なんでもレンタル屋
商店街から一つ裏手へ入った所に、その店はあった。
あまり知られていないが、一部の人々の間で話題となっている。
『なんでもレンタル屋』という古い看板が目印だ。
その店は、四十代前半の男が一人で営業していた。
朝の八時半ごろ、彼は店の中からシャッターを開けた。雲一つない良い天気だ。今日は暑くなるだろう。
九時半ごろ、カウンターのイスで新聞を読んでいた店主は顔を上げた。人の気配を感じる。
「いらっしゃいませー!」
一応あいさつしてみるが、客の姿は見えない。
客はどうやら店の中を見て回っているらしい。様々な品ぞろえをしているのが、この店の自慢だ。ゆっくりと見ていってほしい。
「すみません」
やがて、一人の中年男性が店主に近づいて来た。五十代後半くらいだ。
「あそこにあるタンスをレンタルしたいのだが」
男は入口近くのタンスを指さした。
「はい、分かりました。それでは、この紙に記載されている利用規則をしっかり読んだ上で、住所と名前、電話番号を書いてください」
店主はカウンターの引き出しから用紙を出し、一緒にボールペンを渡す。
必要事項を書き終わった男は、ボールペンを置くとズボンのポケットから財布を取り出す。
「ふむふむ。この住所だと、ここから少し遠いですね。宅配業者に連絡しますか?」
店主が電話に手を伸ばす。
「いやいや、うちの若い者が何人か来てくれるのでな。お気遣い感謝する。ただ、少し電話を貸していただけないかね?」
受話器を受け取った男は、どこかへ連絡を取った。電話口から、若そうな男の声が聞こえてくる。
五分後、四人の若者が店へ入ってきた。皆、ガタイがいい。
男の指示を受け、「ヘイ」と返事すると、彼らは軽々とタンスを運んでいった。
「これが料金」
男は値札に書いてあったとおりのお金を出した。
「ありがとうございます」
店主は、外へ出ていくスーツ姿の男を見送った。ヤクザの元締めは、この店の常連だ。
またある時、今度は三十代前半の女性がやって来た。
「ロープと拳銃を借りたいんだけど」
「はい、少しお待ちください」
武器類は、奥の倉庫に保管されている。店主は二分ほどかかってそれらを見つけ出した。
「お金はこれでいいのよね?」
明らかに多い金額を彼に渡した。
店主が返そうとすると、
「いいのよ。もしかしたら、失敗して逆にあたしが殺されるかもしれないから。担保にしておいて」
そう言って出ていった。お客の事情は訊かないことにしている。
夜の八時ごろ、そろそろ店を閉めようかという時に二十代くらいの男が、酒の匂いをまき散らしながら入ってきた。
「おーい、うわさを聞いてやってきたぜ! 女の子を一人借りてぇんだけど」
店主は無言で、引き出しからカタログを出した。
「この中から、お好みの女性を選んでください」
それは、周辺にある風俗店に所属している女の子の名簿だ。
「こいつがいいな」
若者は、二十歳をこえたばかりと思われる童顔の女の子を指さした。
「これはこの店の領収書です。これを提示すれば優先的に会えますので」
やっほーう! と叫びながら、若者はお金を投げだして去っていった。
さっさと名簿を仕舞った店主は、先端が曲がっている棒を持ち、シャッターに引っ掛けて閉め始めた。
店主を驚かせる出来事が起きたのは、ある日の昼下がりのことだった。
その日は朝から灰色の雲がかかっていて、いつ雨が降ってきてもおかしくなかった。
外に並べられているアウトドアグッズや、凝ったデザインの傘を片づけようとしている時、
「すみません。この店の方ですか?」
と、少しかん高い男性の声が背後から聞こえてきた。
「はい、そうですが……」
そう言いながら振り向くと、リュックサックを背負った二十代後半くらいの長身の男が笑顔で立っていた。
「実はレンタルしたいものがあって来たんです」
こんな天気が悪い日に、よく来てくれたものだ。店主は作業を中断して店へと男を招き入れた。
「この店では、どんなものでも借りられると聞きまして……」
「はい、間違いはありません。たとえここにない商品でも、可能な限り取り寄せる所存です」
「それを聞いて安心しました」
男は安堵の表情を浮かべると、リュックサックを背中から下ろした。そして店主に顔を少し近付けて言った。
