第十一話 ごり押しという名の切り札
「やばい……!」
かろうじて反応した体を限界まで捻り、硬直した二人を血のロープで巻き上げ、その場から大きく横に飛ぶ。
巨大なバケモノの肉体が生み出した頭突きの衝撃波で、地面が抉れ、ダンジョン全体が揺れたように感じた。
二人分の重量を背負っているにもかかわらず、さらに大きく吹き飛ばされたが、今回は無事に着地する。
「二人とも無事か!?」
「あ、ああ。悪い、クロト」
「すみません。体が、動かなくて……」
ロープを解き、二人の安否を確認するが、特に大きなケガはしていないようだ。
「仕方ないさ。あれを見たら、誰だってそうなる」
ロープを剣に変え、埋まった地面から頭を引き抜こうとするバケモノを見据える。
呻き声を上げながら肉と血を撒き散らす姿に嫌悪感を覚えるが、今はそんなものを気にしていられないと押し込む。
しかし、それでも醜悪な外見に変わりはない。
「エリック、あれがなんだかわかるか?」
バッグを通路の脇に投げ、大剣を引き抜いたエリックの言葉を待つ。
「……おそらく、ゴーレム系統のモンスター、だと思う。あのツギハギの外見と猪突猛進な戦い方は、ゴーレムにそっくりだったからな」
「あれが、ゴーレムですか? 俄かに信じがたいですね。ゴーレム系統は魔法を使えませんから。しかし張られた結界は、間違いなく魔法の反応がありました。どういうことでしょう……」
じり……、と。
居合の構えをとるシノノメは、警戒しながら疑問を口にする。
「さあな。ただまぁ、ここのボスじゃないって事は確かだ。それに、何か危険な予感がする。さっき確認したが、逃げようにもアイテムが使えなくなってやがるからな」
「結界の能力、か……」
このフロア一帯に張られている結界のせいで、脱出アイテムが使用できなくなっているようだ。
さらにその結界は妙な呪いまでかかっていて、破壊するのは困難らしく、今も禍々しい文様を怪しく光らせている。
「しかもご丁寧に中から外への物理的干渉も無効化する結界みたいだぜ?」
「うげっ、それって直接逃げられないってことじゃないか……」
「ああ。──だが、たった一つだけ、分かることがある」
頭を引き抜いたバケモノは爛れた身体を震わせ、轟いた。
体を揺さぶる咆哮に圧倒されながらも、俺とエリックは前衛に立つ。
魔法は確かに強力だが、必ず弱点が存在している。
特にこういった展開型の魔法は、発動前の魔法陣を破壊もしくは術者を倒してしまえば、魔法が消えてしまう。
ならば、やることは一つ。
「「──あいつを倒せば、ここから脱出できる!」」
『──!』
叫ぶ俺とエリックに、バケモノは驚異的な速さで接近し、凶悪な爪を突き立てようとする。
「《ソード・ディフェンス》、《ヘイト・デコイ》!」
しかし即座に前へ躍り出たエリックの防御スキルによって、切り裂こうとした爪はスキル効果が反映された大剣の腹で弾かれる。
防がれると思っていなかったのか、バケモノは硬直した。
その隙を狙い、左右に飛び出た俺とシノノメは挟み込むような形で斬撃を浴びせる。
エリックにヘイトが集まっているうちに次々と剣を振るうが、強固な樹木の鎧に阻まれた。
晒された肉の部分を狙うも、まるで鎧が意思を持つかのように移動し、その斬撃を防がれる。
「──なんじゃそりゃ!? びっくりバケモノだなこいつ!」
「です、ねっ!」
互いに向き合う形で斬撃を浴びせ続けるも、結局すべてが防がれる。
シノノメも同意したように、居合が真芯に響かず苦戦しているようだ。
大槌、槍、短刀、斧、長剣。
武器の形を変えた連撃を叩き込むが、意にも介さずバケモノはエリックへ攻撃を続ける。
やがてエリックも爪の連撃を防御しきれず、最後には力任せに振るわれた腕で払われ、ダンジョンの壁に激突した。
「がはっ!?」
「エリック!」
「ぐっ……、げほっ! だ、大丈夫だ。くそ、なんつー馬鹿力してんだよ!」
結界に衝突したエリックは剣を支えにして、口元から垂れた血を拭う
防御スキルのほとんどを網羅しているエリックに、あそこまでのダメージを与えたヤツは初めて見た。
俺かシノノメがあれを受けたら、確実に潰される。
「こんのっ……!」
体勢を立て直せないエリックに近づくバケモノの腕に飛び乗り、走り抜けた。
前傾姿勢の無防備な背中。そこに向けて、剣を突き立てる。
しかし、やはりというかなんというか、ここも鎧によって防がれた。
これもうダメかもわからんね。
『──』
「うおっ!?」
踏ん張っていても耐えられない暴れっぷりで、強引に振り払われて地面へ落ちた。
背中に衝撃が走り、呼吸が一瞬停止する。
身体中の血液が止まったように感じて、身動きが取れなくなった。
