第七十二話 迫る災厄の影
年末に向けてアホみたいな仕事量を押しつけて去っていく連中を俺は許さない。
クリスマスだから、正月だからと休みまくって負担を集中させる同僚も許さん。絶対にだ。
短めの話ですが、5章前編のクライマックスに入ります。
お楽しみください。
ガルヴィード討伐後。
デバイスで連絡して集まったアカツキ荘の面子に、俺は一つの提案を出した。
『もうちんたらやるのも面倒だからさ、エリックの《イグニート・ディバイン》に全力で魔法とスキルを撃って、全方位反射攻撃で殲滅しない?』
『言ってる意味はなんとなく分かるし出来るがバカかお前?』
なに言ってんだコイツ、みたいな視線を三人から向けられて。
結界代わりにニルヴァーナ全体を覆うように《イグニート・ディバイン》を発動させ、その外に出た俺とカグヤ、セリスで最大火力の技をぶちかます。
迷宮主の巨体すら弾き返す……一切の侵入を拒絶するスキルの特性を利用して、広範囲を滅する。
地上はともかく空を飛ぶ魔物の相手は厄介だ。二方面の内、どちらか一つを完全に潰してしまえば住人や建物への被害も抑えられるし、自警団の負担を大幅に減らせる。
などという弁明もとい正しい説明を聞いて乗り気になったカグヤとセリス、渋々了承したエリックを引き連れて作戦を決行。
街の外に出たのをデバイスで連絡し、エリックのスキルが発動したと同時にソラの《風陣》で上空へ跳ぶ。
カグヤもセリスも以前に空中移動の練習──実際にはソラと一緒に遊んでただけ──をしていたので、特に問題なくある程度の高さまで上がったら後は簡単。
『“荘厳たる海 大いなる白波 一切を呑み込め!”《メイルストロム》!』
『シノノメ流舞踊剣術奥伝──《百花繚乱》!』
『俺だけ言うことないけどくらえッ! シフトドライブッ!』
セリスは常にシルフィ先生と生活しているおかげで、いつでも適切な魔法の指導を受けられる結果。
下級、中級を飛ばして会得した上で、独自改良した魔法陣のせいで威力が跳ねあがった上級水属性魔法の《メイルストロム》。
カグヤは修めた舞踊剣術の中で最も鮮やかで、大衆を沸かせる大一番で披露する《百花繚乱》。
周囲に漂う火、水、風、雷の四属性を刀身に乗せて隙を与えずに次々と放つ光景は、花吹雪の中で踊っているようだとのこと。
俺は魔改造で過剰に出力を上げたトライアルマギアによる、広域殲滅特化のシフトドライブ。威力はあるのに二人と比べて芸が無くて泣けてくる。
ぶっ放す本人すら無事でいられるか分からないレベルのそれらを、息を合わせてぶちかます。
──結果、大都市をまるっと吞み込んだ連携技はニルヴァーナに近づく魔物達を壊滅させた。
音も、光も、魔物も。
全てが一瞬にして消え失せた後に残ったのは。
衝撃と轟音に戦意を喪失させられた地上の魔物と、終始困惑した様子で紅い結界に覆われた空を見上げるニルヴァーナの住人達だった。
◆◇◆◇◆
「めっちゃ怒られた……」
『至極当然ではあるがな』
『だよね……』
トボトボ、と。頭の中に響くレオの声に頷き、疲れた体を引きずって歩く。
茜色の空を背に家路へ着く中、つい先ほどの光景を思い出してため息を吐いた。
飛行型の魔物を殲滅してからは特に何事もなく、防衛依頼を無事に完了となった。
その後、自警団本部に集められた依頼参加者の中から名指しで呼び出され──他人の振りをして難を逃れようと、狡賢い手を考えていたであろうアカツキ荘のメンバーを強引に引き連れて。
僅かながら怒気を滲ませたエルノール団長と事情を把握しに訪ねてきた複数の商会長。
居住区画長や冒険者ギルド、フレン学園長などを含むニルヴァーナのお偉方と公衆の面前で正座させられるという珍事が発生した。
今にでも怒鳴り散らしたいであろうエルノールさんは深呼吸をしてから、今回の防衛で目覚ましい活躍をしてくれた参加者として俺達を紹介する為に呼び出したようだ。
まあ、ロクな説明も無しにあんなとんでもない事を仕出かしたけど、結果的に防衛依頼へ貢献した訳だし。
