたノエルは苦しげな表情のまま近場の出店に歩いていく。なんと弱々しい学園最強の背中だ、メイド服なのも相まって妙に哀愁が漂っている。
さーて、気を取り直してあいつがいない間に食えるだけ食っておこうかな。
「あれ、クロト兄ちゃんだ」
「にぃに~!」
黙々とお腹を満たしていたら体験広場の方から声を掛けられる。振り返れば召喚獣に囲まれたキオ、ヨムル、ユキがこちらに走り寄ってきた。
おやおや、随分と仲が良いじゃないか。子どもと小動物が遊んでいる光景は心が和む……召喚獣も嬉しそうにしているようだし、満喫しているようで何よりだ。
そのまま柵越しに話していると、俺の顔を覚えている召喚獣が肩へ飛び乗って甘えてきた。ほほほ、ソラと似て愛いヤツよのう。
「兄ちゃん、普通に出歩いてるけど身体は大丈夫なのか?」
「ああ、そういえば皆も模擬戦を見てたか……先生に激しい動きはするなって言われたよ。傷が開くかもしれないから、こうして大人しくしてる」
「その割にめちゃくちゃメシ食ってない?」
「大きな怪我を治すとエネルギーを持ってかれるから栄養を取らなきゃいけないんだ。血液魔法に限らず、他属性の回復魔法も治癒魔法も魔力を消費するだけじゃないから覚えておくといいよ」
「「「へ~」」」
魔法で怪我を治す練習をしていた時、なんでこんなに腹が減るんだろうと疑問に思い、リーク先生とシルフィ先生に指導された重要事項でもある、と。召喚獣にもみくちゃにされながら説明する。
納得した様子の三人を見て、ハッとする。いかん、特別カリキュラムの教師役をしてる癖でこんな言い方になってしまった。これじゃまるで仕事人間の思考だ。
「でも惜しかったね、にぃに。あとちょっとで勝てたかもしれないのに……」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ。けど、ノエルはあれでまだ本気を出してなかったみたいだからな。戦うならもっと上手く策を練らなくちゃいけない」
「え、あんなむちゃくちゃに会場を壊してたのに?」
「うん。……そういえば自由に狙い撃ての会場ってどうなった? 倒れた後、どうなったか何も知らないんだけど」
保健室に運ばれて症状を聞かされ、ノエルの協力を得てそのままメイド喫茶に直行したので、事後処理について全く聞いていないのだ。
「血の池はミィナ先生が魔法で消し飛ばしたから問題無いけど」
「ふんふん、消し飛ば……え?」
「ステージと障害物、魔力障壁がぶっ壊れたから競技は禁止」
「それはまあ、妥当な判断だな」
「あとべんしょーとほてん? が必要とかで、色んな大人が自由に狙い撃ての人たちに怒られてた!」
「学園長も一緒にブチギレてたね。“あんたらが余計なことしたせいでこうなって……ッ!”って」
「俺は良い経験になったし何も知らない観客は盛り上がってたけど、学園も運営も得をしない最悪のイベントだったからな」
来賓とやらは学園長へ脅し混じりに指示して、苦労して誘致したアトラクションを台無しに。
その上でさも自分は悪くないとでも言うように偉そうな振る舞いをしていた。しかも衆人環視の状態で。
なんとも傲慢で浅慮で愚か。一時は良いとして、多方面に不利益を被る点が多過ぎると理解していないらしい。
学園という組織、引いてはニルヴァーナ最高責任者たる学園長を舐め腐り、自由に狙い撃て側の顔に泥を投げつけたも同然の行いだ。
辛酸を舐める羽目になった学園長は間違いなくイキイキとして、徹底的に毟り取る腹積もりだろう。
……もしかしてシュメルさんも関わってるのかな。学園長があんな必死に探してた訳だし。
麗しの花園はそういった方面への影響力が強いから、歓楽街から干されたという事実だけで何らかの障害が起きてもおかしくない。というか、ニルヴァーナに居られなくなる可能性すらありえる。
「とはいえ、どんな結果になっても同情の余地はないな。現に俺みたいな重傷者が出来上がってるんだ、無事では済まないだろうね」
「あれは兄ちゃんが自爆しただけじゃない?」
「なんだと」
生意気なことを言うヨムルの顔面に召喚獣を押しつけた。
貼りついた召喚獣を引き剥がそうと格闘している様を見てほくそ笑む。
「まったく、遠慮のない言葉のナイフで刺してきおる。意外と気にしてるんだぞ、間抜けすぎて」
「ははは……悪気があった訳じゃないし許してやってよ」
「わかってる。……ユキ、どうした?」
