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 奥田の携帯をコールしながら爆音と銃声が鳴り響く樫尾町を走り回った。敵から隠れながら逃げているならばバイブ機能を使って無音設定にしている可能性は高い。もしそうなら僕が奥田を見つけられる可能性はあまりに低い。


 だけど今はとにかく探すしかない。ゆく先々で人が何人も倒れていた。生きているのか死んでいるのかはわからない。だけど僕は彼らを助けている暇はなかった。奥田ではないと確認してはすぐにその場を去った。


 自分でもそんな冷静に人を見捨てられるのかと驚いた。だけど同時に、次の瞬間僕が道端で倒れる可能性だってあった、それを思うと立ち止まることができなかった、怖くて。


 僕は奥田の携帯の電池が切れないことを祈りながらコールを続けた。そしてかすかに、耳の奥で、一定の電子音を捉えたような気がした。


 その次の瞬間火薬の炸裂音がした。


 僕の電話から聞こえるコールと遠くに聞こえる電子音がリンクしている。それはどんどん近づいている。


 僕は興奮して息がまともにできなかった、でも、それでも走り続けた。視界が歪んでゆく中で、足がもつれそうになっても懸命に前に進むことを目指した。相変わらず銃声が通りの向こう側で鳴り響いていた。


 コールの音が近い。目の前の瓦礫から聞こえている。


 僕は商業ビルが破壊されたあとの瓦礫を這い登り、そこから辺りを見回した。まだコールは続いている。落ち着け、本当に奥田はこの辺にいるはずだ。瓦礫の下じきになっていたとしても音の具合から深くはないはずだ。


 この時の僕はなぜだか奥田が生きていると信じていた。携帯のベルが鳴っているからではなく、奥田が死ぬはずがないと信じていた。あれほど目の前に転がる惨状を通過してきたのに、奥田だけは生きていると信じていた。瓦礫にうずもれていたとしても掻き分ければ助けられるとさえ思っていた。


 だけど、眼下に横たわる少女の姿を見つけたとき、僕は一瞬で何もかもが手遅だって気づいた。彼女の傍らには僕が鳴らし続けた携帯電話が転がっていて、胸に銃弾を受けたのだろうか、そこを中心に彼女が身につけていた白いワンピースは半分以上が血に染まっていた。


「奥田ァ! 俺、きたぞ、わかるか? 木田だよ! 返事しろよ!」僕は無我夢中で瓦礫の丘から転がるように奥田に駆け寄り、体温を残す彼女の柔らかな体を抱きかかえた。


「奥田! 俺が来たんだよ、お前電話しただろ、目ェ開けろよ! なんか言えよ! 死ぬなよ!」


 僕は、多分叫んでいた。それが声になっていたか、言葉になっていたかはよくわからなかった。だけどそんなことはどうでもよかった。奥田さえ助かるなら。

「きだ……くん?」


「お、奥田……? 生き、てる?」


 周囲の轟音は全て別世界のように遠くに感じていた。奥田のかすかな声を聞き逃すまいと僕は彼女の頬に触れるくらい顔を近づけた。


「きた、んだ……」言葉一つ発するのにゼイゼイと喉が鳴り、時折ヒューと笛の音のような音が混じり、彼女の呼吸は苦しそうだった。しかしそこで一旦奥田は目を強くつむり、大きく見開いて僕の腕を掴んではっきりと言った。


「きちゃダメだって言ったのに……でも、ありがとう。こわくて、寂しかった」


「来たよ、心配で、奥田のことが心配で来たんだ、助けに来たんだ。ほ、ほら、手ぶらじゃなんだからさ、花も持ってきた」作り笑いをしたつもりの僕はそう続けた。


 そしたら奥田は笑ってくれた。笑って静かに僕にこういった。


「きれいね、ありがとう」


 そして奥田は目を閉じた。僕の手のひらから奥田の体温が消えてゆくのがわかった。


 何度も体を抱きかかえ、揺さぶり僕は奥田の名を呼んだ。だけどもう笑わなかった、二度と目を開かなかった。穏やかな顔のまま。優しい笑みを蓄えたまま。


「ごめん……何も、できなかったよ。ごめん、俺、なんで俺、もっと早く――ごめんよ。なんにもできないってわかってたけど、助けられると思ったんだよ、だけど何にもできなかった」


 それからどのくらい奥田のそばにいたのかはわからない。ふと見上げた空は曇天で低い雲が流れてゆくのが見えた。いや、あれは煙だったのかもしれない。やがて大粒の雨が降りだした。


 みるみるうちに僕の視界を遮るように雨が激しくなってゆく。このまま雨に溶けてなくなってしまいたかった。奥田の白いワンピースに散った赤い血が雨に流されて薄ピンク色になるのを不思議な気分で見つめていた。まるで降り積もる雪の上に椿の花びらが埋もれてゆくみたいに、赤い円が色を失いながら広がってゆく。


 もう、何もかもがどうでも良かった。全て手遅れで、僕が最初に電話を手にしてこの戦争を知ったのに、周囲の制止も無理やり振り払って、死ぬ気でかけまわってここまで来たのに、それでも一人の彼女すら助けることもできなかった。


 激しく降り続く雨の音はまるで聞こえなかった。ただ目の前は何も見えない雨粒の作り出す線とぼやけた濃いグレーの世界だけがあった。


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