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自称平凡少年の異世界学園生活  作者: 木島綾太
【五ノ章】納涼祭
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第七十九話 アナタと共に歩みたい《後編》

お待たせしました。

デート第一弾後編スタートです!

 イヤだイヤだと叫びながらシルフィ先生に連れられ、入り込んだアンデッド(お化け)屋敷。

 まず最初に感じたのは、夏とは思えない肌寒さ。

 恐らく水属性の魔素(マナ)を性質変化させて温度を下げているのだろうが、極端に寒い訳でもないのにさっきから鳥肌が止まらない。


 次に光量を抑えられた結晶灯が、廃墟化した屋敷らしき内装の通路を頼りなく照らしているのが確認できる。

 破れて薄汚れたカーテン、ボロボロになった家具、どっから持ってきやがったその壊れた西洋人形、なんでどこかから“クスクス……”なんて女の子の笑い声がするんですか!?

 忙しなく視界に映る情報を読み取っていると、結晶灯が急に点滅して消える。喉の奥で息が詰まった。


 体を震わせながら数秒が経って、再度明かりが点灯する──さっきまで通路に倒れていた西洋人形が、いつの間にか座り直していた。その顔は、何故かこちらの方を向いている。

 ……このクオリティで、教室を全て貸し切って、しかも迷路っぽくしてるの……?

 恐怖を駆り立てる雰囲気と演出のせいで、既に正気度が底辺まで下がりつつある。誰か助けてくれ。


「……っ。は、あっ……」


 苦しげな呼吸が聞こえて、隣を見ればとんでもなく顔色が悪い先生に手を握られていた。その手は恐ろしいほどに冷え切っている。

 普通ならドキドキしたり胸が湧くテンションになるシチュエーションなのに、それ以上にさっきから全力疾走した後みたいに心臓がうるさい。


 これ、破裂するんじゃないの?

