第八十四話 思わぬ邂逅
ワンオペ上等の職場を辞めるべく、提出した退職届を握りつぶされ怒りに震えながら。
世界樹の迷宮シリーズがswitchで復活するという情報を知り、生きる活力を得たので投稿します。
『──午後五時となりました。これにて納涼祭一日目を終了とさせていただきます。構内に残っている一般のお客様は速やかに……』
鐘の音が響き、退去を促すアナウンスによって人の波が学園の外へ流れていく。
満足げな子どもと少し疲れたように笑う両親。
仮装のままふざけあって帰路に着く学生。
それを注意しながら構内へ戻ってくる教師。
納涼祭に協賛、もとい便乗して出店を開いた商会の大人。
教室の窓から覗き見た光景は誰もが明るい表情を浮かべており、今日の納涼祭を存分に楽しめたのだとわかる。
証拠に、ざわめきには納涼祭のクオリティの高さを称賛する声が紛れていた。
今年の納涼祭は一味違う、力の入れ具合が段違いだと。楽しむ側、楽しませる側としても嬉しい評価が聞こえてきて顔がにやける。
先ほどまで一緒にコーヒーを楽しんでいた親方、制服に着替えたレインちゃん達の後ろ姿を確認して窓を閉めた。
「七組諸君! 本日、我らがメイド喫茶は高等部中トップの売り上げを記録した! 昨年の後悔を乗り越え、一日目にして凄まじい繁盛っぷりで若干ビビってるが、これもみんなの協力があってこその成果だ!」
『おーっ!』
教室では教壇に立ったデールが売り上げの入った袋を掲げて締めの挨拶をしていた。
仕事を終えた人も休憩中だった人も帰ってきてメイドと執事、女装と男装が混在したカオス極まりない空間と化している。
もちろんメイド姿のエリックとセリス、男装執事のカグヤも皆と共に声を挙げていて……ちょっと輪から外れてるからこっそり入ろっと。
「料理も美味い、メイドも可愛い、顔の良い執事が沢山いる……そういった評判を学園のそこかしこで耳にした。メイド喫茶は既に納涼祭における最重要コンテンツとしての地位を確立し始めている。もしかしたら、明日は今日以上に客が殺到するかもしれない……」
『お、おーっ……』
「しかし! お前らは重責に折れるような連中じゃないだろ!? 多忙も逆境だ、混迷は飛躍への呼び水だ。ここまで来たら、俺たちの苦い思い出を全部塗り潰すぐらいの伝説を築いてやろうじゃねぇか!」
『うおーっ!』
「今日の朝も思ったけどデールって場を盛り上げるのめっちゃ上手いな」
「迷宮探索でもリーダーやること多いし、士気の上げ方は知り尽くしてるぞ」
率直な感想に隣のエリックが答えてくれた。そういえば中間テストの実技でもパーティのリーダーやってたな。
「それじゃ今日は解散だ! 明日に向けて英気を養っておくように!」
『お疲れっしたー!』
最後の言葉を皮切りに七組の空気も弛緩し、それぞれグループに分かれて教室から出ていく。
……さすがに女装メイドのまま帰るヤツはいないようで、他人の目が無いことを確認してから更衣室に入りエリックもそれに続いていった。元から執事服の面子はそのまま帰っていったが。
「今日の晩御飯は景品で頂いた食材を使いましょうか。日輪の国産の物が豊富でしたから、腕によりをかけて作りますよ」
「おお、いいねぇ。クロトのも美味いけど、カグヤの料理は特に絶品だから楽しみだよ。鶏のから揚げとか肉団子とか豚の角煮とか……アタシの好きなもの肉ばっかりだな」
「ちゃんと野菜も食べなよ、バランス悪いから。……そういやエリックとどんな出し物に行ってきたの?」
「んー、色々寄ってみたけど一番面白かったのは占い師の館だね。今後の運勢だとか星になぞらえて教えてくれてさ、見た目もきらやかで神秘的だったよ」
「そんな出し物があったんですか? 私もそれなりに散策していましたが、まだまだ知らない物ばかりですね」
「……もしかしたら俺も同じとこに行ったかも。切実に知りたかったから恋愛運を占ってもらったんだけどセリスは?」
「金運一択」
「一切の迷いなく答えましたね……」
荷物を持って廊下に背中を預け、雑談に興じながら待つこと数分。
メイクを落として執事服に着替えたエリックが更衣室から出てきた。手には今朝着ていた制服を丸めている。
「はぁ、ようやく元の声に戻れたな。腹も減ったし、さっさと帰っちまおうぜ」
「いいけど、なんで執事服なの? 普通に制服でよくない?」
