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100の巡り

作者: 和泉あきら

衝動的に書きたくなり投稿しました。

別に、書いてる長編から現実逃避した訳ではありません(動揺)

満月の夜はなにかが起こりそうな気がする。

暗い空の中、ぽっかりと輝く月はどこか浮いていて、ここが現実の世界だということを忘れてしまいそう。

だからなのかな、平々凡々な日々を送っている私は非常な日々を求め、空を見上げてしまう。


きっと、今日もこの空を仰ぎながら歩き、あと少し先にある我が家へ着いてしまうだろう。

それでも、願わずにはいられないんだ。

時計を持ったウサギが少女を不思議な世界へ導いたように、私もどこかの誰かが私を不思議で、楽しい世界に導いてくれないかなって。

流れ星の変わりに1ヶ月に一度だけ会える、この大きくてまん丸の月に祈ってしまうんだ。








某県、某所にある我が家、宮田家までもう少し。

家から10分ほど歩いた県立の徳葉とくば高校の2年生になってから予備校に通いだしたけどやっぱり少しきついな…。

もっと頑張らないとな。

今日は予備校の日だったから家に帰るの遅いし、勉強するの嫌だし、ブルーな日だったけれど…。

けど、今日は満月。しかもこんなに晴れて少し怖い夜道も全然怖くなんてない。



「ただいまー。」


「おかえりなさい、夢月ゆづ。」


今日も何事もなく玄関へたどり着いてしまった。

私は、無造作にローファーを脱ぎ捨て、開放感を味わう。

キッチンで洗い物をしている音が聞こえる。

きっとお母さんがしているんだろう。

あぁ、我が家だ。


「ちゃんと靴をそろえておきなさいねー。その後ちゃんとドアも閉めといてよねー。」


「…はいはい。」


そのまま行こうとしていたのに、お母さんに言われちゃった。

家に着いたとたんこの様だよ。うんざりしちゃう。


「夕御飯はテーブルに上に置いといたわよ。あと、お風呂も出来ているけど、先にお風呂はいる?」


キッチンから出てきたお母さんがにっこりと顔を見せ、私に優しくたずねてくる。


「うーん…ご飯食べよっかな。今日の夕飯なにー?」


この匂いはミートスパゲティかな?

私の大好物だ。


「あたり。よそいなおしておくから着替えてきなさい。」


「はーい。」


待ってろミートスパ!今行くからな!!

私は階段を駆け上り、愛しのミートスパを頬張るべく着替えに向かった。



☆★☆



夕飯を食べ終え、お風呂に入って、私は寝るまでの少しの時間を出来る限り楽しむのが日課だ。

今日もグラスに麦茶を注ぎ自室に持ち込んで溜め込んでいたドラマやアニメを見ていた。

今は一番まっているものはこの深夜アニメ。

クラスの皆はあまり知らないみたいだけど本当にいい話なんだよ…。


今日も、案の定テレビの前でぼろ泣きして袂にあったタオルを1人濡らす。


「あぁ…ジャックーーー!」


主人公のジャックは幸せな日々を送っていたんだけれど、ある日突然やって来た男に吸血鬼にされちゃうの。

吸血衝動に駆られたジャックは町の人を襲わないように、1人ひっそり町を出て、それから長い旅が始まるの。

途中、婚約者だったエイミーにも会ったりして2人の愛の行く末が本当に気になる!


今日は旅の途中で新しい町について終わり。

はぁ、早く全部観てみたいなぁ。


麦茶を少し口に含んでベランダに出る。

夜空は満天の星空だ。

ずっと暑い日が続いていたけれどここ数日で一気に気温が下がり、秋の訪れを感じる。

さっきまで涙を流して少しだけ暑くなった目が秋風にさらされて気持ちいい。


はぁ、私もジャックみたいないい人見つかんないかなぁ。








次の瞬間、私は何が起きたのかわからなかった。

だってしょうがないでしょう?


