第七十三話 奇妙な死闘《前編》
お待たせしました。
異能バトルっぽい雰囲気を出そうとして「これなんかちげぇよなぁ……?」となりながら書いたお話になります。
やはり書く前にジョジョを予習するべきだったか……?
『──君は既に、僕が用意した遊戯盤の上にいるんだ。カラミティが掲げた思想を成し遂げる為の、ゲームの駒の一つ。キングではないがジョーカーと例えるのも違う……そうだね、あえてバグとでも言おうか』
不意に脳裏を過るのは魔科の国を去る直前の会合。
暗部組織カラミティのトップ、ジンが発した言葉。
『君がこれから相対する者は全員が魔剣に選ばれた者──適合者だ! 適合者同士は自と引かれあい、戦う運命に呑まれていく!』
巻き込まれたくもない因縁が、勝手に向こうからやってくるという傍迷惑な話。
しかし忘れたくとも記憶の底や胸の奥に、拭いきれない不安が残り続けていた。
『そして君はその中でも稀有な特性を持っているが故に、遊戯盤に乗る十分な資格があったッ!!』
遊戯盤、特異点、適合者、戦う運命。
……認めたくはないが、魔剣が招くありとあらゆる災禍を無視することは決して出来ないのだろう、と。
レオが手元にやってきた時に嫌々ながらも理解してしまったのだ。故にこれまで様々な対策を施してきた。レオの精神空間での特訓もそうだ。
だけど、こんなにも突然、異能が──適合者による襲撃、カラミティの構成員、いったい誰が──。
途切れることなく溢れ出す何故の二文字が、急かすように意識を攫っていく。
思考を放棄する暇なんてない。かと言って没入すれば命は無い。
「っ……!」
頭の片隅に押しのけて魔導剣を握り直し、すぐ横の通路へ駆け出す。
路地裏を圧迫していた薄汚れた木箱 煤けた布、割れた酒瓶……圧倒的物量の壁となって押し寄せて、狭い通路に阻まれて次々と破砕していく。
いくつかの破壊音が響いた。その直後、意も介さず壁も地面も引っ掻いて破片群が迫ってきた。
「壊れても近づいてくるのか!?」
物が浮く、という事象自体は偶に見かける。
ニルヴァーナ最大の蔵書量を誇る図書館でも背の高い書架に著書を戻す為に、ページの一部にルーン文字で専用の術式を刻み浮遊させる手段がある。
ナラタが盗撮に使用していた小型魔導カメラとやらにも系統は違うが同等の手法が使われている。だが、複雑過ぎて刻めるルーン操術師は滅多にいない。
俺にルーン文字を教えてくれたリーク先生ですら“アレに手を出したら頭が破裂する”と言って若干嫌悪すらしているのだ。
時間も掛かる。難易度も高い。一つミスをすれば最初からやり直し。
そもそも付与した物が壊れたら術式も崩れ、効力を失う。
だから希少性もあり、とんでもなく高価で一般人には手が出せない代物に付与される。そんな物をいとも容易く捨てるように扱う訳が無い。労力に見合った成果を得られないなんて徒労が過ぎる。
それに。
『──レオが断言したのだから信じよう。ガルヴィードに異能が関係していた事実を、言い遅れた事に何も思わない訳じゃあないけど……そういう状況ではなかったし』
『……すまない。もっと早く、警戒するように進言していれば』
『いいんだ。今は目の前の困難を片付けよう』
眼前に蠢く、破片群に作用する何かの力。
心のどこかにうっすらとこびりついていた“異能の力ではない”なんて甘えた可能性を消す。
「だけど、どうする……?」
異能の力を纏った破片群は今もこちらに近づいてきている。
ニルヴァーナの路地裏は非常に入り組んでいて、慣れてさえいれば大通りから別の大通りへと出られるのだ。
何処にでも繋がっているからこそ逃げる事は容易いが……関係の無い人達に危害が及ぶ。何より、防衛依頼が終わって緩んだ空気を害するのは避けたい。
『適合者、辺りを覆う異能の力が増している。恐らく……』
『異能の気配を辿っての逆探知は厳しいか。増えてる理由も──』
ちらり、と。
背後には壊れ、崩れ、より鋭角に細かくなった破片の大群が路地裏を埋め尽くしていた。逃げれば逃げるほど周囲の物を粉砕して追ってくる数を増やしている。
その中心には鈍色のナイフが浮遊していた。……まさか、異能の力を伝播させているのか?
思い返せば、攻撃の始まりにはナイフだけが飛んできていた。他と比べても飛び抜けて異質な雰囲気を感じる。
アレが他の物に触れて大量の破片を生み出しているとするなら、あまり時間は掛けられない。あの規模の群体ともなれば路地裏の構造上、いつかは挟み撃ちになる可能性も高い。
連戦で消耗した体に鞭を打って破片群に呑み込まれないように全力で走る。
各種ポーションで傷を癒し、魔力を満たしても精神的な疲労は溜まっているし、もうすぐ陽が沈む。
灯りの無い路地裏はすぐにでも暗闇に落ちるだろう。視界の確保が難しくなったら一巻の終わりだ。
ソラがいれば現状打破の手はいくらでも湧いて出てくるが、ガルヴィードとの戦闘で疲弊していて召喚できない。
ままならないものだ、と。
奥歯を噛みながら、装填していた水属性のアブソーブボトルを抜き取り、フタをわずかに開く。
濃縮された魔力が魔素と反応し、大量の水玉が空中を漂う。そのうちの一つに魔導剣で切った指先を突っ込む。
滲む血液に魔力を込めて流出。水中で螺旋を描く血で創造──イメージするのは細かい網目状の金網。
一瞬で赤黒く染まった水はぐにゃりと歪み、周囲の水玉を吸い上げて変形。両端の壁に突き刺さり、通路を隔てる壁となった。
破片群がぶつかり、網が膨れ、キリキリと軋むが壊れず。それらに背を向けて走り出す。
「くっそ、近道なんて通らなければこんな事には…………待てよ」
汗ばむ額を拭いながら、後悔を口にして。
少し広めの空き地のような場所で、立ち止まる。
『どうした、適合者』
「そうだ、おかしいぞ。なんですぐに気づかなかったんだ……」
『……何をだ?』
『ここは近道なんかじゃあない。普通に大通りから学園に向かった方が早いんだ。なんで俺はこの路地裏を近道だなんて思ってしまったんだ?』
南東地区からアカツキ荘のある北側へ向かうなら分かる。だが、ここは南の大通りへ繋がる道だ。
決して近道ではない。伊達に配達のアルバイトをしていない為、知っている。
何か、変だ。吐き気のような、気持ち悪い違和感が込み上げてくる。
総量が増えた事と血の金網のおかげで進みが遅くなっているとはいえ、ガレキの濁流はどんどん近づいてきている。
息つく暇も無く急いで辺りを見渡して、少し先の通路を進み──最初に襲われた通路に出た。
次回は中編となります。