「…………やべぇ、あまりにも自然と袖を通してたから認識がズレてる……」
「そこまで深刻な障害を引き起こすような物ではないよ?」
慣れない接客業を経験した影響が出てきているエリックを伴って高等部の昇降口から外に出る。
入り込む落ちかけた夕陽の日差しを手で翳して、薄れた蒸し暑い風を正面から受けた。普段は不快に思うそれも、疲れた体には妙に心地良い。
「にぃに~」
「うわっとと……ユキ?」
背伸びをしていたら背中に衝撃が走る。その正体はユキだったようで、力加減を覚えたため倒れることは無かった。些細な動きに成長が垣間見える。
しかし来たばかりの頃ならいざ知らず、今のユキならある程度は人に慣れたし鍵も渡してあるので先に帰ったと思っていた。
「もしかして待っててくれたのか? ごめんな、終わりの挨拶が遅れたから……」
「んーん、大丈夫っ。さっきまでナラねぇがいっしょにいてくれたんだよ。“あなたをほったらかしにしたら大変そうね”って」
「アイツ、編集作業で納涼祭中も忙しいって言ってたのになぁ。ちゃんとお礼は言った?」
「うん!」
「返事が元気で大変よろしい。ともかく合流できたならちょうどいいや、一緒に帰ろう」
先生と学園長を除いたアカツキ荘メンバーが揃った所で歩き出す。
道中、嬉しそうに話すユキによればメイド喫茶でエリックの勇姿を見た後、孤児院の子ども達と共に納涼祭を楽しんでいたそうだ。
民謡や舞、食べ物など……他国から来た娯楽の数々に目を回しながら、それでも興味が赴くままに。
特別カリキュラムに参加してる子達が主体になって出し物をやるのはさすがに難しい。まだ学園に慣れてない子もいるし、無意識に人の目を警戒してしまう。特に教師……自分に近しい大人以外には頼ろうともしない。
中間テスト以降、交流会と称して初等部の各組と授業を通して関わりを持つことはあったが、それでも混じって劇や店を開くのは厳しい。
そこが心配になって先生と学園長を交えた相談の果てに、仕方なく今年は出し物の取り組みは無しで自由に動き回っていいということに。
疎外感を抱かせてしまうかなぁ……と、その旨を伝えたが意外にも好意的に受け取られた。
考えてみればお祭り自体が初めての経験なわけだし、存分に楽しむ側へ回れるなら案外悪くない提案だったのだろう。
そうして納涼祭当日、それぞれにお小遣いを支給して快く送り出した──ちなみに資金は高等部組が折半して出している。俺とエリックが三割、セリスとカグヤが二割ずつだ。
片や冒険者として人気の無い依頼をこなした合法。
片や個人で独自ルートの取引を行い利益を出した非合法。
依頼はともかく公にしていないだけで、聞く人が聞けばしょっぴかれてもおかしくない稼ぎ方で稼いでるとはいえ、財布が薄くなる感触だけは慣れそうにない。
子ども達の入学金の返済も残っているし、納涼祭が終わったらそこら辺の対応も考えないとな。
「それとね、お祭りで歩いてる時に、にぃにを探してた人がいたんだ」
「俺を?」
今後の生活について思案していると、学園校門前の大時計まで歩いていたようだ。
後はここからアカツキ荘まで林の道を抜ければすぐなのだが、ユキが気になることを言い出した。
「女の人でね、魔科の国から来たんだって。いつでもいいから会いたいって言ってたよ」
「ほお、そんな奇特なヤツがいたんだねぇ。まあクロトくらい顔が広けりゃあり得る話かね?」
「でもニルヴァーナならともかく魔科の国からだろ? 仮に知り合いだとしても向こうで面識のある奴なんて限られてるぜ」
「別に有名になったわけでもありませんからね。特待生という肩書はあっても、傍から見ればクロトさんはただの学園の生徒です」
ちょくちょく仲間から遠慮の無い意見が飛び出し、心に刺さるが聞かなかったことにして。
「うーん、もしかしたらって人なら心当たりがあるけど……ハッ、待てよ。今の俺はモテ期に突入している超絶リア充。一目惚れした可能性があるなら……放ってはおけないっ!」
「いやまあ、そうかもしれんが……そもそもモテ期ってなんだよ」
「もしかしたら今も帰らずに学園の構内に残っているかも……!? こうしちゃいられねぇ、ちょっと辺りを回ってみるぜ! みんな先に帰っててくれ!」
呆れた目線を送ってくるエリックに荷物を渡して、颯爽とその場を立ち去る。
シエラさんの占い結果は正しかったんだ。ついに、ついに俺の時代がやってきたんだ!