「……………。」


空から人が降ってきたんだから。

その人は外国人なのか、目鼻がはっきりした顔に赤茶のくるくる髪にこげ茶の目。

男性の、…年はたぶん私と同じぐらい。

はっきり言ってイケメンだ。

夜の暗闇の中、なんで分かるかって?

そりゃあ分かるよ。誰にでも分かるさ。
















私の上にいるんだから。


「…………。」


私たちは見つめあっている。

なんですか。ちょっと、私のこと押し倒していますよ。

どいてくれません?

ねぇ、私の顔に何かついているのですか?


じっと私の顔を見つめる彼はなんの感情も表情に出していない。

…こわいお?

とりあえず私の上からどこう、まずはそこからだ。

大丈夫、話せば分かり合える。

だからそこをどけ。

正直、背中痛い。


「……………………っ。」


こいつ、笑った…!!

くそう、笑った顔までイケメンじゃないか。

イケメンは問答無用で私の敵だ。

イケメンなんてみんなリア充だ!滅んでしまえ!


笑った顔の彼が身動きをしだした。

あぁ、やっと解放される…。

平和に話し合おうじゃないか、私いい所知ってるよ。

そこに行って話し合おう。

大丈夫、警棒持ったお兄さんも一緒だから。


ん?顔が近づいているぞ?

ちょ…まち!



「…みーつけた。」


彼は私の耳元で囁いた。

ひゃーーー!

なに!?何この人!?

顔が熱い。

暗くてよかった。

明るかったら公開処刑もいいところだ。


彼はまるで私を抱きしめるように覆いかぶさっている。

お母さん、私は今日でこの清らかな身体とお別れしなければいけないようです。

あぁ、最初は好きな人とが良かった…


グッバイ マイ ピュア



空には煌々と輝く満月があった。



満月があるぞ?

さっきまでは彼の顔が満月のごとく輝いていた。

あれ?


もしかして、夢?

私、こんな幻を見るまで非日常を求めていたの?

あぁ、末期だ。

生涯最大の黒歴史だ。誰にも知られたくない。


もう寝よ。




ベッドに倒れこみ部屋の明かりを消して、明日はいい日になりますように…。

満月は私を夢の世界に連れ込むように優しく包み込んでいた。

満月の中、黒い影が走っていたのは誰も知らない。



☆★☆



「おはよー。」


「おはようゆづ。昨日は予備校おつかれさーん。」


「もう、ひなもそのうち通うことになってしまえー!」


「ふふふ…残念、うちにはデキのいい姉がいるもんでね。」


ひな―ひなたは私の中学からの友達。いや、親友だ。

少しだけ殴りたくなってしまったのはきっと気のせいだ。


そのうち私をからかった罰がくだるさっ!

そう、1人で黒い笑みを浮かべていると


「佐々木―。お前、今日日直だぞ。日誌取ってこないって先生怒っていたぞ。」


クラスの男子が笑いながら言った。

ほらみろ!先生に存分に怒られて来い!!


ひなが慌てて教室を飛び出す姿を眺めながら私はため息をついた。

あの幻を見てから数日が経っている。

その間、1回も同じようなことは起きなかった。

やっぱり幻だったのかなあ…。

幻ならあの時彼を抱きしめたかった…!

イケメンの彼、かむばっく。



「はあ…。あんな怒ることないのに。あ、ゆづ!」


ひなが帰ってきた。もっと怒られていればよかったのに。


「ゆづ、顔に出てる。それより聞いてよ!転入生だよ!!」


なんだと、こんな時期に転入生?

