第七十七話 驚愕、そしてメイド喫茶
なんかありえんくらい忙しくてアッサリ気味の内容に……ゴールデンウィークどこ……ここ?
おまけにデータが破損してキーボートも粉砕されてテンションガタ落ちになって遅れてしまいました。くっそぉ……俺が何をしたっていうんだ……。
「──あの男が、殺された?」
『ああ、そうだ……』
エルノールさんに魔剣関連の情報を共有した翌朝、彼から通話が掛かってきた。
余裕の無い声音で告げられたのは、俺達を襲撃してきたカラミティ幹部の死。
安穏とした空気を切り裂くような情報に立ち眩みを覚えた。朝食作りで側にいたカグヤに抱えられて椅子に座り、状況を詳しく聞く事に。
死亡した男は捕らえていた牢屋の中で壁付きの手枷や足枷など、ありとあらゆる道具が体に突き刺さり磔にされていたという。
早朝の見回りに来た自警団の一人が発見し、エルノールさんに報告したらしい。
「偽物とか、偽装した誰かって訳でもないんですよね」
『今、クロ坊んとこの掛かりつけ医に連絡して診てもらってるが、ありゃ素人目に見ても本人だ。……それよりも夜間警備していた団員がこの異常に気づけなかった所を思うに、こいつは俺達を襲った本物の適合者の仕業と見て間違いねぇな』
「誘導の異能による現象でしょうね。俺たちに気配を悟らせないほど、上手く異能を制御して殺害に及んだ」
緑の魔剣と対話して得た情報はあの場に居た全員に伝えている。
カラミティ側の人員は幹部が三人。魔剣を埋め込まれていた男は適合者でなく、別にいる事も把握済みだ。
『暗部組織なんて言われてる連中がなまっちょろい手段を取るとは考えにくかったが、殺した理由に関しては容易に予想がつくな』
「十中八九、口封じだとしても、それ以前に襲撃者に対して何かしら接触すると考えていましたが……昨日の今日で行動が早過ぎる」
後手に回り続けている感覚はあったが、ここまで明確にされるとは。
カラミティの連中は全力で魔剣を狙いに来ている。その為ならどんな手も使うし、決して躊躇はしない。襲撃者を手にかけた事からもその意志は感じ取れる。
今にも襲ってきたっておかしくないのにそうしない以上、奴らは機を窺っているはずだ。
確実に魔剣を奪い取れる手筈を整える為に。他国であるニルヴァーナにおいても情報戦で上回り、痕跡を辿らせないように立ち回る。過程でどれだけの被害が出るかも分からない。
これまでもこれからも、俺たちは見えない敵の手の上で踊らされ続ける羽目になる──そんなのはごめんだ。
「こちらから探りを入れたいところですが、納涼祭が近づいてるし難しい。そもそも人員を割いて怪しい動きを見せれば、カラミティに察知される可能性の方が高い」
『下手なマネして状況を悪化させる訳にもいかねぇか。……そういや、一つ思い出した事がある』
「ん? なんです?」
いや、とエルノールさんは相槌を打ってから。
『魔導列車の調査で宿場町に行った話をしただろ? その時、黒い外套……襲撃者が着てたアレと似た物を羽織ったグループを見掛けた、って噂を耳にしてな』
「……まさか暴動事件、というよりは薬物にアイツらが関与している?」
『確証は無い。だが用心深さと周到さを経験した身としては、ありえないとは思えん』
「……カラミティは魔科の国の医療企業トップである《デミウル》を下して勢力を広げました。薬物の製法に知見のある研究者を引き抜いて、自らの傘下に入れているのかもしれません」
『そいつらの技術力を用いてクロ坊の魔剣を奪い取りに来ている、って感じか。色々と繋がりが見えてきたな……』
しかし《デミウル》の連中がそんな簡単に鞍替えして、素直に従うだろうか。
企業間の技術競争が激しいグリモワールならばあるいは、とも思うが《デミウル》を治めていた貴族はカラミティによる見せしめで、あられもない痴態を国全体に晒した上で独房にぶち込まれた。
自分も同じ目に遭うかもしれない。そういう強迫観念に駆られて従ってる線も考えられる……とはいえ、これは憶測に過ぎないか。
「とにかく暴動事件にもカラミティの手が及んでいる恐れがあると、その情報を知れただけでも助かります」
『もはやクロ坊一人でどうにか出来る問題じゃあねぇんだ、気にすんな』
「ええ、頼りにさせてもらいます。こちらでも何か分かればすぐに連絡するので、それでは……」
