第八十五話 密談《前編》
カラミティの二人に連れていかれたのは、学園敷地内に点在する四阿の一つ。
偶に特待生依頼で長椅子やテーブル、結晶灯の修繕や清掃を任されている為、ある程度の立地は把握している。
──ここは学園の各教室、構内の主要通路から距離があり人が滅多に通らない。誰にも見られたくない、聞かれてはならない秘密の相談をするにはうってつけの場所だ。
「いつの間にこんな所を把握してたんだか……」
「なンか言ったか?」
相変わらず機嫌の悪そうなファーストが長椅子に、その隣にセカンドも腰を下ろした。
……普通に対面で座ってよいものか。向こうから話を持ち掛けてきた以上、穏便に事を進めたいのはお互い同じだろうけど、セカンドはともかくファーストの扱い方が分からん。
……突っ立ってても仕方ない、少し迷ってからテーブルを挟んで座る。
しばしの静寂の後、結晶灯が明滅し仄かに周囲を明るく照らしだした。
「あまり遅くまで留まると怪しまれる、手短に済ませよう。ニルヴァーナを守る為とか言ってたが、あれはどういうことだ?」
「その前に一つ聞かせて。……こちらの幹部の一人、ファイブを殺したのは君?」
質問を遮られ、セカンドが眼帯で隠した反対の眼を細めて問いかけてきた。
いきなりだな。というか、襲撃者が死んでるのはセカンドたちも掴んでたか。……魔剣から情報を探ったことはぼかして、他は正直に言った方がいいな。
「いや、俺はやってない。身柄を拘束してアイツが幹部だってのは分かったが、情報を聞き出す前に何者かに殺された。殺害方法が異質だったから仲間の適合者が口封じをしたと判断してたが……」
「はンっ、予想通りだな。……何日か前に幹部が三人、ボスの指示を無視してニルヴァーナへ向かった」
「その内の一人は魔剣の適合者だけど一つ問題があった──カラミティが保持している魔剣をもう一本、無断で持っていかれたの」
「つまり、カラミティは合計二本の魔剣を持ち込んでいる? 使えもしないのになんのために?」
「さァな。だがはっきりとしてンのは、奴らは独断で事を起こそうとしてる。ヤクまで持ち出して他所のシマで、我が物顔でな」
「ヤク……魔導列車の空調設備に細工を仕掛けたのはやっぱりカラミティか」
大体の情報は共通してるな。三人の幹部、一人の適合者、魔剣が二本、違法薬物を使った臨床実験モドキ……それらをジンに報告せず勝手に動き回っているらしい。
「まったく面倒なマネしてくれるぜ。こちとら順調に勢力広げて土台作りしてるってのに、木っ端が浮足立って勝手なことしやがる。オレ達はガキの尻拭いの為に使われるわけじャねェんだぞ」
「クロトが魔剣を所持しているのを恐れて行動を起こしたとは考えられるけど……」
「そっちでも俺が破壊の魔剣を入手してるのは承知済みか。まあ、保管施設が崩壊したみたいだし当たり前か」
「よかったじャねェか。医療技術トップ企業の崩落に合わせて主要研究施設の破壊もするなンざ、並の悪党でもここまで手際はよくねェぞ」
「イヤな肩書きばかり増えるな……」
からかうようなファーストの言葉に頭を抱える。《デミウル》失脚はともかく施設に関してはレオのせいなのだが。
「……で、どうしたいんだ? お前らの目的が分からない、襲撃者に関しても不明な部分が多過ぎる。さっき力を貸してほしいと言ったが、襲ってきた幹部連中を連れ戻すことか? それがニルヴァーナを守ることにも繋がるのか?」
「……ごめん、順番を間違えたね。改めて説明するよ──私たちがここに来た理由を」
辺りの風が止み、夏空が暗く沈んでいく。空気が変わった。
「まず初めに、君はニルヴァーナについてどれだけ理解している?」
「何を急に……魔科の国、日輪の国、グランディアの三大国家を結ぶ中心点。設立初期は資金面や人材面で援助を受けていたが徐々にそれも無くなり、三大国家の最高権力者による承認を経て独立自治権を得た国家だ」
「そう、中心点。三大国家のみならず小国家に対しても魔導列車のレールを敷き、人や物、技術ですらもこの国を経由して運ばれる」
「そうしてどの国家もここ数十年で大きく様変わりしたってわけだ。特にニルヴァーナは他国に比べて有能な資源が眠る迷宮を多く保有している。そこで採れる魔物素材、鉱石、魔力結晶を交易する事で利益を生み出してンだ」
突拍子もなく歴史の授業のような流れになってしまった。とりあえず話を合わせよう。
「今のニルヴァーナはどの国家にも無視できないほどの影響力を持つ国と化している。実際、ここを拠点としている商会や冒険者も多数存在しているからな。……でも、それが何だっていうんだ?」
「中心点であり中継地点。交易拠点として最適なニルヴァーナが機能不全に陥るほどの状況になったら、どうなると思う?」
「そりゃ各国への流通ルートが止まることになる。商会、引いては各国の不利益に繋がるといっても過言では……まさか」
「てめェの想像通りだ。このまま好き勝手させりゃ、連中は間違いなくニルヴァーナに大混乱を引き起こすだろうよ」
さも当然と言わんばかりにファーストはのたまう。
ニルヴァーナを経由しない流通ルートなら他にもある。しかし安全で確実かつ長距離を最速で、大量の物資を運搬するなら魔導列車が確実だ。
魔導列車から商会が保有している倉庫に、そこから馬車に乗せて村や町へ行商に向かうのが基本になっている。故にどの商会も同じ手順を踏むことで安定した供給が出来ているのだ。