夏休みがこの間明けたばっかりじゃないか。


「はーい。ちゃくせーき。座らない奴は今すぐ出てこい。指導室行きだ。」


あ、先生だ。

この先生は本当に教師か疑いたくなるくらい全てにおいて適当だ。

そのくせ、創るテストは校内で1,2位を争うくらいに難しい。


「はーい。全員い…ないな。日直確認しといて。はい、欠席者ドンマイ。転入生いるから入ってきて。」


入ってきたのはこげ茶の天パ、同じ色の瞳をもった男子だった。


「親の事情で、えー…どこだっけ。まあ、どっかの国から来た奴だ。ハーフで日本語おっけいだからばんばん話しかけてやれ。授業には支障ないようにな、怒られるのは俺だ。」


「せんせーい。彼が苦笑していまーす。さっさと名前教えてくださーい。」


「あ、あぁ。じゃ、自己紹介よろしく。」


先生は怒りもせず、話を彼に託した。

絶対あれはめんどくさがっているな。


「はい。僕はアンセル=アリソン=有楽斎うらくさいです。有楽斎と呼んで下さい。これからよろしくお願いします!」


有楽斎うらくさい。確かに彼はそう言った。

クラスが静まり返る数少ない場面だ。

有楽斎うらくさい


うらくさい


いつの時代の名前だーーーーーーーーーーーーーーー!!


そんな私の脳内突っ込みに関わらず頭の柔軟なクラスメイトたちはすぐさま歓迎の雰囲気を醸し出した。

それからはものすごい拍手だった。特に女子。

帰国子女だし、イケメンだし。

女の心をわし掴みにするのには十分だ。

私はアンチイケメンだがな!リア充は速やかに衰退すべきだ!!


「あー…じゃあ、空いてんのは宮田の後ろだな。そこに座ってくれ。」


「分かりました。」


イケメンの彼、アンセル=アリソン=有楽斎は私に向かって歩き出す。

歩くと同時にクラスの視線(おおむね女子)が動く。

まるで舞台を歩くモデルのようだ。


「よろしくね、宮田夢月・・・・さん。」


彼は言い放った。

なぜ、わざわざ私の名前をフルで呼ぶ。

クラスの視線(ほぼ女子)が突き刺さる。

知らないよこんな奴!知っていてもこちらから願い下げだ!!


彼はそのまま私の席を通り過ぎて席に着いた。

そこで声をかけられた隣の席の女子が赤く染まっている。

せいしゅんだー。


「えぇー…じゃ。そういうことでよろしく。SHRショートホームルーム終わり!解散!」



早めなSHR終了の掛け声がやけに私の中に響く。

あぁ、私の平和な高校生活、青春真っ盛りのエンジョイな時期、終わったな…。



☆★☆


お昼の休憩時間、私は貴重な睡眠時間として夢の世界へ旅立つ。

他の人はそれぞれ話をしていたりじゃれ合ったりしている。

もっぱら女子は、今日来た転入生に釘付けだ。

そんな彼は数人の男子といるが、1人ゆっくりとまだ食べ終わらないお弁当を口にしていた。

だけど、そんなこと私には関係ない。イケメンなんて私の敵だ。

おやすみなさい…。


しかし、眠ることは出来なかった。


「宮田さん…ちょっといいかな?」


さっきまで、お弁当を食べていましたよね。


「…ぁー…。今忙しいから他の人に当たってー。」


机に突っ伏し、寝る体制を整える。


「少し話したいことがあるんだけれど…。時間もらえる?」


ひ と の は な し を き け !!


「…皆に恋人宣言しちゃうよ?」


なんだと!!

こいつ、自分の容姿を分かっていてあえて言っているのか!?

私を脅している。明らかに脅している!!


「分かった。何のことかな?」


「聞きたいことがあるんだけれど、ちょっとここじゃ話しにくいから中庭まで来てもらえる?」


クラスの視線(やはり女子)が突き刺さるのを彼も感じているのか気まずそうに言ってきた。

よく気が利くじゃないか、そこは褒めてやろう。


「じゃ、じゃあさっさと行こう!はい、こっちね!」


そうして私たちはそそくさと教室を出て行った。




「……で、なに?はっきり言って私、あなたのことが嫌いだから関わりたくないんだけれど。」


「はっきりいうねー…うん。そんなところもそっくりだ。夢月ゆづ。」


中庭のベンチに2人腰掛け、暖かい日差しの中、話し始める。

彼は、2人きりになったとたん私になれなれしく話しかけてくる。

ほんっとうに気持ち悪い。


「キモい…。早く用件を話して。」



「…前世の記憶って残ってる?」


…は?

こいつ、何言ってるの?前世?

もしかして…厨二病ってやつ?