「クロト、避けろッ!」
「っ!」
シノノメから応急処置を受けているエリックの叫びで、体の自由を取り戻した。
真上から飛びかかってきたバケモノの踏みつけを、壁へ伸ばした血のロープで体を引っ張り上げて回避する。
爆音にも似た衝撃音と地面に深い亀裂を走らせた強烈な一撃に、思わず引き攣った声が出た。
あの重量で押し潰されたら、簡単に天へ召されてしまう。
以後あの動作の後は絶対に離れようと思い、そして足を引き抜くことができず、呻いているバケモノの懐にシノノメが肉薄する。
「シノノメ流舞踊剣術初伝──《散蓮華》!」
流派スキルによって補正され、鋭く鞘から疾る幾重にも重なる赤い花弁が、樹木の鎧を貫き肉を断つ。
木片と血飛沫が飛び散り、いくらか斬撃が通った。
だがバケモノにとっては蚊に刺される程度の刺激だったのか、何の反応も示さずに足を引き抜く。
シノノメはその様子に強く唇を噛み締め、自由の身となったバケモノが振るう大腕を避ける。
「……ダメです。どうにも斬線が通りません。あの身体、様々な動物やモンスターの肉で繋がれていて、切断しきれない箇所が多くあります」
「シノノメの技量で?」
「はい」
「マジかー……」
どうしよう。いや、ほんとに。
道中のどんなモンスターでさえも切り刻んできたシノノメの居合が通用しないとなると、俺が刀で斬っても大してダメージを与えられないだろう。
エリックはスキルを使用してバケモノの注意を引いているから、最終手段として考えていた『どんな敵でも燃やす、灼熱ファイヤーでヒャッハー作戦』は実行出来ない。
せめてエリックの代わりにヤツの動きを全部受け止められるような人材が欲しいが、無い物ねだりをしたところでどうにもならないし……ん?
…………“燃やす”?
「シノノメ」
「?」
「斬撃で火花って起こせる?」
「…………えっ。あ、いや、出来ますが、あのモンスターの体質では……」
突然、突拍子もなく言われた質問に、シノノメは虚を突かれたように目を白黒させながら答えてくれた。
そっかそっか、出来るんだな。
なら。
「俺の魔法であいつの腕に糸を張る。幸い糸を形成した分の血を失っても俺は倒れたりしないから、シノノメはそれを斬って火花を出してくれないか?」
基本的に、ゴーレムは魔法耐性が他のモンスターと比べて高い。
それにゴーレムではなかったとしても、ヤツはローリングボールより巨大だ。
エリックの魔力量がどれだけ多かろうと燃やしきれるとは考えにくい。
なら、魔力を介さない炎はどうだ?
都合良く、俺は休憩中にある物を拾い、現在所持している。
「……何か策があるんですか?」
「そういうわけじゃないけど……。まあ、これでダメージを与えられたら作戦会議をしよう。でも、そのためにはあいつの動きを封じたい。だから、これを使う」
ポケットから取り出した、コーラ瓶より少し大きいくらいの瓶。
ちゃぷちゃぷ、と。中で波打つ透明な液体が入った、何の変哲も無い瓶だ。
それを左手に構えて、バケモノを正面に捉える。
「それは……、いえ、今は仕事に集中、ですね?」
「ああ、頼む。──行くぞ!」
走り出す。
爪を防ぐエリックの横を通り過ぎて、振り上げていた左腕に糸を巻きつけた。
不思議そうにして力を緩めたバケモノの腕を力の限り引っ張り、程よい高さで跳び乗る。
そして、足下に瓶を思いっきり叩きつけた。すると割れた瓶から強い刺激臭が放たれる。
それは、鼻につく濃厚なアルコールの匂い。
俺が叩きつけたのは、冒険者が置いていったと思われる酒瓶。
試しに鑑定したら思わず目が点となる程、ありえない度数が表示されたドワーフの火酒だ。
驚いた表情でいるエリックの肩を掴み、シノノメと入れ替わるようにその場から退散する。
「シッ!」
すれ違いざまに放たれた一刀が、糸を巻きつけた腕に銀閃を奔らせる。
甲高い金属音が反響し、糸は断ち切られ、火花が散った。
その一瞬で。
『──!?』
炎が舞う。
滴る酒の雫がバケモノの腕を伝い、少量でも勢いよく燃える酒は絶大な効果を見せつけながら、瞬く間に乾いた木の鎧に延焼し、バケモノを火だるまにしていく。
声帯が発達していないのか、叫びも上げずのたうち回る異形を見て一つの確信を得た。
ヤツは、火に弱い。
「──ふ、ふふ……、ふはははははっ! そうだ、燃えるがいいさ! そのまま火の海に溺れてしまうがいい! おかわりを望むなら喜んで差し上げよう! 俺はまだいくつもの酒瓶を持っているからな、これで形成逆転だ!!」
「クロトが悪魔に見えるんだが……」
「言わぬが花でしょうね……」
後ろで二人がなんか言ってるが無視だ無視!