むしろその程度で済ませてくれるだけかなり温情を掛けられてる気がする。
完全に俺達の独断かつ全幅の信頼を押し付け合った上で、エリックが完璧に守らなければニルヴァーナもタダでは済まなかったからな。上手くいって良かったよ。
しかしそれでも感じる居心地の悪さを噛み締めながら、からかうような目線を向けてくる学園長を睨みつつ。
なんとか自警団が事前に用意していた秘策である、と苦し紛れの説明を受けて納得したお偉方を見てホッと一息。
その直後に恐怖を感じるほどの笑顔を浮かべながら、学園長の背後からにゅっと出てきたシルフィ先生を見て喉奥が締まった。ホラーシーンかよ。
連携技の事はもちろん、どうやら俺の状態を見て怒ってるらしく、せめて場所を変えようという懇願すら却下されてその場で説教を受けた。
思えばガルヴィードとの戦闘で服も体も血塗れのまま。
腹の傷や細かい怪我はポーションと血液魔法で治しているが、何も知らない人から見れば相当重傷を負っていると思われても不思議ではない。
妙に視線を感じるなぁ、なんて暢気に構えてたが……そりゃ注目されるはずだ。
……オルレスさんがいないだけマシかな。あの人も怒ると怖いから。
そうして淡々と降りかかる説教の数々を耳にしながら時間は過ぎていき──支払われる報酬の話も終えて参加者が散っていき、ポツンと残されたアカツキ荘の面子はようやく解放され、痺れた脚で自警団本部を後にしたのだ。
『個人的には、その後の方が衝撃的だったんだけど』
数時間前の閑散とした景色とは一変して、すれ違う人々の喧騒を聞き流しながら。
心の中に独り言を呟いて、精神的疲労の大部分を占める原因を思い返す。
気を取り直して夕飯の買い出しに向かうエリック達についていこうとして、エルノールさんに呼び止められて告げられたのは、思ってもいなかった真実。
『魔科の国発の魔導列車に備わった空調設備。それらに細工が施された形跡が見つかった、か。与太話で済めば笑い飛ばせたのだがな』
『可能性があるとは思ってたけど、まさかねぇ……』
数日前、誤認逮捕で本部へ連れていかれた際に相談した内容が本当に事実だったとは……当たってほしくない予想が的中してしまった。
設備の周辺で検出された高濃度の薬物反応は、自警団が調べた物と同一。この時点でエルノールさんの中にあった疑いは確信に変わった。
ニルヴァーナで頻発している暴動事件の手がかりが、ようやく掴めたのだから。
その後は駅構内で聞き込みを行い、情報を収集。
やはり宿場町でも暴力沙汰の事件が多発しているようで、ニルヴァーナに比べてかなり追い詰められているらしい。
町中を歩けば謂れの無い因縁をつけられ、住民が暴行を受ける。
妙に興奮した状態の冒険者が互いに殴り合い、血の海を作り出している……など。
調べれば飲酒して気が大きくなっている訳でもない相手同士で、止めるのが遅れれば殺し合いにまで発展していたかもしれない、と言われるほど。
血の気の多い冒険者ならまだしも、住民の間でもそのような動きが見られたようだ。
駅員や車掌に話を聞いた所、業務中に怪しい動きをする人の姿は無かったそうで。
恐らくは業務時間外に車両へ忍び込み、薬物を循環させるように細工した人物がいると予想。
個人的には引き連れた団員達と共に張り込みして調べようとも思ったらしいが、魔法障壁の点検や納涼祭が近づいている現状、長くニルヴァーナを離れるのはよろしくない。
しかもグリモワール側の領地に近しい場所で、ニルヴァーナの組織が派手に動き回り刺激する訳にもいかない、と。
事情を説明し、薬物対策の中和剤や散布型の解毒剤を渡して対策を立ててもらう事にして、エルノールさん達はニルヴァーナに戻ってきたそうだ。
「……とはいえ、結局のところ対処療法では何も変わらず、根本的な解決が急務である。納涼祭が終わった後に再調査に出向く予定、か」
