第八十話 アナタの事が知りたい《前編》
お待たせしました。
カグヤとのデートイベントとなります!
「ふぅ……あんなに真正面から堂々と言われるなんて。さすがに恥ずかしいな」
シルフィ先生からのあまりにもストレートな感謝の言葉を告げられ、火照った頬をさすりながら。
見回り業務に戻った彼女と別れて、外の風を浴びようとグラウンドに出た。夏の陽射しと熱を運ぶ風に晒されて、反射的に瞑りかけた目を開ける。
東西南北に分けた円形の学園棟が囲うようにしている為、グラウンドは学園敷地内で最も面積が広い。それなのに、足を一歩踏み入れただけで大勢の人の圧に圧倒されかけた。
内から外を眺めているだけでは細かい部分に目が向かわなかったが、野外サーカス用の天幕に似た仮設の大型アトラクションがいくつも並び、その間を縫うように飲食物を取り扱う出店が多く点在しているようだ。
手近な出店で迷宮産食材を使った串焼きを数本購入。
ジューシーな魔物肉と瑞々しい迷宮産野菜の味を引き立たせる、絶妙な塩加減に舌鼓を打ちつつ辺りを見渡せば、どの施設からも楽しげな声が響いてくる。
「うーん、どれもこれも興味をそそられるものばかりだ」
『各国家で流行りの劇や吟遊詩人の詩、地方の伝統民族の踊りを観賞できる場所もあるようだな。文化を知る機会があるのは良いことだ』
『だが、それらを見ているだけでは学園長の依頼を達成できないであろう。人目を惹き、かつ話題性のある施設があればいいのだが』
『そうだねぇ……なんかスコアボードとか置かれてるのもあるし、そういうのでランクイン出来ればいいかも……おや?』
味覚と共に感情を共有している為か、なんだか浮ついているような声音の二人と相談していたら。
ちりん、と聞き覚えのある鈴の音に誘われて。視線を向ければ大きな特設ステージを眺める見慣れた後ろ姿があった。
頬張っていた肉を飲み込んで駆け寄る。
「おーい、カグヤ」
「あっ、クロトさん」
声を掛ければ、彼女はこちらへ振り返り笑みを浮かべた。
鈴の付いた簪で留めた長髪は風で流れ、近づいてくる度に左へ右へと嬉しそうに揺れている。
彼女も休憩中である為、着ている服は俺と同じ執事服だ。そのはずなのに彼女自身のスタイルの良さと、凛とした雰囲気から七組の誰よりも着こなしているように思えた。
本当、どこかの屋敷で雇われていてもおかしくない。いや、マジで似合い過ぎでしょ……周りの人達の視線を釘付けにしてるし。
「わぁ……似合うね、執事服。いつもよりキッチリとしてて、絵画に描かれた男装の麗人かと思ったよ」
「そうですか? 服装を変えたくらいで特別な事は何もしていませんが……髪も普段通りですし」
「いやいや、自分を過小評価しちゃいけないよ。カグヤが普段通りだと言っても、他の人は君が引き出してる新しい魅力に目を奪われてる。俺もその一人だ」
学園や家で過ごしていく内に分かった事だが、カグヤはどうも自己評価が低い。人柄や人相も良く、学園トップの学力を持ち、冒険者として上位の実力者であるにも関わらずだ。
自分には何かが不足してるから噂されるほどの人物なんて評価は過剰なんだ、と考えてる。
それはよくない、とてもよくない。
良い評価を受けるって事は、その人が積み重ねた努力の集大成を周りの人が見てくれた事実の裏付けだ。
別に誇示しろとは言わない。だけど、卑下にしていては勿体ない。
「自信を持とう、カグヤ。君は、君が思ってる以上に魅力的な人だ」
「…………あ、ありがとうございます」
共に生活しているからこそ気づけない、彼女の新しい一面を知れた。
納涼祭、最高だな。執事服を考案したクラスメイトには感謝しなくては。
うんうんと頷いていると、どこか挙動不審なままカグヤは耳まで真っ赤にして俯いてしまった。
美少女が頬を赤らめ恥じらう姿は良い……この場にナラタがいたら間違いなくカメラに収めてるな。
「そういえば初等部の演劇を観賞しに行ってたんじゃなかった? なんで外に?」
先ほど先生から聞いた情報だと、お化け屋敷を笑顔で踏破した後に初等部の方へ向かったはずなのだが。
疑問を口にすればカグヤは咳払いをしてから顔を上げる。まだ頬が赤い。