「その表情だと何も覚えてないみたいだね…。そりゃそうか。」


ふざけているようにしか見えないのに、演技だとは感じられない。

彼は悲しそうに笑った。

そして、愛しそうに私を見つめ、言葉を続ける。


「君…、夢月ゆづの前世は僕の婚約者だったんだ。やっと…やっと出会えたね、夢月ゆづ。」


彼は、衝撃的なことを口にした。

婚約者?そんなわけないじゃない。

前世なんて…転生なんて、ありえない。


「信じられないのも無理はないよ。だけどね、ある書物に“魂100巡り”と言う言い伝えが有るらしくてね。死んだ人の魂はそのまま天に昇り、100年後の新しい生を受け取るまで安らかに眠っている、というものなんだ。知り合いによるとどうやらこの言い伝えは本当に有るらしい。」


「…それで、私はあなたの婚約者の魂の持ち主だと。」


彼は頷いた。

あぁ、こんなシチュエーション本で読んだことがあるな。

私が体験するなんて思ってもいなかった…。

こんな…


「こんな、悲しい思いになるのね。」


「?」


「あなたはこの身体からだを私ではなく、死んだ婚約者を見ているのね。」


別に、彼に私自身を見て、そんな恋仲のようになりたいわけじゃない。

でも、それでも、そんな目で私を見ているのに私を見ていないと分かるとさすがに辛い。


「ゆづ…。」


「僕は、婚約者のことを愛していた。この事実は変わらないよ。だけど、今、君自身に惹かれていることも事実だ。」


彼は真顔で私に語りかけてくる。

そんな言い訳は聞きたくない。

もう止めてちょうだい。

そんなの信じたくない。

私は“わたし”を迎えに来てくれる人を待っているの。


「あの満月の夜、寝床に向かう僕は方向が違うのにもかかわらず真っ直ぐに君へ引かれ、君の処へ落ちていった。…これは運命なんだ。」


…ん?

満月の夜?私の処に…落ちた?


「まさか…あなた。あの日の…?」


「そうだよ、君を探し続けて、数日前に日本へ来たんだ。えー…っと37年ぶり…かな?」


「何を言っているの?あなたは高校生じゃない。しかも、さっきの“100巡り”だって、人がそんなに生きられるはずがないじゃないの。」


そうだ、彼の婚約者が死んだとしてその巡りにいるのならば、彼は今まで100年近く生きていることになる。

人の命はそんなに長いはずがない。


「そこなんだけれど…。あの…僕は、吸血鬼なんだ。」


は?

吸血鬼ってあの、人の生き血を食料とするあの吸血鬼?

目の前の彼が?


「吸血鬼は日光が苦手って聞くけど。」


「僕は最初の吸血鬼オリジナルから感染した、吸血鬼レプリカなんだ。個人差はあるけれど、僕は日光は平気だし、ニンニク料理なんて大好きだ。銀なんてただの金属だし。杭なんて面白いよね、あんなの打たれたら人間でも死んでしまうじゃないか。」


彼は可笑しそうに笑う。


これは彼の悪戯なの?

そんなこと信じられるわけないじゃない。

彼は、私をからかっているだけ、満月の夜のこともたまたまよ。

…そんな、そんなこと私は信じない。

私が望んでいるのは彼じゃない。


「…信じられないわ。もういい、止めてちょうだい。」


彼は少し寂しげな目を私に向けてくる。

止めて、そんな目で私を見ないで。

止めてよ、私は悪くないじゃない。彼が悪いのよ。

止めてっていっているじゃない…。

止めてよ!