エルノールさん直筆の、凄まじく達筆な文字で書かれた調査資料を流し読みして、ポケットに仕舞いながら前を向いて。
「っと、すみません」
「いえ、こちらこそ」
危うく正面衝突しそうになった相手に頭を下げる。
ちょっとぶつかってしまったな。いけないいけない、ながら歩きをして迷惑を掛けるのはダメだ。
ちゃんと家に帰ってから、改めて確認しよう。
『まあ、自警団が頑張ってくれるなら任せようよ。別に手伝ってくれ、なんて言われた訳じゃないし。そもそも無関係だし』
『適合者の本業は学生冒険者だからな。それに、我らには特待生として成すべき依頼もある。あまり多方面に首を突っ込むと……首が回らなくなるな』
『上手いこと言ったと思ってる?』
『個人的評価は八〇点だ』
『……一〇〇点満点中なら、まあアリかな』
顔は見えない──元々無いが、言葉だけでもドヤ顔してる様が目に浮かぶ。
以前のようなデリカシーやプライバシー皆無の言動に比べたら、だいぶ進歩している。
勝手に記憶を覗いて赤裸々な過去を、何故か淡々と報告してくる時と比べたら相当改善されているだろう。
ただ、元が俺の記憶や普段の生活から学び、馴染ませていってるせいか。若干言動が俺に似てきているとエリックやカグヤから言われている。嫌だなぁ……。
そんな、ある日のアカツキ荘で交わされた会話を思い出しつつ、近道をしようと路地裏に入ったところで。
『そういえば、一つ気になった事があるんだけど』
『なんだ?』
夕暮れの日差しから逃れるように。
大通りの騒ぎ声が薄れ、不気味さを伴う静寂に包まれた道を進む。
『ガルヴィードが襲撃してくるって、なんで気づいたんだ? 外壁上に待機してた自警団ですら発見できなかったのに。レオが言わなければ危うく見逃してたよ』
『……あの場で伝えるべきではない、と判断して黙っていたのだが……』
『……妙に含みのある言い方だね。何かあったの?』
歯切れが悪そうに言い淀む彼の言葉を待つべく、立ち止まった──その瞬間。
背後から、空気を裂く何かの音に気づいた。
「はっ!?」
振り向くと同時に、顔のすぐ横を鈍色のナイフが高速で過ぎ去っていく。
間一髪で避けた。そのまま魔導剣を抜き、ナイフが飛んできた方へ向ける。
しかし、そこに投擲したであろう人の姿は無く、立ち去った形跡も見られなかった。
……寸前まで人の気配は無かった。視線も感じなかった事からそれは断言できる。だが、わざわざ頭を狙うほど明確な悪意が込められているなら、スキルの《フレームアヴォイド》が発動するはずだ。
なのに、今のナイフに対しては何も反応しなかった。今日はずっと戦ってばかりで気を張っていたからこそ気づけたんだ。
「でも、どういうことだ? なんでいきなりナイフが……」
日本で生活していた頃ならまだしも、ニルヴァーナで急に襲われるような因縁を作った覚えは無い。
あったとしても、それは自警団のパトロールで牢屋にぶち込んだ犯罪者ぐらいなものだろう。
構えを解かず、警戒を怠らず──そうしていて、ふと思い出した。
避けたはずのナイフが、地面に転がった音を聞いていない事に。
ぞくり、と。脳裏が泡立つような感覚。
周囲の空気が、背筋が冷えた気がした。
『簡潔に言うぞ、適合者。異能だ。ガルヴィードに、わずかではあるが感じた異能の力と同じ。故に誰よりも早く接近を感知できたのだ』
レオの声が、どこか遠くから聞こえるようで。
振り返ろうと、緩慢に動く首よりも先に。
空中に静止したまま、向けられた切っ先と目が合う。
いや、ナイフだけじゃない。辺りに捨てられた大小問わずのゴミや積み立てられた木箱が不自然に揺れ動き、浮遊する。
漠然と理解した。視界にある全ての物が、瞬時に敵と化したのだと。
『異能の詳細は不明、相手の適合者も不明だ。だが、確実に我らを狙っている!』
レオが言い切る前から命を奪う刃が、大軍を引き寄せて飛び込んでくる。
夏に焼ける、夕暮れの空の下。滲む大粒の汗が垂れて、染みになっていく。
──奇妙な戦いが、いま始まった。