 このまま長居してたら間違いなく二人して気絶する。不審な点が無いか速攻で確認してすぐに脱出しよう。

 入り口のテーブルに置いてあった足下を照らす為の携帯式結晶灯を手に持ち、意を決して一歩を踏み出した。



 ◆◇◆◇◆


 序盤──


『クスクス、アハハッ……』

「……はっ、くおぉ……! 周囲の環境が全身の感覚を狂わせていく……誰の声だよ反響させるなよ怖いよツラいよ黙っててくれよッ!」

「せせ、生産クラスの技術を集結させた、まま全く新しい体験型の施設ですからっ。歴代のお化け屋敷シリーズ、さっ、最高峰の出来栄えだそうです……」

「なんでこんなところで全力を出した!? もっと別の所で本気を見せろよっ!」

「冒険者は戦闘面を重視される傾向がありますので……せ、生産クラスは大勢の目に付く催しで、こういった場で成果を出さなければならないんです」


「ちくしょう、言い分は正しいから何も言えない……! とりあえず、辺りを照らしますから異常が無いか見ていきましょう」

「…………じっくり見なきゃ、ダメですか?」

「仕事しましょう、先生。嫌でも付き合わされてる俺も頑張るので早く終わらせて脱出しましょう」

「本当に、本当に申し訳ありません……ちなみに、踏破するのに要求される所要時間は約一時間ほどだそうです」

「はぁ?」


 ◆◇◆◇◆


 ──中盤──


「なんっでお化け屋敷に謎解き要素があるんですかねぇ……しかも迷宮の宝箱で見かけるガチ目のヤツがさぁ……あっ、パズル解けましたよ」

「終わりました? 終わりましたよね!? ははは早く先に行きましょうっ! こんな臓物だらけのエリア出ましょうッ!」


「はーい。……道中は恐怖を煽る雰囲気が強かったけど、徐々にグロテスクさを前面に出してきましたね。グロいだけならまだ見慣れてるんで怖くないや」

「見慣れてるってなんですか、平然としてるのおかしくないですか。トラップや呪いで見られる視覚・触覚異常症状の光景が正にコレなのに正気ですか!?」

「生々しい見た目とか質感、温度が苦手な人は生理的に厳しそうですね。ここだけ評価△にしておきましょう。謎解きは評価〇っと」


「はぁ……でも、ようやく半分ですね。十分くらいでここまで来れたのはありがたいです」

「ぱぱっと見てささっと早歩きで、脅かし役を完全に見ない振りして進んできた訳だし。謎解きは二人で速攻で解いちゃってるんで進行度的には妥当な感じがしますよ」

「さすがに二人で明後日の方向を見て大声で童謡を歌いながら、逃げるようにエリアを抜けてきたのは悪いような気がします……」

「だけど直視してたら二人とも再起不能になってましたよ、絶対に」

「……確かに。あの、それはそれとして──拷問器具だらけの道に出ましたけど、これは……」

「んもーっ! 物陰が多いのはやめろっての! 心臓が持たんわ!!」


 ◆◇◆◇◆


 ──終盤。


『『『クスクスッ……アハハハッ』』』

「復活の壊れた人形ッ!? しかも増えてる浮いてる刃物持ってるぅ!」

「出口まであと少しなんですお願いします通してください帰してください助けてください救ってくださいイヤだイヤだイヤだ……」

「先生壊れないで、ここを過ぎれば終わりなんだから諦めないで! ほら立って立って……早く、もう……さめざめと泣くんじゃあないッ! 泣きたいのはこっちなんだから!」


『イカナイデ……オイテカナイデ』

「うるせぇ、いいからさっさと脱出する為の鍵を寄越せぇ! 限界なんだよこっちはよぉ!」

「…………そうだ、全部壊せばいいんですね。この世から消してしまえばいいんだ……」

「ほらほらほらぁ! 先生が到達しちゃいけない境地に至っちまっただろうが、闇落ち寸前だろうが! 泣きながら無言で魔力を高めないでください!」


『ズット、イッショ』

「さっきからやたらと流暢に喋りやがるなコノヤロー! その口を閉じろ、マジでぶっ壊すからな──あっ、見つけた、鍵あった! からっぽの鉢植えの下に張り付けてあるとかふざけんなよ!」