デバイスの通話を切り、胸の内に溜まった息を吐く。朝からハードな話題で脇腹を抉られた気分だ。
朝食を取ろうと集まってきた皆からも見たこと無いくらい顔がしわくちゃだった、と。あの学園長にすらとても心配されてしまった。
仲間を躊躇わず手に掛ける冷酷さが、こちらに向けられると思えば深刻な顔になるのも仕方ないだろう。
まったくの無関係で、敵が相手だとしても気にしてしまう。人情が無いとか薄情だと言われようが、心のどこかに敵は敵だと訴える気持ちがあったとしても。
特に問答無用で殺しに来るような奴が相手だったんだ、殺される覚悟だって持ち合わせていたはずだ。それが味方によるものだとは思いもしてなかっただろうが。
不穏な空気を招いた凶報は、納涼祭に向けた準備を進めていく中で常にカラミティへの警戒心を抱かせた。
そんな気の休まらない日常は危惧した想像とは裏腹に過ぎていき、そして今──。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様」」」
『ウオォオオオオオオーッ!』
野太い歓声に包まれながら、メイドを絶賛満喫していた。
◆◇◆◇◆
宣伝はバッチリ、とは言ったものの準備する物が多く手が回らない部分もあり、最低限の掲示物を貼る程度で他の組と比べたら質素な物で。
正直、リアルメイドが存在する異世界でメイドの仮装するってどうよ? などと。
いざ提案した時から本番が始まるまで一抹の不安に駆られていたが、教室内の盛況ぶりを見渡して杞憂であると実感した。
開店して一時間足らずだというのに、スイーツの甘い匂いと紅茶の香りが漂う教室内は男女問わず大勢の客で賑わい、廊下には入店待ちの行列が出来上がっている。
男女仮装というゲテモノ──怖いもの見たさで。
ワンコインで美味しいスイーツが出る店という評判を耳にして。
友達が女装してるというネタをからかう為に来店して、出来栄えの高さに言葉を失う客など。
その種類は多種多様であり、想定以上の繁盛ぶりを見せている。材料の在庫足りるかな?
「私たちの中に女装メイドがいることを看破するとは……お見事です、ご主人様! ささやかな返礼としまして、ご注文された商品を三割引きとさせていただきます」
加えて女装メイドを見抜けば料金を割引するというシステムを導入した事で、客足はさらに増した。
現状、接客に応じているメイド十人の内、俺を含めて五人の女装メイドがいる。
一人見抜けば一割、二人であれば二割、と見破った人数に応じて変化する仕組みだ。これでも採算が取れる価格設定にしているので何も問題はない。
しかも男子は女子の手によって様々なニーズに応じたメイドへ大変身している。
今のところ全ての女装メイドを当てた客がいない辺り、女子がメイクに相当気合いを入れている事が分かる。近くならともかく、傍目から見たらまったく違和感を見つけられない。
声に関してはメイド服の胸元にあるリボンにルーン文字で細工を施して、変声機のような機能を持たせた。
このように様々な偽装を重ねて見た目を誤魔化し、集客を行っているのだ。
「へっへっへ……バレなきゃいいんだ、バレなきゃ」
まあ、中にはセクハラ染みたやり方で探そうとする不埒な輩もいるが……そういった客にも優雅に応じてこそのメイドだろう。
◆◇◆◇◆
『お嬢様、失礼します』
「へっ?」
いくつもあるテーブルの一つで、来店した女性客の対応をしていたメイドの声が通る。
惚けた声がした瞬間、スカートに手を伸ばそうとした男の顔面。その真横に風切り音が飛来し、鈍い振動が響く。
男が目線を向ければ、そこには鈍色に輝くフォークが壁に突き刺さっていた。
喉奥で息が詰まる。あと一歩でも踏み込んでいたら串刺しだ。荒くなる呼吸を抑えられず、壁を背にズルズルと尻餅をつく。
『申し訳ありません、旦那様。何やら怪しげな行動が見受けられましたので、少々手荒なマネを取らせていただきました』
フォークを投げたであろうメイドが、凛とした声を上げながら近づいてくる。
その姿、風格、雰囲気……垣間見える所作だけでも、他のメイドとは一線を画す存在だと理解した。
編み込んだ金髪を団子にしてキャップを被せて、小さな顔に薄く化粧を施している。微笑みを携えていながらも切れ長の瞳はまっすぐとこちらを捉え、視線を掴んで離さない。