引き剥がす手伝いをしているキオを眺めていると、どことなく満足そうな表情のユキが笑みを漏らす。
「──んっふっふ。実は今日、がんばったにぃにへユキ達からプレゼントがありますっ!」
「プレゼント?」
「ぷはぁ! ……ぜぇ、へぇ……皆で、考えたんだぜ。いつもお世話になってるし何かお返ししたいって」
「思い出になるような物でも、とか考えてさ。色々と制作体験の出し物があったからそれがいいかも、なんて話になったんだ」
「おお、マジか……」
子ども達からの贈り物、というだけで素直に嬉しくて言葉に詰まってしまった。こんなサプライズを計画していたなんて……。
「というわけで、こちらがそのプレゼントですっ!」
元気いっぱいに振り上げた右手には、首から下げられるように紐を括りつけた細い棒状の物が握られていた。
アクセサリーかな? よく見れば小さな穴がいくつか空いているみたいだけど。
「えっと、これは?」
「ここの体験広場で作れる、召喚獣にだけ音が聞こえる笛だぜ。直接指示が出せなかったり離れ離れになった時、事前に笛の音を覚えさせておくと便利なんだって」
「へーっ、位置を知らせたり合図代わりに使えるのか! そんな便利な物があるなんて知らなかった!」
「兄ちゃんにはソラがいるし実用的な物だから、こういうのがあれば嬉しいかと思ったんだけど、どう?」
「──めちゃくちゃ嬉しい! ありがとう、大事に使わせてもらうよ」
にこやかな笑みを浮かべる三人に感謝を伝え、手にした笛を首から下げる。
金属製の武骨で飾り気のない軽い笛。けれど子ども達の想いが込められたそれは、陽に照らされ鈍色の輝きを放つ。
きっと、いつまでも忘れることのない思い出になる。そんな確信があった。
◆◇◆◇◆
召喚獣を預けに去っていく三人を見送り、テーブルに戻ろうとして。
「……むぅ」
いつの間にか戻ってきていたノエルが、飲み物を片手になぜか不貞腐れた様子でこちらを見ていた。
「教師に同級生に子ども達……色んな人に慕われてるんだね。今日一日、キミと関わっただけでもよく分かったよ」
「子ども達に関しては事情が事情だから、それなりにね。で、いきなりどうした?」
音を立ててジュースを啜るメイドという、ある種の冒涜的な光景を正面に捉えながら。
物憂げに目を伏せたノエルが、静かに口を開く。
「学園最強なんて二つ名を付けられるとね、どうしても周りの見る目が変わってくるんだ。昨日まで仲が良かった同級生も、相談事をする教師も、面倒を見ていた下級生も」
ある人は恐怖を。
ある人は我欲を。
ある人は羨望を。
日常の象徴とも捉えられる尊ぶべき思いは、あっさりと負の感情へ転換した。
「どうにかしたいとは思ってるんだけどね? でも普段通りにしていても、払拭しようと頑張っても印象は変わらなくて……ずっと、人の欲に動かされてるような気がするんだ」
飲み物の入ったコップを握り、ぽつり、ぽつりと。口に出せず抑え込んでいた独白を続ける。
当人が望む、望まないにしろ普通という枠組みから外れた存在。そうあるだけで周囲に与える影響は凄まじい。
過ぎた力は急速に孤立を生み、突出した個人は学園や冒険者ギルドという組織からも疎まれ、謂れの無い噂を生む。
そうして言われるがままに利用され、尊重されることもなく、ただ使い潰される。まるで道具のように。
「だから──キミが羨ましい。奇を衒ってるわけでもない自然体の、ありのままの自分を曝け出せるキミが。ボクにとって最も欲しいモノを持つキミが、本当に」
今にもくしゃりと崩れそうな笑みを向けてくるノエルが、どれだけの痛みを抱えているのか俺には分からない。
だけど彼女にとって解決できない悩みがいつか塞ぎ切れず溢れ出て、取り返しの付かない状態になるのを、黙って見ているのは嫌だ。
何より……悩みや不安を打ち明けてくれるほどには、俺を信頼してくれた彼女に応えたい。
求められていなくとも、欲しい答えでないにしろ。
胸を張って前を向けるようなきっかけになればそれでいい。
「っ、急にごめんね。こんなこと言いだして困っちゃうよね。久しぶりに学園での生活が楽しくて、少し気が緩んでたみたい……忘れて」
「え~嫌だ~。自分から弱みを見せてきたのに利用しない手はないし~、なんだか褒められてるみたいで気分もいいし~いででででッ!? 腕をつねるな、引っ張るな!」
ニヤニヤしながら煽ったら仕返しされた。
こいつッ……こっちが真面目に考えてやってるのに!