「なんで!?私は“わたし”を見てくれる人を待っていた!あなたは違うの!!本当にあなたが婚約者を待って私にたどりつけたとしても、私はもうあなたを愛していた私じゃない!からかっているのなら止めてよ!!」


あぁ、今日は散々だな。

女子の反感は買っちゃうし、彼に意味の分からないことを伝えられる。

仕舞いには私と彼は運命の出会いなんだなんて言われちゃう。

すべて、彼のせいじゃない。


満月の夜から変に意識があの日のことを思い出してしまう。

今、出会ってこんなに感情を乱され、傷つけられている。


あぁ、散々だ。


「ごめんなさい。もう、話しかけてこないで。」


私は彼を1人中庭に残してこの場を去った。

どうしても1人になりたかった。


「……………。」


そのあと、彼が一筋、涙を流してしまっていることなんて知らなかった。


☆★☆



「…てゆーことでー。本日、有楽斎うらくさい君の転入を祝って、歓迎会を開きたいと思います!時刻は余裕を持って6時、参加費は1人1500円。○○町のファミレスで行います。みんな参加してねー。」


時間は過ぎさり、放課後。

お祭り好きなクラスの何人かが幹事を請け負い、歓迎会を企画したらしい。

ほとんどの人は行くらしいが、私は絶対に行かない。


「ゆづー、行かなくていいの?数少ないイケメンの姿だよ?目に焼き付けておこうよ。」


日誌を書きながらひなが声をかけてくる。


「ひな…その考え、他の人に絶対に言わないでよね。ひなと一緒にいる私の評価にも関わってくるから。」


ふざけたことを言っているけど、きっと私のことが心配なんだよね。

だって、ひな。そわそわしてる。まる分かりだよ。

いつもなら喜んで参加する私が行かないなんて言っているんだから。

ひなは隣に座っている私のことを不思議そうに覗き込んでくる。

それでも、行きたくない。

それに、彼のことを私はまったく歓迎していない。

むしろ帰ってくれないかな…。


「ま、もう起こってしまったことだからしょうがないよね。じゃ、ひな。私もう帰るからよろしくね。歓迎会、楽しんできてね。また明日。」


ぱっと席から立ちさっさと教室から出るために私はひなの挨拶を背中で受け止めて、家に向かった。









―――――……


「あれ?佐々木さん。宮田さんと一緒じゃないの?」


「あ、有楽斎君。ゆづね、もう帰っちゃったよ。歓迎会にも参加しないみたい。ごめんね、なんか元気もなかったみたいだし体調悪かったのかなぁ…。」


「そっか、それじゃしょうがないね…後で連絡とってみるよ。」


「え?有楽斎君、ゆづの連絡先知ってるの?」


「うん、もちろん。…佐々木さんにも伝えていなかったのかな?」


「?」


「あのね、僕たち実は……―――。」









☆★☆


「はーあ。」


いつもなら数十分で着ける家までの距離がそうとう長く感じる。

なぜって?そんなの、彼のせいに決まっているじゃない。

でも…少し言い過ぎちゃったかなあ。

明日、謝っておこうかな…。


「考え事ですか?お嬢さん。」


…びっくりしたあ!

歩いていると、道のそばにあったベンチに腰掛けたおじさんが私に声をかけてきた。

おじさんは灰色のふわふわした髪の毛を風に遊ばせながらほんわかと微笑みかけてくる。


「こんにちは…。」


「おやおや、礼儀の正しいお嬢さんだ。1人でとぼとぼと歩いて、友達と喧嘩でもしたのですか?この老いぼれに聞かせてはくれませんか?」


おじさんはベンチの空いているほうを片手でぽんぽんと叩き、私に座るように促した。

おじさんの雰囲気に警戒心を解き、素直におじさんの隣に座った。


「友達ではないんですけれど…喧嘩っていうか、すれ違いと言うか…私、あの人に少し言い過ぎちゃったかなって思っているんです。もちろん、一方的には言っていないですよ。あの人の言うことを聞いていたらついカッとなって……彼を傷つけちゃったかな?」