最小限で最大の魅力を引き出している様は眩いほどに煌びやかで。かといって美しい、可憐だと単純な一言で表現するのも憚られる……そんな女性だ。
不思議な印象を抱かせる彼女は、音を立てずに男へ詰め寄り、フォークを抜いてまっすぐに見つめて。
『店前に置かれた看板にある通り、女装メイドの看破に鑑定スキルの行使はもちろん、メイドへの接触は禁止としています。あくまで旦那様の判断にお任せしていますので、不正を働こうと考える気持ちは理解いたします』
ですが。
『スキルを持たない他の方や小さなお子様でも楽しめるように、ルールは公平でなくてはいけません。料理を楽しみながらも他の方々が目を凝らし、どんな仕草でも見逃さないように気を張ってる中で、貴方の行動は場を白けさせてしまいます』
「うっ……」
『それに、初等部の生徒の中にもしっかりと女装メイドを見破った方がいらっしゃいます。先輩である貴方がズルをして答えを得ようとするのは、胸を張れることではないでしょう』
責めているわけではない。追い詰めているわけでもない。ただの事実確認だ。
それだけなのに男をじっと見据える瞳は強く、吸い込まれそうで恐怖すら抱きそうになる。同時に胸中へ湧き上がる罪悪感は拭い切れるものではなく、羞恥も相まって自分の行動が情けなく思えてきた。
このままここに居ても空気を悪くするだけだと、俯く男の前で──ぱんっ、と。
乾いた音が眼前で鳴って意識が戻り、メイドが叩いた手で身体を起こしてくれた。
『その上で、貴方にはもう一度挑戦していただきたい。あらゆる要素で旦那様を欺く私達の正体を、お菓子や紅茶を楽しみながら見破ってほしいのです。ここはそういう場所ですので』
「い、いいのか……? こんな状況で、不正をしかけた俺を……」
『構いません。折角の納涼祭ですから──思う存分、楽しみましょう?』
メイドのウィンクに鼓動が逸る。流されるままに席に座らされ、メニューからコーヒーとパンケーキを注文する。
料理が来るまでの間、男はさきほどのメイドとのやりとりを思い出して、想う。
去り際の気遣いに器量の良さ……あんなの惚れるしかない……!
◆◇◆◇◆
『よし、あんな感じでいいでしょ。ちょろい男だ』
「ひっでぇなお前。真実を知ったらきっとトラウマになるぞ」
『一つ大人に近づいたね』
「代償がデカすぎるだろ……」
料理を配膳しようと調理場に入ったら、一連の流れを見ていた執事服姿のエリックにドン引きされた。俺は忠実にメイドを実行しただけなのに酷い言われようだ。
同じ感想を抱いたのであろう調理班の視線を一身に受けながら、空いたスペースの一画でコーヒーを淹れる準備を始める。
香ばしい香りが鼻の奥まで抜けていき、ゴリゴリと豆を挽く音が心地よい。なお、紅茶と違ってコーヒーの用意は全て俺がやる事になっている。
なぜかって? まともに美味いコーヒーを淹れられるのが俺しかいなかったからだ。
淹れ方をしっかり教えても、飲めなくはないが物足りない一品になるというか。
深みと香りが薄いか濃すぎて調和が取れておらず、酸味と苦みがミスマッチしていて……微妙な味になるのだ。
シルフィ先生とリーク先生、ついでに休憩中で暇そうにしてたフレン学園長に試飲してもらったが、三人とも苦渋の表情を浮かべるほど不評だった。
大陸の南方にある国で特産品となっている豆だし、道具は俺が作成した特注品なので問題は無いと思うのだが……。
とにかく既に看板メニューとして提供すると宣伝した手前、今さら撤回する訳にもいかず。いくら練習しても改善される未来が見えなかった為、粉末にするという手段も考えた。
しかしここまで本格的にやっておいて楽をするのは手抜き感が拭えない。そういった部分に律儀な七組全員の判断により、コーヒーは俺がシフトで入っている間だけ注文を受け付けるようにしたのだ。
「つーか、今日はシルフィ先生の声マネじゃねぇんだな」
『ん? まあ、声帯模写を初めて見せた時にすごい気まずそうな顔をしてたからね……だから他の人の声にしようと思って。ちょっと今日の朝、リードに通話を掛けてマネさせてもらった』
「……それ、ちゃんと許可取ったのか?」
『唐突に声が聞きたくなった……って話を切り出したら、頭の調子が悪いんですかって言われた。事情を話す前に頭がおかしい人扱いされて傷ついたから、声帯模写した後にメイド喫茶の宣伝してぶっちぎった』