「“滲み出す闇 照らし出す光 地平を望む旅人は道を示すモガモゴ”……」

「はーい詠唱するお口はチャックしましょうねぇ、こんな所さっさと出ましょうねぇ! あばよイカレたお化けどもォ! 二度と来ないからな!」

『マッテマッテマッテママママママ……イッショ二イヨウヨォ!!』

「「ああああああああああッ!?」」


 ◆◇◆◇◆


 散々騒ぎ散らして二〇分後、お化け屋敷の扉を蹴破って転がり出た。

 叫び声を聞きつけた野次馬の視線など気にも留めず。恐怖体験の連続を経て擦り減った正気を補うように、先生としばらく膝を抱えて互いに肩を寄せ合って震えていた。

 駆けつけてきたルナが、酷く申し訳なさそうな顔をしている。誇れよ、怖かったぞ。


「お、お疲れさまです。その様子だと、とても楽しんで頂けたようで何よりですわ……あの、大丈夫ですか?」

「「…………」」


 何も言葉を返せなかった。声帯をもぎ取られたのかと錯覚するほどに、喉から声が出なかった。

 代わりに、先生が無言のままバインダーに挟んでいた書類をルナに手渡す。その手はいつもより痩せているように見えた。

 拝見します、と事細かに評価が並ぶ書類に目を落として──首を傾げた。


「あの、何か勘違いされてませんか? 壊れた人形なんて一体も持ち込んでいませんよ。今朝の調整でしっかり確認しましたもの」

「は?」


 心の底から漏れ出たのであろう。こんなにもドスの効いた先生の声なんて初めて聞いた。

 その後、俺達の証言を元にさすがに放置は出来ないと判断したルナ達は、脅かし役を総動員して人形の捜索を行うことに。

 捜索中とはいえお化け屋敷を閉鎖する訳にもいかないので客は入れるそうだが、俺達の異常な怯えようが気になり始めた野次馬が次々と入場していく。


 数分と経たずに響き渡る悲鳴の連鎖に合掌。またその声を聴いた見物客がお化け屋敷にどんどん入っていく。

 悲鳴を餌に人を呼び寄せる……もはや学園の祭りに現れた怪異の一種である。

 こうして、どこぞのホラー耐性が天元突破してる女子(カグヤ)によって壊されかけたお化け屋敷は瞬く間に繁盛していき、長蛇の列が出来るほどの人気施設となった。


 ◆◇◆◇◆


「……なんとか終わりましたね」

「……ええ。お疲れさまでした」


 肉体的にも精神的にも疲弊していた俺達は、同じ棟の一階にある休憩所で休んでいた。

 テーブルに用意された水差しからコップに注いできた水を呷る。上階から聞こえる悲鳴と祭りを楽しむ人々の賑やかな声を聞いて、ほっと一息。

 ちなみに先ほどの捜索の結果、確かに人形は発見された。しかし俺達が見た物とは違って傷も汚れも無い綺麗な状態で、しかも一体しか見つけられなかったらしい。


 だとしたら、入った直後に見た壊れかけの人形と脱出間際に出てきた複数体の人形は……?

 お化け屋敷を体験した他の客は人形など見掛けていないと言っていた。運営側にも質問したが人形を持ち込んだ人はいなかったそうだ。

 もしかしたら設置物に紛れ込んでいたのかもしれないが、そもそもあの人形は動いていたし浮いていたし喋っていた。

 アレは恐怖空間に対する思い込みが生み出した幻覚、幻聴だったのか……?

 今となっては確認のしようが無い。二度と行きたくないから。


「とにかく問題は無かったみたいで安心しましたよ。一部を除いて」

「運営上の観点から見ても身の危険が及ぶような場所や異常は無し、安全面に配慮していてよかったですね。一部を除いて」


 二人して頷き合いながら窓の外を眺める。

 普段使いしている学園内の敷地を大勢の人が闊歩(かっぽ)している様はとても新鮮だ。

 楽しそうに、嬉しそうに。笑顔を浮かべて出店を見て回る人達を見ていると頬が緩む。


「良い空気だなぁ……去年の文化祭は楽しむ余裕が一切なかったからなぁ」

「去年、というと元の世界でも似たような催しがあったんですか?」


 ポロッと出た言葉に興味が湧いたのか、先生が身を乗り出してきた。


「こっちの納涼祭と雰囲気は似てて、ちょっと小規模だけど俺の時はやってた出し物が食品系でだいぶ繁盛してたんです」


 ただ、一日目が終わる直前で売り上げをまとめた袋が紛失している事にクラスメイトが気づいた。

 どれだけ探しても見つからなくて、盗まれたのではないかという結論に。

 そして皆の疑いはその日の最後まで調理を担当していた俺に集まった。体調不良だとか彼女とデートするとか勝手な事ばかり(のたま)って、シフトから外れていった連中の代わりに仕方なく汗水垂らして働いていただけなのに。