「えっと、演劇を見終えてから散策していた所、面白そうな出し物を発見しまして」
カグヤの目線を追って見れば他の出店よりも大規模な野外特設ステージがあり、見た目はどこかのサッカー場かと見紛うほど。
加えて豪勢にもアトラクション専用に魔力障壁を展開しているようで、亀の甲羅の如き半透明の壁が確認できた。
そして実際に中で何が行われているのかを見る前に、空中に浮かぶルーン文字を目でなぞる。
「ぁ、あ、アルシェトリア? なにそれ?」
「自由に狙い撃ては魔科の国発祥の人気スポーツです。制限時間内にフィールド各所から飛び出してくる的を指定の道具で次々と撃ち落とし、高得点を目指していく競技ですよ」
「ほうほう、なるほど」
カグヤの解説を聞きつつ自由に狙い撃てを眺める。
学園中等部の制服を着た猫人族の男子が弓矢を構えて、どんどん出てくる的を射抜いていく。素人、一人前、達人と三種類の難易度が用意されていて、彼が挑戦しているのは達人だ。
他の難易度を知らない為、比べられないが的の量が多く、凄まじい速度で飛んでいる辺り難易度はかなり高い。
時々撃ち漏らしや流れ弾が飛んでくるが障壁によって阻まれている。安全性はバッチリだ。
使える道具は弓矢や魔導銃などの遠距離武器、もしくは魔法でもいいようで。矢筒が空になったらフィールド内の補給地点で補充できるみたいだ。
しかし種族的な優位性があるとはいえ、射手が設置された障害物を利用して三角飛びしながら的を射抜く様は斬新だ。
例えるなら、縦横無尽に跳び回る流鏑馬だろうか。
的を一つ、また一つと撃ち抜いていく度に観客の熱気が湧き上がる。観戦してる側でこれだけ盛り上がれるなら人気が出るのも頷ける。
「ただ、魔科の国以外では設備上の問題がありまして。特に障壁装置や魔導銃の整備が出来るエンジニアは数が少なく、安全性を高める為にここまで本格的な設備を整える必要がありますから」
「場所は取るし維持費もバカにならないし、簡単には広められないか。飛び道具だけってのも使い慣れてない人じゃあ厳しい条件だ」
「はい……あっ、終わりましたね」
そうこう話してる間に挑戦終了のベルが鳴った。
汗だくになった男子が肩で息をしながら上空を見上げるとそこにスコアボードが表示される。一位から十位までの順位が並び、彼の得点が五位にランクインした。
諸手を挙げて喜びを表現し、観客からの拍手に応える彼を尻目に五位以上のスコアを眺める。
「あの子の得点もすごいけど、上位陣の点数はとんでもない桁になってない? 一位に至ってはダブルスコア以上じゃないか」
「難易度による得点の加算もありますが、競技中の魅せ方や使用した道具によって最終スコアが変動します。倍率が最も高いのが弓で、次に魔法。魔導銃は最も低い設定となっています」
「上を目指すなら弓か魔法が鉄板な訳か。ちなみに一位って誰だかわかる?」
「ノエル生徒会長です。デモンストレーションで魔法だけの挑戦でありながらほぼ全ての的を撃ち抜き、最高得点を叩き出して以降誰も打ち破れていません」
やべぇな、あの人。さすが学園最強と言われてるだけはある。
ただ、学園長に呼び出された日からちょいちょい学園で見かけてはいるけど、しっかり面と向かって話す機会が無いから人となりが分からん。
とりあえず人づてで聞いた話を合わせると滅茶苦茶強くて、忙しくて勉強が間に合わずテストの補修で泣き叫んでるくらいの情報しか知らない。あと魔剣の適合者。
魔剣関連について情報を共有しておきたいし、一度じっくり話したいんだけどなぁ。
「しかし、アレだな」
自由に狙い撃てに感じる、そこはかとないミニゲームっぽさに惹かれている。
子どものおもちゃ箱みたいなラインナップだが十位以内に入れば景品も貰えるようだし。
迷宮探索用の便利グッズが入ったバックパック、魔科の国老舗有名店のお菓子、日輪の国産の食材詰め合わせセット、各属性の高純度魔力結晶、量産型トライアルマギアとか…………んん?
流し見したラインナップを二度見する。……一位の景品“量産型トライアルマギア”!? 見間違いじゃない!?