言葉に表現できない複雑な思いを噛み砕いていきながら私はゆっくりと話した。

おじさんはそのことを十分に理解してくれているのか私を急かさずにただ黙って相槌をうってくれている。


「ふむ…それから、その“彼”とは話をしたのですか?」


「いや…なんか気まずいし、私もなんか…。」


「では、話さなくてはなりませんね。思いを伝えられないまま離れてゆくのは一番悲しいことですから。」


おじさんはそういいながら遠くを見つめた。

そのときのおじさんの微笑みはどこか寂しげな顔をしていた気がした。


「そうです…よね。やっぱりもう一度しっかり話しといたほうがいいです…よね。」


「はい。あなたのこれからの人生をより美しくするために。」



「ほら、“彼”がやってきますよ。大丈夫。落ち着いて。“彼”は必ずあなたの気持ちを受け止めてくれる…」


その言葉と同時に私の背中を押すように風がサッと吹いた。


「ありがとう…おじい………?」


隣にいたおじさんはその風と共に消えて言ったかのようにいなくなっていた。




狐に化かされた気持ちで前を向くと、そこには彼が立っていた。



「…こんなところでなにしてんの?もう寒くなり始めているんだし、風邪を引いちゃうよ?」


「あ、…うん。」


「ほら、家まで送っていくから。…帰ろう?」


「うん…。」



彼は自然な動作で私の手を取り、私の家のほうへと一緒に歩いていった。


☆★☆


「あの…。」


二人並んで帰る道に会話の言葉はない。

私は学校のこともあって気まずい雰囲気をなんとかしようと思い、口を開いた。


「今日は…ごめんね?」


「あぁ、それは僕の言うことだよ。ゆづの気持ちを考えもせずに自分の思いばかり言ってしまったからね。…本当に、ごめん。」


会話が途切れてしまう。

ああぁあ!頑張れ私!!

こんなことに負ける女じゃないだろう!?


「えっと…さ。私、なんかあなたの言葉を聴いて、なんか…その婚約者の人にイラついちゃって…えと、痴話喧嘩なら、外でやれっ!…みたいな?」


「…今、この思いはゆづにだけ向いているよ。婚約者…彼女はもう死んでしまったんだからね。」


「ははは…冗談はよしてよ。死んだって言うのも嘘でしょ?転校して彼女と離れ離れになってやけになっていたの?だからあんな厨二みたいなことも言っていたの?彼女と連絡取れないの?」


私は彼と彼女こんやくしゃのことを思って言った。

せっかく愛されている彼女こんやくしゃが死んだことにされていてかわいそうだ。


「……はぁ、信じてもらえてないか。まあそうか。そりゃそうだよな。」


「どうしたら、信じてもらえる?」


「え?だって吸血鬼なんて日が出ているところには出てこないじゃない。そこからして、信じられな………!?」


目線の少し上。コンクリートの曲がり角。

映っていない。私の隣で歩いているはずの彼が映っていないのだ。


カーブミラーに。


「え…嘘でしょ?あなた、鏡に映っていない…。」


確かに手をつないでいるのにその手すら鏡に映っていないのだ。


「あぁ、そのてがあったか。うん。僕は鏡に映されない。写されることが出来ないんだ。これだけじゃ信じられない?」


「……………。」


確かに、本で読む吸血鬼のお話は鏡に映されていなかった。

でも…こんな些細なことだけじゃ……。

だけど…


「信じられないよね…。…信じなくてもいいよ。」


「え?」


寂しげに笑っていた彼は吹っ切れたように言った。


「僕は君に信じてもらう力がなかったんだ。しかも、このことが無くたって僕はゆづを愛しているのは変わりようが無いからね。」


あぁ、そうか。

彼はいつも私の名を呼んでいた。

彼女こんやくしゃの名前なんて一度も口にしなかった。

私を、ゆづを、好きだって言ってくれていたんだ。


「…信じるよ。」


「あなたが吸血鬼だって、真剣に打ち明けてくれたことも。私好きだって言ってくれたことも。全部、信じるよ。」


「ゆづ……。ありがとう。」


「ねぇ、僕のこと、アンセルって呼んでよ。」


「有楽斎じゃないの?」


「それは知り合いに付けて貰った仮の名前。本当の名前はアンセルだよ。」


「……アンセル。」


アンセルはこのとき、1番の笑顔を見せてくれた。

その笑顔は小さな太陽のように、私の曇っていた心までも照らしてくれた。


「じゃさ、…付き合ってくれる?」


「それとこれとは別!!」


「ええーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」


私は悪戯に笑った。

だってそうでしょ?