 コイツがそんな事する訳ない。そう言って弁護してくれる友達はいたが疑いの押しが強く言い負けてしまい、結局は潔白を証明する為に犯人を捕まえる羽目に。


 過程は省くがなんとか売り上げ金を盗んだ犯人を特定し、捕縛。どうにも他の出店でも盗みを働いていたようでソイツは警察に連行された。

 盗んだ売り上げ金は使われずそのまま戻ってきた為、それで一件落着……となればよかったのだが、どうも捕まった犯人は俺に疑いの目を掛けてきたクラスメイトの親戚で。


 ついでに母校の文化祭を見学しに来たOBなどと、有りもしない出まかせの経歴を口にしていて。

 恩師である教師へ顔を会わせに来たという名目で会計に近づき、何度も窃盗に及んだらしい。

 後の弁明では学校の行事でなら盗んでも許されると思ったのだとか。たとえ何を言おうが犯罪は犯罪である、頭が悪い。


 そして窃盗犯と繋がりが出来てしまったクラスメイトは現実を受け入れられず、俺が受けていた疑惑の眼差しを一身に受けて逆上。

 教室内で包丁を振り回して暴れる、フライパンで窓を割るなどの料理人ブチギレ行為をやり始めた。

 あまりにも(みじ)めで見ていられなかったので、包丁を蹴落として羽交い絞めして鎮静化。

 再度警察に通報し身柄を引き渡した。


 元からあまり良い評判を聞かない、それでいて人目のある場所で凶行に走った結果、“校内で暴力沙汰を起こした犯罪者が身内にいる生徒”となってしまったのだ。

 そんな醜聞を撒き散らし、学校に居られなくなったクラスメイトは不登校の末、どこか別の高校に転校していった。


「──以上が去年の文化祭で起きた事件です。完全に無実で巻き込まれた被害者な上に、犯人捜索の対応に追われて何も楽しめなかった」

「そんな事が、あったんですね……」


 高校生活における重大イベントの一つを無駄にした虚無感は今でも忘れられない。

 可哀想な目にあった俺を労おうと、文化祭の片付けが終わった帰りに友達が奢ってくれた塩ラーメンはなんだかしょっぱかった。


「……ツラい話をさせてしまってすみません」

「いやいや、別にツラくなんかないですよ。もう昔の話だし、問題やら事件やらに追われるのは慣れっこでしたから」


 まあ、こっちの世界でも魔剣とかカラミティとか面倒なのに絡まれてる最中ですが。


「だからこっちの世界でこういうお祭りがあるって知った時は嬉しくて……特待生依頼の件もありますけど、まずは自分から楽しんでいこうと思ったんです」

「だとしたら、なおさら私の仕事に付き合わせてしまったのは申し訳ないですね……」

「そこは安請け合いした俺にも問題があるのでお互い様ですよ。それに、仕事とはいえ先生と一緒にお化け屋敷を体験できてよかったです」


 俺の言葉に首を傾げる先生に視線を合わせて。


「一人では絶対に行かないような場所でも、二人だったからどれだけ怖くても先に進めたんだ。心底イヤで苦手ですけど、ようやくお祭りらしい経験が出来て面白かった。こうして楽しい思い出が増えたのは先生のおかげです」


 色々アホとかバカとかトンチキとか言われてるが、俺だって青春したい! だって年頃の男の子だから!

 ましてや学園で一番と言っても過言ではない美女エルフ教師と、お祭りの一時(ひととき)を堪能できたのだ。

 俺だって同じような立場の奴を見たら、嫉妬を抱くレベルで羨ましいと歯噛みする。胸を張って自慢しても許される偉業と言えるだろう。


「……私も」


 水を飲み干したコップを片付けようと立ち上がり、手を掴まれる。


「私も、クロトさんと出会ってから輝かしい思い出が増えました。過去との決別が出来たのも、手を引いて背中を押してくれたのも。助けられて、頼り合いながら……以前よりもっと美しく見える、この居場所に居られるのはクロトさんのおかげです」


 掴んだ手を優しく握り締めて。


「頑張り続けてきた道程(みちのり)が今、過ぎていく時間を鮮やかに染め上げている。アナタと共に歩む日常が、私にとって大切な、愛しく守りたい日常になっていく。これほどまでに胸が暖かく、心が充足する日々が来るなんて夢にも思わなかった」


 本当に、本当に。


「アナタと出逢えてよかった──ありがとうございます、クロトさん」

「……こちらこそ」


 赤らめた頬に似合い過ぎる、まっすぐ向けられた綺麗な笑顔。

 過去を受け入れ未来を歩む決意を抱いた、遥か白亜の城の情景を胸に抱く翡翠の王女。

 純粋な厚意の言葉に恥ずかしくなり、俺は頬を掻きながら応えるのだった。

小ネタ ちょっと落ち着いた後のやりとり

『ようやく混乱が治まってきたか。君にそこまで嫌がる分野があるとはな……それはそれとして心拍数の急激な上昇を確認した』

『恐怖体験時よりも随分と脈拍が早いな。大丈夫か?』

「お黙りッ」


これが親愛なる家族と故郷を奪われ、時間を越えて新たな尊き居場所を手に入れたハイエルフの王女の姿だぁ……。

デート第二弾は鋭意製作中です。しばしお待ちください。

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