ようやく光明が見えたんだ。
やるならとことんまでやってやる。
火が弱まってきたところにぃ、ぽいっ!
燃え始めたところにぃ、そいやっ!
割れる度に、酒の炎で焼ける肉と樹木の臭いが通路内に充満する。
どこかへ行こうとしてるところにぃ、せいっ!
おおっと逃げられないようにぃ、へぁっ!
ゴウッ、と。自分の身を犠牲にしてキャンプファイヤーをするバケモノにシンパシーを感じたが、容赦はしない。
豪快に転がり回るバケモノを一瞥し、二人に向き直る。
「よし、作戦会議を──ちぇいさっ! ……作戦会議をしよう」
「酒を投げながら平然と言うな」
勝つ為に手段を選んじゃいられないんだ。
「俺が今こうしてるのを見てわかるように、ヤツは火に弱いみたいだ。もし本当にヤツがゴーレム系統だとしても、魔法耐性の中に一つくらいは弱点があるはずだと思ってな。あいつの気色悪い外面のおかげで、もしかしたらと思ったが……、アタリだった」
「なるほど。んじゃ、俺が魔法を唱えて……」
「悪いけど一軒家並みにでかいあいつを燃やし尽くせるとは思えない。この酒でもギリギリだからな。つーかお前、今まで魔力回復ポーション一本も飲んでないだろ。もうカツカツなんじゃないか? 魔力切れで倒れられるのは面倒だ」
俺の有無を言わせない言葉に、エリックはぐうの音も出ないようだ。
むっ、火が弱くなってるな。
おらっ! 黄金回転の酒瓶投げだ!
消えろ魔球! スライダーボトル!
よし、勢いがだいぶ戻ったな。
「そこで、だ。シノノメ、『雷の魔導書』を読んでくれないか?」
「「えっ!?」」
投げ終わり、向き直った俺の唐突な提案に二人が驚きの声を上げる。
「何も打算なしで言ったわけじゃないぜ? 俺が試そうとしてるのは、合体魔法だ。二人の魔法を合わせれば、たとえどんなモノだって強力になる。それが出来ればあいつだって消し飛ばせるはずだ」
「ですが……、私は阻害魔法以外を覚えられません。そんな私が『魔導書』を読んで適性を得られても、攻撃魔法を覚えられるとは限りません。私よりも、アカツキさんがお読みになった方が」
「それはありがたい申し出だけどな、俺の魔力量じゃ今のエリックにすら合わない。だから同じ魔力量同士の二人なら可能かもしれないんだ。別に攻撃魔法が欲しいってわけじゃないし、魔力だけでもいいからさ」
「だが互いに組織の違う魔力同士が干渉し合えば、暴発する恐れもあるぞ。生憎と火と雷は相性が微妙だ。相互性を手助けする魔装具でも無い限り、その案は……」
「ここにどんな魔法・魔力でも所有者の操作次第で吸収し、溜め込み、放出する事が可能な血の剣がございますが?」
「「……は?」」
やっぱり気づいてなかったか。
「エリックの魔法を《魔力操作》で集約した時、右腕に集まった火が剣に纏わりついたんだ。後に放った剣技で火が出てたから、もしかしたら……、って思ったけど、間違いなかった。これはそういう能力もある魔法なんだ。あとシノノメ、早く読んで」
「あっ、はい……」
「つまりなんだ? その血の魔法で創った武器……、というか魔装具を媒体にすれば、合体魔法ができるってことか?」
「詳しく言えば、合体魔法剣になるな」
そこまで話して、また火の勢いが弱くなったバケモノ目掛けて瓶を二本、ブーメランのように投げる。
頭部と胴体に当たった瓶は砕け、中の酒が点火し、元の勢いを取り戻していく。
残り一本となった酒瓶を左手で弄んでいると、俺に押しつけられた魔導書を読み終えたシノノメが肩を叩いてきた。
