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15-1

「おい、真一。一杯どうだ?」雄輝さんはウィスキーかバーボンか何だかわからないけど琥珀色の液体の入った瓶を手にもって僕を呼び止めた。


「まだ、未成年ですから」僕は顎を突き出して何とも言えない表情を作って応えた。


「未成年って言ってもあと一つか二つくらいだろ? 四捨五入すりゃ大人だ」


 四捨五入で法律が曲がるなら無実になった犯罪者は多いことだろうな、と思った。第一青少年なんとか、とか言ってる仕事の割にそういうのはどうかと思う。


 もちろん彼が僕とさっきの話の続きをしたいだけなのはわかっている。僕だってバカじゃない、避けられる危険は回避するつもりだ。


 このまま朝まで保てば明日には電車で山鍋市まで逃げ切る計画でいた。今日の宿代が浮いた分でなんとか主原までは二人で帰ることはできる。そこまでいけば何とかなりそうな気もする。最悪イムを連れてしばらく南辺の町に戻ってもいいし……そうだ、どうせなら南洋の爺ちゃんの島に彼女を避難させることもできる。あそこならまず大丈夫だ。


「お堅いねぇ、じゃあ俺は一人寂しく晩酌でもするかな」雄輝さんはすでに酔っぱらっているかのような口調で僕の背中に言い残してソファに向かった。イムと恵美さんはロフトにいるようだ。そういえば僕はどこで寝ればいいんだろ?


 このログハウスという建物は極端に部屋数が少ない。大きく分ければLDKとロフトぐらいしかない。大抵その間取りの場合はロフト部分がプライベートエリアだから、寝室となるはずだが、今日はそちらは女性専用の貸切になっていて男性陣は入れない。


 つまり僕はこのだだっ広いLDKのどこかで寝転がって寝ろと、そういうことのようだ。手渡されたシュラフがそれを物語っている。つまり、雄輝さんとこの部屋で、ということだ。気まずいなぁ。それになんか興奮して寝付けそうにない。



「あの、やっぱいただいてもいいですか? なんか寝付けなくて」僕は雄輝さんの座るソファの向かい側に腰を下ろした。


「飲めるのか?」


「ええ、まあ少しですけど」


 雄輝さんは僕のグラスに半分くらいその琥珀色の液体を注いだ。


「今、製氷機が不調でな、余分な氷が使えないんだ」電気がないと言っていたのに、とは思った。


「ええ、いえ、これで……」そう言って僕はグラスを口に運んで一口飲んだ途端むせ返った。


「一気に飲むな、バーボンだよ。初めてか?」


「あ、はい」


 雄輝さんはタバコに火をつけて大きく息を吐いた。暖炉には木がくべられて、小さな炎がチラチラと燃えていた。


「確かに夜は冷えますね」僕はジャケットを肩に羽織った。


「そうだな、下界よりは五度ほど違うからな」


「あの……訊いてもいいですか?」


「何? 答えられることなら」


「雄輝さんはなんで防衛隊を除隊したんですか」僭越だとは思ったけど、さしあたり話題が思いつかなかったのと、彼がどの立ち位置にいるのかを探るために訊くことにした。


「うん? 前に言わなかったか。まあ、知っているとは思うが、防衛隊ってのは軍隊じゃない、法的にはな。戦力としても認められていない。ただ、見方を変えれば軍隊そのものであることは否定しようがない。そういう何面もの顔を持つ組織であることは皆が認めるところだ。それはわかるな?」


「ええ、だいたいは」


「防衛隊っていう機構は実に理想的なんだ。たとえば世の中の軍隊すべてが防衛隊のような“専守防衛”を旨とした軍隊だったならばどうなる?」


「戦争は起こりえない」


「そうだ。皆が守るだけなら戦争は起こりえない。逆に言えば攻めてくる軍隊がいないのなら守る必要もない。ならば防衛隊そのものだって必要のないものになる、というパラドクスに陥る。ただ、理想はあくまで理想だ。理想を前提に物事を考えてはいけない。現実に起こり得る可能性を思慮して何事も組み立てる、それが大人の社会のやり方だ」


「軍隊の保持ってのは非効率なんですね」


「そうだな。もしかしたら一度たりともない可能性に備えて毎日訓練と軍備を整えて警戒しているんだからな。オリンピック候補選手のほうがまだやりがいはあるかもな」そう言って雄輝さんは笑った。


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