0401 1004
《大丈夫、僕はここにいるよ》
空気が揺れた、ような気がした。
執務室の机で書類にサインをしていたタクトは、手を止めて顔を上げた。
嫌な予感がして、仕事に集中できない。
朝からアヤが熱を出して寝込んでいたため、もともと集中できていなかった。
先程空気が揺れたような感じがして、一気に不安が広がった。アヤが目を覚ました時に感じるものではなかったため、その不安感はよりいっそう強まるばかり。
大体予想のつくことではあったが、タクトは席を立ちアヤの部屋へ向かった。
扉を開けて中に入ると、アヤがベッドの上で静かに眠っていた。
そっと近寄って様子を見ると、朝よりも顔色が悪くなっていた。
心なしか、苦しそうにしている。それが、風邪からくるものではないということは、すぐに判った。悪い夢でも見ているのだろう。
「……タ、クト……」
小さな声で紡がれる名前。
タクトは、アヤの手をそっと握った。すると、弱い力できゅっと握り返してきた。
「大丈夫だよ」
安心させるように、ゆっくりと優しい声で言う。
離れていかないから、と心で囁く。自分から離れるなんてことは、できない。日だまりのような、温かい居場所をつくってくれた人。感謝してもしきれないのに。いつしか変わったこの想いは、増していくばかりなのに。それなのに、どうして手を放すことができるのか。
「大丈夫」
再度そう囁けば、アヤの瞼がふるりと震えた。ゆっくりと目が開かれる。
ばんやりと、焦点の合わない瞳が、タクトの顔を映す。
いつも綺麗に光る翡翠色の瞳が、今はゆらゆらと揺れている。
それを見たタクトは、優しい手つきでアヤの頭を撫でた。アヤは大人しくされるがままになっていた。心地好いのか、軽く目が閉じられていた。
「怖い夢でも見たの?」
「……うん」
問いかけると、少しの間をおいてから頷きが返ってきた。
「そっか」
夢の内容は聞かない。アヤに無理をさせたくないから。
「もう少し寝たら?」
夢のせいもあって、まだ顔色が悪いままだ。
しかし、返ってきたのは否定だった。アヤが、小さく首を横に振ったのだ。
「寝ないと、治らないよ?」
「……でも」
「ずっと傍にいるから」
渋るアヤを安心させるように言う。本当に? とでも問うかのように、翠色の瞳がタクトを見た。
「本当だよ。僕はここにいるから」
そっと額に触れて、言う。
「アヤが次に目を覚ます時まで、ずっとここにいるよ」
肯定の代わりに、アヤの瞳が閉じられた。
「今度は、よい夢を……」
Fin.
H25 5/18
…ひとやすみ…
寮生活になって、新生活が始まり、バタバタとしていました。
なかなか執筆できず、完成までに時間がかかってしまいました。それに、完成してもPCがないので、更新できないし。いや、スマホで更新することはできますが、スマホで文字を打つのが大変でして……。一代前のケータイ(ガラケー)なら、まだ楽なのですが(苦笑)
そんなこんなで、当初の予定より甘い話になってしまいました。でも、これはこれで良いと思ってます(笑)
この10のお題シリーズはあと2作になりました!
最後までお付き合いくださると嬉しいです(´∀`*)