苦節十七年、思春期にもう一つ青い春の風が吹いてきた。このチャンスを逃してはならない!
◆◇◆◇◆
「アイツ浮かれてんなぁ。テンション高すぎんだろ……」
「そうかい? 平常運転な気がするけどねぇ。鍛冶やってる間はいつもあんな感じじゃないか」
「あれはノーカンだろ。って、カグヤどうした? さっきから考え込んでるみたいだが」
「はい……どうしてわざわざユキに対してクロトさんに会いたいなんて言ったのか、分からなくて」
「確かに。そもそも何組にいるか聞いて訪ねてくれば手間がなくて確実なのに、随分遠回りな質問をしたもんだね」
「他に用事があってあまり時間を掛けられなかった? いや、いつでもいいから、なんて言ってるわけだし関係無いか」
「ですね……ユキ、その女の人はどんな格好をしていたの? 私たちと同じ制服?」
「んーん。にぃにがよく着てる作業着みたいな服だったよ」
「作業着となると鍛冶仲間か? しかし魔科の国でそんな奴と知り合ってたっけな」
「分校の皆さんでしたら……七組に所属していることは既に知っていますからね」
「二人が分からないってんならクロトにだけ縁のある人なんだろうな。……これ以上考えても埒が明かないし、とりあえず帰ってメシの準備しとこうか」
「三〇分もすれば満足して帰ってくるだろうし、アイツに楽をさせてやろうぜ」
「ええ、四人で用意すればあっという間ですよ。さっ、行きましょう」
「あっ、あと片目を隠してた……けど、まいっか」
◆◇◆◇◆
「ふんふふんふーん」
ウッキウキでスキップしながら学園外周の道を進む。露店の片付けも済み、すれ違う生徒もまばら、外部から来た人の姿はもはや皆無なので別に恥ずかしくはない。
ただ、出会いの機会を見逃すわけにはいかないと息巻いて飛び出したのはいいが、次第に頭が冷えて冷静になっていた。
今日の占いでモテ期が来ていると知ったところで、上手く事が運ぶと思っているのか?
先生、カグヤ、学園長と続けて納涼祭を回ったが、あれでモテ期が収束しているのでは?
いくら聡いとはいえユキの言葉を真に受けすぎているんじゃあないのか?
嫌な想像が陽が沈むにつれて重くのしかかってくる。完全に信じ切れていない自分の心にも、暗い感情が湧いてきた。
「そうだよクロト、今までのことを思い出せ……始まりは罰ゲームの嘘告白で騙されて、初デートをすっぽかされただろ……帰りに食べたラーメンは美味かったのに、苦く、しょっぱく、えずくほどツラかった……!」
次々と思い浮かぶ痛い思い出が胸の奥を刺す。呼吸が荒くなり、膝をつく。心臓が激しく響いていた。
嘘か真かは分からない。それでも、地獄に垂らされた蜘蛛の糸ほどの可能性でも縋りたくなるのが人の性というもの。
疑い混じりの信じる心を捨てられず、諦めきれず。こうしてのこのこと出てきてしまった。
──コツッ。
「っ!?」
靴の音。スキップしてきた道から唐突に現れた人の歩みに体が強張った。
まさか、まさか本当に……? 偶然や運命なんかじゃない、これは必然だったのか……!?