「要件を言いましょう。この店のレンタルをお願いします」
「は?」
店主は意味が分からなかった。最初、自分はお客の言葉を変な風に聞き間違えるほど耳が衰えたのかと思った。だから、
「申し訳ございません。もう一度おっしゃってもらえますか?」
「ですから、この店を借りたいと言ったんです。具体的には、ここの床と天井と壁、そして商品全部です」
男は胸を張って答えた。やはり、頭がおかしいのはこいつか。
「冗談はよしてくださいよ。それじゃ、私が商売出来なくなってしまいます」
「あれ? この店の『なんでもレンタル屋』という看板はガセなんですか?」
「え……、いえいえ、そんなことは決してなくて……」
これは困った。お店を貸し出すことは当然したくないが、代々受け継がれてきた看板を汚すことは出来ない。店主は頭を抱え込んだ。
十分間、お店の中を沈黙が支配した。
「さあ、早くしてください。お客を待たせるなんてことはしちゃいけませんよ」
男はうすら笑いを浮かべている。
「――分かりました。その話、承諾しましょう。ただし、これっきりですよ」
「大丈夫です。一か月あれば、売り上げは倍増ですよ」
ため息をつきながら、店主は引き出しから紙を取り出した。
「これに必要事項を書いてください」
店主から契約書をひったくった男は、すばやく書き込み、店主がそれを読み終わるのを楽しそうに待っていた。
そして、彼が契約書を置いた時、
「キタ―! これで一カ月、この店は私のものだ!」
このなんでもレンタル屋は、見ず知らずの男のものとなった。
翌日から、男は店舗の改装を始めた。レイアウトを変えれば、もっとお客に見てもらいやすくなるという。
そして彼はネットでもレンタル事業を開始した。これは好調で、次々と注文が殺到した。
そのうわさがたつようになると、お店の方にも多くの人が押し寄せるようになった。やがて、一か月で本当に倍の売り上げを達成したのである。
「私は大学で経営について学んでいたので、企業のコンサルタントをするのは得意なんですよ」
レジのお札を見てほくそ笑んでいる男を見て、店主は複雑な気持ちになった。
お店を乗っ取られているのは気に食わないが、事実好成績を叩きだしている。この人の方法を続ければ、この先ずっと儲けることが出来るのではないだろうか。
「さて、儲けはどれくらいになったのかなー?」
男は売り上げを店の奥へ運んで行くと、金庫を開けてその中へ入れた。店主の提案だった。この金庫は、たとえロケット弾を食らってもびくともしない造りになっているという。
「すごい。こんなにたくさんの札束を見たのは初めてだ……」
店主は思わず感嘆の言葉をもらした。
「でしょう? これで私は金持ちだ!」
男は金庫の中身をぶちまけた。
「そろそろ時間です。金庫を閉めましょう」
店主がお金をかき集める。
金庫を元通り閉じると、店の方から柱時計の音が聞こえてきた。どうやら零時になったようだ。
「店主、これで私のレンタル期間は終わりです。今までありがとうございました。おかげさまで、かなりの小遣いを手に入れることが出来ました。これからの生活が安泰です」
男はお金を持ちかえろうと金庫へ手を伸ばす。それを、店主が止めた。
「な、なにするんです?」
「儲けの半分はいただきますよ」
あり得ない言葉に、男は声を荒らげた。
「ふざけるな! これは私の努力で手に入れた金だ。どうしてあんたなんかに渡す?」
すると店主は、最初の日に書かせた契約書を持ってきて、そのすみっこを指さした。
〈弊店を利用した商売によって得た利益は、貸主に半額支払う事〉
「な、なんだこれは? こんな小さい字で書かれていたら気付かないだろうが! そんな契約を交わした覚えはない!」
「場所代です。それにあなたは、この契約にOKのサインをしていますよ?」
たしかに男の字で署名されている。
「け、警察を呼ぶぞ!」
その言葉に動じず、店主は笑みを浮かべた。
「どうぞ、好きにしてください。このようなトラブルは何回も無事に解決してきましたから」
その後、店主は大もうけをした。彼にしてみれば、勝手にお宝が転がり込んできたようなものだ。経営のノウハウは、例の男を見てしっかり学んでいる。
彼はしばらくの間、この商売で儲けた。