「読み終わりました。無事に適性を得ましたよ。すごいですね、新しい可能性がどんどん溢れてくるのがわかります!」
「ああ、そうか……、早くね? 辞書並みに分厚い本を早く読んでって言ったのは鬼畜だと今更気づいたけど、それでも早くね?」
「『魔導書』は簡易契約書みたいなもんだから、さらっと読むだけでいいらしいぞ。それで、どうするんだ?」
新たな適性を得た為か周囲に紫電を散らせているシノノメに、俺は創りだした剣の柄頭から糸を生成し、それを握らせる。
同様にエリックにも同じものを持たせる。
「これに魔力をありったけ流し込んでくれ。《魔力操作》で全部制御するから。あ、流し込むっつっても、自分が倒れない程度にな」
「正気か!? お前の魔力量に俺達二人分の魔力を込めて、もし制御出来なかったら体がパンクしちまうぞ! 良くて血管損傷か全身出血、最悪の場合死んじまうじゃねぇか!」
「ポーションがあるだろ? 『魔導書』の件もいきなりすぎたと思ってるし、勝手なこと言うようだが、もし死にかけてたら強引にでも飲ませてくれ。大丈夫、死ななきゃいいだけの話だ」
「流しますね」
簡単に言うなよ……と、エリックからそんな視線を向けられる中、シノノメは魔力を流し込んでくれた。
心臓の鼓動が早まり電流が走るようなピリピリとした雷が血液に同化し身体中を凄まじいスピードで駆け巡っているような感覚がとてもしびれてすごく痛い!?
「しびび、びびびびびっ!? そそそ、そうかか! 雷なんだもももん、かかか感電しししてるよようなももものか!」
「おい本当に大丈夫か!?」
「フロウさん、見てください。アカツキさんはしびれながら親指を立てています。きっと余裕ですよ!」
シノノメ、ナイスフォロー!
って、あいつ動こうとしてるじゃないか。あんにゃろう、俺がこんなにも辛い目にあってんのに……っ。
そぉい、ラストシュートッ!
あれ、いつもより精度が上がってるような……。投球速度も速いし。
あ、頭に当たった。
っていうか、早く済ませないと俺が危ない!
「は、はよ! エリックはよ!」
「……ったく。やるならしっかり決めろよ、クロト!!」
握った糸を通して、二人の莫大な魔力が流れ込んできた。
体内を循環させるように二種類の魔力を全て一箇所に──右手へ集める。
有り余る魔力を制御し、多量の雷を《魔力操作》で推進力に回す。
それでも余った残りすべてを混ぜ合わせ、刀身に纏わせた。
火と雷の流線が血の剣に現れ、俺の魔力で暴発しないように包み込む。
それでも俺の体に合わない魔力は血液の一部となり、血管を流れ、傷跡を残す。
ぴしっ、と。肌の薄い箇所から次々と血が滲みだした。
口の端から、抑えきれない血が溢れる。
「クロト!」
「ききき、きびしぃ! もういいんじゃない!? 十分だよね? ゴールしてもいいよね!?」
合体魔法を成功させる為の犠牲。
焼かれ、しびれ、傷つく体を奮い立たせる。
ここまで頑張ってきて、優しさに触れられて、これからも精一杯やっていこうと思った。
平凡が特別に変わる為に必要なものを、俺は今まで探してたんだ。
魔法適性が特殊だからとか、スキルが凄いからとか、クラスが珍しいからとか。
そんなちゃちなものじゃなくて、こうして誰かに頼られるのが、平凡を変える為に必要なんだ。
今までも誰かに頼まれたからじゃなくて、俺自身が許せなかったから、どんな不幸困難無茶無謀も解決した。
世界が変わっても、この意志は変わらない!