挑戦者用の入場口に設置されたガラス張りの景品棚に飛びつき、まじまじと問題の品を見つめる。
アブソーブボトルを装填するスロットが二つ、外魔素流用魔法技術を流用したクリアカバーに包まれたギア、出力調整用グリップに魔力解放レバー、ケースに入れられた各属性のアブソーブボトル。
俺が魔改造する前の物よりも洗練されたデザインだが、確実にトライアルマギアだ。
どういうことだ……確かに販売する方向で企業と話がついたとか言ってたが、それにしたって早過ぎる。
「いったいどうして……」
そう言いながら景品棚の横にある、自由に狙い撃てに協賛してる企業の一覧が描かれた看板を見る。
数十もの羅列された企業の最後に特別協賛者という欄があった。企業でなく個人の名前が書かれたそこに、サイネと彼女の所属する企業部門の文字が並んでいる。
アイツ、やりやがった。自由に狙い撃ての人気を利用してトライアルマギアの認知度を一気に上げようとしてるんだ! ずる賢いぞアイツぅ!
「でも一位の景品だとしたら既に生徒会長が貰ってるんじゃないのか? なんでここに?」
「生徒会長はトライアルマギアよりも十位景品の巨大テディベアが欲しいと言って交換してました」
「なんと哀れな……」
冒険者として学生として、ネームバリューもバッチリな生徒会長がトライアルマギアを使えば良い広報になるというのに。
しかも彼女が一位になったせいでスコアが更新されず、誰の手にも渡らない可能性がある。サイネの目論みが根本からへし折られてしまった。
だけど、これはチャンスだな。最近ボトルの数を増やそうと思ってたところだし、トライアルマギアが二つあれば滞ってた作業も進められるし。
「やってみる価値はあるか」
「もしや挑戦するんですか? 生徒会長のスコアに」
「景品欲しさってのもあるけど、ゲームっぽさにワクワクしてる自分もいる訳で。それに壁があるなら乗り越えたくなるじゃん?」
運営の人が配っていたエントリー用紙を受け取って各項目を記入しつつ、最後の使用道具の欄で疑問が浮かぶ。
弓はアーチャー、魔法はメイジ、魔導銃はシューター。冒険者が選択するクラスの名前に合わせた呼び名なのは分かるが、最後の“カスタマイズ”はなんだ?
「……ああ、二種類まで道具を組み合わせて使えるんだ」
「俗に言う二刀流スタイルです。しかしどちらで動くかの判断が間に合わず、結果としてスコアが伸びない事態に陥りやすいのでそちらを選ぶ人はいませんね」
「そっか。じゃあ弓と魔法のカスタマイズで申請します」
「クロトさん!?」
「承りました。それでは五分後に挑戦開始とさせていただきます。待機時間中にあちらの中から武器を選別してください」
営業スマイル全開な受付嬢が手で指し示した木箱から、射程は短いが扱いやすい短弓と矢筒を取り出し身に着ける。
弦はしっかり張ってある、矢筒の緩みも矢の本数も問題無し。いいね、最高だ。
弓矢の状態も確認し終えたところで我に返ったカグヤが不安そうに問い掛けてくる。
「えっと、大丈夫なんですか? クロトさんが武芸百般な腕前を保持しているのはよく知っていますが……」
「めっちゃ持ち上げてくれるね……」
セリスの槍や子ども達の戦闘指導は俺がやってるしカグヤも新しい流派スキルを会得したから、近接戦闘なら俺に教わった方が強くなれるのでは? とか思われてるからなぁ。
そんな奴が遠距離武器を手にして十全に使えるか。おまけに使いづらさ随一と言っても過言ではない血液魔法まで使うとなれば、疑念を抱くのも無理はない。
だけどねぇ、俺だって男の子なんですよ。
お化け屋敷ではあられもない醜態を晒したが、ここぞって場面では良い所を見せたくなるんですよ。
女の子の前では特にね!
「まあ、何とかする自信はあるから見ててよ。応援よろしく!」
それだけ言って入り口の方に足を進める。
特待生依頼の為に、女装喫茶を宣伝する為に、何より自分が楽しむ為に。
熱狂渦巻く異世界スポーツに傷痕を残してやるぜ!
学園祭っつったらミニゲーム要素あるだろ、と書いてたら結構筆が乗ってしまいました。
完全に悪ノリが過ぎたとは思いますが、こういうの考えるのめっちゃ楽しい。
大丈夫、ちゃんと次回はデートらしくなります。