そこにカラミティが楔を打ち込む。魔剣の異能を用いた騒動となれば凄まじい規模の被害になる。
実際の襲撃でも、小規模ではあるが街の一部を掌握されただけであんなにも苦労したのだ。そもそもアレが本来の実力とも限らない。
今回の薬物を悪用した件も重なれば経済だけじゃない、日常生活すらままならないほど加速度的に事態は悪化するだろう。
「だが、その展開はオレたちもボスも望んじゃいない。魔科の国はおろかカラミティにまで影響が出てきやがる」
「三大国家は人で例えるなら手足や指に該当するけれど、ニルヴァーナは心臓部。絶対に問題を起こしてはならないとカラミティでも暗黙の了解が敷かれている」
「聞いた事があるな……魔科の国は魔導革命による様々な技術、日輪の国は温暖な気候と土地柄による食糧生産、グランディアは豊富な浮遊島群と人材による適応力が優れているって」
おまけにどの国もニルヴァーナ以上に広大な領土を持ち、何かしらの災害や問題が起こったとしても自力で立て直せるくらいには国力がある。
それでも容易く元通りに出来なかったのが十年前の“大神災”だ。
広範囲に及ぶ地震、致死率が極めて高い疫病、ユニークすら比にならない危険な魔物の大量発生。
多岐にわたる未曽有の危機がそれぞれの国で同時発生した、未だ癒えない傷痕を残す小国もあるほどの大災害。
魔導革命がもたらした革新的な情報伝達手段であるデバイスが無ければ、現在より復興は数段遅れていたかもしれない。
多くの国の重鎮が心根に残っていた怨恨や差別的な思惑を捨ててまで一致団結したのは“大神災”の時ぐらいだと、歴史の教科書に載っていた。
だからこそ、目立ってしまう。ニルヴァーナが抱えるあまりの脆弱さが。
──ニルヴァーナを支えているのは迷宮資源と交易品。
どちらもノウハウの有る人材が要求され、育成にも時間が掛かる。生産力も高めているとはいえ満足な値には到達していない……けれどチグハグである意味、奇跡的なバランスで保たれている。
「未発展であり完成形とも言える現状のニルヴァーナに不要な諍いが起きるのは避けなくてはならない。二人がこの場に居るのは独断行動してる幹部の行動を抑制、もしくは連れ戻すこと。その為に現地協力者を作りあげようとしてるのか」
推測からの仮結論。二人が驚きから笑みを作り、先走った口を思わず手で押さえる。
「やはり君を頼って正解だった。その認識はほぼ正解とも言えるよ」
「ようやく頭が回ってきたじャねェか。アジトで啖呵切って見せた時と同じ顔してるぜ、お前」
「もう二度とやらないぞ、心臓に悪いからな。……ともかく二人が俺を探してた理由はなんとなくわかった。同時に、ニルヴァーナに来て日が浅いってのもね」
ピクッ、と。セカンドが肩をわずかに揺らした。
「どうしてそう思ったの?」
「ニルヴァーナの成り立ちから環境を理解していても、現在の細かな情勢に関しては手が伸ばせていない……こっちに来たのは納涼祭が始まる直前辺りか」
魔導列車の異変、魔法障壁の防衛戦、納涼祭もあって自警団は警備を強化している。恐らく二人は旅行客に紛れてきたのだろうけど、包囲を抜けてくるのは厳しかったはずだ。
何度も言うようだが自警団のメンバーは魔物にも強いが、対人の相手として見ると強さが段違いに変わる。捜査や調査においても同じだ。
怪しい危険人物を見抜く嗅覚の鋭さは……まあ、新人は誤認逮捕したりもするが、経験を積んだ団員ならまず間違えない。最近のニルヴァーナを他国の、特に魔科の国の人が自由に動き回るのは難しい。
もっと早く現地入りしていれば俺の所に来るのも容易かった。でもカラミティ側の地盤固めで易々と動けなかったし、もし入国していてもアカツキ荘は学園の敷地内にある。
アカツキ荘では一人になることは基本的にない。もし変に近寄れば他の面子も顔を出してきて支障が出てしまう。
おまけに敷地内を迂闊にうろつけば、冒険者を引退した熟練の用務員と鉢合わせになるリスクもある。もはや徘徊型ボスモンスターと呼んでも差し支えない存在がいるのに、侵入するのも賢明な判断とは言えない。
「俺の元を訪ねるには一人になる時間を狙うしかなかった。納涼祭中の一般開放を利用して、自然な流れで、怪しまれない為に……こんな時間になるのも無理はない。ユキに声をかけたのは、孤児院の子ども達の中で唯一顔が割れてないからか? あの子はあまりガレキ市場に行かなかったみたいだしな。反対にセカンドは救出した際、一方的に顔を知っているおかげで近づけた」
「……マジで、抜け目のねェ推理力してやがるな。ボスが気に入るのも多少わかったぜ」
「本当に、恐ろしいくらいだね……」
「俺、暗部の人間にすらドン引きされるの?」
若干機嫌が戻ってきたファーストと心の底から恐れを抱いているセカンド。
両者の様子に違いはあれど、俺が想像してた理由は一致していたらしい。
「──ともかく、これでお互い知っておくべき情報は共有できた。襲撃者の仲間を野放しにしておくのがどれだけ危険なのかも……なら、次にやるべきことはなんだ? 計画があるなら話してくれ」
辺りはすっかり日が沈み、結晶灯の明かりだけがこの場を包む。蒸し暑さが薄れ、ほんの少し涼やかになった風が吹いた。
密談は、まだ続く。
なんでこの人、悪役よりアウトローらしい行動が似合ってるんだろう……