アンセルとは今日会ったばかりだもの。ちゃんとアンセルのことを知らなきゃね。


「ふふっそろそろ家に着くね。送ってくれてありがとう。また明日ね。」


楽しくて楽しくて、満面の笑みで私は彼に手を振った。


「あ、あっ!!待って!ちょ、ちょっと待ってよ!!」


「また、あしたー。」


明日からはどんな生活が待っているのだろう。

すっかり茜色になった空には少しかけた月が出てきていた。

お月様、私の日常はこんなにも素晴らしかったのね。

お月様への願いは、とっくに叶っていたのね。


「ただいまー。」


「おかえり、ゆづ。ちゃんと靴、そろえて置きなさいねー。」


「はーい。」


明日はどんな素晴らしい日が待っているのだろう。

アンセルが待つ明るい日常しか想像できない。

あぁ、私の日常はつまらなくなんてなかったのね。


階段を上り、ドアに手をかける。

今日は早く宿題を終わらせてたくさん遊ぼう。

アニメの溜め置きもたくさんある。



がちゃ



「おかえり、ゆづ。」


そのとき、誰がこんなことを想像できただろうか。

私はそっと開けた扉を閉める。


アンセルは笑っていた。満面の笑みだ。

……ってなんでここにいるの!?



ばんっ



「あなたっ、ど、どどこから入ってきたの!?」


「え?そこの窓からだよ?」


「どうやって!?」


「ここら辺に住んでいるコウモリたちに力を貸してもらったんだ。今度からはちゃんと1人でこの部屋に入れるよ?」


「そういうことじゃない!!」


アンセルは自分の部屋のように私のベッドに腰掛け、くつろいでいる。

ま、まさか…住む場所がないからって私の部屋ここに住むんじゃ…。


「…この部屋に住むの?」


「まさか!淑女の部屋に居座るような野蛮な奴じゃないよ。僕は紳士だからね。ここの屋根裏部屋をちょっと貸してもらうよ。」


同じようなものじゃない…!!


「あ、そうだ。僕に仮の名を付けて貰った人もいるし、紹介するよ。おーい。」


そうしてアンセルは天井に向かって声をかけた。

アンセルにあの、有楽斎(日本名)をつけた人物…。


「おや、アンセル。どうかしましたか?また、彼女ゆづさんと喧嘩でもしたのですか?」


………。

!?


あれっあの人って…。


「どうも夢月さん。先ほどは何も言わずに帰ってしまってすみませんでした。わたくしクリフトンと申します。以後お見知りおきを。」


私の悩みを聞いてもらったあの優しそうなおじさんだった!


「あれ?クリフトンとゆづって知り合いなの?」


「あぁ、ええ…まぁ。少し前に出会って夢月さんとお話をしていたのですよ。」


「本当!?今日はとてつもなく早起きだったんだな。」


後で聞いたところによると、クリフとさんはアンセルと同じ吸血鬼で吸血鬼の遺伝を受け継いだ稀な人らしい。

そのせいで、昼は寝ていないと苦しいとか。


「はぁ…住むのはかまわないけど、ばれないようにしててね。」


思わずため息をついてしまう私に、アンセルは元気に頷いた。

こんなとき、許してしまう私って甘いのかな…。

あぁ…頭痛が。


本当、私の生活ってどうなっちゃうの!?

お月様、なんとかして!!


☆★☆


「ねえー、おねーちゃん。」


「どうしたの、ひな。」


「ゆづいるじゃん?ゆづがさぁ…。彼氏いたらしいよ。」


「え…えええぇぇえ!?初めは私に報告するよう言ったのに!!」


同時刻、別の場所にもアンセルの夢月とアンセルが付き合っているという嘘に叫び声をあげた人がいた。



夢月はこれからの日常が思い描いていたのとは違う非日常に振り回されるのであった。


今後の夢月の生活は皆さんの頭の中で続きます。

一応、深い設定もあるのですが、ここはあえて短編で…

また、書きたくなったら続きを書くかもしれないです。

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