「朝っぱらから訳の分からん絡まれ方されてぜってぇ混乱してるだろ、アイツ」
慎重に果物でパンケーキを彩りながら、エリックは頭が痛そうに眉間を寄せる。
思いつきとはいえ迷惑を掛けたのは確かだし、店に来たら売り物のお菓子詰め合わせセットでも渡すか。
『……おっと、そろそろコーヒー出来るよ』
「待て、あともう少しで……よし、完成!」
不思議と気分の安らぐ香りを確かめてからコーヒーをティーカップに注ぐ。ミルクと角砂糖を別皿に用意し、エリックが作り上げた色彩豊かな二枚重ねのパンケーキと一緒にトレーに乗せる。
ふわふわの生クリームもトッピングされ、その上にはメイプルシロップも掛けられ、極めつけには粉砂糖で冬化粧のような細工まで施していた。
「ふっふっふ、我ながら会心の出来だと思うぜ」
『明らかに学生の祭りで出すレベルを超えた一品だよね』
「ぶっちゃけ俺もやり過ぎたって感じはするが、指導したのはお前だぞ」
『それはそう』
俺がコーヒー作成に専念する為、他の料理は調理班に任せる事にしよう、と。
気合いを入れて見栄えとか味のバランスとかを考慮してレシピを作った結果、セリスを除いた七組全員がここまで完成度の高いパンケーキを作れるようになるとは思わなかった。
『それじゃあ配膳してくるよ。エリックは午後から接客の方に回るんだよね?』
「ああ。この後は休憩時間だし他の出店を見て来るわ。そっから昼飯食って化粧して着替えて、って感じだな」
『そこで俺と交代か。──折角だし、セリスを誘って見て回ってきなよ』
トレーを持って調理場から出る直前、エリックに向けて視線を送る。こちとらお前ら姉弟が好き同士なのは知ってんだよぉ。
俺の言葉に思う所があったのか。一瞬で頬を紅潮させ、耳を赤く染めながら頭を振るい、ジトッと睨んできた。
「……ニヤニヤしながら言ってんじゃねぇよ。ハナからそのつもりだっての」
『そりゃよかった。セリスも出店回りを楽しみにしてたみたいだし、エリックがいればもっと楽しめるだろうさ』
「ああもう、いいからさっさと持ってけよ! お客さん待たせんじゃねぇ!」
『恥ずかしがるなよ若者~。俺はただ他人の恋愛に助言をして遠目から眺めて悦に浸りたいだけなんだ……出歯亀と貶されたって他者の幸せを望んでいるんだよ、俺は』
「やかましいっての! 早く行け!」
強引に調理場から追い出された。なんて酷い奴だ。
魔科の国から飛び出してニルヴァーナで心機一転、からの一大イベントである納涼祭。
普通の生活に慣れてきた頃だからこそ、発破をかけてでも次の段階へ進ませるべきだと思ったのだ。
そうでもしないとヘタレる可能性があるからなぁ。セリスは姐さん女房感があるけど、エリックは思いを心の内に溜め込んだままひっそりと消えていくんじゃないか?
失礼な言い方だが、幼馴染とか小さい頃から付き合いの長さがあってアドバンテージの有るヒロインが、ぽっと出てきた新ヒロインに立ち位置を取られて負ける流れがエリックにはあるように見える。
そうならない為にも納涼祭という雰囲気を利用して頑張ってほしいところだ。
七組の暴走癖がある男子共ですら、この日の為にデートの約束を漕ぎつけて勝負を仕掛けようと画策している。
非モテと蔑まされ、頭のおかしな奇行も目立つが、それ以上に彼女を欲する心は誰よりも強いのだ。
その為なら過去の悪評を払拭する努力も、自分磨きを怠ることも無い。
土台から正しい道のりを示してやれば欲望に忠実な分、単純にまっすぐ突き進んでいく。俺たちが国外遠征で学園に居ない間も頑張っていたようだし。
最近は出し物会議で暴走しかけたが許容範囲内だ、どうとでもなるから頑張ってほしい。
心の中で応援を送りつつ、妙に恍惚とした表情で空を見つめる男性客の元へ。
『お待たせしました、ご注文のパンケーキとコーヒーです。ごゆっくりお楽しみください』
「……はッ! ありがとうございます、お姉さま!」
うん? なんだって?
ちなみに、コーヒーをマズいと感じてる面子は普段からクロトが淹れたコーヒーを飲んでます。そしてクロトはコーヒーを淹れるのがめっちゃ上手い。
過去、中学二年の夏休み中。とある事情で手伝いに行っていた喫茶店でカレーとコーヒーの技術を念入りに仕込まれたので。
数少ない特技の内、胸を張って堂々と自慢できるレベルで上手いので、そりゃあ味を比べたら全然違う。