足音は徐々に近づいてきている。逸る鼓動を服の上から押さえつけ、ゆっくりと立ち上がった。
カラスの鳴き声がこだまする。蒼く落ち込んだ空を見上げて目を閉じた。
じっくり深呼吸して、落ち着いて。ぐっと両手を握り締めて。
閉じた瞼をカッと開き、意を決して振り返った。
「こんばんは! 初めまし──」
「久しぶりだね、ネームレス。いや、ここではクロトか」
「…………は?」
二度と呼ばれる事は無い、そう思っていた名前を告げられる。
目の前に居るのは、夏だというのに全身黒づくめでフードを目深に被った二人組。どこか見覚えのある格好に浮ついた思考が消え去る。
酷く、他人事のように思える光景……そんなわけがない。心の中で否定し、これから己に降りかかる災いへの対処に切り替える。
背後に回した右手の一部を爪で切り、いつでも血液魔法を使えるように構えて。
一歩、踏み出した声の主がフードを取った。習うように、後ろで控えていた者も顔を晒す。
「……なんでここにいる──ファースト、セカンド」
魔科の国の裏社会に蔓延る組織の中でも、群を抜いて存在感を放つ“カラミティ”……その幹部“ナンバーズ”の二人。
二振りで一つの存在、蒼の魔剣の適合者であり、近接戦闘において無類の強さを誇るファースト。またの名をシオン。
適合者でないにしろ戦闘能力が高く隠密技術に特化し、ユキの奪還にも協力してくれたセカンド。またの名をルシア。
ニルヴァーナにいてはならない存在を前にして、喉を突いて出たのは探りの言葉。警戒を隠さず一定の距離を保ったまま問う。
「ふんッ、どうやら平和ボケしてるわけじャなさそうだな。まッ、その方が面倒が無くて助かるがな」
「随分と上から目線で物を言うじゃないか。それとも耳が聞こえないのか? 質問に答えられないなんて。二度も同じことを言わせるなよ」
「んだと……!」
「やめてファースト、私たちは争いに来たんじゃないの」
「俺だってこんな場所でやりあいたくはない。見たところ武装もしてないようだが、用件はなんだ?」
売り言葉に買い言葉。沸点の低いファーストを宥めてため息を吐くセカンドが、まっすぐにこちらを見つめてきた。
暗部に身を置いているとは思えないほど澄んだ瞳がわずかに揺らぐ。
「図々しい申し出になるけれど、貴方の力を貸してほしいの。この街を、ニルヴァーナを守る為に」
「……どういうことだ?」
言葉の真意が読み取れない。カラミティが本拠地としている魔科の国ならともかく、遠く離れた土地であるニルヴァーナを守る……? 全くもって意味が分からない。
しかし世迷言を口走っているようには見えなかった。心苦しくも、取りたくない最後の手段に頼らざるを得ない表情と雰囲気には覚えがあった。
ユキを取り戻す作戦の足掛かりとして勢力を得るべく、カラミティの首魁であるジンと交渉した時の俺と同じだ。
彼女の人となりを知り尽くしている訳ではないが《ディスカード》や《デミウル》本社に乗り込み、行動を共にして理解できた部分も多い。
終始、心底面倒そうな態度を表しているファーストより彼女の言葉は信じられる。
それに。
「──そこまで思い詰めてる相手を追い返すのも酷だな……わかった、詳細を聞かせてくれ」
「っ! ありがとう、感謝するわ」
一瞬、目を見開いてからセカンドは頭を下げた。一応、敵同士なのだが。
そこはかとなく漂う厄介事の匂いに誘われるように、先導する二人の後を着いていった。
という訳でカラミティ側の二人が再出演です。
どう関わっていくのかお楽しみに。