「うがああああああああっ! もう無理! あいつに全部ぶつけてやるッ!」
「うおっ!?」
凄まじい激痛が這いずり回る体を動かし、疾走する。
二種類の魔力で強化されているからか、格段に上昇した身体能力を遺憾なく発揮することで、扉の前で蠢き続けるバケモノとの間合いを瞬時に喰らい尽くした。
俺の気配に感づいたバケモノが眼前に爪を繰り出してくるが、それを強化された体当たりで逸らす。
脇腹を切り裂く爪により熱い液体が迸り、吹き飛ばされそうになるが関係ない。
ぎょっとした様子で狼狽したバケモノを、正面に捉えた。
剣を逆手に持ち替え、体全体を捻りこむように引き絞った構えをとる。
それは、時代の流れをものともせず、それでいて絶大な人気を誇る必殺技。
それは、『ファンタジー・ハンター』でも編み出した、最上級の合体魔法剣。
それは、あまりにも似ているから、と自重して名前を変えた神の一撃。
こいつがもしボスだとしても、Bランク冒険者が複数人でパーティを組んで戦う相手に、たった三人で立ち向かえるはずがない。
──そんな常識、誰が決めた?
この世界はおもしろい。
だから、つまらない道理は捨てた。
何もかもが新鮮な世界で、俺は決めたんだ。
俺の平凡を、培ってきた技術と経験を、誰かの為に役立てると。
「“真紅の雷光 我が敵を穿ち 全てを滅せよ”! 合体魔法剣──《ケラヴノス》!」
──これは、決意だ。
──ちっぽけな凡人の。
──とても小さな決意。
その場のノリで叫んだ詠唱に合わせ、バケモノの胴体に溜めた魔力を放出する。
火炎を宿した巨大な稲妻の斬撃が、焼け爛れた胸もとを一直線に貫いた。
直後、何かがひび割れる音が耳に響く。
剣だ。高強度を誇る血の剣が膨大な魔力放出に耐えられず、蜘蛛の巣状にひび割れていく。
同時に、押さえ込んでいた魔力が暴走しかけた。
『──!』
「ぐっ……があああああああああああああッ!」
全身を引き裂かれるような痛みに叫びを上げ、脇腹に添えた左手を腰に下げた剣の柄に触れる。
紐をがむしゃらに引きちぎり、柄を元に新たな剣を創りだす。
体内を循環する血液のほとんどを使用したからか、激しい耳鳴りと頭痛に襲われ意識を刈り取られそうになった。
《出血耐性》でも対応しきれない出血量に怖気が走るが、それがなんだ。
そんなもの気合と根性で解決すればいい。
腹の傷を経由して送った魔力はその力を爆発させることなく、無事に吸収されていく。
そして。
「もういっちょおおおおおおおおおおおお!」
『──!?!?!?』
十字状に放った大威力の魔法剣は、バケモノに反撃の余地を与えることなくその巨体を切り裂いた。
まだ剣に残る魔力を残さず放出し、見るも無残な四つの肉塊をさらに焼き尽くす。
放った魔法剣は減速する様子も見せず、ボス部屋の壁に激突。轟音を響かせた。
その余波により浮かんだ体で唯一動かせる首を回し、両手を見る。
内包した火と雷で内側から焼け爛れた右の手のひらに、柄は無い。
血の剣が、刀身ごと綺麗さっぱり消し飛んでいた。
かろうじて左手に持っていた柄は造形を保っているが、やはりその先に創りだした刀身は無くなっている。
同時に、すべてを出し尽くした空っぽな体が、魔力切れと出血多量で倒れかけていることがわかった。
ああ、やっぱり……と苦笑していると、動かなくなった体が地面に不時着する。
しかもまた顔面から。かなり痛い。
「ぎゃばんっ!?」
「クロト!」
「アカツキさん!」
本日二度目となる顔面痛打を経験。
トドメと化した猛烈な一撃で体が急速に冷たくなっていく。
凍えそうな冷感を覚えながら、呼び声に揺さぶられても反応できず、俺は意識を手放した。
あれ、なんかデジャヴ……。
「……本当なのか?」
『ああ、落とし子が死んだ。塵も残さず、完璧なまでに』
「……チッ。あのガキと貴族の娘にサラマンダーの小僧も、まとめて始末できればよかったんだがな」
『なぁに言ってんだよ、お楽しみはこれからなんだぜぇ? 焦らずいこうぜ、キシシシッ!」
「そうだな……」
ちなみに《ケラヴノス》ですが、某大冒険のあの技だったりします。
かっこいいですよね、俺もよくマネしました。
何本も傘をダメにしましたけど。