第三章
遼が感じていた違和感はその後も二、三日続いた。ここまでくるとさすがに遼も気のせいではないと気づき、誰かに後をつけられていると確信した。そして今日こそはそのストーカーを捕まえてやろうと考えていた。
(恐らく俺が裕美と付き合っていることを快く思ってない連中だろう。裕美の方に被害が出る前に止めないと)
遼はこのストーカーは裕美に憧れている者の仕業だと考えていた。裕美は社交的で明るく、さらに容姿の面でも茶色がかったショートヘアに整った顔立ち、スタイルもよく、学校の男子から絶大な人気を誇っている。それ故にその裕美が付き合っている遼を妬んでいる者もいる。
遼はしばらく自宅へ向かって歩き、曲がり角を曲がってすぐにある電柱に身を隠した。すると遼が曲がってからしばらくすると何者かがこそこそと曲がってきた。
「おいっ! お前、ここ数日俺をつけまわして何のつもりだっ!」
「きゃあっ!」
遼が曲がってきた人物に向かって怒鳴りつけると、制服を着た女子学生が悲鳴をあげて尻餅をついていた。
「あ、あれ?」
遼の予想してた人物と全然違うので疑問に思ったが、走って曲がり角を見に行っても誰も歩いていない。頭の中が疑問符だらけになって立ち尽くしている遼の横に先ほど驚かせた女子学生が近付いてきた。それに気づいた遼は頭を切り替え、女子学生に向かって頭を下げた。
「すみませんっ! 人違いであんな驚かせてしまって。本当にごめんなさいっ!」
頭を下げながら相手の反応を待っていた遼であったが、一向に反応が返ってこないので恐る恐る頭を上げると、女子学生は泣いていた。
「えっ!? あの、そんな泣かせるつもりなんて……。あぁ、どうしよう、本当にすみませんっ!」
突然泣き出してしまった相手にどうしていいかわからなくなってしまった遼は狼狽しながら謝ることしかできなかった。しかし女子学生は涙を流しながら、狼狽する遼に向かって顔を左右に振った。
「あなたが謝る必要なんてないんです……。……私があなたを尾行していたのは事実ですから……」
思わぬ女子学生の言葉に狼狽していた遼は固まってしまった。その顔は先ほどのうろたえた顔とは違い、何がなんだかわからないといった顔であった。
「私を覚えていませんか……? 先日、電車の中で助けてもらったのですが……」
女子学生のその言葉に遼はようやく固まった状態から抜け出した。目の前の人物が誰で、どうして尾行をしていたのか疑問だらけだった中でようやく糸口が出てきた。
「あぁ、この前の。たしか名前は……神原さんだったよね?」
「はい、覚えていてくれたんですね。先日は本当にありがとうございました」
もうすっかり涙も止まり、笑顔すら見せるようになった景子の姿に遼は目を奪われた。
綺麗な長い黒髪に大人びた顔つき、女子にしては長身でスタイルがいいと言われている裕美よりもさらに優れたスタイルをしている。その姿は男の目を奪うのも無理はないというほど美しかった。
遼は思わず目を奪われてしまったのを咳払いでごまかし、話を続けた。
「でもどうして俺の後をつけてたの?」
遼の最大の疑問はこれだった。誰かわかったまではいいが、彼女が自分の後をつけてくる理由が全く思い当たらない。
「そ、それなんですが、助けていただいたお礼がやっぱりしたくて、その……」
「それで俺の後についてきてたの? 声をかけてくれればいいのに」
「私、もともと大きな声を出すのが苦手ですし、遼さんは歩くのが速いので追いつけなくて……」
「あぁ、何か違和感を感じてたから早歩きで帰ってたもんなぁ」
「は、はい。それで、あの、これ、つまらないものですが、受け取ってください……」
景子は腕に提げていた紙袋を遼に差し出した。遼が中を覗くとどうやらクッキーのようだ。
「それじゃありがたく頂くよ。……そうだ、よかったら俺の家に来ない? 驚かせて泣かせちゃったからお詫びにお茶でも飲んでってよ」
「えっ、いいんですか?」
「あぁ、こっちも悪いことしちゃったのにクッキー貰ってそのまま帰すっていうのもね」
「それではお邪魔させていただきますね」
「うん、そんじゃ行こうか」