「人が真剣に悩んでるのにそんな言い方されたらねぇ、気が悪くなるのも仕方ないと思わなぁい?」
「だったら良い恰好ばかりしてないで普通な部分もあるんだって見せつけろ! 陰口を叩かれて怖がられて、良いように利用されてる自覚があるならさ!」
そう言うと、ノエルはわかりやすく体を揺らして力を緩めた。
つままれた手をはたき落として赤くなった腕を擦る。
「勉強も料理もできなくて人並みに悩みを抱える学生だって理解してもらいなよ。他人から向けられる憧憬、尊敬、畏敬──その全部がノエルを苦しめてるなら弱さを隠すな。共感か同情できる部分があれば、近づきやすい人間だと思われるだろ」
「うッ……だけど」
「あと学園最強なんて肩書きを重く受け止めるなよ。頼られるのは良いことだし、肩書きに助けられることもあるだろうが、所詮は自分から名乗った訳じゃない他称の呼び名だ。あくまでノエル・ハーヴェイを構成する一部であって、それだけでノエルを分かった気でいられるのも癪だろう?」
「言ってることは分かるよ。でも、その言い分は君にだって当てはまるでしょ」
「もちろん」
不安そうに両手を握り、まっすぐ向けられた指摘に頷く。
「けれど、これまでの交流と今日だけでノエルについて色んな事を知れたぞ。不器用ながらも人を思いやれる、意外とノリがいい、美人に弱い、食べ物にがめついとか。どれもこれもノエルらしい一面だと俺は思ってる」
「改めて言われると恥ずかしいんだけど?」
「恥ずかしくていいんだ、情けなくていいんだ。自分は空虚で血の通わない操り人形ではないと主張しよう。もし一人でやるのが難しいなら俺やアカツキ荘の皆も力になるから、少しづつ実践していこうよ」
この返答がノエルにとってどう響くかは分からない。
しかし変えたい、変わりたいと願う心意気があるのならば、きっと無駄にはならないだろう。
少なくとも彼女を心配して声を掛ける教師や同級生がいるのだから、そんな人たちの想いを汲み取れれば──ノエルらしく楽しく笑える日がやってくるだろう。
「まあ、こんな偉そうなこと言っておいてアレだけど、上手くいく保証はどこにも無い。気に食わなければ聞き流してもらっていいから」
「ううん、そんなことないよ。本気で考えてもらって嬉しかった……ありがとうね」
踏み込んだお節介かと思ったが、夕陽に照らされた笑顔を見るに悪いものではなかったようだ。
良い空気になったところで、ノエルが追加で購入してきた食べ物を口に詰めていく。んふーっ、美味い美味い。
ぎょっと目を見開き、静止しようとしてくる彼女の手を避けつつ、負けじと他の料理に手をつけていく様を見やり。
お互いに喉を詰まらせ、震えながら果実水を買いに出店へと向かった。人数分は買っておいてよノエルぅ……!
ということでノエルとのデート回……書くつもりは無かったのですが必要かと思いまして、差し込みました。
次回から急展開です。お楽しみに。